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『異郷の夜に』
レナード=クークka6613



 誰かに名前を呼ばれた気がして、レナード=クーク(ka6613)は振り返る。
 そこに人影はなく、重そうに頭を垂れた麦の群がさらさらと、囁き声に似た音を奏でていた。

「……空耳か。それにしてもいい眺め」

 収穫間近な麦畑は一面の黄金色。風が吹くと見えない手で撫でられているかのように波打ち、旅の途中で訪れた海辺の景色が重なった。

「あそこの海も綺麗だったな……港の人達、歪虚に怯えず船を出せるようになったって喜んでたっけ」

 邪神を退け未来を掴み取った世界には、希望と活気が溢れている。人々が織りなす喧騒は以前よりも一層力強く、健やかな生気に満ちていて。それを拾って歩くよう、レナードが旅を続けて数年が経とうとしていた。
 まだ見ぬ景色、初めての町、そこに暮らす人々――それらは好奇心や探究心を刺激して止まず、旅路に飽きを覚えることはない。それでも時折、ふと"独り"であることを実感することがある。
『旅人さん』
『エルフさん』
 一期一会の出会いではそんな風に呼ばれることも少なくなく、名前を呼ばれるという当たり前のことが酷く懐かしく感じられ、胸がしくりと疼いた。
 レナードはフードを深く被り足を早める。道の先に、次の町の建物が見えていた。



 やって来た町は、穀倉地帯にある豊かな町だった。交易が盛んなようで、往来には馬車や荷車が行き交っている。
 そのため行商や旅人も珍しくないらしく、レナードがふらりと市を覗いても特に誰も気に留めない。大きな町ならではの無頓着さに、ホッとしたような淋しいような気持ちを味わっていると、

「レナード?」

 突然呼びかけられた。

(また空耳か)

 初めての町で、知り合いなんているはずがないのにと溜息を零す。けれど、

「おい、レナードだろ?」

 はっきり聞こえたかと思うと、後ろから伸びてきた不躾な手にフードを外された。
 広がる視界。急ぎ振り向くと、そこにいたのは頬に鱗のある大柄な龍人。胸には見覚えのありすぎる紅玉のペンダントが下がっている。レナードは思わず目を見開いた。

「ダルマさん!?」

 そう、龍園にいるはずのダルマ(kz0251)だった。

「久しぶりだなァ! どうしたこんな所で、観光か?」
「僕は一人旅の途中やけど……どうしたって、それはこっちの台詞やでー! 何でダルマさんがここに!?」
「一人旅? 迷子癖のあるお前さんが!? 俺ァ隊を離れてちょいと勉強しになァ」
「龍騎士隊を離れて、勉強? ダルマさんが……?」

 相手の意外過ぎる返答にお互い言葉をなくす。
 沈黙を破ったのはダルマだった。

「まァ折角会えたんだ、話聞かせてくれよ」

 ダルマが言うに、彼は今この町の農家の手伝いをしながら農業について学んでおり、農家の離れを借りて寝起きしているのだという。レナードは空を仰いだ。西の空が徐々に橙に染まりつつある。夕飯を買い込んでお邪魔することにした。



「それにしてもホンマにびっくりしたでー」
「俺の方こそ! まァ適当に座ってくれ」

 ダルマが薪ストーブに火を入れている間、荷を下ろしたレナードは思わずきょろきょろ。気心知れた彼と再会したことで、かつての口調や仕草が戻ってきていた。机には農業に関する本が雑に積まれている。

(龍園や龍が大好きなダルマさんが、隊を離れるなんて……まして勉強なんて意外だったけれど、本当に頑張ってるんだな……)

 本を揃えていると、その下から開きっぱなしのノートが出てきた。角張った字で書かれていたのは、寒冷地でも育てられる穀物の育成方法。

(寒冷地? ……もしかして)

 初めて龍園を訪れた時、振る舞われた料理が肉ばかりだったことを思い出しハッとなる。
 細い目を更に細めたレナードは、見て見ぬふりでそっとノートを閉じた。

「片付けてくれたのか? 悪ィなぁ」
「ちょっと並べただけやで。お茶淹れるん? 手伝うでー」

 そうして一緒になって食事の支度をしていると、会わずにいた時間が巻き戻っていくようだった。ハンターと龍騎士として過ごしたあの頃が、まるで昨日のことのように蘇る。
 支度を終えると、ダルマはいそいそと赤ワインを封切った。ふたつのグラスを満たすと再会を祝して掲げ、かち合わす。澄んだ音の余韻と共に喉へ流し込んだ。
 知己の友人と異郷で味わう初めての味。ストーブにかけた薬罐はしゅんしゅんと湯気を吹き、パチパチ爆ぜる薪の音、そこに重なる低い声に心地よく耳を傾けていると、ダルマが尋ねてきた。

「で、何だって一人で旅を? 方向音痴なお前さんが一人旅なんざ、周りは焦って止めたんじゃねェのか?」
「んー」

 真剣になりすぎず、からかい混じりに逃げ道を残してくれた問いがちょっぴり有り難かった。

「誰にも言わずに出てきてしもたんよー」
「何ィ!? ……ああ、いや。前からこう、ふわーっとどっか飛んで行っちまいそうな気はあったけどよ」
「それどんな気なん? ――そうやねぇ」

 レナードはふっと真顔になり目を伏せる。

「……"俺らしい音"、"これから奏でていくための音"を探して、向き合うため……かな」
「音?」

 赤い雫で喉を湿らせ、考え考え言葉を紡ぐ。

「……俺は、ハンターになる前から音楽に親しんでいたんだ。でも今になって思うと、あの頃はただ音をなぞっていたんだと思う。正確に、外さないように、――叱られないように――、楽譜通りに」

 深い森の中、凍りついたように停滞した日々が思い出され、知らずふるりと身震いする。ダルマは少し怪訝そうな顔をしたけれど、黙って続きを待っていた。もう一度喉を湿して口を開く。

「ハンターになって、色んな人達と出会って……友達と呼べる人ができた。守りたいと思える人も。
 そうしたら、弾きたい曲が溢れてきたんだ。最初は人前で唄うのは苦手に思っていたけれど、それも楽しいって感じられるようになって……自分が奏でている音が変わっていくのが嬉しかった」

 心のままに好きな曲を奏でられる歓び。
 唄いたい歌を気ままに口遊める嬉しさ。
 そしてそれを喜んで聴いてくれる人や――聴いてもらいたいと思える人がいる幸せ。
 凍てついていたレナードの時間は、心は、自由な音を得てようやく解けて動きだしたのだ。

「そんな音を俺にくれた人達へ、これからはどんな音を届けられるだろう。どんな音なら、寄り添える音になれるだろうって。そんな風に思ったら――居ても立ってもいられなくって、新しい音を集めに出かけてたんやー」

 語り終え、ほにゃっと口調を崩し微笑む。ダルマはじっと何かを考えている風だったが、やがて力強く頷いた。

「そうか。その音を届ける相手が……いずれ帰る場所がちゃんと決まってるンなら安心だ」

 あんま心配かけねぇ内に帰れよ? と笑う彼に、レナードはにこりと微笑み返す。
 と、彼はニヤニヤして隣へやって来るとガシッと肩を組んできた。

「にしても『寄り添える音』だなんて、いつの間にそんな相手ができたんだよ、ええ? 隅に置けねぇなァ」
「へっ? ……ああ! ち、違うんよ、そういうのと違うんよ!?」
「誤魔化すなぃ。で、お相手は?」
「も〜誤解やてーっ」
「話す気になるまで何日でも泊まってって良いんだぞ? ホラ吐け!」
「そ、そんなぁ……」

 厳しい追求を躱しつつ、差しつ差されつ旅での出来事を話したり、旅先で覚えた曲を披露したり。
 異郷の夜は思いがけず賑やかに更けていくのだった。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【登場人物】
レナード=クーク(ka6613)/夜空に奏でる銀星となりて
ダルマ(kz0251)/年長龍騎士

【ライターより】
お世話になっております。レナードさんの一人旅中のお話、お届けします。
レナードさんが旅に出たと知った当初は驚きましたが、方々読み込ませて頂く内に、レナードさんらしいと何だか微笑ましくなりました。
まだ続く旅路に、そして帰られたあともまたその先も、いつまでもレナードさんが素敵な音と共にありますように。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。ご用命ありがとうございました。
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2020年01月10日

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