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『女神嘆息』
スノーフィア・スターフィルド8909

 あいかわらず自室へ引きこもり中のスノーフィア・スターフィルド(8909)は、お手製のレモンサワーを飲みつつ、ゲームをプレイしていた。
 モニタに映しだされているのは『英雄幻想戦記3』の戦術コマンド画面だ。これがプレイできているのはサワーでほろ酔いをキープしていればこそ。
 シミュレーションRPGの“3”は、戦闘ターンでは騎士や魔法使いなどのキャラを戦術に沿って動かし、敵と戦うことになる。もちろん馬や攻城戦用兵器、モンスター等々のユニットも多数あって、それぞれに能力や効果が異なる仕様となっていた。まあ、敵の設定レベルを大きく上回ってさえいればパワープレイで押し切れるのだが……
 ちなみにスノーフィア、このタイトルをプレイするとかならずパワープレイになる。理由は単純で、隠しキャラのスノーフィアを出すにはメインストーリーと関連のないサイドストーリーを完遂する必要があるからだ。そして最短でスノーフィアを解放すれば、メインストーリーでは無双状態になる。
 と、いうわけで。
 さくっと転職、しちゃいましょうか。
 スノーフィアを上級職へ転職させれば、この戦場は3ターンほどでクリアできるだろう。コツコツ無双するのが性に合ってはいるのだが、たまには派手な無双も悪くない。
 うーん、なにに転職しましょうか?
 せっかくだから、できるだけ遊んでこなかった職業にしてみたい。見た目が好みじゃなくて1回で封印したスキュラはどうだ?
 よし、決まりですね。決定ボタンを押したスノーフィアだったが。
「?」
 ボタンが反応しない。カーソルは動くし、転職ウインドウ以外でボタンが反応しないこともなくて。そう、転職だけが、決定できない。
「故障じゃないとしたら」
 スノーフィア、この場面はサキュバス一択だ!
 どこからか聞こえてきた青年の声音に、『あ、やっぱり怪異ですよねー』と納得した途端、カーソルが勝手にサキュバスを指し、決定は為された。


 姫将軍的ポジションのはずが、サキュバス。
 今までつけていた白銀の姫甲冑はアイテムストレージにしまい込まれ、今や羽衣という名の無装備状態なスノーフィアは重いため息をついた――って、とりあえず私、“3”のスノーフィアになってるってことですよね。
 目の前に広がる荒野はモニタの外から見ていたはずの戦場で、味方や敵もそのままの配置で並んでいる。まっすぐ突っ込んだ勇者=主人公を囲む敵と、その外からさらに包囲陣を敷いて対する味方たち。
 俺ひとりじゃ持ちこたえられない! 援護を頼む!
 スノーフィアに言う勇者。いやいや、このレベル帯の敵ならかすり傷受けるくらいなものだろう。なのに勇者は盾の裏で身を縮こめさせて、スノーフィアぁあああああ!! とか絶叫するのだ。
 うるさいしめんどくさいので、スノーフィアは大幅にアップした移動力を駆使して勇者のほうへ向かう。敵の攻撃は軽々と全回避、ついでにカウンターでざくざく首を刈り、勇者と並んだところで、魅了魔法を発動させた。
「今です!」
 今まで怯えきっていた勇者がうおおおおおお!! 雄叫びをあげ、味方と共に無防備な敵を退治ていく。クリア後、ものすごくいい笑顔で振り向いてくれたのだが、その前の有様を見ているだけに、笑み返してやる気力は沸いてこなかった。
 いえ、勇者さんひとりで特攻させたのは私なんですけど。それにしても客観的に見るとアレですね……すごく、かっこわるいです。

 こうしてスノーフィアは主人公ならぬパーティメンバーとなり、勇者の旅へ付き合わされることに。
 ルートは普段自分が選ぶ通りの流れに沿っているし、選択肢の選びかたもその通りなのだが、しかし。
 俺はゴブリンどもから町を守り抜いてみせる!
 とある町の集会場で拳を突き上げる勇者。プレイヤーからすれば低難度のサブクエストを受けましたというだけのことだし、端から見ているスノーフィアは「ゴブリン10匹にこんな力入れなくても」と思わずにいられなかった。
 ゲームって客観視するとどうしようもなくなるんですね。
 羽衣一枚きりで突っ立っているスノーフィアに誰も注目しないのはありがたい話だが、それにしても誰ひとりたぶらかせないのは辛い。人魚になったときも思ったが、人外にはそれぞれ性(さが)があるわけで、サキュバスは青少年をたぶらかしていけない夢を見せたいものなのだ。
 コマンドすら出ませんから、満たしようのない欲なんですけど。
 なにも言わずにスノーフィアの横で棒立ちしている他のヒロインキャラも、すでにもれなくサキュバスへ転職している。彼女たちにも欲はあるんだろうか? というか、このパワープレイしか考えていないパーティ構成に疑問はないんだろうか?
 ないでしょうね。だってプレイしてるとき、私だってそんな疑問持ったことありませんから。
 ゲームキャラにとって、プレイヤーの都合は神の意志に等しい。しかしこうして意思をもったキャラになってみれば、やはり自分が選んだ道を全うしたいと願わずにいられなかった。少なくとも、人外にはなりたくない!

 俺は君を誰より信頼している。いや、信頼じゃないな。もっと深く信じて、頼ってしまっているんだ。
 勇者の言葉で、スノーフィアの好感度がぐぐっと上がる。陳腐なセリフ回しに心がどれほど盛り下がっていても、強制的にだ。
 シナリオライターが古い人なんでしょうか? 全体的に文語調ですよね。まあ、好感度が上がると能力値も上がりますし、割り切るしかないんですけど。
 同じようなセリフで他のヒロインの好感度も最高値まで高まっているので、この後の戦いはさらに無双となるはずだ。
 ――勇者は愛でヒロインを利用するもの。この世界に嫉妬や軋轢はなく、ヒロインたちはただただ一途に勇者へ想いを寄せる。
 それもゲームだからってだけの話ですけど私、二度とハーレムエンドは選ばないって誓います。

 魔王、おまえもこれまでだ!
 鍛冶神が鍛え上げた黄金甲冑でその身を鎧った勇者と、相変わらず羽衣一丁なヒロインたちが魔王とその側近どもへ迫る。
 この装備のギャップ、なんでしょうね? 胸中で嘆きつつ、スノーフィアは他のヒロインと共に魔王を取り囲んだ。
 サキュバスの補助魔法は、スキル耐性を持つ魔王にはいっさい効かない。まあ、いつどこであれ殴ったほうが強くて早いわけだが。
 なので、ここでもとにかく殴る。魔王がテレポートしたら追いかけてまた囲み、殴る。
 その間、勇者はエフェクトを輝かせて側近へ必殺技を放っていた。うーん役立たず。
 やれやれとかぶりを振り、スノーフィアはとどめの手刀で魔王の首を斬り飛ばした。


 気がつけば、スノーフィアはモニタの前に据わっていて、エンディング画面をながめていた。
 夢なのか怪異によってゲーム内へ引き込まれていたのかは知れないが、ともあれ設定条件をクリアし、我を取り戻すことができたらしい。
 希な経験ではありましたね。思うことも多々ありましたし。
 スノーフィアはうなずいて立ち上がり、キッチンへ。見事な手捌きで新たなレモンサワーを仕上げて戻り、スノーフィア解放直後のセーブデータをロードする。
 ヒロイン全員、最初の職業縛りにしてクリアしましょう!
 先の経験を無駄にはしない。心を据えて、スノーフィアはコントローラーを握り込んだ。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年01月06日

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