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『一本杉』
杉 小虎la3711

 杉 小虎(la3711)は武の名家、杉の嫡流である。
 家風は武家丸出しの尚武で、彼女もまた、常に戦場(いくさば)へ身を置き、勝負の先へ歩み続ける虎であれと教えられてきた。
 家人から「姫」と呼ばれていながら、ずいぶんと忙しない日々を送っているものだ。そう思いつつ、普通の姫の生活を知っているわけでもなかったので、「若」たる血の繋がらぬ兄と競い合って武道を突き進んできたのだが。
 あるとき唐突に、ふたりの道は分かたれる。小虎に、イマジナリードライブとの親和性が認められたからだ。
 杉の初代当主たる“杉の虎”は、戦働きの凄まじさはもちろんのこと、世のため人のため、数多の妖怪退治を遂げてきた――嘘か真かはさておきだ――英雄でもある。異界から攻め寄せた人外を退治て天下太平を護る一番槍となるは、小虎に課せられた使命というもの。当人の意向は一切確かめられなかったのだとしてもだ。
 結果、彼女はSALFへと出頭させられ、ライセンサーとして登録させられた。父母から、ひとかどの武人として名をあげるまで、杉の敷居またぐことけしてまかりならぬと厳命されて。
 正直な話、気の乗り切らない第一歩ではあったにせよ、半年という時間の中で幾度も戦場を踏む内、敵であるナイトメアが剣を交えるにふさわしい相手であることを知り、心奮わせるようになった。
 さらには師匠と呼べる青年との出会いを経て、己が踏み出す先を見定めることができたのは幸いだ。
 そもそも杉は、初代から変わらず一本気が性である。考えるよりも肌で感じ、感じたときにはすでに駆け、敵へ得物を叩きつけるが必定。示現流の蜻蛉構えと杉の虎構え、並べて語られる由縁であるのだが、まあ、まとめて言えば、考える間に殴れの志を、自流ばかりでなく他流の技をも交えて多角的に実現できるようになっただけのこと。
 しかし。それだけのことが彼女を一気に成長させたのだ。行くべき先へ駆け、打つべき敵を討つ。なによりシンプルな最適解を考えることなく体で成し、染み入らせることで。
 ――かといって、普段の彼女がそこまで脳筋丸出しなのかと言えばまるでちがう。
 脳筋を貫けるだけのものを積む必要性を、小虎は誰より知っていたからだ。

 新年を迎えたばかりのグロリアベース。その内にあるトレーニングルームの片隅で、ランニングマシンのベルト回転速度を時速18キロに合わせた小虎は黙々と駆けている。
 男子マラソンランナーの平均走行速度に等しい速度で、すでに1時間。しかも戦場で実際につけている装備のすべてをまとった状態でだ。
 周囲からは当然のごとく好奇の目が向けられるが、気にしない。各装備の重心を心得ていなければいざというときに捌くことができないし、それを覚え込むには体を疲弊させ、最適な挙動を思わずとも取れるようにしておく必要があった。
 彼女の知己は、新装備を入手するごとに同じことをするのかと問うたものだが、毎日2時間、かならず駆けているので特別な気構えなどはない。
 それに、彼女は現状、超弩級戦斧――斧の名を持つくせにハンマーだったが――を得物としている。腕力はもちろん不可欠だが、それよりもさらに、砲台たる両脚を鍛え抜いておかなければ戦斧を支えきれず、十全な破壊力を引き出せないのだ。ボディビルダーが云うチキンレッグ、戦場では1ミリも役立ちはしない。
 遠駆けを終えた小虎はレッグプレスマシンへ向かい、装備を外して自らの体をセットした。これは楽をするためでなく、装備の重量による疲労を軽くしようとする体を戒めるためのことだ。
 こうして徹底的に脚をいじめ抜き、それが終われば次は、マシンやバーベルでもって上体の筋肉を鍛える。
 家にいたころは鍛錬に岩を使ったものだが、SALFでは近代的なウェイトトレーニングを行っていた。岩よりもトレーニング器具のほうが、得物に近い扱いができるからだ。
 彼女をSALFへ追い立てた父母は、兄と共にナイトメアと戦っているのだという。もちろん、家からそれが知らされることはなかったが、小虎も杉の姫である。家の内と繋がる糸は幾本も残されていた。
 そしてEXISを持たぬ杉が杉を貫かんとしているのであれば、EXISという悪夢討つ資格を備えた小虎は誰よりも杉であらねばなるまい――いや、ありたい。
 わたくしも骨の髄まで杉の虎、ということですわ。
 マシンを使う中で常にEXISを振るうことを意識し、慣れや楽へ逃げることなく丹念に負荷をかけていく。
 体質的に筋肉が太くなりづらく、瞬発力には不安のある彼女だが、代わりに持久力に富んだ細く締まった筋肉を持ち、だからこそ長丁場へ引きずり込まれても鋭い見切りを保てるのは大きな長所である。おかしな話に聞こえるかもしれないが、クレバーに脳筋をやり続けられることこそが小虎の特性なのだ。

 トレーニングを続ける彼女の周囲から、同じようにトレーニングをしていたライセンサーたちの姿が徐々に減り、ついにはゼロとなった。
 それだけの時間、彼女はここで全力を尽くしてきたわけだが、今に至ってなお、独りになったことに気づいてはいなかった。なにせ今もなお、彼女は全力だからだ。
 そして。
 ようやくノルマを終えた小虎は、装備と共に置いた水筒を取り上げてぬるま湯を飲み――いつも通りのこの状況に気づいた。
 わたくしももう少し、余力を考えるべきかもしれません。
 一刻も早く、誰より強くなりたい。その思いに突き上げられ、鍛錬に打ち込んでしまう彼女だが、この後で緊急出動がかからないとも限らない。疲れ切った体がどれほど戦えるものかなど、考えるまでもなかろう。
 常在戦場、実にままなりませんわ。
 父ならば、母ならば、兄ならば、もっとうまくやるのだろうか?
 すぐにかぶりを振った。いや、杉はしょせん杉。その血に連なるものはすべからく脳筋で、目先のものへまっしぐらが信条で心情だ。
 わたくしも、杉。この心意気をもって戦場へ臨み、一番槍が任を果たしましょう。生ある間に、あるいは死した後に、杉として恥じぬ戦いをしたこと、家へ届けるがために。
 思いながら、筋肉が冷めぬうちにストレッチをしてよく解し、小虎は本日の仕上げをするための準備を終えた。
 果たして彼女が両手に握り込んだのは、超弩級戦斧と同じ仕様に特注したスレッジハンマーである。
「参りますわよ!」
 転がしておいたトレーラー用のタイヤ目がけて、思いきりハンマーを振り下ろす! 広背筋を鍛えると同時、フルスイングの爽快感も得られるという、まさに一石二鳥の鍛錬である。
 ちなみにこのタイヤ、許可を得て毎日持ち込み、持ち帰っている小虎の私物だ。そしてEXISを使うとうっかり叩き破ってしまうかもしれないので、こうして普通のハンマーを使っている。姫とはいえ、今は自立した生活を送る彼女。財布の蓋は気ままに開けない。
「おーっほっほっほ!」
 昂ぶるまま、上品というには少々問題ありな高笑いを響かせ、小虎はもりもりタイヤをしばく。ああ〜わたくし生きてますわぁ! などと噛み締めていたかは謎なれど。

 ジムの使用終了サインを受け取った新顔の係員が「お」の口を作った瞬間、小虎は顎先を上へ傾げ。
「杉 小虎――しょうこ、ですわよ!」
 上から目線のいい笑みを、あっけに取られる係員へ投げ落とした。


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2020年01月14日

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