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『花屋時々、寄り道。』
瀧澤・直生8946

「まいどー、花屋デス」
 瀧澤・直生(8946)はそう言いながら草間興信所の古めかしいドアをあけた。扉の向こうには馴染みの顔が煙草を咥えている。
「おう、直生。いいところに来たな。お前さん向きの依頼がある、ぜひ引き受けてくれ」
「……またかよ草間サン。あんた探偵だろ」
「そう、『至ってふつうの探偵』だ。ウチはなんでも屋でも拝み屋でもない。怪奇モノには迷惑してるんだ」
 興信所の主である草間・武彦(NPCA001)の表情は渋いものだった。直生にそう言ってくる言葉の最中も眉間にしわが寄り、面白くなさそうな雰囲気をありありと出している。彼は怪奇が絡んでくる面倒ごとを極端に嫌っている為に、わりといつもこういった表情を浮かべていることが多いような気がした。
「俺、除霊しか出来ねぇって前にも言ったよな」
「まぁ、だからこそのお前向きなんだよ。近所に馴染みのネットカフェがあってな。そこのオーナーからの依頼なんだ。人手が足りねぇからって押し切られちまってなぁ」
「……で、都合よく現れた俺に白羽の矢が立った、と」
「そういうことだ」
 直生はそう言いながら、武彦の事務机の上に無造作に置かれていた彼のタバコに手を伸ばして一本を拝借する。
 武彦もそれを視線のみで確かめつつ、その行動には何も言ってはこなかった。依頼料とでも思われているのかもしれない。
「簡単な内容だ。店に帰る途中にでもこなしてくれたらそれでいい」
「……随分アバウトだな。ホントにそれでいいのか」
「依頼主は能力者……全部そっちで行動やらは把握済みってワケだ。まぁ、そんなわけで頼む。行き先はこのメモに書いてある。……あー、花どうもな。料金だが、依頼料と合わせて振り込んでおく」
「はぁ……どうもっス」
 結局、直生も武彦に押し切られてしまう形となってしまった。
 追い出されるかのように興信所を出てきた彼は、右手にいつの間にか握っていた四つ折りのメモを開いて、中身を確認する。
「……しっかり帰り道かよ」
 メモ紙には簡素なこのあたりの地図と、目的地らしい場所にいびつな星が書かれてるだけであった。
 つまりはその印の場所に対象物――すなわちの、霊がいるという事だ。
 直生もどちらかというと、面倒ごとは苦手だ。それでも、触れてしまった以上は無かったことには出来ない。そういう性格ゆえに、何かと頼まれごとが多い。そして、断ることが出来ない。
 人がいい――いわゆるお人よしという部類に入ってしまうのかもしれない。
 そんな事を頭の隅で考えつつ、彼は廊下を進んで興信所が入っているビルを後にし、目的地へと足を運んだ。


「…………」
 道を歩いていると、妙に避けられているなと思う時がある。
 主に若い女性にそれが見られるのだが、やはり直生の眼光が鋭かったり、全身から抜けきらない尖ったような雰囲気がそうさせてしまうのだろうか。
 過去、酷く荒れていた時期があった。その空気に身を任せ過ぎたのか、落ち着いた現在もやはり少々の災いとして残ってしまっている。
 ちらり、と視線を動かしただけなのに『睨まれた』と思われてしまう事も珍しい事ではなく、直生自身は最初こそ憂いていたものの、いつしか自然と受け流せるようにもなっていった。
「さてと、ここか」
 細い路地を少し進んだ先には、ありがちなビルとビルに囲まれたスペースが存在した。
 各店舗から出るゴミを一時的に放り込んでおく大きなゴミ箱と、壊れた看板や自転車などが転がっている。
 まだ日も高いはずだが、ひしめき合う雑居ビルのおかげで、暗がりが生まれていた。
「……ありきたりだが、それでも出るんだよなぁ。こういう陰気くせぇポイントによ……」
 ぼそり、と直生がそんな独り言を漏らす。
 彼の言う通りで、こうした場には集まりやすくもあるのだ、彷徨う悲しき霊が。
「…………」
 街の喧騒が遠くに聞こえた。
 一般人はよほどの事が無い限り、こんな場所には入り込まない。
 だが、直生にとっては良く馴染んだ場所とも言えた。荒れていた学生時代を思い出して、その場で小さく苦笑する。
「ったく、対人のほうがまだマシだって思えてくるぜ」
 そんな彼の独り言は、仄暗い空間にじわりと溶けて消えた。
 直生の目の前には、誰もいない。だが、『視える』のだ。
『アァァァ……ッ』
 叫びにも近い声が耳に届いた。じっとりと纏わりついてくるような、嫌な響きだ。
 怒りなのか悲しみなのかは分かりかねるが、どこを切り取っても良い声色とは言い難いのだ。
「だったら尚更、天に昇っておけっての!」
 霊は直生の姿を目に留めたのか、ゆらりと煙のように体を動かし、宙から迫ってきた。
 直生はそれを見定めて、霊を足先で払うようにして回し蹴りをしてみせた。
 学生時代に身に着けた技が、まさか対霊技になってしまうとは。
「……っし、終わり」
 キュッ、と靴音を響かせてから、直生が利き足を下ろした。
 武彦の言う通りで、簡単な依頼内容であった。霊自体も弱々しく、ただの浮遊霊が迷っていただけのようだ。
 可能であれば会話なども試みようとの覚悟もあったのだが、状況的にもそれらは可能だとは思えなかった。
 微弱なモノであればしばらく放置でもいいのだろうが、放っておけば群れを成す。そうすると彼らは少々厄介な相手になってしまう。それゆえの、依頼であったのかもしれない。
「……ネットカフェか。このあたりだと、あの古いビルのヤツか……?」
 直生は武彦の言葉を思い出しつつ、そんな独り言を続けた。この近所であれば、あたりもつけられるからだ。
 だが今は、記憶の端にとどめておく程度で、それ以上の詮索は止める。
 ――直後、ボトムのポケットに入れっぱなしであったスマートフォンが鳴った。
「……と、やべ」
 路地の出口へと足を向けつつ、彼はポケットに手をやる。
 画面を見れば、勤め先の花屋からであった。武彦の興信所からすぐにこちらに向かった為に、連絡を入れ忘れていたのだ。
「はい、俺。……うん、ちょっと草間サンから頼まれて寄り道してた……悪ぃ。うん、もう戻るから」
 スマートフォンを耳に当てて、相手と会話をする。
 ここで直生の依頼は完了したという事になる。ビルの屋上からそれを見届けていた人物がいたが、直生はそれに気づくことなく、喧騒の中へと消えていった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
初めまして、ライターの涼月です。
この度はご指名をありがとうございました。

少しでも楽しんで頂けますと幸いです。
次の機会がございましたら、ぜひうちのNPCにも絡んで頂けると嬉しいです。
東京怪談ウェブゲーム(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年01月14日

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