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『何度だって恋に落ちる』
ノゾミ・エルロードla0468)&シオン・エルロードla1531


 雲行きの怪しい空を眺め、来栖・望(la0468)は小さく溜息をついた。
 せっかくのデートなのに、午後から天気が悪くなるらしい。雨が降らないといい。純白のニットワンピースと、おろしたてのファー付きのケープを汚ごしたくない。
 数日前から選んでいた服だから変えたくなかった。貴方に少しでも可愛いって想ってもらいたくて。
 いつもより高いヒールを履いた。貴方の顔に少しでも近づきたくて。
 その時、前を歩いていたシオン・エルロード(la1531)が振り向いた。黒いカシミヤのチェスターコートに、ワインレッドのマフラーを合わせた姿は、色気の漂う大人っぽさだ。
「疲れたか? バックを持ってやってもよいのだぞ」
「いえ……重くはないので、大丈夫です」
 バックの中にはシオンへのバレンタインチョコがある。いつでも渡せるように、自分で持ちたい。


 天気が良くないにもかかわらず、街はバレンタインムードで、活気づいていた。通りを歩く人々が、平和で楽しそうに過ごしている。
 シオンと望が付き合い初めの頃、この街に訪れたときもそうだった。この平和な営みを守りたいと語り合った。
 そんな想い出を振り返りながら、二人で優雅に歩む。
 望はシオンの半歩後ろに続いた。シオンの顔を見るのが眩しくて、広い背中を見ていたくて。
「お付き合いを始めた頃も、この道を通りましたね」
「ふむ、興味深くも面白い。俺も思い返していたところだ」
 気づけば付き合い初めて一年以上。二人で過ごした日々は濃くて長い。
「あまり、以前から変わっていない気がしますね……」
「日々の変化はある。変わらぬ日々などあるまいよ」
 そう言いつつ、シオンは心の中で想う。
(変わらぬことが良いものもあるがな)
 望が先ほどから、もじもじしているのに気づいていた。すれ違うカップルを見ては羨ましそうに溜息をつき、シオンの手に触れようとして俯いてしまったり。
 手を繋ぎたい。そんな細やかな願いさえ、口にするのも恥じらい躊躇う。付き合って一年の恋人とは思えない初々しさが好ましい。
 そんな望をもう少し愉しみたくて、気づいてないふりをして、望の口から直接おねだりされるのを待っていた。
 望の反応が愉しくて、シオンは手袋越しに、わざと手の甲と甲を軽く当ててみた。すると望の肩が震えた。

(シオンさんは気づいてるのでしょうか?)
 だったら手を繋いでくれるかもしれない。勇気を出して一歩前に出て、シオンの顔をじぃっと見てみる。
(手を繋ぎたい、腕を組んでみたいです)
 言葉にせずに視線に込めて。しかし見つめ返され、無言で見つめ合い。余裕の笑顔を崩さないシオンに、恥ずかしさに悶えて、望が先に目を逸らす。頬が桜色に染まった。
「顔が高揚しているようだが寒くはないか? 手袋をしていないようだが、風邪を引くのではないか?」
 手袋をつけたシオンの手が望の額に触れた。触れられたところが熱を帯びて、思わず飛び離れ、小さく首を振る。
「寒いどころか、暑いくらいなのですが……」
 手袋をしないのは、貴方に触れたいから、直接手を繋ぎたいから。そう言う勇気が無いのだけど。
 そんな望の様子が愉快で、微笑ましく見守る。
(心の機微とは見ていて飽きぬものだ。だが、愉しいから眺め続けるのも趣味が悪い。機を窺い想いを叶えさせてやるべきであろうな)

 また半歩後ろを歩きながら、望は眩しそうにシオンの背を眺める。
 貴方の瞳はエルロード邸の臣下達を細やかに見守り、貴方の背は世界中の人々の平和を願う想いを背負って。
 みんなに必要とされる貴方を、癒やせるたった一人になりたくて、少し我慢しすぎているかもしれない。
(時には私だけを見て欲しい……なんてわがままですね)
 今日の空のように曇った物思いにとらわれているせいで、望は気づいていなかった。
 先を歩くシオンが、さりげなく人混みから望を庇っていたり、ヒールが高いから普段よりゆっくり歩いていることに。
 焦らしてても、なんだかんだでシオンは望に甘いのである。



 昼食を食べようと、予定していた店に向かったのだが……。
「……臨時休業ですか。申し訳ありません。すぐに店を探します」
 望は慌ててスマホで付近の店情報を探す。しかし他の心当たりも定休日だったり、閉店していたり。
 素敵なレストランで昼食を食べながら、チョコレートを渡したいから、適当な店ですませたくない。焦るほどにどこの店が良いのかわからなくなる。
「俺はどこでも良いのだぞ」
 望と一緒ならどこでも愉しいのだから。
「いえ、主をご案内するのに相応しい店を探します」
「……望?」
「やはりネットは当てになりませんね。地元の方に聞いてみます。主はこちらでお待ちください」
 店探しに熱中するあまり、恋人からメイドモードに切り替わってしまったらしい。
 離れていく望を苦笑しながら見送った。
 きょろきょろと辺りを見渡し、ふいに望は笑みを浮かべた。その視線の先にいたのは、アイザック・ケイン(lz0007)だ。
 雑踏に紛れて聞こえないが、2人は楽しそうに笑いながら話している。
 アイザックとはシオンも任務で会ったことがある。だが望のほうが親しいだろう。確か先日の任務では、泊まり込みで年越しをしたとか。
「……」
 望にとって信頼できる先輩であるだけで、疑う気持ちはみじんもないのだが、何故か心がざわつく。まるで雲行きの怪しい今日の空のようだ。
 望とシオンは刻を分かち合い、いつだって共に歩み、これからも歩んでいくのだろう。
 それでも今年の年越しは一度きりで、今年の年越しを望と過ごせたアイザックが、少し羨ましいと思ってしまうなんて、おかしい。
 任務で大怪我をした望を見た時もおかしかった。本人は名誉の負傷だと気にしていなかったが、見ているこちらは心が痛んだ。
 望にも大切な友や仲間がいて、譲れない戦いがあり、縛り付けて籠の鳥にしたくはない。
 なのに望の幸せを願うほどに、おかしな感情が増えていく。
「……不可解な感情であるな。しかし興味深い」


「アイザックさん。日本に来てたのですか?」
「うん。やり残していた仕事があってね。今日は休みだけど」
「お休みをとらないと、皆さんに怒られてしまいますからね」
 思わず笑みが零れて気が緩む。シオンの隣にいると、ドキドキしすぎて、落ち着かなかった。やっと深呼吸できる。
「この辺りで雰囲気の良いレストランを知りませんか?」
「レストランか……こことかどうかな?」
 スマホで店のサイトを調べて望に見せる。画面を覗き込もうと、二人の距離が近づいたときだった。
 望の手を包み込む大きな手。見なくても触れられただけでわかってしまい、ドキンと心臓が跳ねた。
 そのまま引き寄せられ、肩を抱かれる。見上げると紫苑の瞳が笑ってた。ヒールのせいで、いつもより近い顔が眩しくて、胸が高鳴る。
「久しいな。アイザック」
「久しぶり。シオン君とデート中だったんだね。ふふ、邪魔しちゃったかな?」
「邪魔だなんて! そんな!」
「いつも通りお似合いのカップルだね」
 恥ずかしさのあまり、望は顔をぶんぶんと首を横に振って、頬を両手で押さえる。しかし真っ赤な顔が隠しきれない。肩を抱き寄せられただけで、胸の鼓動が煩い。
「お店の情報はシオン君にメールしておいたら良いかな?」
「ふむ。察しが良いな。それで頼む」
「あ、ありが……」
「じゃあ、また任務で」
 望が落ち着いて礼を言う間もなく、アイザックは去って行った。



 シオンの手が肩から離れていき、距離が離れる。近くて遠い。一歩の距離。それが寂しい。
「素直に願いを伝えるまでの時間は減っているぞ」
 これから何度デートを重ねても、今日という日は二度と訪れない。たった一度のデートを楽しむために、願いは言葉にしないと。
 わかっていても、恥ずかしさで頭から煙が出そうだ。ありったけの勇気をかき集め、望は小声で呟いた。
「手を繋ぎたい、です。シオンさんと腕を組んで街を歩きたくて……甘えさせてください」
「やっと勇気をだしたか。褒美だ」
 シオンは手袋を外して、望の手を優しく包み込む。冷たく凍えていた望の手が、まるで火がついたように熱い。
 真っ赤な顔で嬉しそうに微笑む望を、余裕の笑み見下ろして。シオンが導き、二人は歩き出した。

 どくん。手を繋いだだけなのに、恋に落ちる音がした。

 街を歩く人の姿も、騒がしい音も、全て消えて、ただ二人だけの世界のような気分で歩いて。
 そうして歩いているうちに、ちらちらと粉雪が舞い降りた。
「……あ」
 今日ずっと言葉にできずに、もやもや雲に覆われた心から、溢れ出る恋心が雪となって降ってきたようだ。
 はらはらと舞う雪は、春の桜の花弁のようで。あの日と違うドキドキを胸に、二人で歩く幸せを噛みしめる。
 これから歩む道の先に、冬のような厳しさを感じる日がきたとしても、二人なら春に変えられる。そんな気がした。


 雪が舞う道を歩き、騒がしい街中を抜け、人気のない公園に着いたとき、シオンはくるりと振り返って、望の頬に触れた。
「冷たいな。本当に風邪を引いてしまうでは無いか」
 そう言いながら自分のマフラーを望に巻き付ける。
「だ、ダメです。シオンさんが風邪を引いて……」
「ならば、代わりに望で暖まるとしよう」
 そう言って望を抱きしめた。

 どくん。また、恋に落ちる音がした。

「ふむ。白く柔らかそうな服だと思ったが、想像以上であるな。よく似合っているぞ」
 抱きしめながら頭を撫でられて、体の芯まで熱くなる。
 オシャレしたこと、気づいて貰えた。それだけのことが嬉しい。
 雪が望の頬に触れて溶ける。熱すぎて蒸発してるかもしれない。それなのにシオンは動じてないかのように微笑んでいて。
「相変わらずの余裕の表情ですね。そんな姿や貴方にも胸が高まって、触れる度に顔が熱くなってしまうのは、きっと毎日貴方に恋をしているからですね」
 恥ずかしそうに微笑む望が愛おしく、強く抱きしめた。
「俺もだ」
 そんなはずが……と想ったけれど、押しつけられた胸の鼓動は、激しく鳴っている。
 余裕の表情の裏に、熱い想いがあるのだろうか? 考えるだけで、溶けてしまいそうだ。
「今日一日、俺は望だけを見よう。望も俺だけを見るがよい」

 どくん。何度だって恋に落ちる音がした。

 ああ……願いが叶うなんて。嬉しくて、熱く火照って、雪もチョコも溶けてしまいそう。

「愛していますよ、シオンさん」
「俺もまた愛しているぞ」

 しばらく抱きしめあい、見つめ合い、名残惜しげに離れ、チョコレートを取り出した。
 黒のシックな包みに、金と紫のリボンをかけた。中のチョコレートは手作りだ。お菓子作りは慣れたものなはずなのに、緊張して震えて。受け取ったときシオンがどんな顔をするのか、楽しみに思いながら包んだ。
「はい、今年のバレンタインのチョコレートです」
 シオンはそれを両手で包み込むように手にした。まるで宝物を受け取るかのように大切に。目を細めるて浮かべた笑みは、いつもより柔らかく見えた。
「今年も感謝するぞ。ホワイトデーを期待して待つが良い」
「はい。楽しみにしています」
 壊れてしまわぬように鞄にしまって、また目があった。
「お腹が空きましたね。お昼に行きましょうか」
「ああ、まずは腹を満たして、それから買い物をしよう。チョコは帰ってから食べさせて貰おうか。やはり望の紅茶が一番であるからな」
 そう言いながら、望の片手をとって、シオンの手袋をはめる。
 望の小さな手には合わない、だぼだぼな姿がまた愛らしくて。シオンの温もりが残る手袋にときめいて。
 もう片方の手は握ったまま、シオンのコートのポケットに入れた。
「これなら手を繋いだままでも、暖かいであろう?」
「……はい」

 嬉しくて、恥ずかしくて、言葉にできない想いのぶんだけ、手を強く握りしめて。
 紫苑の瞳が望だけを見つめ、翡翠の瞳がシオンだけを見つめる。
 今日だけは、仕事も、友人も、守るべき世界も、全てを忘れ、二人だけの世界に溺れよう。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【来栖・望(la0468) / 女性 / 22歳 / 貴方だけ見つめてる】
【シオン・エルロード(la1531) / 男性 / 23歳 / 君だけ見つめてる】


●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
限界までお砂糖をという心強い言葉に、全力で糖度を高くしました。
シオンさんの今までにない一面を見てみたいなと、だいぶ踏み込んだ心情を盛り込みましたので、もしそぐわない表現がありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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2020年01月20日

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