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『冬はデモニッシュ』
海原・みなも1252

 冬ですね。南洋系人魚のあたし――海原・みなも(1252)には辛い季節なのですが、ともあれ。
 あたしは今、武蔵野市が誇る住みたい街ランキング10年連続1位! の吉祥寺にいます。しかも閑静な住宅街ではなく、賑々しい歓楽街にですよ。とはいえ、おしゃれかと問われれば首を傾げるよりない、古い雑居ビルの一角なのですけど。
 いろいろな衣装がハンガーにごちゃーっとかかっているお店の名前は【デモニッシュ・ゴーゴー】。ドイツ語の「悪魔的な」と英語の「行け行け」がカタカナでまとまっています。正直な感想を述べるなら、中学生レベルですね! まあ、あたしは中学一年生なのでいいんですけど。
 で。どうしてあたしがここにいるのかといえば、キャッチに引っかかったからなのです。
 ……しょうがないじゃないですか。歓楽街の端っこ、疲れ果てた顔の悪魔さんが必死で懇願なんてしてるんですから。お試しいただくだけで魂はいただきませんって、わざわざ魔法的拘束力を込めた誓約書まで用意してですよ?
 最近は魂を費やしてまで願いを叶えたい、人間を超えて悪魔になりたい、そんな情念を持つ人がほとんどいなくなってしまったらしいです。どうやら悪魔の敵は神様じゃなくて社会保障のようですね。
 そうしてお店にやってきて、あたしは説明なんか受けているわけなのです。

「悪魔さんになるのではなくて、あくまでお試しなのですよね?」
 あたしの疑問に、悪魔さんは揉み手擦り手で答えてくれました。
 はいー。やっぱりみなさま、悪魔とはなんぞやーをご存じありませんからー。いざ悪魔に! と思い立たれても、なかなか踏み出せないものなのですよねー。そこでわたくしども、みなさまにご理解をいただけますよう「形から入る」をご体験いただけるお店を出させていただいたんですよー。
 さすが悪魔さん。流水のようなセールストークですね。次の質問、完璧に誘導されています。ちょっと悔しいですけど、乗っておきましょう。
「形から入る体験って、具体的にはどんなものなんですか?」
 はいー。悪魔アイテムやー、悪魔衣装を身につけていただくことでー、悪魔をご体験いただけるプログラムとなっておりますー。
「つまり、コスプレですか?」
 はいー。微妙に悪魔の力などもお使いいただけますがー、概ねそのようにお考えいただいてよろしいかとー。
 微妙で概ねということは、セーフティみたいなものがあるんでしょう。契約書も可視的手段と不可視的手段を併用してしっかり確認しましたけど問題ありませんでしたし……
「わかりました。体験だけですけど、させていただきます!」

 お店の奥にある試着室はカーテンで仕切っただけのものではなく、ちゃんとしたお部屋でした。買い物帰りで荷物の多い方や、あれこれ秘密を抱えた女子、お相撲さんでも安心ですね。
 そして室の隅には、あたしが選んだ『体験コース・女子A』の衣装やアイテムが、すでに用意されていました。悪魔さん、雑談の中でわたくしどもはサービス業ですからーと言っていましたけど、このへんの迅速さと濃やかさ、本当にさすがです。
 一応、マニュアルなどもいただきましたので、それを見て着方などを確かめます。普通の服と変わりないみたいですけど。ただ、名称ですよね。“絶艶のレギンス”とか“鬼悦のボディスーツ(黒革タイプ)”とか、“魔象の角”とか。実にデモニッシュでゴーゴーですよ。
 とりあえずレギンスへ脚を通すと……おお、純朴って感じだったあたしの脚が、魅惑のすらっとラインを! どうやら矯正の魔力がかけられてるみたいですね。これはもしかして――
 ボディスーツをつけてみて、「もしかして」が「やっぱり」になりました。寄せて上げるどころじゃありません。古式ゆかしく表現しますと、ぼん! からのきゅっ! そしてぼん! ですよ!
 これぞ悪魔! 人の心をたぶらかす邪! ちなみに『女子B』は清楚ゴシック系だったのですが、せっかくの機会、より悪魔らしい『A』を選んだのは大正解でしたね。
 ご試着中に失礼いたしますー。窮屈なところなどありませんでしょうかー?
 先ほど対応してくれた悪魔さんじゃなく、女性の悪魔さんが試着室の外から訊いてくれます。それにしてもこのしゃべりかた、マニュアルなんでしょうか?
 一応、着方が合っているかどうか確かめたかったので、ちょっと恥ずかしいですけど中に入ってもらいました。
 お客様ー、大変すばらしく悪魔的であらせられますー。
 角の角度を整えて、背中に“美業の羽”をつけてくれながら、女悪魔さんが褒め殺してくれます。セレクトショップで買う気のない服を買ってしまうマダムの気持ち、ちょっとだけわかりました。
 着つけが無事終わって、女悪魔さんが持ってくれている契約書にサイン、「体験開始」を宣言しますと。
 衣装や小物でしかなかったものが一瞬で体と一体化したのです。
 これより30分間、お客様は悪魔をご体験いただけますー。どうぞお心の赴くまま、悪魔的にお過ごしくださいませー。

 魅惑の悪魔的ボディに悪魔的な角と羽と尻尾。魔力も高まって、まさにあたしは悪魔の力を身につけたデビルウーマンですよ。
 と、意気揚々と試着室から踏み出したわけですけど――具体的になにをしたらいいんでしょう? 悪魔の本能は人間を陥れましょう! ってささやきかけてきます。でもあと28分しかありませんし、ひとつきりの魂を代償に、人魚から悪魔にジョブチェンジする気もありませんから。
 困っているあたしへ、最初に対応してくれた悪魔さんが提案を。屋上に結界が張ってありますのでー、飛んでいただいても問題ありませんよー。
 屋上に出たあたしは、悪魔の羽をはばたかせて飛んでみました。スピードが出ないのは、羽が移動用じゃなくあくまでも高い場所へ行く用だからなのでしょう。標的のお部屋に忍び込むには必須ですものね。
 ちなみに魔法で鍵も開けられます。なので、意味もなく屋上のドアの鍵を開け閉めしてみました。
 ああ、中途半端に試してみると、この力を存分に駆使してみたくなりますよね! 飛んで窓を鍵を開けて侵入して、デモニッシュなセリフをキメたい! うう、これが悪魔の誘惑ですか……
 負けちゃダメです負けちゃダメです、口ずさみながらもたまらず、あたしは人目だけは気にしつつ結界の外へ飛び出しました。そしてちょっと降下して、【デモニッシュ・ゴーゴー】の窓を開けて侵入して悪魔さんと女悪魔さんの前でポーズを決めて。
「魂と引き換えにあなたの願いを叶えますけど?」
 スタンディングオベーションされて我に返って。
 あたしはたまらず試着室に引きこもったのでした……。

 こうして12分ほど悪魔体験後はずっと姿見の前でこっそりポージングしていただけの30分が過ぎて、あたしはお友だちの方にもお話お願いいたしますーと渡されたパンフレットを抱えてお店を出ました。
 この悪魔体験、怪異に慣れたあたしですらやらかしてしまうほどですから、普通の人だと本当に嵌まってしまう危険もありそうです。でも、義理ができてしまいましたし、宣伝はしてあげたいところです……
 とりあえずバイト先の探偵事務所の所長さんにお話しましょう。あの人なら大丈夫でしょうし、あとはどう騙して送り込むかですね。
 結構悪魔に感化されていることを自覚しつつ、あたしはあれこれ悪巧みを巡らせるのでした。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年01月08日

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