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『悲しき雪の怪異・3』
水嶋・琴美8036

 水嶋・琴美(8036@TK01)はニヤッと笑うと、再び二本のナイフを放った。
『同じ攻撃はくらわぬ!』
 雪女は先程と同じく氷の息吹でナイフを落とすが、息吹が絶えた直後に一本のナイフが飛んできて、雪女の心臓部へ突き刺さった。
 するとボンっと音を立てて、雪女の体が爆発する。
『ぎやああああっ!』
 燃え盛る雪女の体を見ながら、琴美はその威力に呆気に取られた。
「火薬を仕込んだ特別なナイフだ――と、言われて渡されたものですが……。下手をすると私をも巻き込みそうですね」
 後で武器開発部にたっぷり文句を言ってやろうと、琴美は固く心に決める。
『雪女まで倒されたか……』
 静かな男の声が聞こえてきて、琴美は声がした方に視線を向けた。
 そこには二メートルほどの身長と、がっしりとした体形を持つ雪鬼が立っていた。青い肌をしており、蓑で作られた衣装を身にまとっている。
 恐ろしい形相をしているものの、声は絶望に満ちていた。
「雪鬼さん、ですね?」
『人間の間ではそう言われているな』
 敵意も殺意もなく、武器さえ持っていない雪鬼を見て、琴美は首を傾げる。
「あなたは人間を襲わないんですか? 噂では襲っていたらしいんですけど……」
『ワシは襲ってはおらぬ。ただワシの姿を見た人間が、勝手にそう思い込んだだけだ。もうそんな力は残ってはいないからな』
 力なく首を横に振ると、雪鬼はその場に座り込んだ。
『ワシらはこの山の霊力と人間の信仰によって生まれたモノ。山奥に入る者を脅かしたりはしたが、人間を食わぬとも本来はこの山の霊力で生きていけるのだ』
 どちらかと言えば人間が遭難しないように、体が凍傷しないように守ってきた存在なのだろう。
 最初から怪異として生まれたわけではない。ただ彼らの姿を見た人間が、勝手に敵だと思い込んで封じていたのだ。
「ですが街に出てまで人を脅かすのはいかがなものかと」
『それは封印の石碑が街の方にあったせいだろう。長年封印されたせいで、我らの霊力は石碑に吸い取られてしまったのだ。奪われた霊力を求めて、街に行ってしまったのだろうな』
(ああ、つまり石碑は怪異を封じた後、彼らの霊力を吸い取って封印の力にしていたんですか。随分と優秀な霊能力者の仕業ですね)
 呆れとも感心ともつかないため息が出てしまう。
 怪異の封印に特化していただろう霊能力者は、彼らと話し合うことなく突然封じたらしい。
 もちろんそれは人間に依頼されてのことだろうが、もっと平和的に解決する方法だってあったはずだ。
「……これからあなたはどうするんですか?」
『この雪と共に消え去る運命だ。おぬしならば分かるだろう?』
 琴美の目には、確かに雪鬼の姿が見える。だがその強靭なはずの肉体は、透けていたのだ。
 肉体が保っていられないほど、霊力を消耗している。消滅するのは時間の問題だろう。
『山奥で眠りに就こうと思っている。最早、我々の存在する意味など無いのだろうからな』
「……そうですか。人間に害を成さないと約束してくださるのならば、私は戦いません」
『ああ。約束しよう』
 深く頷いた雪鬼はゆっくり立ち上がると、山奥へ向かって歩き出す。
 その背中が寂しそうに見えた琴美は、かける言葉が見つからなかった。


 雪鬼は去って行ったものの、他の怪異である雪だるまはまだまだ大量にいた為に、夜通し戦うことになった。
 そして夜が明けて、ようやく琴美達は旅館に戻ってくることができた。
 上司に報告した後、戦闘員達はすぐに眠ったり、早めの朝食を食べに街に出たりする。
 そんな中、琴美は一人で露天風呂へ向かう。
「怪異は寒い夜にならないと動き出さないようですしね。まずは冷えた体をあたためましょう」
 朝風呂に入ると、安堵の大きなため息を吐く。朝日が見える露天風呂は今の時間、琴美しか入っていない。
(予定では二泊三日でしたが、四泊五日に変更になりましたね。雪鬼や雪女はもう大丈夫でしょうが、雪だるまの数が多いようです。地元に帰って雪だるまを見たら、攻撃してしまう癖がつかないようにしなければ……)
 今回の事件はあくまでも温泉地の旅館経営者達が琴美達に依頼をしていたので、事情を知らない観光客や地元の人々、そして宮司には気付かれてはいけない。
 事件が起きた時、宮司は街の人々に相談されたものの、何もできなかったのだ。
 たまたま琴美達の組織を知っている者が旅館経営者の親戚にいたので、こちらに話が回ってきた。
 宮司のプライドと温泉地の評判を傷付けないように、上手く立ち回るのも仕事の一つだ。
(……しかし妖怪は何も人間に害を成すものばかりではないのですが、その判別は難しいものですね)
 せめて彼らと話し合える人間が一人でもこの街にいれば、結果は違っただろう。少なくとも彼らが封印された後に、起こったであろう雪にまつわる事故は防げたはずだ。 
 実際に開発がはじまるまでは、雪の事故は多発していたらしい。
 寂しそうに去って行った雪鬼の後ろ姿が、琴美の目に焼き付いている。
(普通の人間には持たない力を持つ私も、敵に見られることがあるでしょう。そして敵意を向けられてもし負けた場合、肉体の傷よりも精神的な傷の方が深そうですね)
 温泉の効果でしっとりすべすべになった両腕を上げて見ながら、琴美は苦笑する。
 肉体の傷は時が経てば治る。しかし心はそうもいかない。
 結果、もし戦うことを恐れるようになったのならば……。
「せめて周囲の人々に気を使わせることのないように、身の引き方は自分できっちり決めるようにしましょう。立つ鳥跡を濁さず、ですね」
 その言葉に応えるように、遠くから白鳥が飛び立ち、鳴き声が朝日に溶け込んだ。


【終わり】



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
このたびはご指名をしていただきまして、ありがとうございます。
今回は少し切ないストーリーになりました。
お楽しみいただければ、幸いです。
東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2020年01月20日

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