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『復讐の残骸(1)』
水嶋・琴美8036

 ――見つけた。
 物陰に身を潜めていた人影は、道を歩く少女を見て歓喜した。
 ひどく美しい少女だ。薄暗い夜道であっても、彼女から溢れ出る魅力を完全に隠し切る事は叶わないらしい。感情など持っていないはずの異形の人影すら、一瞬見惚れてしまいそうになる程であった。
 少女……水嶋・琴美(8036)は仕事を終えて帰路についている途中のようだ。彼女が足を進めるたびに、靴が地面を叩く小気味の良い音が辺りへと響く。夜の闇を恐れる事なく真っ直ぐに進むその足取りは、彼女が胸に抱く自分への自信を現しているかのように堂々としており迷いがなかった。
 不意に、風が吹く。揺れる琴美のロングヘアを追うように、襲撃する機会を伺っていた人影はナイフを振るった。
 けれど、その刃先は琴美には届かない。たった一瞬の間に、襲撃者の目の前から彼女は忽然と姿を消していたのだ。
「残念だったわね、私に不意打ちは通用しないわ」
 その声は、何が起こったのか理解が追いつかず呆然としていた襲撃者のすぐ真後ろから聞こえた。音もなく襲撃者の背後へと回っていた琴美は、相手を小馬鹿にするような笑みを浮かべる。愛らしいその笑顔には、確かな嘲りが含まれていた。
 慌てて振り返った襲撃者は、睨むようにじっと琴美の姿を見やった。ただの人のような姿形をしているものの、襲撃者の瞳は暗く淀んでおりどこか不気味な雰囲気を醸し出している。琴美の瞳が夜空のような美しい黒色だとしたら、襲撃者の瞳は一切の光がない闇夜だ。なめるように彼女を見つめる視線から、琴美に対する異常な程の執着が見て取れた。
 襲撃者は、再び攻撃を繰り出す。しかし、手に持っていたはずのナイフは琴美へと届く前に宙へとその身を踊らせていた。琴美の手に武器らしきものはないというのに、彼女は得意の格闘術を使い的確にナイフを蹴り上げたのだ。
「遅すぎる。動きに迷いが多いわね。戦闘経験はあまりないのかしら? 特別に、手本を見せてあげるわ」
 長くしなやかな琴美の脚が、再び振るわれる。今度はナイフではなく襲撃者の身体へと叩き込まれたその一撃は、強力な上に無駄がなく華麗であった。そのたった一撃で、彼女は相手に圧倒的なまでの力の差を見せつけてみせる。
「もう終わり? 訓練前に少し身体を動かそうと思ったのに、準備運動にもならなかったわね」
 あっさりと倒れ伏し動かなくなった襲撃者を一瞥し、琴美はその艷やかな唇から呆れたような溜息をこぼした。
 慣れた手付きで、琴美は通信機器を操る。通信の先にいる特殊部隊の仲間へと現場の後処理を頼み終えると、少女は物言わぬ無残な遺体を侮蔑を込めた瞳で一度見下ろしてから、その場を後にするのであった。

 ◆

 琴美が上司から緊急の任務についての連絡を受けたのは、拠点で自主訓練をしている最中であった。
 夜道で襲撃者と戦った上につい先程まで過酷な訓練に励んでいたというのに、琴美の顔に疲れの色は一切なく、いつも通りの落ち着いた面持ちで彼女は上司の話に耳を傾けている。
「つまり、先程私が倒した敵がいつの間にか逃げ出していたという事ね?」
 数刻前に琴美が倒した襲撃者の姿が、後処理をするために現場に駆けつけた仲間達が一瞬目を離した隙に忽然と消えてしまったらしい。まるでゾンビのように、遺体が起き上がり逃走したのだという。
 むろん、琴美が敵を仕留め損ねる事などありえないし、倒された人間が蘇るはずもない。少なくとも、あの襲撃者はただの人間ではなかったという事だろう。
 人ならざる不気味な存在を、野放しにしておくわけにはいかない。それ故に、急遽琴美へとせん滅の任務が与えられる事となったのだ。
 敵の狙いは、未だ分からない。個人なのか、組織単位で何かを企んでいるのかも不明瞭な状態だ。しかし、琴美は二つ返事でその任務を受領してみせた。
「敵が何者だろうと関係ないわ。私は私のやりたいようにするだけよ。それに……」
 くすり、と琴美は悪戯っぽく笑ってから、その魅惑的な唇で続きの言葉を紡ぐ。
「相手の正体には、すでに見当がついているわ」
 先の数分にも満たない戦闘においても、琴美は相手の動きから僅かな違和感を感じ取り、思考を巡らせていたのだ。傲慢であり他者を見下す事が多い琴美だが、彼女はそういった言動が許される程の確かな知識と実力を兼ね揃えているのである。
「他の仲間への協力の申請? そんなもの要らないわ。余計な動きをされると、かえって邪魔になるもの。今回の任務も、私一人に任せてちょうだい」
 そう言い切ってみせる琴美の自信に満ちた姿は、上司の心すらも惑わしてしまいそうになる程の魅力に溢れていた。
 美しいものでも毎日見続ければ飽きるという話は聞くが、琴美においてはその通説は当てはらまないだろう。真に美しい者は、日々人を魅了し続けてみせる。
「いつだって私は、最高の結果をあなたに持って帰ってきているでしょう? 今回も変わらないわ。私には敗北なんて似合わないもの」
 思わず頷き返した上司に、琴美は満足げな微笑みを浮かべるのだった。

 ◆

 私室へと一度立ち寄った琴美は、ワードローブから服を取り出す。
 琴美の完成された身体のラインをなぞるように、ラバースーツが美しい肌を包み込んだ。ボトムに履くのは、ミニのプリーツスカートだ。ラバースーツと同じく烏羽のような美しい黒色のその衣服は、夜の戦場を駆ける琴美によく似合う。
 手に持ったナイフの磨き上げられた刀身が、特殊部隊のエースの端正な顔を映した。死の危険すらある戦場にこれから向かうというのに、その顔は穏やかな笑みを浮かべている。むしろ、普段よりも上機嫌なくらいであった。
 事実、琴美の胸中は期待に溢れていた。年頃の少女らしくショッピングやお洒落も好んでいるが、それでも自らの圧倒的な力で敵を徹底的にせん滅する事ほど彼女の胸を高鳴らせる事はない。
 着替えの仕上げに、グローブをはめた手で琴美は膝まである編上げのロングブーツを履く。
「私の予想が合っているなら、今日は退屈しないで済みそうだわ。せいぜい、楽しませてちょうだいね」
 今宵の空には三日月が浮かんでいる。彼女の唇は、その月すらも挑発するかのように美しい弧を描くのであった。


東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年01月06日

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