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『記憶の死者』
レオーネ・ティラトーレka7249


 王国歴千二十年の一月。レオーネ・ティラトーレ(ka7249)は一つの教会を訪れた。子供の賑やかな声が庭からする。覚醒者ごっこだろう。もう花は終わって、庭はひっそりとしていた。またチューリップを植えようかな、とここの主が言っていたことを思い出す。
「チャオ、ヴィオ」
「チャオ、レオ」
 呼びかけると、司祭のヴィルジーリオ(kz0278)が顔を上げた。歓迎されていることは表情からわかる。短いが、ジェットコースター──あるいは高速で回るコーヒーカップか──の様な付き合いを経て、レオーネはこの些細な表情の動きを読み取ることができるようになった。
 司祭は子どもたちを呼び、
「こちらがレオーネお兄ちゃんですよ。前にも来てくれた、リアルブルーの……」
 司祭からそう紹介されると、子どもたちはレオーネに向かって、わっと駆け寄った。リアルブルーの話をしてくれ、と言うわけだ。レオーネは聖堂に通され、故郷の話をした。家族のこと、ぶどう園のこと、イタリアの空の色のこと、また、子どもたちが興味を持ちそうな軍隊の話も少し。それを聞くや、子どもたちは、連合軍役も決めてごっこ遊びを再開することにした。立ち上がって、駆け出していく。
「転んだらいけませんよ」
 その背中にそう声を投げかけるヴィルジーリオと、並んでその様子を眺めた。
「その後、ご家族はいかがですか?」
「プリンチペッサ二人はブルーへ帰った」
 三人いる妹の内、二人はリアルブルーへの帰還を希望していた。彼ともう一人の妹は、クリムゾンウェストに移住を決めた。薔薇の育種家を目指すその妹へ、ヴィルジーリオが先日、町の園芸家を紹介したばかりだった。


「あの時」
 話が一段落すると、レオーネがぽつりと呟いた。それがどの時か、司祭はすぐにわかった。昨年九月、自分を「羨ましい」と言った脱獄囚が押し入ってきた時のことだ。駆けつけたハンターの一人がレオーネだった。
 彼は、咄嗟の判断で、その時ここで遊んでいた六人の子どもたちに、六種類の植物、すなわち、ローズマリー、スペアミント、フェンネル、タイム、カモミール、オリーブ、これらを集めてくるようにと告げた。居合わせた他のハンターを付き添いにつけて。
 言うまでもなく、大人を付けた避難だった。全部集めないといけない、という設定にした上で、人数分の収集を頼めば、途中で切り上げて来ることもないだろうと考えてのことだ。
「咄嗟にああいうのしか思いつかなかった。タイム以外は、リアルブルーでもここと気候が似た地域の原産だったからな。同盟は商業が盛んだし、流通してると思って」
 その一方で、
「フェンネルだけは九月は種まきシーズンでね。種を買いに行くしかない。それで少し時間が稼げると思った」
「名探偵みたいですね。咄嗟にそこまで考慮した花言葉作文作れます?」
 レオーネは片目を細めて、
「俺だって腹は立ってた。でも、お前、子どもたちに何かあったら嫌だろ? 知られるのも」
 子どもたちの無事と、彼らが事態を悟らないことが、ヴィルジーリオの心も守ると考えた。何も知らない子どもたちが、牢屋を脱走した悪い人が来た、なんて怖いことが起きたと知らぬまま帰るのが良いと。だから、レオーネは突入の時に彼へ告げた。「魔法は使うな」と。怒ったときの勢いをよく知っていたからだ。爆発する魔法で部屋ごと吹き飛ばすくらいはやりかねないのだ。命の危険が無ければ、多少は友人に我慢してもらうのもやむなし、というのが、当時レオーネが下した判断だ。
「そうですね。あの時、怒りに任せて爆破してたら、後悔したと思いますね。さっきまでいた建物が爆発するのは怖いでしょうし」
 実際、騒ぎを大きくせずにすませた脱獄囚捕縛の後始末は、全てスムーズだった。
「『過去』を『思いやり』、『強い意志』が『勇気』と『苦難に耐える力』を得、『平和』をなす」
 ヴィルジーリオは、レオーネが考えた「合言葉」を諳んじた。
「よく覚えてるな」
「身に染みましたから」
「ああ」
 レオーネは頷いて、かぶりを振った。
「俺にも刺さる言葉だった」

 レオーネは幼馴染の恋人を病気で。
 ヴィルジーリオは前任である司祭を歪虚事件で。
 それぞれ、早すぎる別れを経験していた。
 声が思い出せなくなって、顔もそろそろ思い出せない。
 そうして、その内、彼がいたことしか思い出せなくなる。
 でも、彼がいたことは覚えている。
 彼からもらったものが、自分の中で息づいていることもわかっている。
 それが今の自分を生かしていることも。

 だから、レオーネは、過去を思いやり、強い意思によって勇気と苦難に耐える力を得た上で、平和をなして歩いて来た。
 もしかしたら、そう言う思いがずっと自分の中にあったのかもしれない。組み立てて、口にして、向き合って、心に刺さった。
 彼はそれを受け止めた。

 自分の中に流れる温かいもの。血潮とか心とかそう呼ばれるもの。そのぬくもりの一部に、間違いなく彼の温度がある。どんなに寒いところに追いやられても、その温かさが、生き延びることを助けてくれる。芯まで冷え切る前に、その場を乗り越える力を与えてくれる。

 そうやって、歩いて来た。そして今ここを歩いている。この先も、歩いていくのだろうと思う。もういない人の助けを得て。
 引きずることと、その人がいたことを忘れないことは違う。振り返れば、きっと彼は笑って手を振っているだろう。その確信は背中を押して、自分は歩いていく。どんどん彼は遠くなる。
 でも、それが生きていることだと思う。
 たまに振り返って、彼の姿が小さくなっていることに気付くのも。
 その小さな姿が彼だとわかるのも。


 やがて、子どもたちが呼びに来た。二人も入ってくれと言う。
「今行きますよ」
 二人で立ち上がる。レオーネは笑って、
「俺たちはどんな設定にする?」
「そうですね」
 ヴィルジーリオは少し考えた。
「生い立ちはまるで違うけれど、それを尊重して、励まし合いながら苦難を乗り越えた友人同士、というのは?」
「そうしよう。どこで出会ったことにする?」
「教会なんてどうです? 二人とも話を聞きに来ていて、たまたま意気投合した感じで」
 子どもたちは元気だ。大人には染みる寒さにちょっと目を細めながら、二人は歩を進めた。

 葉の落ちた枝が見下ろしている。
 もう少し待てば芽吹くだろう。
 春の訪れを知らせるために。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
件のシナリオの後日談、ということで書かせていただきました。今回のテーマは「今を生きる私たち」です。誰が亡くなっても、私たちは生きている。
「その感情は俺に息づいてる」という、当時の台詞を解釈させて頂きました。死者の事を覚えていると言うのも、生きている私たちにしかできないことです。
泣いて笑って、また明日も生きていきましょう。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年01月22日

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