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『悲しき雪の怪異・1』
水嶋・琴美8036

 水嶋・琴美(8036@TK01)は所属する自衛隊の特務統合機動課の仲間達と共に、とある山奥の温泉旅館に来た。
 もちろん、表向きは一般企業の社員旅行という設定で。
 出迎えてくれた初老の女将は事情を知っているが、それでも普通の客扱いをしてくれる。
「遠い所をようこそおいでくださいました。ゆっくりとお過ごしください」
「はい、お世話になります」
 琴美は顔では笑みを貼り付けているものの、その口元は微妙に引きつっていた。
(上司から突然、温泉地に社員旅行へ行くと言われた時、素直に喜ぶべきじゃありませんでした……)
 琴美達が訪れたのは、雪が降り積もる山の中にある老舗の温泉旅館。大きくも古い旅館は落ち着きがあり、近くにはスキーやスノーボードで遊べる山がある。平地では、かまくらを作って中で鍋などを食べることができた。
 更に近所には歴史がある大きな神社があり、御利益があると有名で、この時期になると観光客が数多く訪れる。
 普段は静かな温泉地は、年末年始は人で溢れ返った。
 だがそんな有名人気の温泉地の旅館に団体が突然泊まれるようになったのには、もちろん理由がある。
 琴美達が女将に案内されたのは、旅館の離れ。襖で仕切られる二つの広い部屋に、男女別れて寝ることになっている。
しかし部屋に入るなり襖は大きく開かれて、すぐに仕事の打ち合わせがはじまった。
「本日は無理を言ってお越しいただきまして、大変申し訳ございません」
 営業スマイルを消した女将は申し訳なさそうに、畳の上で土下座をする。
「いえ、逆に旅行ができて嬉しいですよ。こんなに良い所に来られるなんて、滅多にありませんから。頭をお上げください」
 慌てて琴美がそう言うと、女将はゆっくりと顔を上げた。
「実はここ最近、近所で怪異が起こりまして、わたくし達にはどうすることもできませんでした……」
 ――そう。琴美達は仕事として、この旅館に訪れたのだ。

 女将が言うには、この地域は昔から豪雪地帯になる。しかし観光地として開発してからは、交通は特に不自由はしていないらしい。
 観光客が毎年大勢訪れることから、それは証明されていた。
 だが今年になって、夜に異変が起こる。
 まず雪だるまが山の中で、人を襲うという事件が起きた。動き出した雪だるまは人間を飲み込もうとしたのだが、運良く温泉が湧いている場所に落下した為に雪だるまは溶けて、飲み込まれかけた人は助かった。
 また深夜に街を歩いていると、白装束姿の雪女が現れる。この世のモノとは思えないほど美しい雪女は吹雪を起こして、人を凍らせようとした。だが被害者が大声を出した為に近所の人達が駆け付けると雪女は消えて、被害者は温泉に入って凍らせられた体の部分を溶かすことができて助かる。
 そして山奥に入ると、恐ろしい形相の雪鬼が襲って来た。しかし動きは鈍かったので、走って逃げられたらしい。

「つまり三ヵ所から雪にまつわる妖怪が現れたということですね」
「はい。昔から言い伝えみたいなものはありましたが、おとぎ話だと思っていました。しかし今年になって、こんな事件が続けて起こってしまいまして……」
 ふむ、と琴美は腕を組んで考える。
(テロ組織が背後にいるのならば、聞いた怪異は【ポゼッショナー】が行っているのでしょうが……。しかし三ヵ所にわざわざ現れて暴れる理由は分かりませんね。ここはただの怪異と判断した方がよさそうです)
 昔から言い伝えられてきたのならば、過去には怪異が視える人間がたくさんいたのだろう。
 しかし時が経ってそういう人間が減っていき、話だけが残っているというのは珍しくはない。
(ですが一気に出て来たというのは気になりますね。……この場合は)
「あの、もしかしてそういう怪異を封じたという何かが、この土地にはありませんか? 神社や封印にまつわる何かとか」
「そういえば……、冬になる前に完成した山の中の道路には石碑がいくつかあったみたいです。動かす時に神社の方が儀式を行い、移動したらしいですけど……」
 そこでふと、女将は何かを思い出したように口を開く。
「そうだわ。石碑を移動した後に、ちょっと大きな地震があったんです。近所の人は『祟りなんじゃないか?』と言っていましたが、それ以来地震は起きなかったんで、忘れていました」
(ああ、それですね)
 琴美を含めた仲間達は表情を崩さず、心の中で合点がいく。
「すみませんけど、この地域の地図をご用意してもらえますか? あと、その怪異があった場所と石碑があった場所に印を付けて欲しいんですけど」
「ええ、分かりました。少々お待ちください」


 一時間後、石碑を移動した神社から、琴美は一人で出て来た。
「やっぱり予想通りでしたね」
 女将から地図を貰い、話を聞いた後、仲間達はそれぞれ別行動になる。怪異が現れる三ヵ所に向かう者、普通の客として振る舞う為に温泉や街に行く者、そして琴美は一人で神社に話を聞きに来ていた。
 外見年齢が十代ということで、『冬休みに学校の課題の為に話を聞きに行った学生』風を装うことができるからだ。
 神社の関係者には「田舎に伝わる言い伝えの研究をしている」と誤魔化したものの、彼らは手厚く迎えてくれたものだから、琴美は良心が少し痛んだ。
 前もって行った仲間達との話し合いの中で、怪異の原因が移された石碑であることは気付いていた。
琴美は広げていた地図を折りたたんでバッグに入れると、石碑が置かれている裏手へ向かう。
 神社は敷地が広く、一メートル以上の石碑を複数置いても余裕があるほどだ。
 琴美は周囲を見回して近くに人がいないことを確認すると、石碑一つ一つに素手で触れていく。
 そして最後の石碑から手を離すと、残念そうにため息を吐いた。
「……やはり封印の力は最早無いようですね。近代化とは聞こえが良いですけど、やってはいけないことはやらない方が良かったんですけどね」
 最近こういった仕事が増えていることに、琴美は頭を痛めている。
 時が経つにつれて昔の人が行った怪異の封印の話が薄められていき、何も分かっていない現代人が勝手に封印を解いて怪異が暴れ出す――という事件が多発しているのだ。
「誰も覚えていないというところが痛いところですね。せめて何かに書き残すとか、誰かに言い伝えるとかしていればまだよかったんですけど……」
 中年男性の神社の宮司は怪異の話は残された巻物で知っていたものの、彼には霊能力はほぼ無い。
 その為、封印がいかに大切だったのかをあまり認知できていなったのだろう。


<続く>



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
このたびはご指名をしていただきまして、ありがとうございます。
今回は冬の怪異をテーマにした作品になります。
続編をお楽しみください。
東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2020年01月20日

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