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『復讐の残骸(3)』
水嶋・琴美8036

 ランウェイを歩くと様になりそうな、すらりと伸びた長い手足。しかしそれは、戦場を舞う少女にとっては武器の内の一つでもあった。
 水嶋・琴美(8036)の華麗な足技が、敵へと勢い良く叩き込まれる。愛らしいプリーツスカートが、少女の動きに合わせて揺れた。
 彼女が今身に纏っているのは、黒を基調とした戦闘服だ。琴美の身体のラインをなぞるように肌へと密着しているラバースーツは、戦場を自由に舞う彼女の動きにも耐えきれる程丈夫に作られており、琴美の動きの邪魔をする事はない。ただここに立っているだけでも人を魅了する琴美だが、戦場を舞う彼女の姿はその動きの鮮やかさや自信に満ちた振る舞いも相まってか、一層魅力的に映った。彼女の持つ元来の美しさを損なう事はなく、機能性にも優れたこの衣服は、琴美の魅力を最も高める衣装とも言える。
 スカートから覗くロングブーツに包まれた脚が、再び敵へと振るわれる。常人であれば目で追う事すら叶わぬ速度で繰り出された攻撃だが、相手もまた足技でその攻撃を相殺してみせた。琴美の動きに、今宵の敵はついてきている。無機質な機械の身体を持つ相手は、まるで鏡のように琴美と全く同じ構えを取っていた。
 自分の力をコピーした戦闘用のロボットとの戦いは、先程から互いの攻撃を相殺し合うばかりで、永遠に終わりが訪れないように思える。
「久々に、人と手合わせをした気がするわ。どれだけ手加減をしても、私の動きにはみんなついてこれないもの」
 しかし、琴美は依然として余裕に溢れた表情を浮かべており、焦るどころかまるでこの戦いを楽しむかのように微笑んでいる。
「次は、ナイフで勝負してみるのはどうかしら?」
 先程まで格闘術を繰り出していたはずの琴美の手に、いつの間にか銀色に光る凶器が握られていた。ナイフとナイフがぶつかり合う甲高い音が、続け様に何度も室内へと響く。
 最新の技術で造られたロボットは、コンマ一秒の遅れすらも許さず、完璧に琴美の動きをなぞっていた。彼女の攻撃パターンを真似、華麗に戦場を舞ってみせる。外見は琴美と比べるのもおこがましい程無個性だというのに、動きだけは彼女のように華麗というアンバランスさが、見た目も動きも完璧な琴美とは違い不気味であった。
 ロボットは、琴美とナイフを交わしながらも密かに思考を巡らせる。何故、琴美がここまで余裕でいられるのか……ロボットには分からなかった。
 自分の力に絶対的な自信を持っている彼女だからこそ、自分自身以上に畏怖する敵などいないはずだ。だから、ロボットはコピーの対象に琴美自身を選んだ。
 彼女程頭の回る少女が、戦況を見通せていないはずもない。ロボットの計算では、琴美の勝機は存在しなかった。常に最適で最強の攻撃を繰り出し続ける事が出来る機械と、人の肉体は作りが違う。いくら琴美といえど、いつか疲労により動きが鈍る時はくる。
 それなのに、何故彼女は、笑えるのか。何故、琴美は自分が勝つのが当然とでも言いたげな表情を浮かべているのか。
 彼女の思考と動きを高速で計算し続けるロボットに向かって、琴美はやはり嘲るように唇で弧を描くのだった。
「そうね、そろそろお遊びの時間はおしまいにしようかしら」
 彼女のその言葉を合図に、嫌な音が辺りへと響いた。まるで、何かがひしゃげるような音だ。硬いものが無理矢理捻じ曲げられたかのような、そんな音。
「少しは楽しめるかと思ったけど……やっぱり、駄目ね。あなた、私に全然追いつけていないもの」
 ――次いでロボットに襲いくるのは、衝撃。
 ロボットの身体が、突然宙へと浮かぶ。空中に投げ出されたロボットは、ここで初めて先程ひしゃげていたのは自分の身体だったのだと気付いた。琴美の操る念動力は、硬い機械の身体すらも事も無げに曲げてみせる。
 遅れて現状を把握した敵の思考は、たちまちエラーの文字で埋め尽くされた。どうやら琴美が放った一撃が身体に直撃し、ロボットの身体は宙へと蹴り飛ばされたようだ。見事な蹴り技は、ロボットのコアを内蔵している急所を正確に狙い撃っていた。
 ロボットにはその攻撃を視認する事はおろか、予測する事すら出来ていなかった。目に見えて狼狽するロボットに、愛らしくも相手を小馬鹿にするような微笑みを琴美は返す。
「あら、まさか本当に私の動きをトレースした気でいたの? あなた程度の相手に、私が本気を見せるわけないでしょう?」
 ロボットは正確に琴美の動きをコピーした……はずだった。あの戦闘で、彼女の全てを知った気になっていた。
 しかし、それは全て勘違いであった。あの日の琴美は、実力の十分の一も出していなかったのだ。だから、抑えている力を少しだけ解放した今の琴美の動きに、ロボットはついて行く事が出来ない。
 その今だって、琴美は大きく手加減をしている。ロボットに真似出来る程度の実力が、水嶋・琴美の本気なわけがない。
「それに、私の本気を真似したら……あなたの身体は耐えきれないと思うわ」
 長期戦は機械の身体を持つ自分の方が有利だとロボットは思っていたが、実際は違う。琴美の他者を圧倒する完璧な強さは、彼女が数え切れぬ程の勝利を積み重ね作り上げたものだ。
 彼女自身の身体や戦闘服なら人智を超えたその動きに耐えきれるだろうが、他の身体ではそうもいかない。ここで琴美が手をくださなくとも、どの道敵の身体には限界が訪れていただろう。
 醜い音をたて、ロボットの身体が地へと叩きつけられる。もはや面影の分からぬ残骸が、辺りを散らかした。
 しばしの静寂の後、煙と共にロボットが吐き出したのは……慟哭であった。
 ロボットは、琴美の心までコピーしていたのだろうか。自らの力に自信を持っていたロボットは、ありえないと叫ぶ。自分が敗北する可能性など考えた事もなかった紛い物の実力者は、悲痛な声で喚き続ける。
「何よ、それ。モノマネにもなっていないわ。私はそんな無様な最期を遂げたりなんて、決してしないわよ?」
 おかしそうに嘲笑する琴美の瞳にあるのは、侮蔑だ。琴美の力を真似したと思い込んだ……思い上がった弱者には、教えてあげる必要がある。
 本当の強者、本物の琴美との、決して埋める事の出来ない力の差というものを。
 無様な敵に与えてやる慈悲などない。琴美が敵に与えるのは、とどめの一撃と、見下すような視線だけだ。
 鮮血の代わりに、赤黒いオイルのような液体が辺りを彩る。琴美は自らが手にした勝利に、当然の結果だと微笑むのだった。


東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年01月20日

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