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『復讐の残骸(2)』
水嶋・琴美8036

 音もなくナイフが宙を走る。反撃する事すら叶わずに倒れ伏していく敵の残骸が、水嶋・琴美(8036)が歩いた道に積み上がっていく。
 倒したはずの敵が消失するという不可思議な現象が起きた現場へと足を運んだ琴美は、僅かに残されていた痕跡と前々から訝しんでいた組織のリストを照らし合わせ、敵の拠点を割り出していた。
「厳重に警備されているという噂を聞いていたのに、この程度だなんて拍子抜けね」
 敵の拠点である研究施設を守る警備用の戦闘ロボットならば少しは楽しませてくれるのではと琴美は少し期待していたのだが、その期待は見事に裏切られてしまっていた。最先端の技術を使い製作された戦闘力に特化したロボットであるはずなのに、彼女の歩みを一秒でも止める事の出来る者はこの場にはいないようだ。
 拠点へと足を踏み入れようとしていた彼女の背中を狙い、不意打ちの攻撃をしようとしていた敵の身体は、次の瞬間には暴れ狂う風の中に飲まれていた。気付いた時には、拠点の周囲には不自然に思う程威力の強い暴風が吹き荒れている。
 その風は、琴美の命令を忠実に聞く彼女の下僕だ。琴美が念動力で操る事により、さながら見えない刃となり風は敵を切り刻んでいく。どこから振るわれるかも分からない刃から、逃れる術はない。
 物言わぬ残骸と化したロボットに対し見下すような視線を投げた後、琴美は「敵に期待なんてするもんじゃないわね」と独りごちる。彼女へと襲いかかったロボットがまた一体倒れ伏し、その身体を無様なガラクタへと変えるのだった。

 ◆

 少女の爪先まで丁寧に手入れされている指が、軽快にパスワードを入力していく。ロックの解除された扉が、彼女を招き入れるように開いた。厳重なセキュリティを難なく突破しながら、琴美は敵拠点の奥へと進んで行く。
 拠点内は、不気味なほどに人の気配がない。彼女を出迎えるのは、無機質な機械ばかりだ。
「ロボットの研究をしていた施設なだけあって、やはり敵はロボットばかりのようね」
 よりリアルなロボットを製作するためと言い、非人道的な事にも手を染め時には生者を犠牲にしていたという黒い噂の耐えない組織だ。世界の平和のためにも、徹底的に叩きのめす必要があるだろう。塵どころかネジ一つ残す事なく、敵をせん滅する事を少女は改めて胸の中で誓う。
 次の扉のロックを解除するために端末へと手を伸ばしていた琴美の手が、不意に背後へと振るわれた。忍び寄る敵の気配に気付いた琴美は、振り返る事なく相手の身体へと重い一撃を叩き込む。
 すぐに跳躍し距離を取った敵は、隠し持っていたらしいナイフを取り出して琴美の方へと向かい投擲した。琴美のすぐ真横をナイフが通ったが、少女は眉一つ動かす事なく冷静に相手の動きを注視している。
 琴美が今対峙しているのは、今回の任務を受けるきっかけとなった夜道で襲ってきた襲撃者だった。しかし、襲撃者の攻撃はあの時よりもずっと速く、動きにも無駄がない。まるで、人が変わったかのように。
「今の動き……。やはり、そういう事ね」
 しかし、琴美は驚くどころか納得するように一度頷いてみせた。こうなる事を、彼女は予測していたのだ。
 琴美には遠く及ばないといえど、特務統合機動課に所属している者は優秀な者ばかりだ。そんな彼らの隙をつき、その場から音もなく逃げ出す事など誰にでも出来る芸当ではない。
 ……けれど、琴美は断言出来る。自分ならば、確実に可能である、と。
 琴美の念動力によって、室内だというのに風が巻き起こる。荒れ狂う風のナイフに斬られた敵の顔が、卵の殻がむけるように崩れ落ちていく。
 そこから顔を覗かせたのは、人の姿を模した機械だ。襲撃者もまた、この研究施設で製作されたロボットだったのだろう。
 そしてこのロボットは今――琴美の戦闘時の動きを正確に真似ている。
「あなたの狙いは最初から私一人……私と戦う事で、あなたはトレースしたのでしょう? 私の動きを」
 まるで人が変わったかのように、見違える程速く鋭くなった敵の動き。実際、人が変わったのだ。正確には、ロボットが動く時に参考にしている人物が、だが。
 忠実に人の動きを模す事が可能なロボットは、琴美に襲いかかった時に彼女の動きを記録していた。しつこく琴美の姿を目で追っていたのも、参考にするのに必要なデータを少しでも多く残す必要があったからだろう。
 寸分狂う事すらなく、正確に琴美の動きをなぞるロボット。機械で出来た身体は人より頑強な上、疲労する事すらない。
 能力が同じであるならば、人の身体である琴美の方がずっと不利な戦いだ。
 しかし、琴美は微笑む。今日一番の満面の笑みを浮かべて、自信も余裕も失う事なく彼女は敵を見下し嘲笑う。
「まがい物のコピーといえど、自分と戦えるなんて願ってもない事ね。また手本を見せてあげるわ」
 言い終わると同時に、少女のブーツが地を叩く。ナイフを持った二つの人影が前へと踏み出したのはほぼ同時であった。刃が交差し、甲高い音が響く。
 夜はまだ明けない。この戦いの結末は、全てを見下ろす月すらもまだ知らなかった。


東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年01月06日

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