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『愛は尊く美しい』
スフェン・エストレアka5876)&ノイシュ・シャノーディンka4419


 ――遡ること数年前の出来事である。

 スフェン・エストレア(ka5876)が路地裏で見付けたのは、襤褸切れ同然に行き倒れている少女だった。
 白銀の髪に白い肌、長い睫毛。その人形のような美貌にはスフェンも目を丸くしたものだ。「そういう店に持って行けば高く売れるだろうなぁ」なんて下衆なことを考えつつも、それを実行するほどスフェンは外道ではなかった。そして同時に、このまま彼女を放置しておけば『下衆なこと』を実行する連中の餌食になるだろうなぁと考えた。
 ゆえに。

「おい、お前……生きてるか?」

 ――そう、始まりはちょっとしたお人好し。

 で、彼女を家に連れて帰って風呂に入れてやったら、ナニが付いてたことが分かるのはそれから間もなくのお話。要は『彼女』『少女』ではなく『彼』『少年』だったワケで。
 それならそれで、とスフェンは驚きはしたがそれ以外にはなかった。むしろ、男なら遠慮なんて不要だろうと彼にありのまま接した。
 いっぱい食べていっぱい寝て――ちんちくりんのヒョロヒョロだった少年はすくすくと成長した。スフェンはなんやかんやと彼の面倒を見続けた。血は繋がってこそいないが、子供がいるとこんな感じなのかなぁとじんわり思った。尤も、関係性としては『師匠と弟子』といったものだったが。

 そんな、ある日のことである。

「修行の旅に出ようと思う」

 少年から切り出されたのは、そんな台詞だった。

「はァ……そりゃまた突然だな」

 思春期や反抗期のアレか、盗んだ乗り物で走り出すってか、とスフェンは悠長に思いながらも少年へ片眉を上げた。だが、彼の言葉を否定することはしなかった。「そうしたいなら、したらいい」と少年の旅立ちを肯定した。
 成長した少年の見た目は女性的だが、その腕っぷしは『女々しさ』という言葉の対極にある。生きていくための知恵も大方教えた。心配ないだろう、とスフェンは思ったのだ。何より、どうにも世間知らずの弟子が世界を見聞するのは良いことだ。

 そういうワケで、「いってきます」「がんばれよ」と二人が別れて――現在に至る。

「久しぶり、センセ」

 少年が――ノイシュ・シャノーディン(ka4419)がスフェンのもとへ戻って来たのは、唐突であった。

「……、ん? どちら様?」

 スフェンはポカーンとした顔で、目の前の青年を見る。「どちら様?」と言ったが、銀の髪に紫の目、白い肌に整い過ぎた美貌、その面影に見覚えはあった。あるにはあった、が。

「……変わり過ぎてビックリした? 育ち盛りだもの」

 そう言ってノイシュはクスクス微笑む。スフェンは瞬きをニ三度し、眉間を揉み、目を擦り、もう一度目の前の彼を頭からつま先まで眺めた。

「え? マジでノイシュなの?」
「まさか忘れたなんて言わないよね? ……ふふ。ここは師匠として、弟子の成長を喜ぶところだろう?」
「は〜……人間、変われば変わるもんだねえ……」

 スフェンは感心していた。別れた時はあんなにも小さかったのに、と心の中で呟く。目の前のノイシュはスフェンと視線も近くなったし、体つきも細身ながらも筋肉に覆われて男性らしさが出た。声変わりだってしている。――ただ、スフェンをじっと見つめるノイシュの眼差しだけは、幼い頃から何一つ変わっていない。

「まあ、積もる話もあるし、どこかイイ店に連れてってよ、センセ。もうお酒も飲める年齢になったし」
「ん、そーだな。とりあえず飲みに行くか」



 ●



 ――かろん、とグラスの中の氷が戦慄いた。

「私がいない間、自堕落な生活に戻ってるんじゃないか心配してたんだよ。とりあえず元気そうで良かった♪」

 ノイシュは嬉しそうな笑顔を浮かべ、スフェンのグラスに酒を注いでいく。スフェンは「まあな」と注がれた酒を煽った。その顔は酒気を帯びて赤い。

「ふぅー……ノイシュ、お前も飲めよ」
「飲んでるよ? まあまあ、今日はめでたい再会の日なんだから」

 人畜無害にノイシュは言うが、実はそんなに飲んでいない。飲んでいるフリをしているがほとんど飲んでいない。だが飲んでいるのは飲んでいるので嘘は言っていない。そしてサラッと追加注文。値段も度数も高いお酒が瓶で置かれる。
 スフェンは決して下戸ではないが、こうも度数の高いものばかりをハイペースに飲まされれば、流石に酔いが深まってきた。

「……なんか今日の酒は妙に回るな……」

 飲み過ぎたかも、とスフェンは机に突っ伏しながら熱い息を吐いた。体が頭が温かく、眠気がとろとろ回ってくる。
 そんな風に無防備な姿を見せてくれるのは、己の前だからだ――ノイシュは目を細めて愉悦を感じた。けれど表情は常通りに、「大丈夫? もうしょうがないなぁ」なんて言ってのける。そして、その言葉がスフェンが寝落ちる前に聞いた最後の言葉だった。



 ●



 ――チクリ。

 何か、スフェンは針に刺されるような心地を感じた。
 けれど体を巡るアルコールに意識は蕩けたまま。眠たくて、ボーっとして、よく分からなくて……。
 カチャカチャ、と何か音が聞こえた。こう……何か小道具達をいじくるような。
 それが何かを考えられるほど、スフェンの頭は正常ではなかった。

 ああ、飲み過ぎた……。

 スフェンはそんな悠長なことばかりを、思っていた。
 遠くの方でノイシュの恍惚とした吐息の気配を感じた。

「嗚呼、嗚呼、その瞳! ずっと欲しかった! 貴方に並び立つ私になったご褒美に――頂戴?」

 スフェンの頬に触れる、細い指先。その耳をくすぐった甘くて熱い囁き声。しなだれかかる重みの気配と、スフェンの体を這う掌と。
 ぞくりとしたものをスフェンは感じだ。それでも身動ぎ一つできなくて、目を開けることもできなくて……。

 ――それからどれだけの時間が経っただろう?

 ずくん、ずくん、とスフェンの神経を刺激しているのは痛みだ。
 痛い――なぜ? それは覚醒と共に強くなっていく。

「……ん、あー……?」

 スフェンは目を覚ました。見慣れた天井。カーテンの隙間から射し込む日差し。自宅のベッド。頭と顔の痛み。

「俺は……」

 曖昧な昨日の記憶を手繰り寄せる。ノイシュが帰ってきて、一緒に飲みに行って、それで……?

「いッ、……」

 ずくん。痛みがひときわ強くなる。スフェンは自分の頭を抱え、それから、顔に包帯が巻かれていることに気付いた。その布は、スフェンの顔の半分――片方の目を覆っていて。
 痛い。凄く痛むのは、その包帯の下だ。

(なんで――)

 同時に気付く。着ていた服が剥ぎ取られている。そして真横に人肌の気配。スフェンがそちらを見やれば、小瓶を胎児の体勢で大切そうに抱えたノイシュが、すやすやと眠っていた。

「んな゛ッ」
「……ん、?」

 衣擦れの音にノイシュが目を覚ました。そのままゆっくり起き上がった青年は、目をこすりながらスフェンへとふんにゃり微笑みかけた。

「おはよ、スー君」
「……は? え? 何? お前これ……どういうこと?」
「あっ……痛み止めの効果、切れちゃったんだね。ごめんね、痛いよね? すぐ用意するから――ここでいい子にしてて?」
「ちょっと待て待て待て。順番に説明しろ!?」
「私を助けるということは、私を受け入れるということは、こういうことなんだよ……ね、スー君? 分かってくれるよね?」
「……」

 ノイシュに顔を寄せられて微笑まれ、スフェンは思考を停止するしかなかった。
 その間にノイシュは大事に抱えていた小瓶を枕元に置くと、スフェンのための痛み止めを取りに立ち上がる。スフェンは呆然としたままその白い素肌の背中を見つめる他にない。そしてふと、弟子が枕元に置いたものはなんだろうと目を向けて――

「ぎゃああああああ」

 痛みもぶっ飛ぶほどたまげた。ウン十年と生きてきたが、自分の目と目が合う経験をするなんて、誰が予想できたろうか。

「ちょ、ちょっと! 待て! ノイシュ!! 俺にそういう趣味はねえ! 落ち着け! お前を拾ったのは成り行きだしッ、その後に面倒見てたのも惰性でだな――」
「大きな声出したら、傷にさわるよ? 血が出ちゃうよ?」

 ぴとり、とスフェンの唇に添えられたのは、ノイシュの人差し指。まるで自然な動作にスフェンはぐっと言葉が詰まってしまった。
 ノイシュはそんなスフェンを――大事な大事なひとを、じっとじっとじっくり眺め、舌なめずりをして。

「いいこのスー君、私のスー君。大丈夫、オクスリの時間だよ――」

 ひょいと小瓶を手に取ったノイシュは、愛しそうにガラスへと唇を寄せた。そのまま凍り付くスフェンに馬乗りになって、そして――どうなったのかはまた別のお話だが、少なくともスフェンはこう思ったそうだ。

(俺の人生、終わった……)



『了』

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
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2020年01月16日

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