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『近くて遠い、すぐ隣』
アルフロディka5615)&緋袮ka5699

「……出遅れたか」
 聞こえてきた声に、アルフロディ(ka5615)は顔を向けた。
 そこに立つ緋祢(ka5699)の視線の先には、一つの依頼の掲示。呟きは、とある集落に雑魔が現れたというその内容──ではなく、その上に重ねられた『人員確定』の文字に対してなのだろう。
 仕方ない、と割り切る様に一つ息を吐いて、緋祢は別の掲示に視線を巡らせ始める。アルフもまた、追従するように別の依頼へと目を向けるが、純粋な戦闘を求められる依頼というと、今はこれだけのようだった。
 仕事が全くないわけでは無い。慰安であったり復興の手伝いであったり。ハンターだからこそ効果が見込めるものや、力仕事と言えるものもあった。
 だが、生粋の傭兵である緋祢にとってそれは、食い扶持のために一時的にやるのはともかく、立て続けにそうした依頼ばかり受けて満足が出来るようなものではきっと無いだろうとアルフには思えた。
「ここで仕事を待ち構えてるってのも、そろそろ潮時かもな」
 続く緋祢の言葉に、アルフは再び顔を上げる。ふと広がった視界に、オフィスの空気の変化をはっきりと感じ取った。
 邪神戦争が終わり暫しの時が経ち。後始末のゴタゴタも収束しつつある。かつてのころよりもオフィスを訪れる人は目に見えて減った。
 完全に居なくなることは無いとはいえ、歪虚の出現はその数も強度も大きく下がった。ハンターオフィスまで駆け込まずとも、自警団で解決したり、領主に訴え出れば収まるという事も増えてきているだろう。
 そうして、減ったのは依頼を持ち込む者ばかりではない、請け負うハンターの姿もだった。この状況に、もう「覚醒者だから」と義務感を背負う事も無くなり、故郷に、そして本来の生き方に戻ったのだろうか。
 ああ、そうだ。世界は変わった。あの戦いの終焉を切欠に、紛れもなく。そんな空気を認めて……。
「緋袮様は今後は如何なさるのですか?」
 アルフは思わず、ただ零れるように緋祢にその事を尋ねていた。
 ……口にしてから不用意だっただろうかと思うような問いに、
「あ? 別に変わんねーだろ。ここで稼げないなら他所へ行くだけだ」
 緋祢は、事もなげにそれだけを答えてみせた。
 特に焦ったり落ち込んだり、故に機嫌を損ねたでもない様子にアルフは安堵して──思い直す。
 何気無しに聞けてしまったのはむしろ、初めから分かっていたからなのだろう。
 身体ごと向き直り、真っ直ぐに緋祢の、その立ち姿全身を今一度しっかりと見る。
 真っ直ぐ前を見るだけの瞳。自然体に、凛と立つその姿勢。そこから感じられる、確たる己の芯、生き様。
 これが、アルフの見て来た緋祢という女性だ。初めて会って、そして一目で見惚れたときから何も変わらない。
 ……一つの戦いが終わったところで、その先行きに惑うことなど有るはずも無かったのだ。彼女は彼女がずっと持ってきた己の生き方、それに従い続ければいいのだから。
 彼女は変わらない。揺るがない。何も。ならば──
 ……ならば、己はどうなのだろう。
 自然な成り行きで引っ張り出されたその思考に、じわり、と不安の靄がかかる。
 彼女が戦うからそれを支えてきた。その在り様を疑問に思うことなく側に居られたのは……当たり前のように激しい戦が続いてきたからだ。そんな最中にあったからこそ、自分だって盾として癒やし手として、多少なりは彼女の役に立てていた。
 だが、これからはどうなのか。別に自分など必要とせずとも、彼女のみで切り抜けられるような仕事ばかりになるのであれば。
 ──役に立てないのなら自分など緋袮にとって弱いだけの邪魔な存在なのでは?
 気付いた事実に身じろぎして、不自由になった左腕がそんな動作すら縫い留める。
 目の前には。
 変わらぬ彼女の横顔があった。
 ああやっぱり──なんて美しいのだろう。
 眩くて、そして遠ざかっていくような錯覚を覚える。
 無意識に、右手は言うことを聞かなくなった左腕を撫でていて。そしてまた唇は、不意に想いを零していた。



 今後の不安など、実際強がりでも何でもなく緋祢には無縁のものだった。
 待っていて仕事が来ないというのであればこちらから探しに行けばいい。今ならそう、街に受けた被害により一旦治安が悪くなったところなどが、復興までの一時的な保安員としての人手を求めているなどはあるだろう。
 どれ程この世が変わろうが、荒事の専門家の需要が無くなることなど無いのだ──それは仮に世界から完全に歪虚が消失し、人類だけの世になろうとも、だ。
 親の代から『そういう世界』に生きてきた彼女は、理屈ではなく魂でそれを理解している。
 とはいえ、ぼさっと胡座をかいて待っていればいい、という甘い世界でもない。世界の変化に、立ち回りは変える必要はある。
 旅に出る時だ。言葉にして実際、培った己の嗅覚がそのことを確信する。そこにやはり不安と言うほどのものは無くて。代わりにふと思ったのは。
(こいつはついてくんのか?)
 すぐ横に立つ存在、そのことについてだった。顔も向けていないが、視線は感じ続けている。だからそれもすぐに、
(……まぁついてきても困りゃしねえか……)
 それだけの話として終わる──と、思っていた。
「もうきっと、私は緋袮様のお役に立てないのでしょうね……」
 そんな、弱々しい声が聞こえて来るまでは。
(…………は?)
 一瞬、頭が真っ白になる。
 役に立てない? だったら何なのか。……付いてこないで、ここに残る……のか?
 彼が自ら自分から離れていくことを選択する。
 先の自問──そこに、そんな可能性は考えてすらいなかったことに、彼女は気付いていない。だからただ面食らうことしか出来なかった。
 もう一緒に行かないとこいつが言ったら、自分はどうするのか。分からない。何も思い付かない。だから……。
「誰もんな事言ってねーだろ!!」
 咄嗟に口をついて出るのは。この場で彼女がすることは。
 彼女にとっては当たり前の事を、当たり前だと確かめるだけだった──自分が良いと言えば、お前はついてくるんだろう? と。
 後先も考えずただそれだけを確認するために、緋祢はアルフに向き直る。
 その顔を、正面から真っ直ぐに、見据えて。
 そうして。
 まず、その目が驚きに見開かれるのを見た。
 それから。
 ゆっくりと。まるで、蕾が綻ぶように……──。
 ……暫くの間、動けなかった。
 その表情の変化、そこにじわじわと満ちてゆくものから、目が離せなかった。
 ただ呆然と見る。驚きに小さく開いた口元が緩やかなカーブへと移り変わっていき、そしてその口元がまた動いて。
「……宜しいのですか?」
「…………あ?」
 そこから紡がれた音に、まだ反応出来ない。
「これからも、お傍に居ても、宜しいのですか?」
 丁寧に、間違えようもない文章で聞き直された問いを、暫くの間を置いてようやく理解して。
「つ、ついてくんなら勝手にしろよ! ただしこき使ってやるから覚悟しろよ!!」
 緋祢はやはり咄嗟に、怒鳴ってそっぽを向いて、そう返した。
「旅をするのでしたら料理はお任せください。野外料理も慣れていますから、きっとお役に立てますよ」
 反らした視線の向こうから、追うように聞こえてくる言葉。その声色で、見ずともアルフが今どんな気持ちでいるのかが分かる。
(つくづく……変なエルフだな)
 改めて緋祢は思うのだった。いつも通り、ずっと続けてきた、雑な対応。その何処が、そんなに嬉しいのだと言うのだ。
 思いながらも、もう一つ認めるものがあった。どうやら自分はそれでも……この変わり者のエルフとの旅が続くことに、安堵しているらしい。
 ああそうか。
 自分にとっていつの間にかこいつは、『仲間』になっていたのだな、と。緋祢は自覚する。離れているよりは、共にいる方が自然な関係。
 あとは……責任感もあるのだろう。らしくない、彼の弱音は、動かなくなった左腕のことも無関係ではあるまい。……邪神戦争の際に、自分を庇ってできた傷の後遺症。
 自分のせいだ。相手が何といい、どう思っていようがこれは彼女の中で譲れない事実だった。なら、彼が側にいる限りは、自分が守らなければならない。これもまた、彼女の中で決まっていることだった。
(面倒くせーことになりそうだから、言わねーけど)
 そうして。
 緋祢はまた、ちらりとアルフを見る。彼は相変わらず感動に潤んだ目で真っ直ぐに己を見つめて来ていて、じっと見ていると背中やらどこかがざわつく心地がして落ち着かない。
 ……また、身体ごと向きを変えて視線を逸らした。切り替わる景色に、ここがオフィスの一角であったことを意識する。……先ほど、自分は思ったより大声を出さなかったか? 視界に入ってきた行き交う人たちから、変な視線は感じないが……思わず咳払いが一つ出た。
 ああくそ。
「思い立ったらなんとやらだ。さっさと準備すっか」
 半ば自棄のように告げる。なんとなく、空気を変えたくて仕方が無かったのだが……嗚呼なんだか本当に、今がそのタイミングなのだ、と思えて仕方ない。
「はい、緋祢様。旅の準備ですね。すぐに纏めてまいりますので」
 そんな彼女に、アルフはすっかり気を取り直したようで、穏やかに応えてきて。
(……言っといてなんだが、いきなり旅に出るっつって二つ返事かよ)
 苦笑する。生業柄、自分の荷物はすぐに纏まるが、こいつはどうなのか。
 あるいは多少の物は投げ捨ててでも構わないと言うのか。
 ──……まあどこかそれも、そんな気はしていたけど。
「慌てて妙な荷物にすんじゃねーぞ。多少は待っててやるからちゃんと整理してこい」
 苦笑はいつしか微笑に形を変えながら。緋祢はやはりぞんざいに、ぶっきらぼうにアルフにそう伝えて。
「──はい! 有難うございます!」
 そしてまた、だからなんでそんなに嬉しそうなんだよ、と首を傾げるのだった。



 ……前を行く緋祢が歩き始めて、その歩調がもう振り返ることは無いだろうと確信すると、アルフは再びそっと己の左腕を撫でた。痺れの出るこの腕が、良かったと思ってはいけない。緋祢が気に病むことをアルフは決して喜べなどしなかったし、動いた方がもっとお役に立てることは間違いないのだから。
 それでも、今だけはこの腕が今、咄嗟に言うことを聞かなかったことに、安堵と感謝をしてしまうことが一つあった。
 もしあのとき。緋祢が慌てて振り返って真っ直ぐこちらを見て、フォローの言葉をくれて……そして暫く、言葉を失っていたあのとき。この腕が思いのままに動いてしまっていたら。
(……思わず抱きしめてしまっていたかも……しれませんね)
 思い留まれたかもしれないが、その衝動は確かにあった。今そのことを振り返って……惜しい、とは、やはり思わない。
 まだ早い。
 まだ己は、それに相応しい男だとは思えない。
 だから、今はこれで十分なのだ。どんな不器用で素っ気ない言動でも、傍に居る事を拒否しないでくれた。それだけで、今のこの身にはどれほどの幸福か。
 そうして、アルフはそっと己の胸に右手を当てる。もう一つ、理解している。今は良くても、この想いの形は、何時かそれでは収まらなくなるだろう、と。
 だからこそなおのこと、焦ってはいけない。
 この想いは、この腕を抱えてなお、共に在ることに相応しいと自分で認められるようになってから、その時に。
 ……そんな時は、来るのだろうか?
 アルフは顔を上げる。オフィスから出て、広がる世界が、そこに待ち受けていた。
 一つの大きな戦いは終結して……そうして、旅が始まる。これからも大切な人と歩む、その道が。
 まだまだ、色々な可能性が、これから繋がっていくのだ。



 ──……そう。









「緋祢様。この場所、覚えていらっしゃいますか?」
 それは例えば、彼らがまた旅を始めてからもう暫く、数年ほど先の、話。
「ん? ああ……言われてみりゃ、お前を助けた場所か」
「はい。……それで、今日はどうしても、ここでお伝えしたいことがあります。やっと、やっとその決心がつきました……──!」




 これからも続く世界。旅。二人歩む、もしかしたら、そんな未来に繋がる道。









━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
凪池です。ご発注有難うございました。
お時間頂くことになってしまい申し訳ありません。
いやあ……その、非常にしみじみ噛み締めるように描写させていただきました。
FNBのゲームは終了しましたが世界は続き、新たなものが始まっていく方々もおられると思います。
お二方もまた、一つの戦いの終わりに始まる新たなものもありましょうと言う事で、その一端が上手く書けましたでしょうか。
納得いただけるものであれば幸いです。
改めて、ご発注有難うございました。
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2020年01月06日

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