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『ひととせの始まりに言祝ぎを』
桃簾la0911)&磐堂 瑛士la2663


 月明かりに立ち昇る吐息の白さに夜の寒きを知る。当然だろう、そろそろ日付も変わろうかという頃合いだ。マンション前に辿り着いた磐堂 瑛士(la2663)は、待ち合わせ時刻の十分前というのも気にせず呼び鈴を押した。だって寒いし、それに。

「来ましたか、瑛士」

 エントランスで待機してたのでは、という速度で現れる待人――桃簾(la0911)の姿に苦笑を漏らす。予想通り早くから準備して楽しみにしていたのだろう、そんな素振りはオーラにしか見せないけれど。

「お待たせ、行こうか桃ちゃん」

 二人、並んで足を踏み出せばほんのりと纏わりつく淡雪。白い指を伸ばして、桃簾はそっと掬いとる。驚かない程度には何度も見たけれど――去年の歳暮れの、あの感動を思い出して。あの時とは違う道行きは、どんな想いをもたらしてくれるのだろう。ふわりと微笑って見回した視線の先に、参道を照らす篝火が光る。

「これは、灯り代わりということでしょうけれど……電灯の方が明るいと思いますが」

 目を瞬かせる桃簾。舞う火灯りを受けてシスター服が幻想的に煌くのに、瑛士は眩しそうに口を開いた。

「うんその他宗教ぶっこんでいくスタイル嫌いじゃないよ」
「何です?」
「いーえーナンデモ。……そうだね、確か、魔除けの意味もあるんじゃなかったかな。ほら、火ってなんかパワーあるし」
「成程、後日、資料を取り寄せましょう」

 思わず漏れた本音を説明で誤魔化す。シュールな眼差しはきっと夜闇が隠してくれたに違いない。去年も着ていたからもしかして神域を訪ねる時の正装とか思ってるんだろうか。そんな他愛ない雑談混じりの道のり。それは当然、他の参拝客も同じのハズで。だがしかし、瑛士の耳は違和感を捉える。何か、こう、話題が――

『おいアレ……』
『マジかよ、生アイス教祖じゃね?』
『やっべおいお布施買ってこいよ』

 迷える男子高校生は遠くを見た。この一年、何故か明後日の方向にぶっ飛んでいった隣の友人の勇姿?が走馬灯のように夜空に流れる。ついでに駆けてくる足音も聞こえる。

「何ですか貴方た――」
『教祖様こちらを』
『俺、地域限定のアイス一覧を紙に纏めてきました!』
『あの、サインください!』
「我が教徒達でしたか、良い心掛けです」

 得意げな澄まし顔という器用なことをする桃簾。そのまま何故だか辻アイス説法が始まっているような。こうしてはいられない、速く、可及的速やかに早く霊圧を消して、そう、今の僕は空気――

「御覧なさい瑛士、アイスは世界を一つにするのです。わたくしの道は間違っていませんでした」

 艶々したスマイルでそっと手が取られる。からの。ひんやりとした手の冷たさ以上に冷気を伝えるモノが何か、掌一杯にこんもりと乗せられたのを感じた。

「お裾分けです」
「ワァ嬉しいなー」

 ほら善意100%アイス飛んできたー。



 境内に入りますます増した篝火の、その熱さに負けない熱気が参拝者から立ち昇っている。シスター服の裾を熱に煽られながら、桃簾はキリリとした顔で悟った。

「この暑さはもはや夏と同等――つまり、年越しにアイスは必需品です」
「うんとりあえず並ぼっか」

 毎度お馴染み、お坊さんに二度見されながら除夜の鐘の列の最後尾につく。残りは半分を越え、鐘を突いたらすぐにでも年越しとなりそうだ。なお余談だが、近くにいた教徒により教祖の御言葉はばっちりと拡散された。

『俺思うんスけど、【コタツにアイスは師範代以上に限る】とかって戒律作った方がいいんじゃないかって』
『あーアレは生半可な奴がやると堕落するよな、な?』
「いや僕教徒じゃないんで」

 鐘を突き終わり、桃簾待ちの間に話しかけられるのはまあ構わない、だが同志認定されているのは何故なのか。両手に教祖様の持ちきれなかったアイスを抱えながら瑛士は空を仰いだ。と、今更ながらに気付く。お布施アイスを器用に幾つも抱えている桃簾はどうやって鐘を鳴らすつもりなのか。

「桃ちゃー―」
「次のシス……次の方どうぞー?」

 時すでに遅し、アイスを抱えたまま進み出たシスター(ちなみに鐘の縄を渡そうとしたお坊さんはむせた)は定位置につく。ザッ、と吹き抜ける風が場を清めるように木々を揺らし。何か起こりそうな空気を感じたか、かんきゃ……参拝客は固唾を飲んで目を閉じるシスターの、胸でクロスに組まれた腕に注目した。

「わたくしに煩悩などありませんけれど」

 両の手の指、その間に挟まれるのはワッフルコーン。色とりどりのクリームの形を崩さぬよう本能で空間を計算し――

「――アイスへの敬意を捧げましょう」

 カッと開かれる瞳。優雅にしなる腕。計算され尽くした(アイスの)挙動は、まるで奇術師の芸事が如く鐘楼を鮮やかに舞い踊り。重力に従い落ちるその数秒の遊戯にさんぱ……観客が見惚れている刹那に縄を引っ掴むと。おおきく振りかぶって、桃簾は渾身のフルスイングをぶちかました。どうか今回も壊れませんように。瑛士は神に祈った。

「良いアイスを!」
『『『良いアイスを!!』』』

 唱和する真言。再び指の間に収まるワッフルコーン。梵鐘が煙を吹いて切なげに身を震わせる中、あちらこちらで上がる歓声に手(とアイス)を振りながら降りてくる教祖様。熱狂の渦の中心地近くで、瑛士はそっと呟いた。

「桃ちゃんが遠い……」

 アイスは煩悩じゃないんだろうか。とりあえず鐘が無事でよかったです。

「何を呆けているのです、瑛士」

 幾許か、意識を飛ばしていたらしい。肩を突く指に我に返った瑛士は、周囲の雰囲気が変わっていることに気付く。

「そろそろカウントダウンのようですから、準備を」

 シスター服の裾がそわそわと揺れる。足首を確りと回して、準備は万端。肩を竦めて10、9、8、瑛士はひょいと片手を差し出す。なお、両手一杯のお布施は教祖様がぺろりと美味しくいただきました。

「じゃ、宇宙旅行に行こっか」
「今年はより高くを目指しますので」

 エスコートに手を重ねて6、5、4、桃簾は不敵に笑うと足に力を込め――3、2、1!


『『『あけましておめでとう!!!!』』』


 年越し一秒後に地球へと帰還した二人へ、年始の言祝ぎが降り注ぐ。知るも知らぬも、皆楽しそうに笑顔を交わし合って。喧騒に身を浸す桃簾はもう知っている。これは民の賑わい、民の祝い方――『ロゼリン』にはけしてできない祭り。けれど。

「――ここは地球、ですね。瑛士」

 去年はまだ距離感がわからなくて、ただただ賑わいに戸惑っていた。薄布一枚を隔てたように手を伸ばし難くて――でも、わたくしはもう『桃簾』だから。屋台でアイスを買うことだって学んだし、祭の勢いでハイタッチすることだって覚えた。何より。

「そうだよ、しょーもないネタだけど……気に入ったんならまた来年もやろっか」

 こうして、何気なく次の約束をしてくれる友人がいるから。フォルシウスの姫であることを忘れた事などない、それでも。地球にいる間はただの、ライセンサーの『桃簾』として。

「今年もよしなに、瑛士」

 楽しい事も、辛い事も――今年は何を知ることが出来るだろうか。知らず、艶やかに浮かべられた微笑に、瑛士は目を瞬かせる。近所に住む年上(?)のおねーさんは世間知らずで常識がズレてて、たぶん今年も四次元な方向にぶっ飛んでいって何故かソレに巻き込まれるんだろうけど。すっげーめんどくさい予感しかしないけど。

「……来年は晴着っぽいの紹介するね」

 こんなちょっとした馬鹿なやりとりに、何だかんだ生き延びられた実感を感じてしまうから。素直じゃない高校生は、無謀にもgoing my wayの軌道修正を試みるべく今年の目標を定めたのであった。



 篝火の導くまま、朱い鳥居を目指す。この寺と近くの神社とは、兄弟のような持ちつ持たれつの関係らしい。ぞろぞろと流れる人並みに沿って歩きながら、桃簾はワカッテル顔で頷いた。

「わたくしにはアイスが神ですけれど、世界には八百万の神々がいますものね」
「言っとくけどそっちが主流だからね」

 ちゃんと儀式とかあるし、と言いかけた言葉をすんでのところで飲み込む。有り余る行動力でアイスを讃える祈りとか作りかねない。有り得ないとは言い切れない。そうこうしているうちに賽銭箱の前へ。やっぱり神主に二度見されながら、財布からお賽銭を取り出す。手には五円玉が九枚。

「事前に友人より聞きました、『始終ご縁がありますように』という意味だとか。――今年のわたくしは一味違うでしょう?」

 ふふん、としたドヤ顔に少し考え、瑛士もまた財布からお賽銭を掌へ。百円玉四枚、五十円玉一枚、五円玉七枚。桃簾の顔が驚きに染まる。

「『四方八方からご縁がありますように』って意味らしいよ」
「……後で確認しておきます」

 にっこりとした笑顔に、遠く某スーパーの方角で盛大なくしゃみが響いたのはご愛敬。とまれ、それぞれ頭を二度下げてから静かに投げ入れ柏手を二回。閉じた瞼の裏で神と、己と対峙する。

(次の一年はもっと過酷になる――それでも)

 去年一年、なんとか生き延びた。だから今年も無事に生き抜いて、来年もここに二人で来れますように。口にはけして出さない願いを込めて、瑛士は柏手を一つ。

「今年も宜しく、桃ちゃん」

 小さな願いが聞こえたか、隣で伏せられていた黄金の瞳がゆっくりと開かれて。真剣な眼差しがこちらを射抜く――まるで、神託を受けた巫女のような。

「わたくし、気付きました」
「……何?」
「来年の初詣までに――」

 厳かに響く玉音に、乾いた喉がゴクリと鳴る。鴇色の髪を浚う風の音が煩い中、凛とした声は遍く境内に響いた。

「増えた教徒の為、やはりアイス教も神殿を建てるべきでは」
「ほら更にぶっ飛んだー」

 後日、教徒達によってクラウドファンディングが募られたという話は全力で聞かなかったことにした。



 帰り道、妙に疲れた顔をして歩く瑛士に首を傾げると。桃簾は近くの屋台へと足を向ける。

「店主、端から全て頼みます」
「毎度ありィ!」
「ほら瑛士、疲れた脳には糖分が良いですよ」
「いや、アイス別にそんないらないっす」

 慎ましやかな日本人である瑛士は全力の笑顔で遠慮した。やんわりと、だが断固として拒否する姿勢を感じたか、桃簾は大人しく引き下がる。

「要らないのですか?相変わらず小食ですね」

 オブラートに包みすぎて真意が伝わらないのは日本人の悪い所です。妙な納得をした教祖はそのままに、瑛士は肩を竦めると。

「そんなにアイスばっか食べてないでさ。帰ったら雑煮つくったげるから」
「確か、新年の馳走の一つでしたか。し、仕方ありませんね……縁起物ですし、わたくしが共に食べてあげましょう」
「冷えた身体もあったまるよー、どうせまた追いアイスするんだろーけど」

 寒さだけではない赤さで染まる頬。相変わらずお誘いにはツンデレな姫君を生暖かい視線で見守りながら、瑛士は冷蔵庫の中身を思い浮かべる。アレとコレとソレと――

「あ、材料足りないかも」
「ではわたくしのバイト先へ寄って行きましょう。ふふん、従業員割引も効くのですよ」

 近年、年末年始は休みにする店が多い中。年中無休を謳うバイト先にて忙殺されているであろう友人を思い浮かべ、桃簾はくすりと笑む。頑張って稼いでもらわなければ――数日後、共にショッピングに行く約束を交わしているのだから。

「桃ちゃんのバイトもよく続いてるよねー」
「当然でしょう、わたくしに不可能などありません。今年は欲しい物も出来ましたし、より一層励むとします」
「待って欲しい物ってさっきのアレじゃないよね??」

 バイト先へと進路を変えた得意げな背を必死で追う。ヤバいガチのヤツだコレ。そのままスーパーに辿り着くまで説得したり説得したり話を逸らしたりして。死んだ瞳でバイト中の友人にアイスの差し入れをしつつ買い物を終える頃には、空はほんのり夜明け色。

「雑煮食べたら初日の出とか見に行く?」

 さらりと提案される予定。増えていくお誘いがこの一年を暗示しているようで。桃簾は足を速めて前に出ると、返答代わり、くるりと振り返ってとびきり優雅な笑顔を魅せる。

「ふふ。楽しい一年が始まりましたね」
「――ま、そうかもね」

 霜に煌く道のりは、今年一年に幸いあれかしと眩しく輝く。瑛士の家まではあと少し、仲良く賑やかに進む二つの影を、白い吐息が楽しそうに混じり合いながら追って行った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
微笑ましいご縁を、有難うございました。
少しばかりはっちゃけてしまいましたので、キャラ違い等、リテイクはご遠慮なくお申し付けくださいませ。
アイス教がどこまで広がるのか――今後の御躍進を、個人的に応援しております。
イベントノベル(パーティ) -
日方架音 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年01月14日

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