▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『観客はたったの一人だけ』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 ひらりと動きに合わせて艶やかな髪とスカートの裾が翻る。型に嵌まらない踊りはただの素人の即興に見えて、だが身に纏ったドレスが引き出す彼女自身の魅力が観客を虜にしてやまない筈だ。舞台と呼ぶには似つかわしくない、ありふれたフローリングの床を照明が光り輝かせる。スポットライトを浴びていると錯覚しそうな程だ。踊り子本人の美貌も相まって、もしここが衆人環視の場だったなら、誰しもが足を止めて振り返り、そして釘付けになったに違いない。――錯覚で片付けられそうな僅かな不快感に少しも気付くことなく。不思議と最も目を惹く藤色のドレスはレースに縁取られ、それが光を浴びてスパンコールのように輝く。ありふれたパーティドレスに惹きつけられる理由を唯一、その踊りを見つめるシリューナ・リュクテイア(3785)は知っていた。というより思い出したのほうが正しい。だから、呑気に可愛いと眺めていたが、このまま踊り続けさせるわけにもいかない。こちらに気付く素振りもなく舞う――慌てふためいた声が聞こえるのでそれどころではないのだろうが――弟子を視界の中央に捉え、シリューナの艶めいた唇からは溜め息が零れた。
(また、やってしまったのね。何回反省しても懲りないの? ……それともわざとなのかしら?)
 発覚したとき何が起きるか、想像出来るだろうに。思えば師としての嘆きは薄れていき、唇が緩く弧を描いた。今後の展開、つまりはどの術を使おうか考えながら、シリューナはわざと踵を踏み鳴らし、棚の脇から進み出た。気付いても彼女は反応することが出来ない。やっと振り向いた弟子に視線を送り、口を開いた。

 ――時は僅かに遡って、同じ所。シリューナが営む魔法薬屋の倉庫、その一角にファルス・ティレイラ(3733)はいた。とある別世界から来た人ならざる者のティレイラは、普段なんでも屋さんとして生計を立てている。しかし、師匠兼姉的存在であるシリューナの手伝いをすることも多々あって、今日も店じまいした今がチャンスだと張り切って掃除に勤しんでいた。楽に天井と床の掃除を済ませて、在庫整理へと取り掛かる。慣れている為手際よく簡単に進めていった。シリューナは見た目と違い、整理整頓には意外と無頓着だ。その点、ティレイラは配達の仕事が多い為、物の持ち運びに慣れている。雑多に仮置きされたダンボールを抱え、貼り付けたラベル毎に移動させる。と高く積まれた部分を片付けたところで、ティレイラは見慣れない物が置かれていることに気付く。
「……こんなドレス、お姉様持っていたっけ?」
 呟いて首を傾げる。ウェディングドレスというにはかなりシンプルだが、キラキラと純白に輝くその美しさは結婚式場に配達をしに行った際、ちらっとだけ見たことがある花嫁と重なった。それはさておいて定期的に倉庫内の整理をしているのに、シリューナがこれを着たところは勿論のこと、所有していたことも知らなかった。ならば最近仕入れた物だろう。商品か、それとも趣味のアンティークか。近付いてよく見てみれば、確かに年代物にも見える。色合いは新品同然に綺麗だが、レースがよれたり、ほつれたりしているのだ。皺が寄っている部分もあってとても観賞用には見えない。とはいえ――。
「すっごく綺麗! それに何だか、不思議な感じもする。これも魔法道具なのかな?」
 匂いを感じるまで近寄っても魔力は感じない。魅力的の一言で片付けるには不自然だが、だから好奇心旺盛なティレイラの興味を引いてやまなかった。口を噤めば、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。慎重に周囲を見回し何か物音が聞こえないかと、耳をそばだてた。シリューナはまだ店の中でディスプレイの見直しでもしているのだろう。静寂を破ったのは自らが後ろへと回る足音。そしてドレスを着たトルソーの肩を掴み、背中についたホックを外してファスナーを下ろす音が響いた。それと同時にドキドキと心臓が鳴り出す。
「お姉様に見つかる前に戻せばきっと怒られないよね?」
 ふとよぎる不安に、そんな言葉が口をついて出てくる。だが逡巡は僅かだった。ドレスを脱がせてさえしまえば天秤は好奇心へ傾く。それを両手で持ち自分の肩の位置に合わせてみる。するとぴったりと合いそうで、まるで行動を後押しされた気になった。畳んだドレスを抱き締めたまま、わざわざ倉庫の隅まで行って、埃がついていないのを確認してから一旦置くと、今着ている服を脱いだ。元々羞恥心は薄い性質なので、手早く下着姿になり、ドレスを取って脚を潜る。すんなりと臀部を抜けて袖を通すと、長い髪を肩にかけて背中のファスナーを上げた。そのまま自分の身体を見下ろしてみるも、似合っているか判断がつかず、勝手知ったる他人の家ならぬ倉庫と全身鏡の前まで行って立ち止まった。
(真っ白だった気がするけど……私の気のせい?)
 鏡に映るドレスが薄紫に見え違和感を覚えるも、見間違いかあるいは光の加減で色が変わる素材を使っているのだろう。そうと納得して気を取り直すと、シリューナにも見せたくなる似合いようにモデルか女優になった気分でドレスの裾を持って礼をしたり、腰に手を当てたりと、代わる代わる様々なポーズを決め、表情も作る。我ながら満足のいく出来にうんうん頷いた。これなら本当に勝手に試着したのも帳消しに、彼女も綺麗と褒めてくれるのではないか。調子に乗って鼻歌など歌いながら、くるりとターンを描く。気分はさながら、舞踏会で舞うお姫様だ。――と異変を感じたのは一回転し、もう一度全身鏡を見ようとしたときだった。
「あれっ?」
 と思わず声に出る。目を丸くする間にもティレイラの足は右へ左へと動き、ドレスを着るとは当然想定していなかったので、ブーツという不釣り合いな靴が床を踏んでは小気味いいリズムを刻んだ。はたから見ればただ踊っているだけに見える。しかし実際には、ティレイラに踊る意思は全くなかった。つまりは自らの意識と関係なしに身体が勝手に動き始めたのだ。
(何だかよく分からないけどやばそう!)
 差し迫る切迫感が、先程まで最高潮だった気分を急降下させる。頬を引き攣らせて、空回りする頭で早く何とかしないとと、慌ててこのドレスを脱ぎ捨てようと試みる。しかしまるで引っ張られているような違和感に抗ってうなじに回した手は、見えない手に掴まれたように正面へ戻されると、ステップに沿う形で一人でに動く始末。自力で脱ぐなんて、とても出来そうもない。となればシリューナにどうにかしてもらう選択肢だけだが、よく判らないまま何となく綺麗だと思ったドレスを勝手に試着したと知られれば彼女が何をするかなど、火を見るより明らかだ。それは避けたいが、魔法道具に違いないと魔力での抵抗を試してもうんともすんともいわない。このままでは悪戯に魔力と体力を消耗するだけだと悟り、本格的にティレイラの思考は混乱を極めだす。
「踊りたくないのに、踊りが止まらないよ〜! もうどうすればいいの!? このままだと倒れちゃう、誰か助けて〜!」
 パニックのせいで素直にシリューナを呼ぶ発想に思い至らない。そのとき、カツカツと響く足音に頭を動かそうとしたが動かず、ターンしてようやく音のほうを向いた。すると唯一現状を解決出来るだろうドレスの持ち主であるシリューナが歩み寄ってくるのが見えて――。

「店にある物を不用意に触っては駄目と、何度も言ったでしょう? ティレ」
「うう……ごめんなさい、反省してます。だからお姉様、助けてください〜」
 見つかった末の希望と絶望の板挟みに、どちらともつかない表情を浮かべる愛弟子。彼女の一人舞台を特等席で眺めつつシリューナは腰に手を当て息をついた。深々とした溜め息にすぐティレイラの瞳が潤むのが見える。が、ターンで向きが変わり見えなくなった。
「言いつけを守らなかったのは、他ならぬ貴女よ。それなら――ちゃんと反省するようにお仕置きしてあげないとね」
「嫌っ、それだけはやめてお姉様! もう絶対にしないから、お願い許してっ」
 縋るように向けられる言葉に黙って首を振ると、シリューナは呪文を紡いだ。ティレイラは尚もあたふたとした声で必死に許しを請う。しかし師匠として彼女を甘やかすわけにいかない。と大義名分を表情と行動で示しながらも――。
(折角の機会を逃すわけにはいかないものね)
 内心では自らの最大の趣味を楽しめる絶好のチャンスにほくそ笑む。すぐに術は完成して、毎度お楽しみのオブジェにする為の石化が始まりだした。もう疲れる心配もない。そんな皮肉は胸中に留め、悠然と腕を組んで愛弟子が石と化す過程を観察する。ティレイラは往生際が悪く懇願の言葉を募っていたがそれも爪先から顎先まで石化が進行するに至って、ついには詰まった。そして何かを言おうと口を開いたところで唇を通り過ぎて、じきに頭頂部も固まる。それを見てシリューナは感嘆の息を漏らした。
「呪われたドレスが、呪術と干渉して変化を起こすとは思いも寄らなかったわ」
 通常、石灰岩に近い材質になる筈だが、呪いと呪いが反応し黒曜石のような、黒光りする美しい見た目の石像が出来上がったのである。ティレイラが勝手にドレスを着なければ気付かないまま処分していた。
 このドレスはある依頼人から処分を頼まれた所謂曰く付きの代物だ。魔法が込められた装飾品の類も扱うシリューナだ、専門家として責任をもって預かったのが先日のこと。頃合いを見て処分しようとひとまずの間倉庫に保管すると決めた。何せ身に着けると一人でに踊り出し、その呪いの踊りは決して止まることなく周囲の者に不幸を撒き散らすというものなのだ。蒐集家であるシリューナとて危険極まりない代物は放置出来ない。ならば今影響はどうなのかというと、呪術系の魔法を得意としている自分にその効果は全く通用しない。呪う術に長ければ跳ね除ける術にも長けているのだ。
 石化したドレスはそのまま砕いて処分してしまおう。そう決め実行に移そうとするもその前にこの美しい石像を堪能してもバチは当たらないだろうとも思う。急いた気持ちは乱れる歩幅に表れて、側まで歩み寄るとシリューナはティレイラの頬へと手を伸ばした。今にも泣き出しそうな表情は温情ある裁きを待つ罪人にも等しい。修行中にミスして怒られると怖がる、そんな時折見る姿よりも真に迫っていて、身悶えしたくなる程可愛らしい。元々優れたその容姿を最も引き立てる顔だ。そんなふうに評しても差し支えはないだろう。それに加え、とても滑らかでつるりとした感触には何度も撫でたくなる魅力があってシリューナを病みつきにさせる。最早感動してしまいそうだ。その予想を裏付けるように、触れれば触れる程に自らが昂ってくるのを感じて、一人静かに打ち震える。吐き出す熱を帯びた呼吸に、微かな喘ぎが混じった。黒光りするドレスも石になっても尚美しいままで、その造形美を視覚でじっくり楽しむ。同時に再び伸ばした手は視線を追いかけるように身体をなぞって、胸の膨らみや腰のくびれとドレスを身に纏っても変わらず強調された曲線美を一つ一つ確かめるように、優しく触れていく。倉庫内に暖房はなく、なぞる指先から冷たさが伝わってくるが、火照りが打ち消し、むしろじっとりと頬に汗が滲むような感覚を抱いた。うっとりと夢見心地になって、ふと漏れる息が次第に荒くなっていく。
「――なんて美しいの」
 きゅっと寄せられた眉根も、涙の潤みが一層光沢を増す瞳も、丸みを帯びた頬の曲線もすらりとした二の腕も。その全てが変わらず、オブジェとして完成されている。果たして、今のティレイラを見て心を奪われない者はいるのだろうか。シリューナには想像も出来ない。世界に数多存在する名作も彼女の前では歴史的価値しか持たない筈だ。なんて思いはすれ自分以外の誰にも見せず、こうやって密かに愛で続けたいと願った。ただひたすら無心になり石像のティレイラを目と手で楽しむ。何度も繰り返すお仕置きも表情やポーズ、材質が違うだけで飽きが来なかった。踊りながら石化したその姿は舞踏会の一場面を切り取ったようだ。表情とミスマッチなのが生身らしさを残していて面白い。
 ドレスの処分も石化解除も、まだもう少し後で。言い訳するようにそう決めると、シリューナは至福の一時を楽しみ続けるのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ティレイラさんの見た目の美しさについて書こうか、
それとも魅了されるシリューナさんの描写のほうを
フォーカスしたほうがいいのか、色々と悩みつつも
今回はちょっと後者寄りに書かせていただきました。
今までとは石像化したときの材質が違っている点を
あんまり活かせなくて無念な限りです。
隠れてドレスを着ちゃうティレイラさんが可愛くて、
そこからの慌てる流れが書いていて楽しかったです。
今回も本当にありがとうございました!
東京怪談ノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年01月21日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.