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『女神女神』
スノーフィア・スターフィルド8909

 メールが届いた。
 スノーフィア・スターフィルド(8909)はモニタを何度も見なおして、開いたメールソフトのウインドウに表示された未開封メールも見なおして、タイトルを見なおして何キロバイトか見なおして自分の手なんかも見なおして。
「私が私にメールしたわけではないですよね?」
 受取人の名前がスノーフィア・スターフィルドなのは当然のこととして、差出人の名前もまたスノーフィア・スターフィルド。ただしよくあるスパムメールでないことは、タイトルが英文や銀行(偽)等々からのお報せじゃなく、『スノーフィアさん、スノーフィアです』ということから察せられる。
 確かに昨夜はよく飲んだ。でも、これまで一度だって自分にメールするようなことはしてこなかったし、昨日それをした記憶もない。多分。
 となれば、スノーフィアのメルアドを知っているのは通販サイトと宅急便会社のみ。一応魔法等々で調べはしたが、個人情報が流出した様子もない。ついでに言えば、メール自体にも妙なプログラムは仕込まれていなかった。
 じゃあ、いったいどこのスノーフィアさんが……?
 悩んだところで答が出るはずもなく、結局、肚を据えて開けてみることにした。

【Subject: スノーフィアさん、スノーフィアです
Date: Wed, 1 Jun 2020 00:00:04 +0900
From: スノーフィア・スターフィルド
To: スノーフィア・スターフィルド

スノーフィア・スターフィルド様

謹んで新春をお祝い申し上げます。
本年は趣味の飲酒に限らず、本業においても気持ちを新たに取り組んでいく所存でございます。変わらぬ御指導を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

令和2年 元旦
スノーフィア・スターフィルド

追伸
先日偶然にもスノーフィア様のご存在を感知いたしました。
こちらのアドレスまでご連絡いただけましたら幸いです。】

 お世話した覚えも指導する予定もないのだが、問題は追伸。
「感知ってつまり、感知ですよね?」
 普通の人間では出てこない単語で、操れるはずのない能力だが――ともあれスノーフィアは“私”時代の経験を駆使してメールを書き上げ、送信したのだった。


「あー、最後まで聞いたけど意味はわかんねぇ」
 怪奇探偵こと草間・武彦(NPCA001)は、両手を挙げて降参の意を示した。
「いや、わかんねぇのは意味じゃなくてあれだ。なんで俺、巻き込まれてんの?」
 ロングサイズの缶ビールを呷った彼へ、スノーフィアはモニタを指して言う。
「私から私にメールが来て、これから私、私たちとウェブ新年会するんですよ? なにかあったら困りますし」
 メールを返したところすぐ返信が来て、この世界には多数の“スノーフィア・スターフィルド”が存在するのだと知らされた。
 くわしい話を聞きたくて、提案されたウェブ新年会の申し出を受けたはいいが、やはり信用しきれなくて……怪奇探偵を「今日飲み会しましょう」と引っぱり込んだわけだ。
「つか、なんでウェブ新年会だよ? みんな東京にいるんだろ?」
「用心のため、じゃないでしょうか? 私のほうも干渉されないように結界は張っていますし」
 相手もこちらを用心しているのは安心要素だが、それにしても。
 どんな私たちなんでしょうね?
 ともあれいくつか開いたウインドウにそれぞれ顔が映り、会は始まった。
「すげぇな。みんな姉さんとおんなじ顔してるぜ」
 スノーフィアを含むスノーフィアたち5人の顔は、確かにスノーフィアのものだった。が、まだ本物かはわからない。慎重に、コミュニケーションを試みる。
『はじめまして、スノーフィア・スターフィルドです。神様(?)にスノーフィアへ転生させられて、この東京へ連れてこられました』
 チャットウインドウに打ち込めば、次々と同じはじめましてが返ってきた。ちがうのは、彼女たちを連れてきた超常の存在だ。
「大精霊(?)、魔王(?)、世界樹(?)……みんな(?)つけてんのはいいとして、最後のもじゃもじゃ(?)ってなんだよ」
 武彦の疑問は当然のものだが、ようはこの5人、超常の存在になんらかの理由でスノーフィアの器を与えられ、ひとつ処へ集められた存在らしい。
 続いては現在の職業だが、これはもう全員いっしょである。
「引きこもりですか」
 これでもうウェブ新年会になった理由は知れた。別に直接会えばドッペルゲンガーよろしく誰かが死ぬとか、世界の理に障って消去されるとか、そういうことじゃないのだ。
『とりあえず、出逢いを祝して乾杯しませんか?』
 スノーフィアの申し出に賛成の文字が並び、スノーフィアたちはそれぞれグラスや缶、瓶をカメラに映す。
「ちなみになんで通話立ち上げねぇわけ? あ、声聞かれると呪術的にやべぇとかか」
 スノーフィアといっしょにビール缶を持つ武彦がもっともな疑問を投げかけてきた。ち、しょせん草間さんみたいな陽キャには理解できないことなんでしょうね。
「私たち、引きこもるような陰キャですよ? よく知らない私たちと気軽にお話できるわけないじゃないですか」
 力強く言い切ったスノーフィアへ残念な目を向けて、武彦は彼女が乾杯の文字を打ち込むのを待たずにビールを呷った。飲まなきゃやってらんねぇってやつである。
 一方、遅れて乾杯したスノーフィアたちは――
 焼酎はやっぱり甲類ですよね! ビールもいいですけど第三のビールもいいですよ。0カロリーコーラに安ウイスキーと製菓用レモン汁混ぜると最高ですー。
 ――とかなんとか盛り上がっていたり。
「美人がそろっておっさん丸出しな話してんの、辛くね……?」
 げんなり語る武彦を置き去り、スノーフィアたちのチャットは続く。
『結局私たち、この東京でなにをするべきなんでしょう?』
 スノーフィアが投げたお題に、スノーフィアたちはそろってサムズアップ。
 それ、明日考えたらいいことじゃないです!?
「すげぇな。顔だけじゃなくて生き様も姉さんといっしょかよ」
 もちろん、スノーフィアは武彦の言葉なんて聞いてなかった。感動に打ち震えていたからだ。
『そうですよね! 明日考えればいいですよね!』
 そして乾杯、乾杯、乾杯!
 ぐいぐい酒を干しながらスノーフィアは思うのだ。
 とりあえず私たち、よくわからないものに連れてこられた東京で引きこもっているわけですよね! 私、独りじゃないです!
 はっきり言って同病相哀れんでいるだけなわけだが、とにかく。スノーフィアはかけがえのない自分たちとの会合に酔いしれ、明日も引きこもる勇気を得たんだった。

「……次は集まって飲んだりすんのか?」
 新年会を終えて息をつくスノーフィアに武彦は問うて。
「次はウェブ梅見会かウェブ花見会じゃないですか?」
 きょとんとスノーフィアは答えた。
 引きこもりは出かけない。だからほかの私とも会ったりしない。大事なのはそう、距離感だ。
「ま、次はひとりで大丈夫だよな」
 やれやれと言う武彦に、スノーフィアはまたきょとんと首を傾げてみせて。
「え? スノーフィア戦争とか起きたら困りますし、次も飲み会名目でお誘いしますけど」
「自分のこともっと信用しろよ! あと騙すなって!」
 そんなこともありながら、スノーフィアのスノーフィアたちとの顔合わせは終了。ちなみにいろいろな謎は、なにひとつ解決していない。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年01月06日

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