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『シンクロ・コンビネーション』
杉 小虎la3711)& 狭間 久志la0848

 赤と青に鎧を塗り込められた二体の天使が、八人のライセンサーに取り囲まれていた。日本の各地を渡り歩いては、双子や三つ子ばかりを狙い続ける奇妙なナイトメア、イスラーフィールである。その戦いぶりも、鏡に映したが如く左右対称に動き回る奇妙なものだ。だが、それだけである。
「歯応えがありませんわね。わたくしもそれなりに経験を積んだという事でしょうか?」
 杉 小虎(la3711)は愛用の大金鎚を振り回す。翼を広げた赤い方の個体へ間合いを詰め、飛び上がる前にその肩を掴んで押さえつける。そのまま足払いを掛けて突き倒し、その胸元へ力任せに鎚を叩きつけた。鎧が拉げ、黄色い体液が飛び散って辺りを汚す。急所を叩き潰された天使は、虫のように汚く喚いて事切れた。
「まずは一体……!」
 小虎はさらに鎚を構え直すと、青の天使へも狙いを定めて突っ込んでいった。天使の正面へ回り込み、そのまま鎚を振り下ろす。顔面に鎚がぶち当たり、頬が拉げた天使は蹲る。手に伝わる確かな手応えに、小虎はさらに戦意を高める。
「さあ狭間様、このまま押し切りますわよ!」
「うむ……」
 しかし、狭間 久志(la0848)は渋い顔だ。刀を構え直すと、彼女の背後から飛び出し、天使の首筋へ刃を振り下ろす。それは咄嗟に手を突き出して刃を受け止める。その隙に小虎は鎚を振るって遠心力を溜め込み、その背中を力任せに叩き潰した。
 臓腑が潰れ、四肢がバラバラに飛び散る。天使は物言わぬ亡骸に変わっていた。危なげない勝利。小虎は笑みを浮かべ、得意げに鎚を掲げてみせた。
「やりましたわよ、狭間様」
「そうだな。流石は武門の名跡を継ぐ娘だ。このままうかうかしてたら俺も追い抜かれそうだな」
 久志は刀に纏わりついた体液を払い、鞘へと納める。深々と溜め息を吐くと、彼女の眼をじっと見上げた。
「だが、その分戦い方が独行気味になってるな。お前だけが先走り過ぎて、周りがうまくついていけなくなってる。俺も今、お前に行く手を塞がれかけたぞ」
「そ、そんなことが! 杉小虎一生の不覚、師匠の戦いを妨げるとは、いくら詫びても詫びきれませんわ!」
 小虎は慌てて雪原の上に額を擦りつける。久志は慌ててその肘を取り、彼女を引っ張り上げる。
「いいんだ。誰にだってある事だ。腕っぷしと目配りを均等に鍛えるってのは中々大変だからな。腕っぷしが先行すれば今のお前みたいに周りを置いてけぼりにするし、目配りが先行すれば、ここぞという瞬間が見えても身体がついていかず、寧ろ危険に身を晒す事になる。だから二つをバランスよく鍛えないとならない」
「なるほど。……武道の実戦は一対一ばかりですから、中々思い至りませんでしたわ」
 小虎は久志の言葉に感銘を受けたらしい。目をキラキラさせている。久志は照れくさそうに肩を竦めた。
「ま、此処からは単純な身体訓練よりも、連携するための目配りや呼吸の合わせを重点的に鍛えた方がいいな。他人に合わせて貰うばかりじゃなく、自分が他人に合わせられるようになって初めて、戦場をリードする一等のライセンサーと言えるはずだ」
「なるほど……心得ましたわ。狭間師匠、今から付き合ってくださいません?」
 師へ迫る小虎。久志は首を傾げた。
「お、おう?」



 そんなわけでやって来たグロリアスベースのトレーニングルーム。師匠と息ぴったりの連携を達成するために、小虎は早速二人での合同訓練へと乗り出した。白い布の上に四色に塗り分けられたいくつもの円。電子音声の指示に従い、そこに両手両足を置いていく。いわゆるツイスター・ゲームである。
『Green, Right Hand』
「次はわたくしですわね……」
 小虎は息を詰め、布の上へ蜥蜴のように這った久志へ半ば覆い被さるように右手を伸ばす。背中に小虎の熱を感じながら、久志は小さく溜め息を吐く。
「……で、閃いたのが何でこれなんだ」
『Yellow, Left Hand』
 久志は僅かに身動ぎする。なるべく小虎から間合いを離そうとするが、左手が腰回りにくるせいでどうしても背中が持ち上がる。そのせいで小虎の胸元をぐいと押し上げる形になってしまった。
「近代の戦場と違って、ライセンサーの戦いは敵味方とも密着しあっての混戦が主になりがちですわ。こうして互いの身体感覚を共有する事で、戦場で混戦になった時も自然に間合いを測り、相互に連携を取れるようにする。それがこの訓練の狙いですわ」
「って言われたら、確かに納得行かなくも無いが……」
『Orange, Right Leg』
 小虎は右足を伸ばし、久志の脚の間にするりと差し込んだ。親亀子亀のようにぴったりと体が張り付いている。久志は意識しないように気を付けていたが、こうなっては彼女が背高な割に少し小さいなどと余計なことを考え出してしまう。久志は深々と溜め息を吐いた。
「お前には羞恥心ってもんが無いのか……」
「何か言いましたか?」
「いや……じゃあ、お前の気が済むまで続けるぞ」

 というわけでしばらくぴったり身体を重ね合わせてくんずほぐれつしたところで、今度はVR型の戦闘シミュレーターの中にいた。設定をちょちょいと弄れば、手軽な精神交換の完成である。
「では、このままナイトメア討伐訓練、参りますわよ」
「待て待て待て」
 自らの身体を借りたまま刀を構える小虎を、慌てて久志は呼び止める。
「どうしてそうなるんだ?」
「これも同じですわ。師匠とわたくし、お互いの身体感覚をお互いになり切って理解する事で、戦場で余計な思考を挟む事なく息の合った連携を可能とするのですわ。相手の気持ちになって考えろ、とよく言うではありませんか? 狭間様にも、わたくしが普段感じているものを理解してほしいのです」
 相変わらず立て板に水を流すように語る。尤もらしい理屈を並べるから、久志もまた納得しそうになる。
「ああ、俺って普段こんな感じでお前に見下ろされてるのかって事が分かった……じゃねえ。別に本当に体が入れ替わってるわけでもあるまいに、いよいよこの訓練に意味があるとは思えないんだが……」
 しかし今度は騙されない。久志は首を傾げっぱなしだ。
「不足はそれこそ想像で補えばいいのですわ! 行きますわよ!」
 現れたナイトメアの幻影に向かって、小虎は突撃を仕掛けようとする。しかし久志は慌てて引き留めた。
「いやいやいや、無茶だ無茶。ストップストップ」

 小虎が次々に案出するスポコンというよりポンコツな訓練の数々。何とかそれを止めた久志は、武道場に彼女を引っ張り込んだ。ライセンサーだらけのトレーニングルームと違って、そこはひっそりとしている。
「おい、そこに正座しろ」
「はい」
 言われるがままに正座をする。久志も彼女の前へ折り目正しく腰を下ろした。
「良いか。別に凝った訓練をする必要はねえ。俺の眼を見ろ」
「はい」
 小虎は背筋を伸ばし、久志の顔をじっと見つめる。
「肩の力を抜け。呼吸を合わせろ。それだけを意識するんだ」
 久志は彼女を諭しつつ、その肩の上下を見つめながら、静かに息を合わせていく。女子の中でも飛び抜けて背の高い彼女は、息も長く、深い。久志も腹式呼吸を意識して、息を深くし始めた。
 剣を抜くこともせず、ただひたすらに二人の深い息遣いが道場に響き渡っていた。それが、次第に一つへ纏まっていく。
 師弟の絆が、また一つ深まろうとしていた。



 一週間後、再び双子の天使型ナイトメアが出現した、という報告を受けた。偶々近くに居合わせた小虎と久志は、共に出現地へと急行していた。
『当ナイトメアについては、補足の情報があります。研究班によれば、この双子型ナイトメア『イスラーフィール』は、片割れが撃破された時点でその情報を何らかの形で中国のインソムニアへと送信し、新規個体を再生産して再びこちらへ派遣しているようです。つまり、殆ど同時に二個体を撃破しなければ、いつまでもこのナイトメアによる攻撃は継続する、というわけです。是非この点を頭に入れたうえで任務に当たってください』
「了解した」
 インカムで通信を受け、久志は応える。刀袋の紐を解き、EXISを抜き放った。小虎も今日は愛用の鎚ではなく、いわゆる長い木刀型EXISを担いでいる。
「いよいよ訓練の成果を見せる時ですわね、狭間様」
「そうだな。今度こそ引導を渡してやろうぜ」
 二人が頷き合った時、いきなり空へ影が差した。赤青の天使が、一斉に飛んで彼女達へと襲い掛かった。二人は咄嗟に身を翻す。武器を構える間もなく、一斉に天使達は怒涛の連続攻撃で圧倒しにかかる。二人は飛び退き、身を翻し、何とか敵の攻勢を凌いでいく。
「こいつらの動き、前回とはまるで違いますわ……!」
「再生したときに強化も受けたか。一筋縄ではいかない……が」
 久志は刀を払って青天使の突進をやり過ごし、そのまま鋭い踏み込みで敵の腰を打ち据える。赤天使が彼へと襲い掛かるが、木刀を構えた小虎が素早く割り込んで敵の攻撃を受け止める。二人は背中合わせで得物を構え、互いに天使と向き合う。
「いいな? しばらく訓練してきた通りにこなせばいい。杉なら出来るだろ」
「ええ、お任せくださいませ」
 二人は互いに呼吸を整え、一気に踏み出した。拳を突き出そうとしたナイトメアの懐へと素早く潜り込み、その鳩尾へと一撃を叩き込む。敵が怯んだところへ、更に頭をかち割るかの如き唐竹割を叩き込む。揃って腕を掲げた瞬間、身を翻して蹴りを叩き込む。そのまま二人は素早く敵を入れ替え、遠心力を乗せた横薙ぎを叩き込む。天使は腰砕けとなり揃ってその場に倒れ込んだ。
「そうだ。その調子だ」
「ええ」
 二人は頷き合い、再び息を詰めて敵へ切りかかる。攻撃の為に力を出す時は、息を止めるか吐くか、二つに一つ。息さえ合わせれば、同時の踏み込みも同時の一閃も思うがままだ。二人の反撃をも懼れぬ猛攻に、いよいよ天使たちは防戦一方である。
「決めるぞ」
「ええ!」
 天使は空へ跳びあがり、揃って一直線に突っ込んでくる。腰を落として構えた二人は、一斉に飛んで迎え撃つ。小虎は真っ直ぐ木刀を振り下ろし、久志は身を捻りながら刀を振り下ろす。身のこなしは違えど、刃の振り下ろされたタイミングは全く同じだ。
 小虎の木刀が頭を砕き、久志の刃が頸を断つ。地面に突っ込んだ敵は、そのまま同時に事切れてしまった。

 得物を納め、二人は互いに向き直る。久志はようやく笑みを浮かべた。
「中々気持ちいいリズムだったぜ」
「ええ、完璧でしたわね」
 小虎も得意げな笑みを浮かべる。天下無双のライセンサーにまた近づけたと、確かな手応えを感じていた。



 かくして、二人は今日も師弟として共に依頼へ臨むのだ。

 おわり




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物
杉 小虎(la3711)
 狭間 久志(la0848)

●ライター通信
 いつもお世話になっております。影絵です。この度は御発注いただきましてありがとうございます。
 訓練がメインという事なので、訓練に多めに文字数を割かせていただきました。楽しんでいただけましたでしょうか。
 ではまた、ご縁がありましたらよろしくお願いします。

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2020年01月06日

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