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『──……なんて、淡い夢を見ていたの』
メアリ・ロイドka6633

 ──かくして人類は邪神に敗北し、クリムゾンウェストもリアルブルーも邪神に飲み込まれ、ロッソ転移からの五年間を永久ループすることになった。

 記憶を保持するイレギュラーとなった者たちによる、ループの脱出、新たな未来の可能性を作るための幾多もの試行が繰り返される。
 繰り返す。何度も。何度も。何度も。覚えている。分かっている。そんな光景を繰り返し見続ける、狂気の口へと自ら進むような歩み。

 そんな夢の中で。

「一つ提案があります。今後、僕の前で死ぬことが無かったら、ご褒美です」
「……え?」
「その次のループでは、はじめから恋人として過ごすんです。如何ですか?」
「ああ……いい、良いですね。素敵」

 紡がれたひとひらの。
 想いの形のお話。





 メアリ・ロイド(ka6633)は同行するハンターたちを振り切るように走り出していた。
 やっと、やっと今回になってこの時を迎えたのだ。これ以上待ってなんていられなかった。
 駆け抜けた先、この依頼で同行する軍人たちの姿が見える。いやメアリにはこの時もう、その中の一人、高瀬 康太(kz0274)しか見えていない……──
「……康太さんっ!」
 声が届くだろうギリギリの距離で、叫ぶように呼んだ。
 彼が振り返る。やっとその顔が見える。深く深く安堵の息が漏れて。
 ……我に返った。
 傍にいる別の軍人が、ぎょっとした顔を向けてくる。ああそうだ。『本来なら』ハンターの合流はもう少し先の筈だ。『何も覚えていない』者からすれば不審な事態だろう。
「あ、ええと……」
 どう答えたものか頭が追い付かない。ぐるぐる回るのは彼らには使えない言い訳だけだ。
 だって。だって。仕方ないじゃないか。ようやく「約束」を果たして次のループに入ってすぐに思い知らされた。また初めからループが始まったら、リアルブルーに行けるようになるまで康太さんには会えないんだった!
 それからは、本当に、本当に一日が長く感じた。「早く会いたい」という気持ちがこれまでで一番募っていた中の同じ日の繰り返しはもどかしいなんてものじゃなかったのだ。
 ……なんて。どう言えばいいのか。
 思って黙っていると、康太が隣で、決意をするように大きく深呼吸して。そして、言った。

「──……紹介します。僕の恋人です。数年前から行方不明、だと、思われていた」

 ……そしてまた、メアリの頭はその言葉に真っ白になった。
 歯車がさびた機械のような動きで、康太に顔を向ける。
 どよめきは兵士たちの間にも広がっていたが……──
「え。え。康太さん、今、なん、て……」
「……そんなに意外そうな顔しないで下さい。謎の失踪と諦めていた恋人と数年ぶりに再会したんです。僕だって殊勝な態度にもなります」
 兵士たちから感嘆の溜息と共に納得の様子が見てとれて、メアリもようやく理解する。
 つまり康太とメアリは「転移前からの恋人」で、行方不明と絶望視していたところに最近になって転移者として生存していたことが確認され、今、感動の再会というわけだ。
 そうして、そのように事態を把握した兵士たちは何やら適当な名目を述べて離れていった。要するに──露骨に二人きりにされた。
 とりあえずと、メアリは改めて康太の方に向き直ろうと、して。
 僕の恋人です。
 僕の恋人です。
 僕の恋人です。
 先ほど聞いたばかりの言葉が、紛れもない彼の声で何度も脳内再生された。
 かあっと顔面と頭が熱くなる。表情筋が仕事を放棄して、溶けだすんじゃないかと思って頬を押さえた。
 何だこれ。何だこれ。どうしたらいいんだろう。
「……メアリさん」
「はひゃあぁ!?」
「なっ、なんて声出すんですか! 名前呼んだだけでしょう!?」
「そ、そうですね。はい。名前……名前、呼ばれた……」
「べ、別にこれが初めてじゃないでしょう!?」
「そうですけどっ……そうなんですけどっ……!」
 我ながら、何をやっているんだろうとは思う。ずっとそうなってほしいとアプローチし続けたのは自分の筈なのに、いざそうなるとどうしたらいいか分からない。
 恋人として、ってどう接したらいい? 何を望めば?
 手を繋ぐ? 一緒に出かける? いや似たようなことしたし十分幸せだった。
 頭を撫でてもらったり? 抱きしめてもらう? ああ無理。してほしいけど今はまだ無理! 絶対滅茶苦茶照れる!
 浮足立って、全く纏まらない。
 康太はそんなメアリを、暫く困惑した表情で眺めるばかりだ。
「あ、呆れて、る……?」
「呆れるというか……これまでの積極性は何だったんですか」
「そうだよな。分かって、分かってるんだけど」
「……貴女の表情が、それだけ目まぐるしく変わるのは珍しいですね。というか、初めて見たかもしれません」
 そうして、ふと気付いたように康太に言われて、メアリもはっとする。
 ああ、本当だ。こんなに感情が動くのを意識したのはいつぶりだろう。
 ずっと前を向いて頑張っているつもりだった。笑顔を浮かべて。そう──貼り付けたような、笑顔。
 ループの中、やっぱり自分は無理していた。昔と同じように周囲のために自分の感情を偽って、殺していた。だけど。
 そんな私の中に、まだこんな……焦りとか照れとかいう感情も、生きていた。
 ──きっとまたもう一歩で、狂うところだったけど。
「……私、やっぱり康太さんが居ないと駄目ですね」
「ぐ、な、そ、そんな言い方しないで下さい。狡いですよっ!」
 ポツリと言うと、返ってくるのは、照れて、焦った反応だった。先ほどのメアリのような──それから、かつて、康太と初めて会った時のような。
 それを見て、メアリは少し落ち着きを取り戻して、そうして。
「そ、そっちが言ったんだから、私に康太さんが思う恋人としての過ごし方を教えて 」
 でも、思い切って伝えた言葉はやっぱり照れで震えた。そのメアリの様子に、康太もやっぱりつられて照れるばかりで。
 ──……互いに、伸ばしていいのかと躊躇う掌が重なるのは、もう少し先になりそうだった。



 それからしばし、恋人として意識し合う時間を過ごした。
 変わらない景色、変わらぬ情勢の中を、それでも今までとは違う気持ちで、一緒の時間を過ごして。
 今まではしなかったデートをした。その中で、手も繋いだし、抱きしめあった。

 そうしてまた、ループの終端を迎える……──

 どうなるんだろう。今回は成功するのか、また巻き戻るのか。また、互いに生き延びることはできたけど。
 今の自分の気持ちが分からない。進んで欲しいのか、巻き戻ってほしいのか。
 進んだ先に、私は、彼は、いるだろうか。
 もうすぐ、終わりの時が来る。いつも以上に、心が震える。
 その時。
「メアリさん」
 彼の声がして、振り返る。そこに。
 彼の顔が、今までで一番間近にあった。
 終端のその瞬間が近づくにつれて、更にどんどん、近づいてきて……──






「で、また、やり直しですか……」
 始まりに戻って、メアリはまた溜息をついた。
 またやり直しても良いかな、なんて思うんじゃなかった、としみじみと痛感する。
「ここからまた、リアルブルーと繋がるまで会えないなんて、しんどすぎます……」
 ああまったく。いつか、きちんと未来を手にして、最期の最期までずっとずっと一緒に居られるようにしなければ。
『また会いましょうね』
 耳元に残るその声と、まだ微かに残る額の柔らかな感触に、メアリは固く誓い直すのだった。







━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
凪池です。ご発注有難うございます。
大変お待たせして申し訳ありません。
……で、一体何なんでしょうこれは。
甘い? 甘いのか?
内容としては大分甘々なんですけど後ろに横たわるものが地獄過ぎて何というかこう……
私としましては「インスタントコーヒーと大量の砂糖をギリギリのお湯で練ったようなどろどろの何か」的なものを生成してしまった気もするんですが良いんでしょうかこれで……。
何かご不満があったら申し訳ありませんというのが定型句ですが、今回に限ってはお気に召されたらそれはそれでいいのかな、これ……。
改めまして、ご発注有難うございました。
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凪池 シリル クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年01月20日

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