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『Palmy』
ホリィ・ホースla0092

 幾度となく流されては乾いてを繰り返した、汗と血のにおい。それは傭兵どもから吐き出される戦場の香(コロン)なのだが、しかし。
 そのただ中に一条、キンと尖った硝煙の残り香がはしれば、殺戮マシンを気取る男たちの目は途端に落ち着きを失くし、あらぬ先へと泳ぎ出す。
「Take it easy。今日のあたしは味方だよ、子猫ちゃんたち」
 口の端を吊り上げて行き過ぎたその女の戦闘服の背には、とある銃器メーカーの社名と新発売された銃弾のスペックがプリントされていた。
 広告背負って戦場渡り、お気楽な態度で敵と対して気軽な手から鉛弾を叩き込む女傭兵――パームガン(掌に収まる特殊な形状の小型銃)遣いのホリィ・ホース(la0092)。
 彼女が持つ“Palmy”のふたつ名、それをいつ敵に回すこととなるか知れぬ傭兵にとってはまさに、ナンバー・テン(最悪)を超えたナンバー・サウ(最悪中の最悪)の代名詞なのだった。

 そこまで彼女が恐れられ、忌まれる理由はなにか?
 ひと言で表わすなら、彼女の間合だ。
 パームガンの射程は短い。そして弾の威力もまた、低い。それをして敵を撃ち抜くには、白兵の間合まで近づく必要がある。
 つまり彼女は、敵となる者と真っ向から対するわけだ。そう、互いの顔が見えない距離で撃ち合うのが常識なはずの、現代戦の中で。
 恐れず、震えず、ためらわず。彼女は戦場をそぞろ歩いて敵を撃ち、けして殺すことなく討ち倒す。
 彼女の笑みが見えたならもう、逃れる術なし。彼女の敵にとってはまさに戦場の悪夢であっただろうが。
 ホリィは知っている。本物の悪夢を――ナイトメアと呼ばれる異世界からの侵略者を。
 そもそも彼女には5年以上昔の記憶が存在しない。ナイトメアの襲撃で全滅させられた、某国外人部隊のベースキャンプ唯一の生き残りなのだが、それすらも『多数の死体の底に敷かれ、倒れ伏していた』事実から結論づけられただけのことで、彼女自身はなぜそこにいたものか、最新の催眠療法を受けてなお思い出すことはできなかったのだ。まるで最初から、それまでの彼女の人生は存在しなかったのだとでもいうように。
 果たしてホリィは、SALFに救助された5年前から、新たな人生を踏み出すこととなる。
 外人部隊に登録されていたデータは他の隊員と同様にでたらめで、まるで役には立たなかったが、それはそれで問題も感じなかった。
「思い出せないもんにすがりついたってしょうがないしぃ。それより、これからあたしがどう生きてくかってほうが大事だろ?」
 傭兵であることは、自らの知識や能力、パームガンの手触りが教えてくれた。そして戦うべき敵がいること、どうやら自分には対するだけの力が備わっていることも知れた。
 ナイトメアを討つがため、そのための力を十全に振るうがため、そしてなによりホリィ・ホースらしく生きるがため、彼女は自らをより研ぎ澄ますことを決める。

 紛争地へ臨み、悪夢を振りまく“Palmy”劇場、開幕。
 ただし彼女は兵士を殺さない。殺す相手はナイトメアと、そう思い定めていたからだ。
 実際、敵(味方も)は大概、民間軍事会社に所属するオペレーターなので、殺されないことは実にありがたいのだが……問題は、彼女が自身の姿をドローンや据え置きカメラで撮影し、PVを作成する点にあった。
 ホリィ曰く「小遣い稼ぎのタネ」であるこのPVは、戦場に立った彼女の感想や戦術レクチャー、その上での実戦シーンで構成されている。
 一応は肖像権保護のため、撃ち倒される敵兵の顔にモザイクはかけられているのだが、その戦闘に雇用された民間軍事会社はすぐに調べられるし、兵の戦歴や戦果も査定のタネにされる以上は嘘偽りなく記録される。戦争で飯を食う傭兵が自ら演じた無様をいつまでも残されるのだから、ありがたくないにも程がある。
 いや、趣味の撮影の範疇なら、悪趣味というだけで済む。しかし先に述べた通り、これは小遣い稼ぎのタネなのだ。
 撮影され、編集されたPVは、各銃器メーカーや兵器メーカーへと送られる。立場としては個人事業主であるホリィにスポンサードする価値があることが、これによって知らしめられる。
 なにせ戦場で不殺を貫き、不敗を誇る彼女だ。負の企業イメージをぬぐえないメーカーからしてみれば、またとないイメージアップのタネである。
 こうして宣伝はホリィの背へと託され、代わりに彼女は装備や弾を得て、次の戦場へと繋がっていくのだ。

 ちなみにこのPV、実は企業ばかりに送られているわけではない。世界最大の動画投稿サイトに、ディレクターズカット版としてアップもされている。
 備忘録と名づけられたチャンネルに、ひとつずつ増していく映像。それは「これからどう生きてくか」からホリィ・ホースを始めた彼女にとっての「これまでどう生きてきたか」のアンサーだ。
 編集は記憶の整理であると同時、記録の演出でもある。舞台裏と部隊裏の大人の事情は丸っとカット。とにかく派手で、どこまでもタフで、底抜けに陽気なパームスリンガーの生き様だけを切り取った理想のヒロイン像を映しだす。
「そっちのがみんなにウケるしぃ」
 彼女の言う通り、ミリタリーファンばかりでなく一般人の間でも、PVは受けていた。“Palmy”の知名度は着実に上がっており、不定期更新ながらもこの5年で、チャンネル登録者数は1000万を越えた。
 その数を確かめて、彼女は満足げに息をつく。
「あたしはみんなに作り込んだ“あたし”を見せる。そしたらみんなは“あたし”を認識して、あたしをもっと“あたし”にしてくれるんだよ。Win-Winって感じ?」
 記憶とは記録を積み重ねた集合体。1000万人によって記憶され、心の内に記録されたりチャンネルへコメントとして刻まれることで、けして揺らがぬ石垣と成る。ヒロインとなることを自らに望んだホリィは、数多の他者の記録により、より純粋なヒロインとして確立されるのだ。
「作りもん上等! “あたし”をやり抜けたら、それが本物のあたしになるんだからさ」
 作り込むまでもなく、ホリィはそもそも派手でタフで陽気なパームスリンガーの“Palmy”に見える。いや、それすらも演技なのかもしれないが、彼女自身がそうあることを貫いているのだから、“あたし”はすでに、言葉として綴られる「あたし」に成ったのではなかろうか。
 ただ、それを問うべきはきっと、彼女ならぬ外部記録媒体たる1000万の他者なのだ。なにせヒロインとは自称するものでなく、他者に讃えられて初めて成るものなのだから。

 かくて今日も彼女は戦場へ向かう。
 十二分に研ぎ澄まされた五感と身体、デリンジャー「カラミティ・ジェーン」を携えて、世界を襲う悪夢と対峙し、退治るために。
「あたしが撃ち抜いて、送り返してやるよ。この夜の向こう側までさ」
 カメラワークを意識しつつ不敵な笑みを閃かせ、15メートルの先にあるナイトメアへ弾丸を撃ち込んだホリィ。
 腕を弾かれて体を開いた敵へ駆け込んだホリィは、強烈な後ろ回し蹴りを横腹へ打ち込み、倒れ込ませた。
 とどめは外殻の隙間へのワンショット。
「おやすみナイトメア」
 果たしてデリンジャーの銃口をひと吹き、銃身に唇を寄せて片眼をつぶってみせたホリィは、次の獲物へと踏み出していく。


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2020年01月10日

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