▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『思い出と共に増えるものは』
珠興 凪la3804)&珠興 若葉la3805

 公園に入る前から木々の間に見えていたクリスマスピラミッドが、広場の中央に近付くにつれその全貌を露わにする。周りにいるのが自分たちと同様そこにある可愛らしい人形を眺める人ばかりになった頃、足を止め、天辺を見上げた。まだ日が暮れる前なので判りにくいが、灯された蝋燭によってプロペラと人形がゆっくり回転している。薄く口を開けて眺める珠興 凪(la3804)の隣で少し気の抜けた声が聞こえた。賑わっている中聞き取れたのは愛故かもなんて思い、照れ臭く感じながらも視線を横へ戻す。
「何だか別の国に来たみたいだ。周り皆日本人なのに不思議な感じ」
「ドイツ発祥だもんね。お店も殆どがドイツにちなんでるんだっけ」
「あー確かそんな話だった気がする」
 何て二人で適当なことを言い合う。去年のクリスマスも今隣にいる皆月 若葉(la3805)と一緒だったが、あの時と今とで大きく変わったこともある。高校を卒業し実家を出て、そして何より彼と恋人になった。付き合ってから初めて迎えるクリスマスにすることといえば当然デートである。調理学校に通う凪と大学生の若葉はライセンサーとしても活動し始めたところで、忙しい合間を縫い時間を作った為、下調べはほぼ出来ていなかった。ただ幾つかあった候補で悩んだ末に今日ならではの雰囲気を楽しめる、クリスマスマーケットを選んだ。小屋風の出店が並ぶ辺りを見回し、改めて凪は決意する。
(今日は僕が、若葉をエスコートするんだ……!)
 と。張り切る気持ちは拳へと表れ、それを自覚し緩く解いた。指には久し振りなので違和感を覚える感触がある。想いが最も大事といえど、形としてそれを実感出来る物もまた重要だとも思う。冷たさを和らげようと掌をこすってから、恋人へと向き直った。
「若葉」
 意識せずとも愛しさが零れる声で彼の名前を呼んで、そっと手を差し出す。ここに鏡はないけれど自分が一体どんな表情をしているのか容易に想像がついた。子供っぽくなければいいなと思う。
「うん」
 と若葉は微笑み返し、それが当たり前であるかのように躊躇なくこの手を取ってくれる。こんなにも人でごった返していたら、自分たちが手を繋いでいることに誰も気付かないだろう。ささやかな秘密の共有に二人して顔を見つめ、擽ったさに笑い声を零す。二つ年上の少し細い若葉の手を引いて、まずは一通り見て回ろうと考えつつ、凪は歩き出した。

 馴染みのない異国の催しはそれだけで、二人の少年らしい冒険心を掻き立てる。心が赴くままに色々なお店を見て回った。売っている物の多くがドイツからの輸入品や本場の味を忠実に再現した料理で、この文化に初めて触れる人への配慮だろうか、説明を聞くだけでもあっという間に時間が過ぎていった。
「こういうの、お店に飾ってもいいかもしれないね」
 店先に並んだステンドガラス風のキャンドルホルダーを手に取った若葉がそう言って笑いかけてくる。今はまだ学生なのもあって、具体的なことはあまり考えていないが、二人で喫茶店を営むのが夢だ。それが若葉が持つ品物を見ると、頭の中でそのいつかが現実味を帯びる。テーブルの上に珈琲やケーキと一緒に置かれたキャンドル。十二月にはサンタやクリスマスピラミッドがモチーフの物に変えるというのもよさそうだ。キャンドルが灯る店内で静かな時間を楽しむお客さんと、それを見て嬉しくなる若葉と自分。想像だけでも楽しくて、自然と頬が緩む。
「おしゃれなお店になりそうだ」
「ね」
 と、同じく近い未来に叶える夢の光景を想像したらしい彼も楽しげに笑う。
「とりあえず、一つだけ買おうか。二つ目はその内、僕たちが今よりも夢に近付けたらにしよう?」
「お、いいね」
 思いつきではあるが、一つ楽しみが増えると思うと自画自賛したくなった。最初に若葉が選んだ物が自分好みでもあったので、それを一個購入し、横の出店は何を売っているだろうとそちらへと向かう。
「あれは何かな」
「何だろう? あ、向こうも楽しそうだよ」
 話しながら繋いでいないほうの手で指を差しては、はしゃぐ子供たちの邪魔にならないよう心掛けつつ店を覗き、その都度店員にどういう物か教えてもらった。そうして買い集めた食べ物を一際大きい建物の中にあるフードコートの一角で広げる。加えて飲み物も注文すると、凪と若葉は敢えて隣に座りグラスを合わせた。
『プロースト♪』
 乾杯の挨拶を声を揃えて口にし、凪はキンダープンシュ、若葉はグリューワインを飲む。どちらも同じスパイスが入った暖かい飲み物で、シナモン特有の風味に柑橘類の爽やかな香りが混じる。味よりも大きな違いはアルコール入りかどうか。凪はライプクーヘンや焼きアーモンドを買い、若葉はブラートヴルストとポメスを購入。定番のそれらをシェアしては口々に感想を言う。ライプクーヘンなどソースが林檎と聞きどんな味か想像し難かったが、人気なだけあって美味しいと意見が一致した。食事が進むにつれボトルの中身も減っていく。
「僕も来年は、それ飲みたいな」
 何て言葉が思わず口をついた。年の差はたかが二つだ。だがこういうときに成人と未成年の隔たりを強く感じる。本当は飲んでみたいという好奇心は殆どない。ただ自分が子供だといわれているようでもどかしくなる。ライセンサーとしては勿論恋人としても、若葉を守りたいと思うのに。対等な関係に見えるように大人っぽく振る舞っても、結局は背伸びした子供で。羨ましさよりいじけが出る。
「うん、来年は一緒に飲もう。次の年も、その次も!」
 若葉も同じ男だが凪の男心を分かっているのかどうか、無邪気に、そして当たり前に来年もここでデートするのだと言う若葉の反応が愛おしくて現金にも拗ねる気持ちはすぐになくなった。可愛く思えば悪戯心が首をもたげて、グラスを置いて息をつく若葉をじっと見る。頬杖をつき、上半身の向きごと変えると上目遣いになった。見返す目は真ん丸だ。
「味見くらいなら、ダメかな?」
 言ってもう片方の手を伸ばし、指で若葉の柔らかな唇へと触れた。

 ◆◇◆

「味見はダメだけど……その代わり」
 一瞬狼狽えるように視線を外して、若葉は意を決して自らも向き直ると、無防備な恋人へキスを贈る。可愛い仕草にドキッと高鳴った心臓が込み上げる愛しさで締め付けられた。凪の黒髪を耳にかける自分の手、その薬指に嵌めたシルバーリングが映る。照明の下でブルーサファイアがきらりと輝いた。わざわざ見せびらかす物でもなしと、いつもは首から下げている揃いの婚約指輪を折角のデートだからとつけた。婚約は忘れもしない五月五日のこと。同棲中なので多分一般的な恋人より密度の濃い日々を送っている。なのに未だに慣れる気配は全くない。
「ん」
 凪が驚いたのは反射的に身動ぎした一瞬で、そう小さく声を漏らすと、目を閉じてそれを享受した後、そっと優しく唇を食まれる。押し当てられる感触に理性が揺さぶられて、離れかけた凪の唇を同じように食み返した。どちらからともなく顔を離して、顔どころか耳まで赤くなっているのを自覚する。酔いと照れの両方が一気に来た。どうせ隠し通せないしと割り切り、若葉は心底愛おしいというこの気持ちが伝わればいいと凪を見つめ、淡く微笑む。
「……これでどうかな」
 思惑からは逸れていないはずの返しをして、ちょっと格好つけて言ってみる。上手く大人な駆け引きが出来たんじゃないかなんてまだ子供の感想だ。視線を受け止める凪の俯いた顔。表情を窺い知るのは難しいが見えている耳の赤さも喜びに緩みそうになる唇も若葉と似たり寄ったりだ。ぽつりと聞き逃しかねない小声で凪が返す。
「……満足」
 照れる凪がまた可愛くて、思わず若葉は彼をぎゅっと抱き締めた。
(どうしてこんな可愛いんだろ? ああでも、俺の前以外ではそんなとこ見せないでよ)
 絶対に二人の仲が揺らぐことはないけれど。人にはお人好しといわれる若葉でも、何よりも大切な凪のことなら嫉妬も一杯するし、誰かに譲る気なんて毛頭ない。互いが唯一無二だと見せつけるように、若葉は胸と背に回された腕から伝わる体温を暫く確かめていた。

 出店を見て食事も済ませてと、あっという間に時は過ぎ、店にクリスマスピラミッドにツリーと、今日一度は目を通したはずのそれらもライトアップによって随分様変わりしたように見える。暖色の柔らかな照明は夜とは思えない明るさを演出して、だが子供連れが多かっただけに遅い時間の今、お祭りらしい雰囲気は落ち着いていた。広場を離れれば、遊歩道は輝く木々が並ぶ道へと変わっており、こちらもまるでファンタジーの世界に飛び込んだような、幻想的な光景が広がっている。再び手を繋ぎ、凪と寄り添う足取りはとても緩やかだ。それは残り僅かな今日という日が終わってほしくないという気持ちの表れでもある。そしてそれは、凪も同じなのだろう。直感的に思った。
「とっても綺麗だね」
「うん、綺麗だ」
 一日限りの催しではなく、約一ヶ月の間毎日行なわれていることだが、クリスマスの夜という特別な日だからこその感動もあった。一番大事なのはいうまでもなく共に過ごす相手だが。ずっと楽しみにしていたこの今を噛み締めながら、彼の顔に視線を向ければ、輝く瞳と視線が絡み合う。
「風景も、照らされる若葉もすごく綺麗」
 言って、互い違いに指を絡めた手に少し力が篭った。風が入り込まないように、一分の隙間もなく触れ合わせる。夜の空気は冷たいが、触れている箇所はじんわり温かい。
「だから、若葉と一緒に見たかったんだ」
「俺も凪と一緒に来れて嬉しいよ。一人だったら絶対、こんなに楽しめなかった」
 親もライセンサーだったからこそ、いかに日常が尊く守るべきものか、若葉は知っている。良くも悪くも現実はゲームのようにはいかない。だから自分の手が届く範囲で大切な人たちとこの先出会う誰かの明日を守り抜ければそれでいいと思う。しかし同じ志を持つ最愛の人、凪こそ戦いの場においては自分よりも余程無茶をしがちで、いつか誰かを守るために大怪我してしまうのではと、そんな不安に駆られることもあった。ライセンサーも完全無欠ではない。まだ駆け出しの域を出ない自分たちなら尚更。
 ――けれど同時にこうも思うのだ。凪と若葉には夢があり、それを無事叶えるのが一つの到達点ではあるが終わりではなく始まりでもある。購入したキャンドルホルダーが証拠だ。二人でいれば喜びは何倍にもなって、悲しみは和らげられるし、勝てない敵にも勝てる。凪が傷付くならそれが致命傷に繋がる前に必ず癒す。二人だから出来ることが沢山ある。だから恐れるより前に進もう。
「凪、今日はありがとね」
 今、二人でここにいられる幸せが溢れて笑顔になる。夜一緒に眠って、朝一緒に起きる毎日も、凪が自分のために淹れてくれる珈琲も、別々に過ごした時間を共有する会話の一つ一つも全部愛おしい。語るには複雑過ぎる感情をその一言に凝縮し伝える。
「喜んでもらえてよかった。それが何より僕も嬉しいから」
 そう言って凪も笑い返す。キスの代わりに頭を軽く凪の肩へと預けた。彼の唇が微かに髪を撫でる。
 歩いてきて辿り着いたのは季節外れの藤花――ではなくそれを模した藤棚の光の雨だ。淡い紫の雨粒に目を奪われる。ぽつぽつといる人は自分たちと同じ恋人同士なのだろう。うっとりとした顔で相手を見るその姿に鏡を見ているような気分になる。
「藤の花言葉って何だったっけ」
「えーと、優しさとか恋に酔うとか……後は、決して離れない」
 憶えていたら今度調べようくらいの軽い気持ちで言ったのが、意外にもさらっと凪が教えてくれる。お母さんがそういうの好きなんだっけ、それともお店に飾るのに調べてるのかな、と若干ずれた感想を抱いてから若葉はハッとして言った。
「それ俺たちのことじゃない?」
「……そうかも」
 と言う凪が大発見したかのように、真面目な表情をするのが少しおかしくて、つい笑い声をあげた。
「何だそれって、ツッコまないんだ」
「だって納得出来たから……!」
「うん、俺も同じ気持ちだよ?」
「もう、若葉の意地悪」
 揶揄いに頬を膨らませる凪が可愛くてしょうがない。今日だけでも数度目の、そして明日も何度も抱くだろう愛しさを笑顔へと変えて若葉は藤棚を見上げた。もう一度見た凪のほうが綺麗なのは言うまでもない。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
グロドラの世界で別の人生を歩んできた二人なので
初めましてになりますかね。初のクリスマスデート、
画的に一番美しいところが、少しも書けていなくて
申し訳ない限りですが、アドリブも込みでの二人の
心情重視でお言葉に甘え楽しく書かせて頂きました。
特に最後……ふと思い立ち花言葉を検索してみたら
何だか凪くんと若葉くんみたいだなぁと思ったので、
凪くんの平凡な家庭に思いを馳せつつ入れています。
(恋に酔うはお互いに夢中くらいのニュアンスで!)
今回は本当にありがとうございました!
パーティノベル この商品を注文する
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年01月22日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.