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『違えども道は続いていく』
鞍馬 真ka5819

 ――猟犬に追われる獲物ってきっと、こんな感じなんだろうな。
 どこか他人事のように胸中でそう呟きつつも、鞍馬 真(ka5819)の眼差しは覚醒した瞬間だけの筈の金色を僅かに帯びていると錯覚するほど真剣だ。とはいえここには背中を預けられる仲間はおろか、ハンターとして守るべき存在もいない。抜身の魔導剣からは斬り捨てた魔獣の残滓が朧に舞い散り、そして、それと同時に点々とした赤がその足跡を示すが如く、零れ落ちていく。視界を遮る木々の隙間を縫いつつも、予断を許さない現状を好転に導こうと、絶えず前方を見通す。が、昼間とは思えない薄暗さが視界不良に拍車をかけて判断を鈍らせた。全く振り返らず、己を追う複数の足音に対しての注意も払い続ける。体の表面に纏うオーラがある限り、奴らは追いかけるのをやめないだろう。
 元より外見と能力、キャリアが釣り合わないのが常のハンターだが、その筆頭とでもいうべき百戦練磨の手練れである真も、様々な悪条件が重なれば簡単に足元を掬われる――それが戦いというものだ。血を流す腹の鈍痛には煩わしさを覚えるが、慣れる慣れない以前に恐怖心で判断を曇らせることはない。最悪眼球さえ傷付かなければいいと枯れ枝が生えた狭い獣道を突っ切れば、案の定というべきか涙袋の真下を走る擦過傷によって、涙のように膨らんだ赤色が一筋頬を伝った。まだ放っておけば死ぬほど酷い状態でもない。そう冷静に見極めながら、不意に暗がりの中で白く光る石を見つけた。比較対象である自分のものは成人男性の平均と比べやや小ぶりだが、拳大のそれにもしも蹴躓いたなら、魔獣たちが一斉に飛びかかってきてあっという間に殺されるだろう。
(死ねば楽になることもある……けど、私はまだ死ぬわけにいかないんだ)
 邪神討伐以降、それを由来とする歪虚らもまた姿を消したことで状況は大幅改善され、自然発生し続ける雑魔も、大戦経験者としては赤子の手を捻るくらいの弱さだ。今にしても数の暴力で追い詰められたのに加えて、見た目以上にマテリアルの汚染が進んでいた為想定したほどにはスキル効果が働かなかったのが大きい。それは、この周辺の地域の比ではないグラウンド・ゼロを経験しているが故の誤算だった。魔導剣を握る手が全力疾走のせいで汗ばむ。あの激闘を共に潜り抜けてきた仲間たちは今はもういない。一人きりだ。彼も年を跨ぐ少し前に故郷へ帰っていった。しかし。
「……またねって、言ったからね」
 呟きは静かな決意となって、胸の奥に暖かな灯を燈らせる。
 この生活を続けている限り、長生きなんて望むべくもない。遅かれ早かれ油断か運命の悪戯がこの首元に死神の鎌を突きつける筈だ。どのみち戦争中に自分のせいで死なせた命の重さを考えれば、幸せになる権利などないし、もう求めようとも思わない。戦い続けることこそ贖罪になると信じている。第一次帰還の際に手を挙げて地球へと――日本に戻っていたら、記憶を取り戻す未来もあったかもしれないと思う。偶然に故郷の土を踏むだなんて有り得ない確率だが、この世界に居続れば可能性はゼロのままだ。だがそうはしなかった。誰かに責められたでもなく自分で決めたことだ。後悔はない、立ち止まらない。必ずまた彼と話をする。心臓のあげる悲鳴がいよいよもって思考力に靄をかける直前、水の気配を頼りに進んだ読み通りに、池の周りの開けた場所に出ると真は踊るように身を翻し、後に続く魔獣を迎え撃とうと魔導剣を構え直した。血色の切っ先が薄暗闇に鈍く光る。ほぼ二列になって追っていた奴らは隘路を抜けて横に大きく広がり、若干のちぐはぐさを感じさせつつも一気に迫り来た。短く息を吸って吐く――。
「ふっ」
 唇から零れた気迫は、空気すらも断ち切ったかのような薙ぎ払いの、その鋭い轟音と複数の魔獣を纏めて斃したことによる悲鳴に似た唸りに掻き消された。剣を無理やり引き戻す動作で更に一体。
(大丈夫――私なら絶対にいける)
 それは根拠のない自信ではなく、死線を潜り抜けてきたハンターの矜持であり、自らの心中にある剣を呼び覚ます行為でもある。武器を持ち替えるでも搦め手に頼るでもなく、ただ黒ずんだ土を固く踏みしめて魔導剣を構える真へと、しかし反撃を免れた魔獣たちは襲いかからず、むしろ痩せた犬のような前足を僅かに引く。奴らに連携を取る知能はない。だが打ち合わせたように揃って数歩分下がる。これが転化前ならばすぐさま逃げ出していたことだろう。鉄錆びた匂いを滴らせる獲物こそが狩る側だと思い知って。
 後はもう真が主導権を握るばかりだった。同族を増やすという本能に従い意を決したように襲いかかってくる奴らはただでさえ統率とは無縁なのに先程と比べ明らかに怖気付いている。回避が楽な点を考慮し、ある程度動き回れる空間を確保したかったのが、威圧が通れば拍子抜けするくらいに攻め易かった。地を強く蹴り踏み込むと刀身で脳天を叩き、振り向き様に背後の敵の眉間へと刺突を放つ。標的と別の魔獣に接近されれば少々強引だが蹴りで急場を凌いだ。うなじで一つ結びにした髪が動く度に翻る様子は、さながら観客のいない舞台で剣舞を披露する踊り子。とはいえ色気もなければそもそも真はれっきとした男だが。自分が踊るのは勿論観客の立場になるのももう無縁な話だ。それでいい。ハンターとして生きる鞍馬真が自分だ。仲間に心配されても誰かに求められても、別の人生は選べない。ふと役者として舞台に上がり、喜怒哀楽全て引っくるめて背負い生きていくだろう彼の背中を想像する。いつかまた笑った顔が見たい。願って振るった刃の軌跡を描くように花びらがひらひらと舞い落ち、そして魔導剣を下ろした先にはもう魔獣は一体たりとおらず、一介のハンターが一人、立つのみだった。

 敵の気配が消えたのを確認して、体内のマテリアルを活性化し傷を癒すと、真は尚も森の中、濃くなる淀んだ空気の根元を辿り、時に残党を屠りながらも歩を進めていく。そして目的の場所に着いたところで、見た目よりも強靭な筋肉を持つ足を止めて深呼吸すると薄く唇を開いた。風と共にどこまでも、いっそリアルブルーまで届くようにと願う。――ヒトが、精霊が、幻獣が。数多ある命が生きる為の大地だ。痩せた木の枯葉をそよぐ風が揺らして、旋律を刻むごとに穢れが――負のマテリアルが少しずつ払われていくのを感じる。やがて真が歌うのをやめた後には、ごつい防寒着を脱ぎたくなるような陽射しが閉じていた瞼越しにその存在を強く主張した。この一帯を浄化するにはまだ進む必要がある。ただ少なくとも立ち寄ったあの村の住人は暮らし易くなるだろう。真がリゼリオにしばしの別れを告げ、雑魔退治と汚染地域の浄化を目的に世界を旅しているのとは逆に、住み難くなっても容易にそこを離れられない人たちがいる。戦う力がないなら尚更で、彼らの為に力を貸すこともまた当然だ。今を生きる人々の未来を守っていく。他には何も要らなかった。
「さて、と。心配してるかもだし、一度顔を出して……明日には発とうかな?」
 長居している暇があるなら動く。それが腕利きのハンターにワーカーホリックの称号が付記される真の性分だ。ぐっと大きく伸びをして肩をほぐすと、髪と羽織とを揺らして振り向き歩き出す。身につけた思い出の品と幾つもの記憶が真が進む道筋を明るく照らしてくれていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
重くはあっても暗くならず、な雰囲気を意識しつつ
邪神がいなくなった世界で戦い続ける真さんの姿を
描かせていただきました。地位も名誉も全く求めず
贖罪のために戦うというのはそうとだけ聞くと
どうしても可哀想だと思ってしまいがちですが、
本人が望んでいるのなら間違いじゃないと思います。
ハンターとしての仕事を辞めて新しい人生を生きる
真さんの姿を想像してみても、幸せな様子はやはり
上手く想像出来なかったりしますしね。
真さんの行く先が満足のいくものであると願います。
今回も本当にありがとうございました!
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2020年01月16日

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