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『【死合】闇花と金光』
アルバ・フィオーレla0549)&雁州・陽菜la3372

 アルバ・フィオーレ(la0549)が悪夢へと堕ちた。
 その報を受けた雁州・陽菜(la3372)はただ「そっか」とうなずいたものだ。
 魔女は黄昏の際を歩むもの。ほんの少し心身を傾けるだけで、その身は夜闇の奥へと嵌まり込む。つまりアルバは傾いたのだ。
「陽菜ちゃんが魔女の掟を果たします!」
 陽菜はアルバ討伐についてを話し合うため招集された魔女たちへ告げた。
「堕ちた同胞の仕末はいちばん近しい者がつける、それが掟ですよ。この世界じゃ確かに弱々ですけど、でも。知識と経験はアルバさんにも負けませんから」
 アルバのふたつ名は“花の魔女”。固有名ならず、花そのものを名に冠するアルバは、それを許されるだけの魔女ということ。しかし陽菜もまた“黄金”――石の最上位を名乗る魔女だ。
 果たして魔女たちは陽菜の申し出を受け入れた。陽菜によって掟が執行されるならばよし、“花”という強大な悪夢を攻略する手がかりを遺してくれるならばそれもよし。

 漆黒かき分け、宵闇にまで這い出し来たアルバは世界を透かし見る。なぜ己が闇へ堕ちたものかは憶えていない。いや、思い出すほどの特別な理由がないだけなのだろう。
 うん、どうでもいいのだわ。すべてを喰らい、滅ぼすの。そうすればもう、わたしは誰も探さなくてよくて、なにもできないまま死ななくていいのだもの。わたししかいない世界でわたしだけが咲いて――わたしのわたしによるわたしのためだけのわたしの完全世界でわたしは生きて、イキるのだわ!


 陽菜はマジカルサイエンスを手に荒野を行く。
 ここは生命に満ちた草原だったはず。喰われたのだ、アルバに。だからこそ彼女は爛れるように甘く、貫くように辛い香を放ってここに在る。
 香に惹かれてきたのだろうナイトメアの狭間を、エルフの里に伝わる魔除け――魔の目線を我が身から逸らす――の匂い袋掲げてすり抜け、陽菜はアルバの居所を確かめた。
 そして、束ね連なる因果によって高められたフォースアローを成し、一点を指して飛ぶ。
 アルバさん、陽菜ちゃんが今、来ましたよ。

 アルバは飛来した光矢を無造作に掴み止めた、傷口から染み入るこの魔力は、まちがいない。
 来てくれるって思ってたのだわ。堕ちた同胞はいちばん近しいものが殺す……それが魔女の掟だもの。そしてそれを喰らうのが、わたしの掟。
「ああ、コロナさんってどんな味がするのかしら♪」
 握り潰した矢に自らの血を絡め、仰向けた口へと落とし込んだアルバは、陽菜の魔香を噛み締め陶然と笑んだ。

 撃ち返されてきたフレイムロードをフォスキーアドレスの裾で巻き取るようにして避け、陽菜は眉根を顰めた。アルバに間合を詰められている。
 遠距離を保つが魔女の決闘における常道。しかし、アルバは自らの背に誰かをかばうがため斧を取った魔女だ。セオリーは通じない。
 常套破りは上等ですけど! まだ挨拶しただけじゃないですか。もう少し魔女の流儀、楽しみましょう?
 陽菜は周囲のナイトメアを肩でこすりつつ、でたらめにステッピング。アルバの狙いを外し、間合を離しにかかる。
 アルバの意図に付き合ってやらないのは、妬ましいからなのかもしれない。すべてを投げ棄て、堕ちてしまえるほどのなにかと出逢えた花の魔女が。

 遠ざかる陽菜を追うアルバはくつくつ喉を鳴らす。
 コロナさんは意地悪なのだわ。逢いにきてくれたはずなのに逃げるのだもの。それは楽しくないの。だって。
「コロナさんはわたしの手で殺したいの」
 わたしは死にたくなくて魔女になったの。存在していい理由を世界に認められれば生き続けられるって、追い詰められて。
 だからわたし、魔女が嫌いなのだわ。特にコロナさんは大嫌い。だって、あなたは誰に認められることも求めず、自分が存在する意義を疑うこともない――なにものにも侵されないし犯されない、唯一無二の黄金だもの。
 周囲を埋めるナイトメアの狭間から漂い出す陽菜のにおいを辿り、フレイムロードを放つ。昂ぶりに燃え立つ赤炎は、狙うまでもなくにおいの元へ届き、灼き尽くしたが。

 かかりましたね。
 陽菜は“篝火”を返り見て口の端を上げた。
 視界が塞がれたこの場所で標的を視認することは難しい。そうなればアルバは、陽菜の魔力のにおい目がけて攻撃を飛ばすよりない。だから陽菜は不可視を生かし、ナイトメアどもへ自分のにおいを擦りつけてきた。そして。
 初手以外の攻撃を控えたのはこのためで、全力移動で回り込んだのは、次の手を打つためだ。
 陽菜ちゃんがアルバさんとなかよくなったの、あなたを知りたかったからなんですよ。なんだか同じにおいがするのにぜんぜんちがってて。いつもアルバさんは誰かを守ろうとして、必死だったじゃないですか。どうしてそんな、急き立てられるみたいに愛するのか……陽菜ちゃんにはわからなかったから。
 でも、どんなに近づいてもわからないままで。わかったのはひとつだけ。
 陽菜ちゃんとアルバさんは、なんにもわかり合えない。
 黄金と花は、ひとつに重なっても絶対混じり合えないんだって。
「それが多分、悔しくて寂しいんです」

 アルバの横腹に、赤錆の針が突き立った。
 赤錆は血を腐らせ、免疫を奪う。黄金の魔女が使うにふさわしい“毒”だ。
 が、己を侵す毒の苦みを感じながら、アルバは艶然と笑む。これで姿を隠した陽菜の居所が知れた。
 油断も慢心もしないのだわ。ただ喰らおうなんて傲慢も、わたしはわたしに赦さない。エルフの知識とあなたの経験、全部見せて。それを喰い破って逢いに行くの。大好きなくらい大嫌いなあなたに!
 かくてアルバは抜きだしたTYPE-4を連射、周囲のナイトメアごと地面を焼く。

 アルバの攻撃は陽菜を狙ったものではない。
 25メートルの間合を保つ彼女に対し、アルバの魔法もロケットランチャーも射程は20メートル。たとえ悪夢に堕ちたとて、この5メートルを越える術はない。
 アルバさんの意図は、視線を遮るものを排除することがひとつ。もうひとつは地面を掘り返してこっちの足場の安定を奪うこと。
 見られるのはともかく、足場は踏まなきゃいいだけ。でも、それはアルバさんだってわかってるはず――
 陽菜は拓かれた視界のただ中に信じ難いものを見た。
 ぐしゃぐしゃにちぎれて地へ降りそそいだナイトメアの血肉の上、スライディングで滑りくるアルバを。
 足場の悪さそのものを利用するんですか!?
「早く逢いたくて逢いたくて逢いたくて急いで来たのだわ♪」
 アルバの笑みの端から滴る殺意が半円を描いた。スライディングを踏み止めた反動に乗り、身を巡らせながら跳ね起きた彼女の右手が、握り込んだデザイアアックスを振り込んできたのだ。それも軌道をぎりぎりまで見せることのないバックハンドで。
 対して陽菜は、見なくとも位置の知れているアルバの肩へと左手を伸べた。
 アルバの一撃を避けられないことなど、魔女の間合を外された時点で理解している。今さら守っても無意味なら、攻めるだけだ。
 その左手が放ったのは小瓶。中身は錬金にも使う無水アルコールだが、当然イマジナリードライブの炎を当てても爆ぜたりはしない。
 だからこそ、アルバは斧を振り抜く。もとよりここへ至って止める選択肢などないのだから。
 それこそが陽菜の意図だった。彼女の放ったレールガンがアルバの肩を、そして瓶を打つ。
 アルバは衝撃に耐えながら斧を叩きつけたが、軌道がずれたことで陽菜の胴ならぬ左腕を砕くに留まった。そして。
「っ!」
 飛び散ったアルコールに目を刺され、数瞬、視界を奪われた。
 一方、左腕を砕かれた陽菜はちぎれていないことだけを確かめ、バックステップ。取り戻した間合からアシッドキャノンをアルバの胸部へ撃ち込んで侵す。

 視界を取り戻したアルバは笑みを深めた。他愛のない、しかし奇策として充分な手。
 思ったとおり、楽しいのだわ。
 陽菜の魔力を擦り込んだマグネシウムが白光を放って燃え上がり、アルバの目と鼻とを惑わせる。
 でも惑わされない。もう二度と、見失いはしない。

 陽菜がしかけた数々の目くらましを踏み越え、アルバは陽菜の左腕を掴んだ。
「捕まえたの」
「っ!」
 砕けた骨を腕の内でシェイクされる激痛に、陽菜は詰めていた息を吐き出した。
 酸素が抜けた体が次の挙動を起こすには、あらためて息を吸い込む必要がある。つまりそれまでの間はアルバの時間。
 陽菜の左腕を握ったまま、左手ひとつで斧を振り上げて、振り下ろす。狙いは無事を保つ右腕。外しようのない状況で、陽菜の右腕は半ば斬り落とされ、ぶらりと宙を泳いだ。
 こんな近くからじゃ、うまく斬れないのだわ。
 引きちぎるため、アルバは陽菜の右腕へ手を移して――それこそが陽菜の、わずか四手めにして奥の手だと気づかぬまま。

 デザイアアックスの柄の長さは1メートルを越える。すなわち、この間合では十全に威力を発揮できない。誰よりも人の和と輪を慈しんだ、アルバ。彼女は他者を手の内にまで受け容れ、守り抜くがため抱いてきた。だからこそ、こんなミスをする。
 陽菜ちゃんは美しい人と出逢いたくてSALFに入りましたけど、それって結局、それまで誰にも出逢えなかったからなんですよ。
 限りなく近く果てなく遠いこの間合は、魔女のものならず、アルバのものならず、陽菜だけのもの。
 なけなしの筋力を尽くし、自由を取り戻した左手をアルバの胸へ投げ出した。先のアシッドキャノンで損なわれた外衣に指をかけて、留める。
 支えであると同時、枷である骨を損なった腕は、踏みつけた足から遡る反動を妨げることなく螺旋状に加速させ、アルバへと届けた。

「――!」
 声も出せぬまま、アルバは胸へ突き立てられた衝撃に目を剥いた。
 彼女は知らない。突き抜けることなく体の内をかき回すこの振動が、中国拳法において“勁”、日本の古流武術において“通し”と呼ばれるものであることを。
 しかし。
 答は知れずとも為すべきことは知っている。そのためにこそ心を据え、陽菜の奇策に対してきたのだ。
 審判の雨雫を降らせて自らをいやしたアルバは、身を焼かれて悶える陽菜の右腕を引きちぎった。
 勁に乗せられたアシッドキャノンの毒は今もアルバを侵し続けていたが、かまわない。この痛みで、この後に味わう甘く苦い痛みを紛らわせよう。
「短い時間だったけれど、コロナさんと遊べて楽しかったのだわ」
 そしてアルバは斧を振りかざし、蹴り倒した陽菜の胸元へ重刃を叩き込んだ。

 ああ、やっぱりアルバさんはやさしいですね。首を落とせば済むのに、別れを惜しんで心臓を断ちに来るなんて。
 いつもみんなと笑ってるアルバさんがうらやましかったんです。その中に陽菜ちゃんもいられたことがうれしくて、うれしくさせられるのが悔しくて。
 アルバさんはひとりぼっちだった陽菜ちゃんにいろいろなものをくれた無二の救いで、唯一の暁。
 結局、あなたの宿敵は演じられなかったけど、せめて毒だけは遺していきます。
「……あなたに、陽菜ちゃんはあげません」
 無理矢理に頭を上げて斧の先に口づけ。
 その衣の内に隙間なく詰め込んだEXISの炸薬へ、咲き乱れる赤の炎を灯した。

 爆炎と爆音とがかき消えた静謐のただ中、立ち尽くすアルバは息をつく。
「本当にコロナさんは意地悪なのだわ」
 わたしが勝ったのに喰べさせてくれないなんて、ずるい。でも。
「本当に、楽しかったのだわ」
 そう、過去形だ。
 たまらない寂寥に突き上げられ、再び降らせた雨雫を仰ぎ見たアルバはふと、横を向いた。
 やわらかななにかが頬に触れていったような気がして――今度こそ迎えに来ますから。そんなささやきがすり抜けていったように思えて――人ならぬものと成り果てたアルバは、人だったころと同じ笑みを傾げた。
 わたし、これから世界を壊しに行くわ。きっとそれは阻まれて、わたしはなにももらえないまま死ぬんだろうなって思うの。でも。
「そしたら迎えに来て。魔女の掟もわたしの掟も関係ない処でなら、なにも気にせず笑いあえるのだわ」
 かくてアルバは歩き出した。
 世界を滅ぼすためか、あるいは自らが滅ぶためか。いや、どちらでもいい。
 望みどおりに生き続けるも、死して孤高たる黄金と再会を果たすも、彼女にとっては等しく待ち遠しい未来だったから。


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2020年01月06日

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