▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『この一年も、そしてその先も』
鬼塚 陸ka0038)&鬼塚 小毬ka5959

「おっ、意外とそこまで混んでないっぽいね」
「準備に少々手間取ってしまいましたけれど、それが功を奏したのかもしれませんわね」
 口を開く度に白い吐息が零れる冬――元旦というにはギリギリの時間帯。鬼塚 陸(ka0038)と鬼塚 小毬(ka5959)の夫婦は連れ立って参道を歩いていた。日本生まれの陸にはあまり実感が伴わないが、この朱い鳥居を潜った先に見える神社は東方でもかなり格式が高いらしい。なので、参拝をするのに何時間も待たされる可能性を考えると二の足を踏んだのだが、邪神戦争が無事に終結し、個人的にもこうやって可愛い妻――いや嫁と呼ぶほうがグッとくる――とも契りを結んだ、人生でこれを超えるのはそうないという激動の年を過ぎての第一歩だ。嬉しくも小毬も同じ気持ちのようで、折角だからと二人で話してここに決めた。鬼塚巨砲神社? 知らない子ですね、と御神体をそっと記憶から消す。それはそうと、と陸は隣の小毬を横目で見た。
(うん、誰もがマリ見て振り向くのは仕方ないね。うちの嫁さん、そこらの二次元より可愛いから)
 なんて甘い台詞は胸中に仕舞い込んだ代わりに、ついでのように向けられる若い男の視線に陸は真顔で返しつつも、内心は自慢したい思いで一杯だった。幾らか時間をかけて着付けた小毬の晴れ着姿は一分の隙もなく綺麗で、恋仲になってからというもの洋装を見る機会がグッと増えたので新鮮味も感じる。赤やピンクではなく、敢えてシックな紫色なのもポイントが高い。しかし今ここにいる男が見ているのはあくまで一端であり、陸の脳裏には思い出と共に様々な格好の小毬が蘇る。自分だけが知る彼女の一面。客観的に見て美人なのは勿論だが心を通わせてこそ愛しさが募る。
 一礼した後鳥居を過ぎ少しすると参拝待ちの最後尾につき、隣に並んだ小毬が両の指を擦り合わせる。
「寒い? あ、やっぱ冷たい」
 彼女が答えるより早く、ひょいと伸ばした手で小さなそれに包むように触れる。そう言う陸自身も素肌を外気に晒しているので、似たり寄ったりだ。しかしまた逃げられるのではという陸の予想に反し、触れた瞬間小毬の手は若干跳ねたものの滑らかな感触を愛でるように指を動かしても、こちらを見上げて口をモゴモゴとさせるだけで、嫌がる様子はない。嫌がるとはいっても照れ隠しだが。
「ねぇマリ。立ち止まってたら寒いし、もう一回手繋ごう?」
「……リクさんが意地悪をしなければ、ずっと繋いでましたのに」
 と子供っぽく口を尖らせたのも短い間だけだった。ふっと短く息を吐くと小毬は微笑む。自分の面倒臭いところも全部引っ括めて愛しいのだと語る眼差し。まだその予定はないのに母を感じる。自分には向けられなくなったものだと、昔の幻影を払った。小毬と作る家庭は絶対暖かい。
 するりと片方の手が外され、残ったもう一方で手のひらを重ねながら小毬が腕を下ろすのに合わせて陸の腕も下がる。どうせ後ろの人も手元までは凝視しないだろう。思いつつ密着させればそこから段々熱が広がっていく。調子に乗って人前でラブラブアピールするのは今はもうやめておく。ちなみにクリスマスデートと違い、手袋を忘れてはおらず敢えて持ってきていない。それを口実にして手を繋ぎたい、マリも同じでしょと、そう指摘すると顔を真っ赤にした彼女にぽかぽか腕を叩かれたのはいい思い出だ。
 手水を取って少しずつ進む列についていくと、参道の左右に屋台が並んでいるのもあり、人が多く集まっている所はかなり狭くなる。手だけではなく、腕も触れ合うほど近くなる距離には未だに心臓が高鳴り、年末年始にお邪魔している小毬の実家の話などもしていたが、その内上の空になる始末だった。
 どれくらい時間が経ったか。晴れ着は下に着込んでいる為に意外と暖かく、手もずっと繋いでいたので気にも留めなかった。ただしっかりおせちを頬張った筈の腹が空いてきた頃、前に並んだ老夫婦が参拝を済ませて脇へと逸れ、ようやく二人の順番が回ってくる。名残惜しくも手を解き、賽銭を入れると二拝二拍手して目を閉じた。
 二人で生きるようになって、初めてこんな日を迎えた。最近は何だか誰かに願掛けをする機会が増えた気がすると、ふとそんなことを考える。今まではそれこそ陸自身が誰かの願いを背負って、叶えなきゃと走り出して、駆け抜けてきた。その頃はといえば自分のことなど考えている余裕もなくて。
(去年の今頃なんて皆が、マリがどうか生き残れますようにってそう祈ったんだっけ。だけど今は……)
 祈る行為はただ誰かに叶えてほしいと想うのではなく、きっとどこか誓いに似たものなのだと陸は考えている。確かに、この世界にも向こうにも神は居たのだ。そして生きようとする人々の願いに応え未来を繋ぐ力をくれた。そんな二つの世界の神に胸を張っていられるようにと願う。それと――。
(誰もが笑って生きられる明日を創れるように。そして何よりも隣にいるマリが笑っていられるように。今年も精一杯、僕なりに生きていく。……だからどうか、見ていてほしい)
 陸も人間だ。どれだけ足掻いても、どうにもならないこともあるだろう。その時は神頼みをするかもしれない。しかし限界を飛び越えたその時までは、自分の力で自分のしたいことをして、思い描く未来へ突き進んでいく。そんな誓いを胸の内に潜ませて、目を開き陸は合わせた手を下ろした。横目で見れば小毬も伏せていた顔を上げた矢先だった。少し気難しそうに眉根を寄せた真剣な表情。視線が絡めばふと口元が緩み、深くお辞儀をして下がった。
(マリは何を祈ったんだろ?)
 聞こうかどうか迷いながら、自然と指を絡め陸と小毬は拝殿前を後にした。

 ◆◇◆

 何を願うか考えるまでもなかった。背筋を伸ばして二礼二拍手をし、そっと目を閉じる。無心に祈って目を開ければ陸がこちらを見ていた。その瞳に一瞬だけ、心配の色がよぎる。対等な関係であろうと好きな女の子を守りたいのが男の心理と、そんな風に言う似た者同士の夫。そのせいか徐々にその考えが読めるようになってきた。おそらく予想と然程違わない願掛けをしたのだと思うと嬉しさがつい顔に出てしまう。最後に一礼して離れた後、陸は逡巡して一度言葉を詰まらせると、誤魔化すように社務所を指差した。
「……折角だし、御神籤でも引いていこっか」
「そうですわね。ここの御神籤はよく当たると評判ですのよ」
「へー。それはちょっと怖いかも」
 そう言いつつ、陸は大凶も覆せると言わんばかりの余裕の表情を浮かべている。御神籤も小毬たちと同様、拝礼後引きに来た人々でごった返しているが、括り付ける場所が離れているのと巫女が捌くのが早い為、大して待たず受け取ることが出来た。邪魔にならないよう避けてから中身を確認する。と。
「小吉ですわね」
「小吉かあ……」
 小吉という単語が綺麗に重なって、揃って顔を見合わせた。そしてぴたりと隣同士肩をくっつけ合って互いの御神籤の内容を見比べてみる。小毬のものは心配事が多くとも心を強く持ち、前に向かっていれば幸福な未来が訪れると書かれており、陸のものは焦りは禁物、しかし欲をかかずに冷静に事を見極めれば幸運が舞い込むというような啓示だ。力があるだけに無茶をしがちな陸と、そんな彼に繰り返し肝を冷やされた小毬。これまで経験してきたことが今後も続くと感じる内容である。また小毬の願いに通ずる点もあった。
「まあ、今までとあまり変わらない一年になるってことかな」
「……リクさん、くれぐれも無謀なことはなさらないでくださいましね?」
「あっ、はーい」
 その点に関しては前科百犯なので、ぐうの音も出ずに首肯する陸を見て、思い出し笑いならぬ思い出し怒りが一応鎮まる。尤も、怒りと一口に言っても心配や自らの至らなさや、今以上に強くなりたいという願いまでも綯い交ぜになった感情だ。境内の奥側にある結び所へと向かい、並んで空いている場所に御神籤を結ぼうとしていると、少し声を潜めて陸が尋ねてくる。
「さっき何てお願いしたの? あっ、ちなみに僕はね――」
 と訊くだけもどうかと思ったのか、彼が口にした願いはやはり、小毬の予想通りだった。今目の前にいる自分のことも生涯出会うことのない誰かのことも絶対諦めない。そして大精霊と契約し、守護者となって邪神に立ち向かった彼だ。どうも大言壮語とはいえない。
「私が願うのは貴方の無病息災……ただ、それだけですわ」
 最早言うのも憚られるくらいありふれた願いだ。けれど、きっとこのくらいが丁度いいのだろうとも思う。
(――だって大抵の願い事は貴方が叶えてしまう。貴方がいることで、叶ってしまうから)
 例えばこうして一緒に初詣に行く。陸は全部母にしてもらったと思っているのだろうが、実際は教わりながらだが自分で着付けたので可愛いとかよく似合ってるだけでなく、着付けも上手いと褒められたのも嬉しかった。陸はよく見ていて欲しい言葉をくれるから身悶えしたくなるくらい胸一杯になる。あるいは料理を喜んで食べてくれるとか毎日側にいてくれるとかの些細な日常。それだけで幸せになる。
(……なんて、改めて言うのもちょっぴり恥ずかしいから、理由については内緒にしてしまおうかしら)
 僕のマリなんて言葉が当たり前のように飛び出る陸の口とは違って、小毬のそれは胸に抱く感情を語り尽くせられない。まだ今のところは。願掛けの理由を飲み込む代わり、違う言葉を告げる。
「この神社が祀っているのは、家内安全と夫婦円満にご利益のある神様ですわ。私も何も頼りきりにするつもりはありません。リクさんの小吉と私の小吉、二つを合わせて大吉に出来るよう励みますから……どうか私のこの想いを、受け取ってくださらないかしら」
「勿論だよ。僕らは一緒に幸せになるんだから。明日も一年後も、ずっと先も」
 そう出来る未来がここにあると陸は微笑んだ。つられて小毬も笑う。すると、ふと陸の顔が近付いてきて、柔らかい感触が一瞬唇を撫でて遠ざかった。固まっているとしたり顔の彼が我慢出来ないというように軽く吹き出す。小毬はファーに口元を埋めて、せめてもの反撃に軽く脇腹を突いた。赤らむ頬は隠せないと理解しつつ。

 隣同士に御神籤を結んで手水舎まで戻ってくると、巫女から寒い最中の参拝を労うように甘酒が振る舞われた。注がれたばかりのカップから湯気が上がり、手に持っただけで温もりが広がっていく気がする。
「はー、あったかいなあ」
「体の芯まで温まりそうですわね。ですけれど――」
 一口飲んで息をついて、気が緩んだせいか言いかけた言葉を自覚するなり小毬は口を噤んだ。だがその歯切れの悪さに陸は首を傾げてこちらを見てくるし、羞恥心に抗えず何でもかんでも心中にしまい込むのもよくないとも思い直す。だから彼の顔を見上げて一息に言った。
「先程まで繋いでいた手のほうが温かかったですわ」
 言い切るのと同時に耳が熱くなるのを自覚し、柔く下唇を噛む。すると陸は真顔になり、
「こんなとこで可愛いことするのやめて? 流石にこう、色々とくるから」
 と独り言のように呟く。たまに意図しない場面で彼のツボに刺さることがあるのだ。善処しますわと応えれば、うんそうしてと返して陸は相好を崩す。手はまたいつでも繋げるからとカップを持ち屋台を見て回った。人混みの中へと戻って感じるのは視線。つられたように小毬も夫の顔を見つめる。
 黒の着物を白い帯で締めた陸の立ち姿は撫で付けた黒髪も手伝って、あまり直視出来ない程に格好いい。そしてそれは妻の贔屓目ではなく、万人に通ずる感覚だ。小毬と同じく綺麗に晴れ着を着た女性の視線が彼に向けられては行き過ぎるのに、当の本人はまるで気付いていない。だからもやもやさせられる。いっそ素知らぬ顔で流してくれればいいのにと。
(取るに足らないこととは承知の上ですけれど)
 嫉妬と混雑を内心の言い訳にしつつ、射的の屋台の前に並んでどれを取ろうか目を輝かせている陸に、行きと同じくぴたりと寄り添ってみる。無言の自分の夫アピール。と、そんな行動に気付いた彼の手が肩に回り、そっと優しく引き寄せられた。
「マリは可愛い僕の嫁さんなんだって、見せつけないとね?」
 そう言い笑う陸は本当に幸せそうで。だから小毬も微笑み返し、愛しい人の胸へと、その身を委ねるのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ちょっと強引気味ですがデートっぽい描写も含めて
目一杯詰め込んでみました。一応公衆の面前なので
あまり露骨な感じではなく、ですが新婚さんらしい
イチャラブな空気感は意識してみたつもりです。
また御神籤がどれかはランダムにした結果どちらも
小吉だったので一緒に生きていくならとああいった
台詞に。発注文から伝わってくる愛しい想いに
惚気をご馳走様でした、とニヤニヤしてました!
今回も本当にありがとうございました!
パーティノベル この商品を注文する
りや クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年01月17日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.