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『手向け花は完売御礼』
瀧澤・直生8946

 一本一本、丁寧に花を束ねていく。瀧澤・直生(8946)は、花束を予約してきた客の注文内容を今一度確認し、問題なく出来上がっている事に満足げな笑みを浮かべた。
 自分の喧嘩慣れした手が、今は茎に小さな傷すらつけないように注意しながら花を掴んでいるだなんて、たとえ昔の直生に言っても信じてはくれないであろう。けれど、今の彼にとってはこれが当たり前の日常だ。二十歳の時にとある出会いを果たしてから、直生の人生は大きく変わり、今は商店街にある花屋が彼の職場になっている。
 ふと、人の気配を感じて慌てて青年は顔を上げた。男三人で営んでいる花屋だが、今店内にいるのは直生だけだ。
「いらっしゃいませー」
 挨拶を紡いだ直後に、思わず出そうになった「げっ」という言葉を直生は慌てて飲み込んだ。店内に足を踏み入れた客は、金髪で少し近寄りがたい雰囲気を醸し出している直生にどこか驚いたような顔をしていたが、驚いたのはこちらの方だと直生は思う。
 なにせ、おもいっきり目が合ってしまったのだ。……客とではない。その後ろにいる、『何か』、とである。
 その視線は今もなお直生から離れる事はなく、彼の肌をさしている。
(チッ、面倒な事になりそうだな)
 先程、客と一緒に入ってきた影は、まるで寄り添うように相手の背後に立っていた。直生を見る濁った瞳は、明らかに生者のそれではない。
 事実、これは死者だ。何らかの未練があり、現世を彷徨う亡霊か……はたまた生者に恨みを持つ悪霊か。どちらにせよ、あまり関わり合いになりたくない相手には変わりがない。
(こんな物騒な霊……いったいどこでつけてきやがったんだ?)
 直生の瞳が霊を映したのは、何もこれが始めてではない。こういった類が見える事も、彼にとっては日常の内の一つだった。
 だから、対処法もある程度は分かっている。こういった輩は、無視をするに限るのだ。下手に刺激をすれば、霊が周囲に危害を加える可能性が高まる。
(けど、こいつ……ちょっとやべーな)
 だが、予想していたよりも相手の干渉する力が強かった。最初に目が合った時に咄嗟に視線を逸らしたものの、霊からの視線は以前直生からは離れていない。何かを訴えるかのように、嫌な視線は直生にまとわり続ける。
 不意に、耳に届く足音。どうやら、客がレジへと……直生のいる方向へと向かってきているらしい。
(っつー事は、あいつもきちまうわけだよな。……仕方ねぇ)
 レジの前に立った客が声をかけてきたので、直生は顔を上げる。おすすめの花を聞かれて、確か今の時期は……と先日店主が言っていた言葉を記憶から引っ張り出してなんとか口に出しつつも、直生は霊の動向を伺った。
 まさか、客に直接「霊がついてますよ」なんて言うわけにもいかない。相手に自分が引かれるどころか、店自体に妙な噂がたってしまっては、他の二人にも迷惑がかかってしまうだろう。
 自然な流れで世間話へと持ち込めたのは、好機だった。客の話を聞きながら、霊の動きを探る事が出来る。
 そこでようやく、直生はもう一度霊の姿を視界へと入れた。再び目が合う。霊を見るのは慣れているといっても、背筋をなぞる悪寒に不快な気持ちになった。
(今のところ攻撃してきたりはしねぇみたいだけど……最悪の場合は、客に説明して除霊しねぇとな)
 簡単な除霊ならば直生にも出来る。干渉は強いが、この程度の霊なら問題なく払えるはずだ。
「……え? 墓に供える花ですか?」
 霊を警戒しながらも、直生は客と会話を続ける。どうやら、客が探しているのは仏花らしい。仏花におすすめな花はどれだったか、考えながら店内を見渡した直生は、霊の視線が自分から外れた事に気付いた。
 外れたというより、下へとズレた。霊は直生の手元、彼の作っている花束をじっと見つめている。完成間近の花束の中にある一本に、何気なく直生が触れた瞬間、霊がまるで肯定するかのように一度だけ頷いたような気がした。
 相手が何を求めているのか気付き、「ああ」と直生は頷く。
「この花もオススメですよ」
 直生の示した花束を覗き込んだ客が、驚いたように目を見開く。どうやら、花を供える相手が好きだった花らしい。
 途端、霊の干渉する力が弱まったような気がした。どうやら、除霊する必要はなさそうだ。この霊は恐らく、客が仏花を供えようとしている相手……この客の知人だったのだろう。
 花を包んで手渡し、客を見送る。ありがとうございました、なんて言い慣れてきた言葉の最後に、誰にも聞こえないように直生はぼそりと付け加えた。
「生きてる奴に迷惑かけねぇ内に、さっさと成仏しろよな」
 吐き捨てた言葉に呼応するように、客の後ろに寄り添っていた霊が一度だけこちらを振り返る。相変わらず濁った瞳だが、不思議と先程のような嫌悪感は感じなかった。

「あ、いらっしゃいませー。予約してたブーケ、出来てます」
 ちょうど訪れた常連客に、直生は手の中のブーケを大事そうに手渡す。
 ……ふと、その客の後ろにも、奇妙な影が見えたような気がした。
(いやいや、なんで今日はこういう客がよく来るんだよ! さすがに今回は無視だ、無視!)
 しかし、今度こそ見なかったフリをする事に決め、直生は穏やかな業務へと戻っていくのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
花屋さんでのほのぼのホラーな日常の一幕、このようなお話となりましたがいかがでしょうか。
お気に召すものになっていましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。またいつか、機会がございましたら、その時は是非よろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年01月20日

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