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『女神主役』
スノーフィア・スターフィルド8909

「いったいどういうことですか!? 私まったく知らなかったのですけど!!」
 スノーフィア・スターフィルド(8909)はデスクトップパソコン――もちろんゲーミング仕様だ――のモニタを指さし、憤った。
 なぜなら、神様が問題児だったらしい“私”の来世の器に選んだほど、“私”が大切にしてきたスノーフィア・スターフィルド……彼女の故郷とも言えるRPG『英雄幻想戦記』が、オンライン版のβテスターを募集していたから。
 αは!? αテストはいつ行われたのですか!?
 怒りの方向性がファンゆえの斜め上なのは許してあげてほしいところだが……油断していた。絶賛開発中と謳い出してすでに3年めの『9』情報ばかりに気を取られ、お報せをよく見ていなかったのだから。
 いや、何度確かめても、実際公式サイトにオンライン版のお報せなどない。しかしそれは確かに存在していて、テスターを募集している。
「募集は……大丈夫ですね」
 すでにテストは始まっていて、今はサーバー負荷を調べるためにテスターの無制限募集を行っている段階らしい。
 テストに参加すると記念アイテムがもらえたりしますし、それを持っているかいないかで、サービス開始直後の“格”が決まりますからね!
 というわけで、さっそくキャラクターメイク画面でスノーフィア・スターフィルドを作りあげ、スノーフィアは『英雄幻想戦記オンライン(通称EGSO)』の世界へと飛び込んでいった。

 無印の世界観を基本とした世界であることはひと目で知れた。ロビーにあたる王城前広場は重厚な石造りで、今まで頭の中で思い描くよりなかった風景が細やか且つ濃やかに再現されている。
 スノーフィアが基本操作を確かめている間にも、続々とプレイヤーキャラクターたちが広場に現われて、知り合い同士で挨拶を交わす。
 こうして見ると、ほとんどの者がちゃんとした装備で身を固めていて、自分が大きく出遅れていることが思い知らされた。なにせレベル1戦士であるスノーフィアの装備は、綿の服とデニムの胴衣、あとはショートソードと木の盾なのだ。
 早く追いつかないと……でも。
 ファンタジーに限らず、オンラインゲームは他プレイヤーとの協力が不可欠だ。スノーフィアも野良パーティに入れてもらって、いっしょにレベル上げするのがいいのだろうが。
 知識はあってもプレイはしてこなかったのですよね、オンゲー。
 なにせスノーフィアは純度の高いぼっち気質。だからこそひとり用のオフゲーである『英雄幻想戦記』で遊んできた。いきなり知らない人とプレイするなんてハードルが高すぎる。
 一応、クエスト掲示板を見に行ってもみたが、やはりひとりでクリアできそうなものは見当たらなかった。
 とりあえずはひとりプレイへの対応希望を運営に出そうと決めて、経験値稼ぎにフィールドへ出かけることにする。

 王城の外にはなだらかな丘陵と草原が広がっており、あちこちに低レベルモンスターの姿があった。
 まずは肩慣らし! 1レベルの敵であるゴブリン3匹へ近づいた。敵の攻撃は盾で弾き、チャージ攻撃やアクティブスキルを組み合わせて1匹ずつ、慎重に退治る。
 この調子です!
 アクションがあまり得意ではないスノーフィアが戦士を選んだのは正しい。魔法使いや弓使い等のテクニックを要求される職では、満足に戦えなかっただろう。
 自分のレベルが上がったのを確かめ、スノーフィアは次の獲物を探して踏み出した。

 ぼっちプレイヤーの数少ない長所は、誰の都合にも合わせず好きなようにプレイできることだ。そして引きこもり唯一の長所といえば、時間を問わず好きなだけプレイできること。
 クエストをひとつもクリアしないまま、スノーフィアは5日ほどでトップ集団に並ぶレベル帯へと達し、他のプレイヤーから“剣スノさん”などと呼ばれるようになっていた。実際、プレイヤーキャラはゲーム本編のヒロインを再現したものも多く、スノーフィアも数多く存在するのだが、おかげでスノーフィア組合的なものに入れてもらえたのは幸いだった。


 そんな中、王城へ巨大モンスターを軸とした敵群が迫り来る。『王城防衛戦』と名づけられたイベント戦だ。
 25名がチームを組んであたるこの戦い、スノーフィアもおそるおそる参加してみると――
『よろしくお願いします!』
 定型文の挨拶を交わす25名、全員がスノーフィア・スターフィルド。いわゆる組合員たちである。
 女神の力は使えませんけど、みんなの力を合わせれば!
 ゲームパッドでプレイしているスノーフィアにチャットでの会話は難しいが、エモートで一礼して、王城へ雪崩れ込んだモンスターへと向かう。
 果たしてスノーフィア以下、戦士たちが盾を押し立ててオークどもへぶち当たり、その裏から弓使いが矢の雨を降らせ、魔法使いが火や氷の魔法を撃ち込み。さらに僧侶がメンバーの防御力を上げ、傷を癒やした。
 右側をお願いします! 回復します、集まってください! 大魔法発動までの時間稼ぎを! チャットウィンドウに次々重なりゆくログを見ながら、スノーフィアは他のメンバーをかばって盾を掲げてフォローする。
 なんだか会社を思い出しますね。ひとつのプロジェクトを成功させるために、みんなでサポートし合って。
“私”だったころの細かな記憶はないが、全体を動かす歯車として自分を尽くすことに嫌悪感はなかった。いや、きっと会社で戦っていた“私”は、歯車になることが苦手だったのだろう。そうでなければ今頃も“私”をやっていたはず。
“私”が嫌でたまらないことを、私は楽しんでいる。それはなぜか?
 もしかすれば、ですけど。会社にはプロジェクトで手柄を得る主役がいるのに、ゲームにはメインを担う主役がいないからなのかもしれませんね。
 ゲーム世界では誰もが主役。自分が望むようにプレイし、自分を貫くことができる。この場の全員、見た目はスノーフィアだが、職業もレベルも普段のプレイスタイルも、それぞれなのだ。

 スノーフィア組合は敵を押し返し、ついにボスであるゴーレムへと至る。
 ゴーレムの周囲を守るガーディアンへ魔法と矢が撃ち込まれ、拓かれた道に戦士が殺到した。こうなればもう、脳筋全開! 前へ前へと突き進み、スキルを叩き込むだけだ。
 ゴーレムの弱点である額までよじ登っては剣を突き立て、振り落とされてはまたよじ登る。回復やサポートは僧侶に任せ、魔法使いと弓使いの遠距離攻撃に合わせて攻撃し続ければ、頭部装甲の裏に隠されていた魔法文字が露出して――
『ラストアタックです!』
 スノーフィアと戦士たちの切っ先が、それを突き崩した。


 イベント戦を終えたスノーフィアは皆と別れ、ゲームを終了する。
 今に至ってなお、このEGSOの製作者が誰なのか、公式が関与していないならなぜ存在を許されているのかもわからなかったが、ともあれ。
 ヒロインという枷に縛られず、自分の足のおもむくまま先へ進んでいけるのは楽しいですね。それに、時々は他のみなさんと力を合わせるのも。
 うんと伸びをして、スノーフィアはキッチンへ向かった。夕ご飯を済ませたらもう一戦行こう。今度はスノーフィアではない、見も知らぬキャラたちに混ぜてもらって。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年01月06日

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