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『人散り、囚わる』
香月・颯8947

●昼が終わりて
 香月・颯(8947)は本日最後の客を笑顔で見送り、店じまいを始めた。
 切り花が入った器や植木鉢を店内に入れる。
 明日の仕入れも検討する。季節の花、必要な花を見極めて。
 休憩室に置いてある封筒に颯の目に留まる。
 その封筒は退魔師としての颯に、依頼人が置いていったもの。

 依頼人が言っていたのは「夜な夜な化け物が出る為、退治してほしい」ということだった。
 経緯は自宅周辺の通りで出会い、それ以降、夜、外にいると出会うという。
 それ以外の内容は曖昧だった。
 依頼人は始終、何かに怯えすがってくるような感じだった。
 なお、依頼主は怪我をしていた。化け物に襲われた結果だという。
 颯は依頼主の本心がどうであれ、何かがいるならば、調査しどうにかするのが退魔師だと心得ていた。
 話だけで真偽はわからない。
 凶悪な何かならば、大ごとだ。
 依頼を受けた後、その地域であったことは調べてある。
 依頼のあった近辺で聞き込みをしても、化け物に関しての噂や情報は少なかった。
 颯は夜の調査に切り替えることにした。それが、今日だった。

 花屋の片づけが終わったところで、颯は一輪の花を胸のポケットに差した。この時期入る、茎がまっすぐで赤い花びらのものだ。
 緋桜と名付けられた一振りの日本刀の退魔刀を腰に差す。それ以外の退魔の道具も、ベルトに着いたポーチに入れる。
 そして、夜の街の闇に溶けた。

●悲しきかな
 現場は何も変哲のない住宅街だ。
 化け物を見た、襲われたという地点を回る。
 颯は一つ目の通りに足を踏み入れた。
 日中に来た時は何もなかったが、空気が冷たい。異界との境が溶けている。
 平日の帰宅する人が多い時間帯であるが、ここには人がいない。
 街灯も適度にあり、防犯は確保されているようにみえる場所なのに不自然だ。
(人にも直感があります。だから、通らないんでしょうね、無意識に。本当に何か見ている、あったならば、調査の時に噂くらい上がるはずですね)
 それがなかったということは、何かは移動している。それどころか、意思をもって行動しているともとらえられる。
 退魔師としての眼であっても見える景色に怪しいものはいない。人間に害を与えない、小さなもの達はうろついているとしても、それは日常の風景だ。
 ただし、その小さなものは、怯えていた。
(彷徨っている何かでしょうね……)
 颯は依頼人の様子を考える。
 依頼人が嘘をついていないだろうが、隠していることはあるだろう。
 もし、颯が探している何かが無差別に人を襲うならば、事件は大きくなっている。
(その何かは今のところ自制が利いているのですね。とはいえ、この状況を放っておいては、間接的に人に被害が出てしまいます)
 解決は早い方がいいのは事実。
 颯は腰のポーチから、探索に必要な術具を取り出す。そのふたを開け、自分を中心に中身を撒いた。それは液体であり、術に必要な溶媒。
 颯を中心に透明な緑の色で発光し、その水はとどまっている。
 印を結び、呪を唱える。声に反応するように、緑の透明な光は動き、広まる。
 光の波紋は颯ですら見えていなかった霊的な様々な物を、瞬間的であるが浮かび上がらせる。
 しかし、目的のモノは見えない。
 それが出てきてくれないならば、別の場所に行くか、力づくで引き出すことになる。
(無理矢理は避けたいですね)
 無理矢理は余計なことが起こる危険性がある。
 思考している間に、術による光の波紋は消えていた。
 次に移動すべきかと考えたころ、突然、肌を突き刺すような冷気が、一陣の風となって通り抜ける。
 命の炎を吹き消すような勢いだった。
 颯は日本刀・緋桜の鞘と柄に手を載せる。
 呼吸を整え、全身の感覚を研ぎ澄ませた。次に来るモノに対応するために。

 恨メシ、恨メシ……傷ヲ、何ヲ……誰ガ、私ヲ……。

 風が吹いた。その中に声を聞いた。
 黒い力が湧く。それは一筋二筋と集まり、太い線となり、渦巻き、颯に迫る。

 恨メシ、オ前ハ、何処ニ……。

 それは黒いそれはまとまる。人の姿にも見える影の化け物。角があるのか、長い髪が宙を舞いそれに見せるのかわからない。
 ただ、おぞましい人の姿。
 鋭い爪、鋭い牙、赤い口、深紅の涙が目を引く。

 生キル、何故ニ? 私ハ……。

「そういうことですね」
 颯の中で状況の点が線となってつながる。
 依頼人だけが怯える理由は依頼人だけが現状襲われている理由につながる。
 通り魔に女性が殺された事件がここであった。
 犯人はまだ捕まっていないし、女性の殺され方が悲惨だった。
 これが現実の出来事。それにより、女性の想いや近隣住民の思いが漂うこととなった。
 ここの地形がそこに関わる。通りは行き止まりはないが、古い町で道が複雑になっていた。風は通るけれども、抜けるのが難しい時もある。
 感情の淀みが溜まり、自然に抜けずにとどまる。淀みは異界との接点となり、様々引き寄せる。
 条件が重なり、恨みや恐怖にからめとられた女性が化け物となったのだろう。

 颯は身をかがめ、刃を抜くタイミングを計る。
 ズズズと闇を引きずり、それは颯の前に完全に姿を現した。
 颯の術により自分の思いを遂げる妨げになる何かがあると判断したのだろう。
「邪魔……スル……」
 化け物となった女は攻撃に出る。
「ナアァァァァァア!」
 声とともに刃のような物を振り下ろす。
 颯は紙一重で避ける。そのまま、流れるように身を一瞬より低くした。
 筋肉の緊張を一気に解離すかのように、跳び、伸び切る。
 緋桜の刃を鞘から引き抜く。
 桜色の軌跡を描き、刃は化け物を走り抜ける。
「おやすみ」
 その一閃で両断された化け物となった女は、動きを止めた。
 斬れたところから、女に付いた闇が落ちていく。桜の花びらのように、一つ、また一つひらりひらりと剥がれ落ちる。
 やがて元の姿が現れる。
 最後に現れた女の顔には、穏やかな表情が浮かんだ。女は一瞬目を見開いたが、すぐに静かに閉じた。
 女がほっと息を吐いた瞬間、現世より消える。
 颯は鞘に刃を戻した。颯の目には憐憫が浮かぶ。
 消えた場に、胸に差していた花をそっと置いた。
 女が消えた場は事件があった場。
「僕がすることはしましたし、あとは人の世がすることですね」
 颯は呟くと、意識を切り替える。明日の花の仕入れについて、に。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 初めまして、こんにちは!
 発注ありがとうございました。
 ホラー風味か伝奇風味か怪しいです?
 一輪の花はアネモネかなぁという雰囲気、退魔師は色々混ぜました。
 いかがでしたでしょうか?
東京怪談ノベル(シングル) -
狐野径 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年01月20日

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