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『異世界にて過ぎ去りし日々を思う』
ラシェル・ル・アヴィシニアla3428

 一人、前衛からは遠ざかり、長身の自らをも上回る大弓を構え戦況を見通す。敵に囲まれている者はいないか。または不利な立ち位置を強いられている者はいないか。今ここにいるのは自分にとっては初対面の同業者ばかりだが、無用な怪我をするところなど見たくない。例え後で跡形なく治癒出来るとしても。ナイトメアと肉薄する味方の報告を聞きつつ意識を研ぎ澄まし、敵の動きを予測し予め彼らに自分が取る行動を予告しておく。流石に阿吽の呼吸で、というわけにもいかないが、そう決めつけて告げなかった結果、仲間と完全にバッティングしてしまい、後方支援役が妨害する――なんてことになったら元も子もない。元々無口なほうなので最低限の言葉に絞るのは容易だ。仲間の名を呼んでから、
「俺が今いるところからなら三体まとめて攻撃出来そうだ。レールガンで狙うので、壁のほうまで誘導してもらえると助かる」
 と伝えればオーケイと軽い調子で返ってくる。頼んだ通りに仲間は動いてくれて、マンションの屋上から見下ろしたその位置に彼女と入れ替わりに超小型の爬虫類に似たナイトメアが一直線に並ぶ。速射かつ高威力、更には貫通力も折り紙付きだ。この世界における己の適性を活かして為すべきことを為す。――それがひいては大切な人たちを守れる力になる。僅かに眉根を寄せて真剣な眼差しを注ぐその先へ、想像力を根源としたエネルギー弾を放出し、ナイトメア三体を撃ち抜く。一番手前にいた一体は急所を貫かれて消滅、残りの二体も蓄積されたダメージによって瀕死に持ち込む。近場でその光景を見ていた別の味方が口笛を鳴らしたが、それには応えず、後は任せたと言って他をフォローしようと違う方向を見た。もしもここに妹や旧知の仲のライセンサーがいれば、だから誤解されるのだと心配をされていただろう。と、余裕が出てきたので他愛のないことを考えていると不意に、目の端でちらと何かが動いた気がした。
「……ん?」
 少しの引っ掛かり。無視すべきかと思いながらも、仲間たちが着々と敵を片付け、合流していく様子を見れば確認しておいても損はないのではとも考える。どのみち後は攻撃にしろ援護にしろ、近くにいたほうがいいだろう。最悪短槍でも立ち回れると算段をつけて、跳躍を思い描きつつ地を蹴り、地上五階の高さから一気に跳んだ。着地した先で味方の攻撃を躱したナイトメア一体に氷塊を見舞うと、先程何かがいたように見えた地点へと向かった。足を止めると同時に仲間が敵の全滅を報告し、そして、それを掻き消すのは耳を劈くような金切り声だ。目と目が合った直後に発せられたそれ以上に、勢いよく立ち上がって飛び込んでくる少女にラシェル・ル・アヴィシニア(la3428)は大いに混乱したのだった。

 そんな邂逅を経て、二時間が経った現在もラシェルは困っていた。何故なら若干多めに見積もっても九歳かそこらだろう少女がいつまでも自分の側を離れないからである。今回の仲間には子供や歳の離れた妹がいる人もいた。しかし少女の気を引こうと話しかけようが遊ぼうとしようが梨の礫。服の裾を掴み少しでも強引に引き剥がそうとすれば、火がついたように泣き出す。それで味方もSALF職員もしまいにはお手上げで、ラシェルに当面の予定がないのをいいことに子守を任されてしまったわけだ。建物の被害が軽微で済んだのも手伝い、避難していたこの街の住人――少女の親も含まれるはずだ――が直に戻ってくるのもある。ソファーに隣同士腰掛け、少女は小さな足をぶらぶらと揺らす。いかにも退屈そうだ。
 脅威を退けたとはいえ無闇矢鱈に出歩けない。というかそもそも身動きが取り難い。何せ自販機で飲み物を買おうとしただけで裾を引っ張られるのだ。勿論適合者かどうかは抜きにしても、単純に振り払うことは出来る。友人の知り合いならばいざ知らず、見ず知らずの子供に付き合う義理まではないだろうとも思っている。ただ殆ど真上に近い勢いでじっと見上げてくる少女の瞳は潤んでいるし、縋るように掴む手の白さや泣くのを堪えて噛み締められる唇を見てしまえば、頭の片隅に生まれかけた他人任せにする選択肢も消える。
「ここにアイツがいればよかったんだがな」
 そう独り言を呟けば不思議そうに少女がこちらを見てくるのでラシェルは何でもないと、かぶりを振った。すると泣く時以外声を出さない彼女と無愛想な自分の二人だけなのですぐまた部屋に静寂が訪れる。任務の現場拠点である建物内にはSALF職員が残っているはずだが、強度と共に確保された防音性がこの部屋を隔絶していた。個人的には沈黙は苦ではないが、おおよそナイトメア襲撃の報を受けて混乱した最中、家族とはぐれたと見当がつく少女のほうはどうか。独りで恐怖と戦って、じっとするのすらも恐ろしく、だから戦場と化した街で初めて出会った相手にしか頼れないのでは――そう考えれば不安を和らげたい。そんな風に思う。
「……アイツというのは俺の妹だ。俺と違って、妹は喋るほうだしな。きっと話も弾むだろう」
 ――精神年齢が近い的な意味で。本人が聞けば頬をぷくっと膨らませそうな理由は口にせず、子供の頃に両親と妹に加えて二人の叔父と計六人で遊園地へと出掛けたことがあったが、はしゃいだ妹を見守っていたら自分まで迷子になったという思い出話をぽつぽつと話した。淡々とした語り口は我ながら面白みの欠片もない。その当時はまだ子供らしい子供だったはずだが、成長につれ段々父親似と言われるようになっていった。ポケットを探りスマホを取り出す。
「俺たちには確かな絆がある。会えなかったらどうしようと泣く妹にそう言ったらアイツは泣き止んだんだ。手を引いて歩いていたら、案外すぐ見つかったな。母には抱き締められて、父には諌められた。叔父たちは無事でよかったよと顔を見合わせて笑ったんだったか」
 指先でストラップをなぞる。もう子供ではないから一人でどこにでもいける。ただ怖いのは自分の力が足りなかったばかりにいつか大切な人たちを守りきれなかったらという想像だ。自分が生まれた頃には既に世界の危機は遠かった。しかし平穏の尊さは理解しているつもりだ。だから、かけがえのない彼らを守り抜く力が欲しいと願う。
 ふと弾ける声にラシェルは隣を見た。きゃらきゃらと笑う少女に一瞬我が目を疑う。心細そうな彼女の気を紛らせられればとは思っていたが、笑われたのは意外で。しかしお兄ちゃんが楽しそうだからと言われ、納得がいく。もしかしたら少女はラシェルも同じだと思っていたのかもしれない。頼れる大人ではなく、同じ迷子と。兄として妹の模範でいようと努めているが、妹とは別行動の現在は、まだ二十一と成人という線引きから一歩足を踏み出したところだ。若干低めに見られがちなのもあって、少女からすると大差ないのだろう。そっと優しく頭に手を置いた。
「心配してくれてありがとう。早く迎えが来るといいな」
 言うと少女は大きく頷いた。きっと何も手につかないほど心配している。異世界調査に出たきりなので自分の両親も寂しがっているだろうと思う。
(いつか俺たちが帰る頃には、少しでもあの背に近付いていよう)
 一転して少女が歌う鼻歌に耳を傾けながらラシェルは目を閉じ、考える。たまには妹に土産話を持って帰るのも悪くない。思えばまた自然と、その口元に微笑が浮かぶのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
メイン武器だったり、誤解されやすい性格だったり、
そして、何よりもお兄さんとしての矜持と個人的に
描いてみたいなと感じた部分を色々入れてみたくて
結局はどっちつかずになっているかもしれませんが、
自分なりのイメージで今回書かせていただきました。
子供の頃のエピソードとか百パーセント捏造ですし、
イラストを参考にした部分が盛大に間違っていたら
本当に申し訳ないとしか言いようがないですが……。
無口で無愛想なのに子供に好かれると可愛いなあと!
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年01月20日

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