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『 Babyrousa2』
白鳥・瑞科8402




 列車が白鳥瑞科(PC8402)の傍らを轟音と共に走り去る度、彼女の元へ静寂と闇とそれからその中に蠢く悪意が舞い戻ってくる。
 煩わしげに解いたインバネスが彼女の足下にいっそ黒い影を落としたのも束の間、瑞科は地面を蹴っていた。細い足のどこにそんな脚力が秘められているのか、大きく跳躍して敵の“2撃目”を剣戟で一蹴する。
 豊満な胸を揺らすことのないほど軽やかに降り立ってみせて瑞科は闇を睨み据えた。
 背後からレールを揺らす音。
 瑞科が走る。無数の泥人形が瑞科に一斉に襲いかかった。
 上からの攻撃を電撃で退け、前方からの敵は剣を一閃、そこで踵を返して右手の剣で左の敵を串刺しに左手の重力弾が右の敵に風穴を開ける。背後で額にナイフを貫通させた泥人形が後ろへどうと倒れた。
 それらを一呼吸の内にやってのけて、一際強い光を放って馳せ寄る地下鉄に背を向け黒に溶け込みながら瑞科は何度目かのそれをやり過ごした。
 どんな動体視力を持つ乗客でも、彼女の舞う黒髪とハイカラーの合間からわずかに覗く白い項を見て取れた者はあるまい。純白のケープを外のライトと見誤る程度で、何事もなかったように通り過ぎる列車を追うように瑞科は走り出した。
 わらわらと溢れ出す泥人形。
 瑞科は小さく息を吐いた。ここで電撃を周囲に放ったり巨大な重力場を作ったりすれば地下鉄の運行に支障を来すだろう。どこか。
 敵を誘導するように走りながら開けた場所を探す。程なく、廃路になったのだろう錆びたレールの分岐を見つけてそちらへ身を投じた。
 時折、主線からヘッドライトの少ない光が届いた。そのたびに、彼女の艶やかな姿が魅惑的なシルエットとなってそこに描き出される。
 禁欲的であるのに扇情的なのは、修道服さえも彼女の肢体を余すところなく象っているからだろうか。それがただの置物などではなく躍動している奇跡が泥人形にはわかるまい。
 広がる修道服の裾。大胆に開いたスリットから覗くしなやかな足が弧を描いて泥人形を蹴り飛ばす。ほぼ同時に剣は別の泥人形を補足し、次の瞬間には蹴った足が地面を打って新たな泥人形を剣が両断していた。
 数の多さにかそれとも殲滅への高揚感故か、一粒の汗が顔の輪郭を流れ落ちる。それが仄かな光を妖しく跳ね返していた。
 愉悦が迸る。楽しくなってきたと。
 泥人形の動きをフェイクを交えて確認しながら操者を探す。何十体を倒した頃だろう、その年老いた小男が暗いローブに身を包み漸く姿を現したのは。
「ごきげんよう」
 瑞科は微笑み、慇懃に一礼して見せた。
「これはこれは教会最強の審問官がお出ましとはのぉ」
 肩を竦めしゃがれた声で男が大仰に返す。
「お見知り置き頂けて光栄ですわ」
 言い終わるかの内に瑞科が間合いを詰めた。
「やれやれ」
 男が面倒くさそうに右手を振る。2者の間に割って入ったのは泥人形。先ほどまでのものとは大きさが違う。
 瑞科の一閃が泥人形の腕を切り落とした。しかしこれまでの泥人形と違い、それはすぐに再生して豪腕を瑞科に放った。バックステップで軽やかに後退するも足を止める事なく瑞科は次の攻撃に入る。切ったところですぐに再生するだろうか。だが、核を壊せばこれまでの泥人形同様土塊に還る。ただこれまでのと違うのは核の数が複数あるということだ。ほぼ同時に壊さねば止められまい。
 だが。
 彼女にとっては赤子の手を捻るよりも簡単な事だろう。
「っっ!?」
 どうと倒れ土塊となる泥人形に慌てて踵を返そうとする男の足を狙って重力弾を打ち込む。
「どちらへ行かれますの?」
 瑞科の問いかけに。
「我らの目的は既に達しておるわ!」
 この場に用はないと言いたげだ。さっさと立ち去るべきであったか。最後のゴーレムが倒される前に。もちろん、許されるのであれば、だが。瑞科が許す筈もないから、邂逅と同時に男は詰んでいたともいえる。
「ああ、それでしたら“私どもの目的”も滞りなく完遂されておりますのよ」
 彼らの目的。この地下で行われようとしていた平穏を脅かす悪事。それを放置して瑞課がただ、この殲滅に興じているわけがなかった。瑞科の任務はそれを止めることと実行犯の処理。
 男は口惜しげに歯噛みした。その表情をどこか愛しく感じてしまう不思議に瑞科は口元に右手の人差し指を当ててわずか首を傾げる。
「……最強と無敗はニアイコールだと思い知るがいい」
 痛みを堪え男の呪詛の言葉が地面を這った。
「面白い論ですわね」
 瑞科は快感に身を投じたようなサディスティックな微笑みを浮かべて男を見下ろした。世界を脅かす悪にかける情など一片もなく。人を材料にこんなものを作り出した凶事を許せるわけもなく。簡単に逝かせはしない。ゆっくりとじっくりとそれを味わい尽くすかのように。
 やがて。
「ごきげんよう」
 振り下ろされる剣に断末魔の叫びは一瞬でその感触に至上の昂ぶりを感じて瑞科は目を閉じた。
 指を絡ませ両手を合わせる。その姿は人々の安寧を祈り捧げる聖母のようにも見えて。
 それらに背を向けると瑞科は軽やかに歩き出した。その歩みに憂いなどない。次の任務に思いを馳せてしまうのはその瞬間の昂ぶりを再び得んがためだ。最強であるという自負、そこには任務の失敗や敗北など万に一つもあり得ず考えすら及ばない。これは慢心などではない。過去の任務が示してきた事実であり、それは無敗の証明でもあった。
 敵はこの体に自ら触れる事すら許されないだろう。
「……少しくらい骨のある敵が現れてもいいんですのよ」
 どこまでも上から目線でそう嘯いて瑞科は帰路に着いたのだった。

 だが――。
 今朝は夢見が悪かった。

 男の呪詛が後に瑞科を絡め取る。


 ▼


 ふくよかな胸に赤い線が走った。
 痛みはない。溢れ滾るアドレナリンによってそれを感じる事は出来なかったからだ。
 ただ、初めて負った傷に驚愕していた。
 最強は必ずしも無敗ではない。
 罠だと気付いた時には全てが手遅れだった。
 背後から誰かが自分を羽交い締めにした。
 背中にねじり上げられた右手から得物が滑り落ち、地面を転がる乾いた音がして。
 自分を背中から捕らえる男の手が大きな胸を鷲掴みにする。
 左手は手首の先が辛うじて動くが太股のナイフには指すら届かない。
 左の耳元に熱い息がかかるのが気持ち悪くて瑞科は目を背けた。
 耳の後ろを這う男の舌。今にも潰してしまいそうなほどの握力でもっていいように揉みしだかれる胸の痛みに奥歯を噛みしめる。
 こんな陵辱を許していいわけがない。
 修道着を引き裂かれ股の間から見える男の膝をこれ以上ないほど睨みつけた。背後から体重をかけられ後ろ蹴りもままならず彼の拘束を解く方法を全力で探して瑞科は男を振り返る。
 欲情したような熱い息を吐きながら、ねっとりとした舌を顎のラインに這わせながら、口ほどに語るそれはどこか冷めた目をしていた。夜の闇を何度も何度も折り重ねたような深い闇を湛え、凍てつく氷よりも冷たい光を放って。
 これほどの肢体を前にこれほどの屈辱があっていいものか。
 男の顔を見た。
 男ではなかった。
「!?」

 息苦しくて。
 重苦しくて。
 呼吸の仕方がわからなくなって。


 夢を見た。
 それは自分に襲われる夢だった。





 END




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ありがとうございました。
楽しんでいただければ幸いです。

東京怪談ノベル(シングル) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年01月08日

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