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『女神本能』
スノーフィア・スターフィルド8909

 今日も今日とて引きこもりライフを満喫というか、やり過ごし中のスノーフィア・スターフィルド(8909)は、一心不乱に『英雄幻想戦記3』をプレイ中だった。
 クリア回数も3ケタに乗るだろうか。正規タイトル8本分を合わせれば、4ケタは確実だ。
 そんな彼女が有志によって維持・更新されている攻略サイトをのぞくのは、もちろん攻略のためではない。同志たちの生存確認のためだ。
 ファンが減ると『9』が出なくなってしまいますからね。いえ、なんとしても発売はしていただきますけど。
 いざとなれば女神の力を振るうこともためらわない覚悟を据えたスノーフィアだったが。
 そういえば(実際に手をつけているかどうかはわかりませんけれど)開発中の『9』にも、サキュバスが出る(予定は未定ですけれど予定と銘打たれている以上は信じるのがファンというも)のですよね。
 メーカー曰く、『3』の大人気職業だったサキュバスの最終進化職なのに脚光を浴びなかった“クィーン・リリス”にスポットを当てる! とのこと。
 実際、主人公以外のパーティメンバー全員を近接戦闘力激高なサキュバスにする“ノーギ(NO着)パーティ”は攻略の王道なのだが。
 サキュバスはクィーンに進化させると、催眠や魅了といった状態変化魔法特化型になってしまい、バッドステータス無効がお約束なボスとの戦闘でまったく役に立たなくなる。つまり。

 サキュバスに進化はありえない!

 そんなわけで、ファンの範疇を遙かに超えたフリークスであるところのスノーフィアも、ずいぶん長い間クィーンの姿を見ていなかった。
 ――本当にささやかな思いつきだったのだ。ゲーム内でキャラを進化させるとダウングレードできなくなるから、スノーフィア自身がクィーンになって姿形や能力を確認してみようか、なんてことは。


 数十分かけて床へ進化用の魔法陣を描き、彼女はまずサキュバスへ転職する。
 途端に沸き上がる“男子たぶらかしたい欲”を抑えつつ、必要経験値を消費――ストック経験値は800回以上クィーンになれるくらい溜まっているので惜しくなかった――して魔法陣を輝かせれば。
 空気を歪ませるほどの引力ならぬ淫力を燃え立たせながら、クィーン・スノーフィアは自室のただ中へ顕現したのだ。
「これが、女王の力!」
 パッシブである“女王の魅姿(ボスには効かない)”によって際立つボディラインは限りなく豊麗で、選択スキルとは別に用意されたクィーン専用スキルは圧倒的威力値(ボスには効かない)を備えていた。
 まさにクィーンとしか言い様のない、(ボスには効かない)凄絶なまでの力じゃないか!
 ただし。ただしだ。
「あああああああ男子をたぶらかしたいいいいいいい!! 思わせぶりなことを囁いたり無意識を装ったポーズを決めて惑わしたいいいいいいいい!!」
 サキュバスを極めし女王は本能も極まっていて、それはもう悶絶するよりなくて。魂の咆吼をあげつつごろごろ床を転がるスノーフィアだったが。
「あ、そのうち落ち着いたら来るわ」
 草間・武彦(NPCA001)30歳男子が、開けたドアをそっと閉めて立ち去ろうとしていたりして……
「待ってください草間さんっ!」
 わーっと飛びついてがっし、腕を掴んで引きずり戻す。
「ちょ、姉さん力超強ぇっ! お取り込み中なんだろジャマしちゃ悪ぃし!」
「これはちがわないですけどちがうんです!」
「ちがわねぇんだろ!? 大丈夫っす俺なんも見てねっすから!」
「たぶらかしたいのはちがうんです惑わしたいだけで!」
「本音! 本音漏れてっから!」


 なんだかんだ大騒ぎしつつ、スノーフィアは武彦を部屋へ引きずり込むことに成功、約束していた宅飲み会を開始した。
「グラス用意とかしてくんなくていい。むしろなんもすんな。なんかしたらマジで俺、自害して果てっからな」
 とりあえずシーツをかぶって体を隠したスノーフィアへ言っておいて、第三のビール缶を呷る。最近の銘柄はかなり出来がよく、ビールらしい味を再現しつつ独特のキレを実現していていい。
「自害して果てるって……私、そんなに“なし”ですか?」
 無意識に体をくねらせつつ、スノーフィアはシーツの裏で床に「の」の字を描く。このアクションの古さは、中身がおじさんならではといったところだろう。
「だから“しな”作んなって! クィーンってあれだろ? 女王様なんだろ? もっとこう、しゃんとしてろよ」
 スノーフィアの事情はある程度説明されていたので、武彦も今さら無闇に騒いだりはしないが、それにしてもこれはないだろう。なんて抗議を含めたりもせず。
「そちらのほうがお好みですか?」
「うん、ちがう」
 包装紙を丸めたツッコミ棒でぺしん。スノーフィアの頭を叩き、武彦は深いため息をつく。
「俺、コスプレとか興味ねぇし、姉さんとは飲み友でいいんだって」
「あ、それでしたらワカ――」
「下ネタも禁止な」
 ぺしん。はたいておいて、武彦は不機嫌に缶を空ける。
 チャンスです! スノーフィアは高い敏捷値を利して武彦にとがめられるより早く立ち上がり、「お酒、持ってきますね!」。そして。
「うっかりシーツに足を引っかけたせいで滑りましたー!」
 説明しながらつるっと滑り、シーツを放り出しながらえろいやらしいポーズを決める!
「トラブルを装っても無駄だぜ?」
 武彦は両目を手で覆い、見ザルの構え。
 ならば!
「ああ〜ん、いたぁい。草間さん、さすってくださらない〜?」
 スノーフィアは艶めかしいポーズで床へ這い、甘い声をあげてみたが。
「なに言ってんのか知らねぇが、無駄だ無駄」
 目をつぶったまま聞かザルの構えでガードする武彦。
「サキュバスは男子をたぶらかさないと死ぬ生き物ですよ!? 私がたぶらかせる男子のアテなんて草間さんしかないんですから、ちょっとがっつりたぶらかされたらいいじゃないですか!」
 構えを解いた武彦は、それはもう疲れた顔を左右へ振り振り。
「普段の姉さんはよ、どうしようもなく残念なんだぜ? そいつをずーっと見てきた俺が、今から思春期のガキみてぇにがんばれなくねぇ?」
 ぐぅの音も出ない! スノーフィアは自分がやらかしてきたあれこれを思い出し、サキュバス関係なく悶絶する。お酒ってやつはほんとに怖いですよね! やめる気まったくありませんけど!
「おっしゃることはよくわかります。わかりますけど……それはそれ、これはこれということでどうでしょう?」
「よし、わかった」
 ぱんと膝を打ち、武彦は立ち上がる。
 え、まさか、始まっちゃいます? サキュバスのクィーンが綴るにふさわしい淫靡な千夜一夜物語が!
 わくわく盛り上がるスノーフィアの前に立った武彦が、どんと置いたものは。
「ハイボール用として人気の和物ウイスキー、その業務用5リットルペットボトル、ですね?」
 さすがにいきなりこれは。などとくわしく表記できないことを考えるスノーフィアに、武彦はやさしく言ったものだ。
「姉さん、飲みが足りてねぇんだ。飲んで忘れちまおうぜ、なんだっけ、サキュバスの本能とかっての」

 果たして武彦が作った濃いめのハイボールをリットル単位で飲まされたあげく、結局なにもかもどうでもよくなるスノーフィアだった。
 いや、後にいくつかの意味で目覚め、我に返った彼女へはどうでもよくないあれこれが襲いかかってきたりするのだが、それはまた別のお話である。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年01月27日

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