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『フェローミスフィットフェロークリスマス』
六波羅 愛未la3562)&ヘイゼルla3576

●ノエル
 十二月からこちら、いたるところで誰もがキャロルを耳にする。
 それもロケーションのオーナーごとに求めるニュアンスは隔たりがあるようで、その通りや店の格式であったり、主要な顧客の購買意欲を狙った訴求であったり、長居して貰うためであったりと、目的に応じた選曲がなされており、装飾も相俟って、街を適当にぶらついているだけでも、とりあえず退屈はしない。
 とはいえ、ひと月近くも聴いているとさすがに食傷気味となるものだが、そう思う頃にはちょうどイヴを迎えていたりするもので。
(うまくできてるよねえ)
 子供連れの若夫婦やら初々しいカップルやら学生の一団やらとすれ違ってから、六波羅 愛未(la3562)は毎年のことをぼんやりとそう思った。
 特にあてはない。
 欲しいものがないわけでは、ないけれど。
 そのとき。
「……あら」
 赤い目に雑踏としか映らなかった往来の人々の中で、誰かが立ち止まった。
「おやおや」
 愛未も声を上げて立ち止まった。
 よく手入れされたやわらかな髪。仕立ての良い身なりに不似合いな大きめのモッズコート。知人ならば見紛う筈のないくっきりとしたアーモンドアイに、凛とした、品のある物腰。
「ヘイゼルちゃん」
 親しげに歩み寄る愛未を少し見上げながら、ヘイゼル(la3576)は瞬きを以って応えた。
 ほんの少し、その瞳に僅かながら安堵が窺えたように思うが、気のせいかもしれない。
「奇遇ね。お買い物でも?」
「さあて、ね。ヘイゼルちゃんこそ、イヴの夜にひとりでどこ行こうっての?」
「決めていないわ」
「なるほど」
 二人は、どちらからともなく並んで歩き出す。
 お互いに要領を得ないことしか言わないのに、不思議とその会話が滞ることはない。
 きっと元々どこか近しい部分があって、だから知り合い、こうして語らうに足る間柄となったのだろう。
 とはいえ、埒もなく埒のあかない話を繰り返すだけではやはり不毛だ。
 そろそろ一石を投じたいところだが。
 思案する愛未の目が、ふと、見慣れた電飾入りの看板に留まった。
「そうだ。すぐそこにいい店があるんだけど、これからどう?」
「すぐそこ? って」
 馴れ馴れしい笑みで「うん」と愛未が指さすほうを見て、ヘイゼルは俄かに言葉を失った。
「まあ……………………そう、ですね」
 さも反応に困るというふうに。
「よし決まり」
 曖昧な応えを敢えて肯定と捉え、愛未はヘイゼルを案内した。


●イヴ
 果たしてヘイゼルが連れ込まれたのは、件のいかがわしげな看板の示す棟ではなく、その奥にある路地裏の、更に奥だった。
 古くからある場所なのか、左右からばらばらに突き出た建物は薄汚れており、ろくに手入れされた形跡も見当たらない。おまけにただでさえ細い道に様々な大きさ、形状の立て看板が並び、人気が薄いのにも関わらず見る者に猥雑な印象を与える。煌びやかながらも整然とした表通りとは、まるで別世界だ。
 が、ヘイゼルが不快に思うことはなく、むしろその佇まいにどこか温かみすら覚えた。
 それは単に今の気分がそうなのか、少し前を行く雪よりもくすんだ髪色の主が薄明の景観に馴染んでいるからなのか、他にもっと違う理由があるのか、自分にはよく分からないけれど。
 少なくとも、この時点での愛未の振る舞いは紳士的と言えた。半ば強引に誘いながらも彼女に指一本触れることはなかったし、ろくに振り向かず先導している割には、こちらに歩調を合わせてくれている。お陰で世の中が違って見えている側面も、きっと、なくはない。
「はい、到着」
 とりあえずの紳士は、やがて突き当たりで薄明りにぼうやり見える“Presepio”の焼き印が押されたアンティークマホガニーの扉を気前よく開けると、「どうぞ」と妙に恭しい所作で入店を促した。
「……」
 言われるままに中へ足を踏み入れると、そこは――四方を荒めのレンガで囲む、こじんまりとした空間だった。カウンターの他にもいくつかテーブルを囲む席は確保されているものの、低い天井とおぼろげな照明が、人と人、物と物の距離を狭めているようだ。船の看板にも似た床面は中敷きがあるためかあまり響かず、自分の足音にうっかり驚くこともない。
 しかし、特筆すべきは客層であろう。
 見目こそふつうの人間ながら、ヘイゼルが見ても明らかにこの世界とは文化圏の異なる奇抜な身なりをした者、死人のごとき肌色の者、獣とも鳥とも蜥蜴ともつかぬ造形の頭をした、けれど人型ではある者など、まるでSALFの関係施設を彷彿とさせる顔ぶれが、誰一人相席することなく思い思いのテーブルをひとりで使っている。
「ひさしぶりマスター」
 店内へ視線を巡らすヘイゼルの後ろから頭上越しに、愛未が挨拶するも、やけに不愛想な店主は一瞥をくれただけだった。
「クリスマスでも相変わらずか……ってこっちは今日“彼女”連れなんだけど、なんか特別なの出してくれたりしないの?」
 好き勝手言いながらカウンター席に腰掛ける愛未に倣い、ヘイゼルもその隣に座る。
 そして店主が後ろの大きな棚を漁り始めたところで、愛未が意味は意味ありげな笑みをこちらへ向けた。
「なに?」
「照れないんだ?」
 彼女呼ばわりのことか――少し意味を考えたヘイゼルは間もなく結論付け、
「良い体験ができるなら」
 てらうでもなくそう答えた。
 ここなら落ち着けそう――自然にそう思えたから。
 そも、ヘイゼルが外を彷徨っていたのは、ゆっくりできる場所が欲しかったからなのだ。
 少し気が緩んで、途端に今日の賑やかなばかりのハイライトが脳裏をよぎる。
「ハロウィンもそうだけれど」
「うん?」
「この世界の人達はバカ騒ぎが好きなの?」
 ゆえにか、つい口にしてしまった言葉は、微熱の籠もるものとなった。
 愛未が「ああ」と笑う。
「宗教行事だよ。聖人の生まれた日で、それを祝福する日。家族や、恋人なんかと一緒にね」
「家族……」
「そっちの世界に祝日はなかった?」
「祝日はふつうにあるし、宗教上の祭事だってするわ。でも」 
 問い返されれば、ヘイゼルはすぐに応える。問題はそこではない。
「だからと言って、街中むやみに明るく飾り付けたりはしないわよ……。騒がしくもないわ」
「なるほどね。まあ、本来はこっちも似たようなもんだ」
「本来?」
「そ、本来。もっとも、今となってはそれに乗っかった、ただのお祭り騒ぎだが」
「きっと平和だったのね。だから精神性が軽んじられるようになったんだわ」
「平和、か。ある意味そう――だったのかも」
 愛未がヘイゼルの疑義に幾許かの逡巡をはらみながらも半ば肯定をみせた頃。
 カウンターの向こうから、藪から棒に二人の前にグラスとシャンパンのボトルが置かれた。
「三十年物? ……ま、たまにはいいか」
「どうかしたの?」
「どうもしないよ」
 愛未は事も無げだが、ラベルを見て微かに声のトーンが上がったことにヘイゼルは気づいていた。
 多少なりともこの男が驚くなど、珍しいものを見たように思う。
「それよりも――」
 さっぱり意味が分からないヘイゼルにヴィンテージの注釈をするでもなく、愛未は慣れた手つきで栓抜きを刺し回しにかかる。
「まずは乾杯しよう」
 ガラスをなぞるコルクの気前のいい音が、店内に響いた。
 

●プレセピオ
 初手はキールロワイアル。もちろん件のシャンパンを用いたものだ。
 その後はマティーニとパリジャンを、それぞれ愛未とヘイゼルが頼み、続いて食事が供された。
 恐らく“特別”なものをと気を利かせたのであろう、マルゲリータとマリナーラのハーフ&ハーフピッツァ、ターキー、ミートローフ、フィッシュ&チップスと、マスターは注文も待たずにそれらしい料理を次々と並べていく。
「さすが分かってる」
 上機嫌な愛未が賞賛しても、例によってなんら応えることなく。
 矛盾するようだがこの不愛想さも、もはや愛嬌なのかもしれない。
 なにはともあれ、愛未は邪魔にならぬよう後ろ髪を結わえると、出された料理に片っ端から長い手を伸ばし、瞬く間に平らげていった。
 ヘイゼルはと言えば、痩せぎすな彼の姿には意外ともとれる食べっぷりと、少しもこぼさず取り皿も綺麗な行儀の良さを、感心したように眺めている。とはいうものの、そんな彼女もまた、モーツァルトミルク、タレアカルーア、アプリコットコラーダなど甘そうなカクテルをオーダーしては空けており、愛未は少しだけ心配しておくことにした。
「気に入った?」
 さすがに上気したのか頬を赤く染めたヘイゼルに、愛未は手を拭きながら尋ねた。
 彼女はチョコレートグラスホッパーを僅かに吸い上げ、白い喉が音もなく動いてから、やっと頷く。
「ええ、悪くないわ」
 呂律からも酔っている様子はない。存外に酒豪――瞬時に確かめてから、愛未は話を続ける。
「この店はさ、放浪者や訳ありの客が多いんだ。覚えておくといいよ」
「どうして?」
「はみ出し者同士のよしみってやつかな」
「そういうこと。なら、ときどきは来てみようかしら。ところで」
 ピザを少し食べて口を拭いながら、今度はヘイゼルが切り出した。
「考えてみたら私、あなたのことをよく知らないわ。名前さえ」
「名前?」
「だって恰好がつかないでしょう? 名前も知らない“彼女”なんて」
 ストレートにやり返され、愛未は口角の一方を釣り上げる。
 つくづく面白いお嬢さんだと思った。こんなはみ出し者の自分を相手に。
「……姓は六波羅、名は愛未だ」
「では、愛未――と呼んでも差し支えないのかしら」
「好きに呼んでくれたらいいよ」
「そうさせていただくわ。家名だけでは区別がつかないから」
 恐らく彼女なりの筋を通すためなのだろう、至極まっとうな理由を添えて、ヘイゼルはミントカラーのカクテルを一気に飲み干した。
「私は、ヘイゼル――と、名乗ってはいるけれど。本当はね、クロエと言うの」
 そして、僅かばかり勢いよく、重大な事実を打ち明けた。
 今のでさすがにアルコールが回り始めたのかもしれないが、さておき。
「…………。いいのかな?」
「もしもこの世界の人間に気安く呼ばれたら――なんて、想像しただけで死ぬほど嫌」
 やはりそうなのだ。実にこの娘らしいが、ならばなぜ愛未に話した。
「じゃあ僕は?」
「そうね、はみ出し者のよしみってやつかしら」
「――ははっ」
 またしてもストレートにやり返され、愛未はつい声をあげて笑ってしまった。
「そういうことか。なら協力しよう。わざわざ他の誰かに教えてやるのも癪だしね」
「助かるわ」
「しかし……そっか、クロエちゃんね」
「余計な知識だけど、頭の片隅にでも置いといて」
「うん、覚えるだけ覚えておくよ」
 ヘイゼルことクロエはいたって真面目な顔をしており、それを見ると愛未は不覚にもまた込み上げて肩を揺らしてしまう。当分は彼女の名前を思い出すだけで笑えそうだった。
「……ねえ、愛未」
 ようやく愛未も落ち着いて、マスターが両者にスタンディッシュのプースカフェをそっと置いた頃。
 ヘイゼルは頬杖を突いて、小さな声で愛未に尋ねた。
「さっきのクリスマスの話だけど。あなたも家族とお祝いしたりするの?」
「そう見える?」
「分からないから訊いているのよ」
「どうかな」
 愛未は腕を組んでカウンターに寄りかかる。
 先ほどまでの、可笑しいのとは異なる笑みを浮かべて。
「少なくとも今、この瞬間は“彼女”と過ごしてる。……ってのじゃ駄目?」
「その“彼女”相手にも、はぐらかすのね」
 間髪入れず、小気味よく、邪気もなく、けれどやや呆れたようにして、ヘイゼルはストローに口をつけた。
「クロエちゃん」
 今度は愛未が呼んだ。
「きみは気難しい割に混じり気がない。だからまあ――」
 今日話してみて分かったことがある。
 予てより愛未は彼女を利用しやすいと感じ、それと等しく利用されてもいいと考えていた。
 だからこそ自分はこの娘に付き合いやすさを、一種の心地好さを覚えているのだろう、と。
 ならば一応教えておいてやるべきだ。世の中を。自分を。
「――悪い男には気をつけたほうがいいぜ。あんまり信じすぎないように、さ」
「…………。説得力がないと思わない?」
 果たしてそれを受けたヘイゼルの反応は、愛未が考え得る限り最高のものだった。
「そうそう、その調子だ」
「光栄と言うべきかしら」

 聖なるかな。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 登場人物
【la3562/六波羅 愛未】
【la3576/ヘイゼル】

 ご依頼まことにありがとうございました。工藤三千です。
 
 なんと言いますか、大人のクリスマスイヴですよね。
 本当はカクテルや食べ物の描写について書き込みたい欲求をぐっと堪えて、会話劇からお二人の関係性と距離感を切り出すことに尽力いたしました。
 おしゃれな感じに仕上がっているとよいのですが……お気に召しましたら幸いです。

 解釈誤認その他問題がございましたらシステムよりお気軽にお問い合せくださいませ。
 最後に……Merry Christmas and a happy New Year.
 それでは。
イベントノベル(パーティ) -
工藤三千 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年01月07日

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