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『デートを賭けて』
音切 奏la2594)&不知火 仙火la2785)&不知火 楓la2790

 今年も冬至が訪れ、不知火邸にもいよいよ寒さが迫ってきた。家主達は柚子湯だかぼちゃの煮付けだなんだとあれこれ忙しなく準備していたが、その中で不知火 仙火(la2785)は客間で突然の来客に対応していた。SALFではそこそこ有名なお騒がせプリンセス、音切 奏(la2594)である。
 客間に奏を通した仙火は、冷蔵庫から適当に取ってきたペットボトルの紅茶を彼女へ投げ渡す。
「悪いな、今は台所を母さん達が占拠してるから茶も入れられないんだよ。けどお前も悪いぜ。事前に連絡もしないで、いきなり門を叩きやがるんだから」
「どうぞお構いなく。釘金槌を詰るのは下手な大工だけですわ。真のプリンセスは様式など選ばぬもの。華麗にいただきますわ」
 奏は得意げな笑みを浮かべ、ペットボトルの口を切って紅茶をぐいと飲み始める。いい飲みっぷりだ。肩を竦めながらそんな彼女を眺め、仙火は机の向かいに腰を下ろす。
「で、今日は一体何の用事があったんだ?」
 仙火が尋ねると、半分空になったペットボトルをすとんと机へ置いて、じっと仙火を見据える。
「何の用事って、あと少しでクリスマスですのよ!」
「ああ、そうだな」
 仙火はこくりと頷く。ふたを閉めたペットボトルを脇へ押しやり、奏は彼へずいと迫る。
「クリスマスといえば、この世界ではカップルのラブラブイベントというではありませんか!」
「らしいな。まあ本場のクリスマスはむしろ家族で過ごすってイメージの方が強いみてえだが……」
 仙火は適当に頷く。彼もかつての世界ではそれなりに浮名を流してきた。クリスマスにデートへ誘ったり誘われたりしたこともしたことがあるが、やはり一族郎党で酒を喰らって酔っぱらい、が彼のクリスマス観であった。いかにもクリスマスに興味なさげな仙火に、奏は立ち上がって迫った。
「そこで私は考えたのですわ。ここは姫若様をお誘いして、親交を深めなければ、と」
「そうか。まあ頑張れよ。あいつもクリスマスは暇だろうし、誘えば乗ってくれるんじゃないか?」
 家長と飲み比べでもしようか、などと冗談めかして言っていたのを思い出す。しかし、奏は力強く頭を振った。
「いいえ。その手には乗りませんわよ。仙火様、私は今日、この場で仙火様に決闘を申し込みますわ!」
「は?」
 仙火は目を丸くする。しかし、思い込んだ奏には彼が今何を考えているかなど知った事ではない。全ては姫若様からの愛を勝ち取るためなのだ。仙火は今も枯れたような雰囲気を漂わせているが、だからこそ彼は姫若様とのクリスマスを狙っているに違いないのだ。男同士の友情を肴に朝まで飲み交わすはずなのである。修正のライバルである彼を倒さなければ姫若様からの愛を勝ち取ることは出来ない。そう思い込んだ奏は、早速脇に置いてあった剣を手に取る。
「さあ庭へ! 早速勝負ですわよ!」
「……いや何の流れでそうなるんだよ!?」
 話の流れが全く見えずに慌てる仙火。しかし奏は問答無用、仙火の腕を捕まえると、そのまま力任せに引っ張って仙火を寒空の下へと引きずり出していく。
「仙火様覚悟ですわ! 今日こそ負けて泣きべそをかいてもらいます!」
「はあ? 仕方ねえなあ……」
 仙火は玄関に隠されている護身用の竹刀をするりと抜き取り、土間の隅に置かれていた雪駄をつっかけ広い中庭まで出てくる。奏はブーツの踵の位置を整えつつ、くるりと振り返って模造刀のフルーレを抜き放った。切っ先に鉄製のサックを取り付け、決闘の準備は完了である。
「さあ、構えてくださいませ!」
「……わかったわかった。同じライセンサー同士だ。手加減はしねえからな」
 論理展開はよくわからないが、これでも鍛錬にはなるだろう。そう自分に言い聞かせて、仙火は竹刀を中段に構えた。突如として幕を開けた洋剣と和剣の他流勝負。屋根の上に留まったふっくらすずめだけがその様子を見守っている。
「俺は面小手胴に二発入れたら勝ち、奏は俺の胴体に二発入れたら勝ち、でいいか?」
「もちろんですわ。……いざ!」
 奏は叫ぶと、早速仙火へ踏み込んで胸元へ突きを放った。仙火は脇へ足を擦らせて躱すと、奏の小手先を狙って鋭く竹刀を振り下ろす。彼女は咄嗟に飛び退き、身を翻して仙火へ向き直った。
「やはりそう簡単にはいきませんわね!」
「当たり前だろ。ぼやぼやするなよ?」
 一当たりしたことで仙火もやる気になったらしい。竹刀を中段に構えると、今度は仙火から間合いを盗み始めた。奏が僅かに身構えた隙に、仙火は素早く剣を振り被った。奏はフルーレの護拳で竹刀を受けようと、咄嗟に右手を頭上へ掲げる。しかしその時、仙火の身体が不意に深く沈み込んだ。刹那、奏の脇腹に鞭打ったような痛みが襲い掛かる。
「痛いっ!」
 思わず奏は悲鳴を上げて蹲る。軽やかに抜き胴を決めた仙火は、竹刀を天へ突くよう掲げてから華麗に彼女へ向き直る。
「まずは一本、だな?」
「むぐぐ……まだまだこれからですわ!」
 奏は剣を構え直すと、今度は斜めに踏み込みながらじりじりと仙火へ間合いを詰めていく。構えた刃の切っ先を触れ合わせながら、一インチのやり取りを慎重に続けた。仙火は泰然としたまま竹刀を中段に構えている。正中線から真っ直ぐ刀を通せば、そう簡単に致命傷は受けない。それが刀を持った者同士の戦いだ。だが、レイピア同士の戦いはそうではない。仙火が詰まった息を吐いた瞬間を突いて、奏は一気に踏み込んだ。
「ここですわ!」
「む……」
 仙火は咄嗟に奏の剣を払おうとする。しかしフルーレは大きく刃が撓り、仙火の剣を擦り抜けその脇腹にサックが突き刺さった。
「一本取られたか」
「どうです! フルーレにはこんな戦い方もあるんですのよ!」
 奏は得意満面に、更に攻勢を強める。仙火は軽やかに一歩飛び退き、間合いを取り直して竹刀を構え直す。
「なるほどな。武器の性質を生かした良い攻めだと思うぜ。けど、これ以上は好きにやらせねえよ」
 仙火は竹刀を構え直し、フルーレの切っ先を積極的に払いながら攻めていく。奏は必死に逃げ回って自分の間合いを取ろうとするが、仙火は摺り足で積極的に間合いを盗み、奏を庭の隅へと追い込んでいく。
「逃げてるだけじゃ勝てないぜ?」
「わ、分かってますわよ!」
「じゃあ来いよ。もう一度さっきの攻撃を振ってみせろって!」
「うっ……」
 奏は仙火の挑発に釣られ、思わずフルーレを突き出す。刹那、仙火が素早く踏み込んだ。奏は上から刃を撓らせていたせいで、その切っ先は仙火の胴体へ落ちるよりも先に、彼の頬を擦って明後日の方へ向いてしまった。咄嗟に剣を引いて身を守ろうとするが、時すでに遅し。
「せいっ!」
 軽やかな気勢と共に、仙火は奏のがら空きになった小手へ鋭い一撃を浴びせる。竹刀が唸って橈骨に直撃した瞬間、腕全体にぴりりと電流が走り、思わず奏はフルーレを取り落としてしまう。敷き固められた庭土に落ちたフルーレは、からんと虚しい音を立てる。
「ああっ……」
 赤くなった右腕を押さえ、奏はその場にぺたんとへたり込んだ。きっちりと残心まで固めた仙火は、竹刀を担いで揚々と奏へ歩み寄る。すっかり必死になっていた。
「惜しいところだったが、まあ、これで俺の勝ちだな?」
 奏は腕をさすったまま動かない。決闘の負けを認めないほど奏は浅はかではなかったが、彼女は滂沱の如く溢れる涙は止められなかった。
「ぐすっ。そんな……負けてしまうだなんて……」
「え……」
 突然の事に仙火は思わず言葉を失う。かつてはデートの終わりにやっぱり彼女が良いんだろうだのなんだの、身に覚えのない事をいきなり言われて泣きだされたりしたようなこともあったが、今回はちょっと訳が違う。完全に張り切り過ぎた己のせいだ。こうなるとどう繕ったものかわからない。仙火は思わず引きつった笑みを浮かべ、そろそろと奏へ歩み寄る。
「……な、泣きべそかいたのは奏だったな……? 大丈夫か? 一応手加減はしたつもりだったんだが……」
 ハンカチをそっと差し出す。すすり泣いてすすり泣いて鼻頭を真っ赤にしていた奏は、そのハンカチをむしり取るように受け取ると、いきなり鼻をかみ始めてしまった。仙火は軽く呻く。
「おい、ちょっとそれは……」
 しかし奏にその抗議は聞こえない。ハンカチをその手に強く握りしめたまま、ぶつぶつと夢中で呟く。
「何がいけなかったのでしょう。最後の突きは仙火様に引き出されたものでしたわ。そうです。最後は私が動くと決めた時に勝負は決まっていたのですわ。ああ、奏のばか。こんな事では一生姫若様に愛されません……」
「いやいやいや、何言ってんだよ」
「ああーん! 姫若様ぁ! その腕の中に私を抱きとめてくださいませぇ! 私を名実ともに本物のプリンセスにしてくださいませぇ!」
 いよいよ地面に突っ伏し大泣きし始めた奏。青褪めた仙火は、彼女をその場に置き去りにして縁側から屋敷へと飛び込んでいく。
「ああもうだめだ! もうだめだ! 楓! 楓! ちょっとこいつを何とかしてやってくれ!」

「なんだ……珍しく素っ頓狂な声を上げて飛んできたと思ったら……仙火が奏を泣かせてるなんてね」
 そんなわけで、不知火 楓(la2790)は物珍しそうな顔で庭に突っ伏す奏の様子を見つめていた。ちらりと楓が仙火を見遣ると、仙火は慌てて首を振る。
「い、いや。俺は手加減したぞ? 怪我させても困るしな……ただもうお前のこと呼んで泣きまくるからどうしようもなくて……」
「そりゃあ、きみが女の子を泣かせようと思って泣かせたことはないよね」
 楓は首を傾げると、仙火の代わりに縁側へと降りてそっと彼女の下へ歩み寄る。そっと背中へ手を差し伸べ、彼女の嘆きを収めるようにやさしく撫でさすった。
「ほら、お姫様、どうか泣き止んでくれないかな?」
「ああ……姫若様……」
 咄嗟に顔を上げた奏は、いきなりがばりと楓へ飛びつく。そのまま奏はぐずりながら楓の膝に己の顔を押し付けた。
「姫若様とのデートを賭けたこの一騎打ちに……私、情けなくも敗北を喫してしまったのです……」
「誰も賭けてねえって」
 仙火はぽつりと突っ込む。しかし奏は聞く耳を持たない。
「私だって強いですのに……私だって小さい頃から剣の修行してますのに……うぅ、姫若様に勝利を捧げられず申し訳ありません……」
 相変わらずしょぼくれた調子で嘆き続ける奏。ようやく合点がいった楓は、思わず頬を綻ばせ、そっと奏の肩を支えて起き上がらせる。ハンカチを取って涙の筋を拭ってやりながら、楓はそっと微笑んだ。
「そんな事か。遊びたいなら直接僕に言ってくれれば良かったのに。このままだったらクリスマスは仙火やみんなでワインの飲み比べ大会になるところだったよ」
「へ?」
 ふと涙が止まる。楓はぼさぼさになった楓の髪の毛を櫛で整えてやりながら、さらりと奏に問いかける。
「わざわざデートに行きたいっていうくらいなら、クリスマスの予定は空いてるんだね? それならクリスマスは僕と一緒に遊んで欲しいな。一緒に服を選びに行こう。お揃いの服を着るって約束もしたし、僕も奏と遊びたいしね……」
「本当ですか!?」
 奏は眼を鈴のように見張ると、ウサギのようにぴょんと跳ね飛んだ。そのままキラキラと笑みを浮かべて、仙火へ迫っていく。
「姫若様から! クリスマスデートに! つまり実質私の勝ち!」
 渾身の笑みを浮かべる奏。仙火は呆れてモノも言えない。ただ勢いに流されるままに頷いてしまった。
「おう、そうか……じゃあそういう事にしといてやるよ……」
 とりあえず奏が泣き止んでくれたのならそれでもう満足であった。そんな二人のやり取りを見つめて、楓はくすりと笑う。
「奏と仙火は仲が良いね。何というか、兄妹みたいな感じがするよ」
「いいえ、そんなことはありませんわ。私と仙火様は宿命のライバルなのです!」
「何の宿命だよ」
 ぶんぶんと首を振る奏の背後で仙火は溜め息を吐く。再び振り返った奏は、鋭く仙火の鼻先を指差した。
「そんな風に余裕ぶっていられるのも今のうちですわ! 今日のところはこのくらいにしておいて差し上げますが、いつかは必ず正面から仙火様を打ち破ってみせますからね!」
「なるほどね。奏は仙火とライバル。……それなら、次は仙火に勝てるように、僕も鍛錬に付き合うね」
「ああ! 姫若様が私についてくださるのならもう百人力、勝ちは決まったも同然ですわ!」
 早速平坦な胸を張ってみせる奏。仙火は思わず苦笑した。
「わかったわかった。手合わせならいつでも歓迎だからな。折角だ。今日の夜は家で食っていけよ。どうせ母さん、かぼちゃの煮つけを食いきれないほど作るだろうしな」
「ふふ……いいでしょう。私が食卓の救世主になってみせますわ」
「よかった。ついでに柚子湯にも浸かっていくといいよ。身体があったまって心地が良いからね」
 お風呂。そのフレーズに奏はきらりと目を輝かせた。
「ぜひ! 姫若様の後風呂を所望しますわ!」
「何でそこを限定するんだよ?」
 慣れたようにツッコミを入れつつ、ふと仙火は仲良く歩く女子二人を見て首を傾げる。
(にしても、何で楓と遊びたいって話で、俺を倒さないとって話になったんだ?)



 かくして、今日も麗しき姫若を巡る混迷はさらに深まるばかりなのである……

 おわり


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 音切 奏(la2594)
 不知火 仙火(la2785)
 不知火 楓(la2790)

●ライター通信
 お世話になっております。影絵企我です。この度は御発注いただきましてありがとうございました。勘違い継続という事で、かなりギャグっぽさも織り交ぜた雰囲気にしています。お気に召しましたでしょうか。

 では、またご縁がありましたらよろしくお願いします。

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2020年01月14日

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