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『ゴールデンガールの昼の一幕』
ルシエラ・ル・アヴィシニアla3427

 靴を履きかけたところでふと気付き、半端に動きを止める。毎日欠かさずに持ち歩いていれば僅かでも重みがないことに違和感を抱くものだ。すぐに玄関をあがり、リビングに置かれたそれをそっと掬い取って一撫ですると、上着のポケットの中へと仕舞い込んだ。そのついででもないが母親譲りの少し癖のある髪を手で整える。再び玄関に向かうその表情からはらしくない強張りが解け、不安以上の期待にすぐ赤い瞳が輝き出した。扉を施錠する前、今の家の中を見つめ、応える人がいないと承知の上で言う。――子供の頃からの大事な習慣だから、と。
「――行ってきます!」
 そして正面へと向き直って、軽く自らの頬を叩いて歩き出した。進んでしまえば足取りは軽くなって、もう当然になった景色に何か変化はないかと視線は好奇心のまま、あちらこちらに目移りする。とはいえ今は重要な使命を帯びており、いくら休日といえど気分だけでふらふらするわけにもいかない。そう決意を抱き家を出たはずがその日、目的地に辿り着けずじまいだったが致し方ないことでもあった。――兄の前で顛末を語る夜が訪れるとルシエラ・ル・アヴィシニア(la3427)はまだ知らなかった。

(どっ、どうしてこうなったの?)
 と胸中で呟きつつ、太腿の上で重ねた手に少し力を込める。若干年季の入った、しかし手入れも充分なガーデンテーブルから視線を上げかけたところ、ちょうど純白のティーカップが差し出された。ハッとなって顔を見れば笑みと共に目尻の皺が深くなり、ますますもって落ち着かない気分になりながらも礼を失するのを避ける為にルシエラは頭を下げた。
「ありがとうございます」
 緊張は声の上擦りに表れて、側に立つ老紳士の目が微笑ましげにすっと細められる。大した物ではありませんがと控えめに勧められ、緊張こそすれど警戒は全くせず右手側の取っ手を摘み、ゆらゆらと仄かな湯気が立つ紅茶に口をつけた。市販の茶葉を使っているわけではなさそうと思うのは、人が淹れた紅茶を飲む機会が多いが故の感覚か、老紳士が執事のように見えるからか、それとも名所として観光客を呼べそうなほどの庭園を一望出来る、ガーデンルームという場所だからか。この家の前を通ったときは想像もつかなかった世界に幻を見せられているのではと洒落にならない現実逃避がよぎる。しかしきっかけなんてごくありふれた、荷物を運ぶのが辛そうで手伝ったというものだが。庭先まで運んだ後に是非お礼をしたいと言われれば、断る方が失礼というもの。急ぎの用事ではないのも大きい。ただ肥料入りの袋を抱えた際思い浮かんだのは兄の顔だ。
(一緒だったら、お爺さんの分も持ってもらえたの)
 自分たちはこの世界の俗に言う放浪者で、故郷でもとある機関のエージェントとして任務を受けていたし、今はライセンサーになって活動しているのも同じだ。作戦会議にしても戦いにしても気心の知れた者がいるとやり易いのは当然で、同居しているのもあって、交友関係も兄とほぼ変わらない。しかしそれでも、求められる適性などの条件から別行動を取るケースもあった。今がまさにそれである。啓蒙活動の一環で戦闘のない任務に出向き、早々に帰ってきてそして家を出た。
「美味しいですっ!」
 ホッと息をついてそう感想を述べれば正面に腰を下ろした老紳士も安堵した様子になる。緊張はお互い様だったらしい、と子供の気配がしない庭先に目を向けて思った。正面に視線を戻せば色とりどりの花が背景に咲き誇る。春が来れば、もっと賑やかに目を楽しませてくれるに違いない。――と、好奇心が顔に出ていたようで、あの花はと、お茶会の話題に紳士が話し始める。チューリップやコスモスなどの誰でも知る品種を挙げ、楽しいから続けられると話すも、裏では多くの労力を費やしてきたのだろう。
 花が好きかと問われて頷く。それは外出した理由と通じているようで実は違っているのだが。
「知り合いの花屋さんに行こうと思い、出てきました。……私には、それしか思いつかなくて。それでもやれることをやらないままでいるのは、絶対に嫌だの」
 見たことのない花や園芸道具について訊いているうちに親しみを覚え、それに伴い喋り口調が砕けてくる。兄が知れば見ず知らずの人間に無警戒が過ぎると窘められそうだが、気が緩んで率直な言葉が出た。誘いが迷惑だったかと顔を曇らせる老紳士にルシエラは身を乗り出して言う。
「お爺さんと同じくらいの歳の人と話すの久しぶりなの。だから楽しいの!」
 今のルシエラや兄と一緒で、両親はあの世界における異世界人だった。だがら自分たちに祖父母はいない。故郷の記憶も朧げというから生死も不明である。二人いる叔父の内、一人の両親は健在なので実質的に彼らがそれも同然だし、可愛がってもくれている。しかし等しくとも、会う機会は少なめだ。だから人見知りではないのに緊張してしまっていた。今も叔父の両親に重ねるというより、戸惑うことが少なくなってきた世界で、違う歴史を歩みゆく人の話を聞くのが純粋に楽しいのが大きい。
 それならよかったと老紳士は微笑む。擽ったさにルシエラの笑みも深くなり笑い声を零した。ここに兄がいたらどうだっただろうかと考える。内心警戒しても誘いを断ることはしなかっただろうし、困らせるなと老紳士の心配もしたかもしれない。何にせよこのひと時を共有出来ないのが勿体なく思う。
 ティーポットもバスケットの中身も空になり、早くも日暮れが迫った頃になって名残惜しくもお茶会はこれでお開きとなる。長く引き留めてしまったと言う老紳士に、ルシエラは全力で首を振った。
「思いつきでしようとしていただけだから全然平気なの。でも――」
 ふと言葉を切ると、老紳士の後ろに咲く花の内の一つ、鮮やかなピンク色ではなく珍しいという黄色のフリンジが目を惹くシクラメンに視線が引き寄せられる。ねだっているようだと気付いたのは声を掛けられてからで、礼は充分にしてもらったからと固辞するも、半ば押し切られる形で鉢植えを貰うことになった。世話を怠らないだろうと信頼されれば、期待に応えねばと使命感が湧く。
「有難く頂戴するの。冬も夏も越せるように頑張るから、信じてほしいの!」
 と言いグッと拳を握ってみせる。老紳士は妻が喜ぶから大変でも手入れを頑張れると言っていた。家族への想いはルシエラも少しも負けていない。己も同じだが世界なんて大きなものに手は届かずとも、名前も顔も知る、喜びや楽しさを分かち合える人たちを守れる人間になりたいと願う兄の、時に倒れてしまうのではと不安になる頑張り過ぎな一面にブレーキをかけられるのはきっと自分だけだ。しかし、ただ休ませても焦りで気が気ではないかもしれない。だから家に花があればより安らげると思ったのだ。
 老紳士は何一つ不安がる様子もなく笑顔で持ち運びし易いよう、すっぽりと収まる手提げ鞄に入れて渡してくれた。それを手に門を潜り、見送りに来た彼のほうへ振り返る。
「また遊びに来るの! 次はうちのお兄ちゃんも一緒に、お土産も持ってくるから待っててほしいのっ」
 そう言えば門の向こうで老紳士は頷き返して手を振る。喜びに自分が満面の笑みになるのが分かった。バイバイと手を振り返し、鉢植えを抱え込んでルシエラは家路を辿る。それを見た兄がどんな顔をするかと想像すれば足取りは行きより軽くなった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
お年寄りとの関わりがあまりないというところから
盛大に間違っていたら、本当に申し訳ない限りです。
色々なことを意識しつつもノベルはIFなのでと甘え、
交流はともかく鉢植えを持ち帰らせてしまったりと、
かなり自由に書かせていただきました。
シチュエーション的に暗めな描写も若干ありますが、
元気で周りに好かれるような性格を上手く
表現出来ていたならとても嬉しいです。
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年01月27日

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