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『舞い踊る蝶は心か否か?』
柞原 典la3876

 何処かから風に乗って何かが燻る匂いが漂う。少なくともその対象は人間ではないに違いない。自分たちが到着したとき既に避難誘導は済んでいたし、同業者内でも有名なライセンサーがいるらしく、排除のほうもとんとん拍子に進んでいるくらいだった。ただいつもの任務と違うのは――と冷静に、いっそ他人事のように状況把握に努めていた柞原 典(la3876)は味方の一人が劣勢とみると時間稼ぎに左手でホルスターから拳銃を抜き数発発砲。手早く収めて太刀を両手で持ち直し、援護先とは別の味方に押される形で近付いてきた一体に肉薄した。ナイトメアも典の接近に気付き、ぐるりとこちらへと向き直る。巨大だが、SALFでは小型と分類されるタイプだ。蜘蛛に似た形状も相まって典と同程度のキャリアを持つライセンサーの中にはこの距離で戦うのを恐れてしまう者もいるという。しかし典は平然とその巨躯のどこを斬るべきか見定めていた。人と話す際のにこやかさは鳴りを潜めて、されど義憤に燃えるなどという感情とも遥かかけ離れている。
(死んだらそん時やいうても、しょーもない死に方だけは嫌やわ)
 典が戦いに身を投じるとき、思うのはいつもその程度のことだ。眼前に損傷した脚の一本を斬りあげる赤、それと視界の隅に淡い蒼が揺らめいた。体勢を崩し反撃に出るのが遅れたところで既に刃を構え直している。刺し貫くという意志を得物が増幅、そして現実に変えた。脚があった箇所から懐に潜って背甲の脇に深く切っ先を食い込ませ、下敷きになる前に引き抜き下がる。そして溜め息をつくと、次は無造作に斜め後ろへとナイフを投げた。振り向くと同時にヒッと小さく悲鳴があがる。その足元すれすれの場所に銀が閃いていた。
「当てる気やったんやけどな。外してしもたわ」
 普段通りの淡々としつつものんびりとした調子で言い、片手で持つには重い太刀を携えたまま、ゆっくり近付いていく。今回の任務のいつもと違う点とはこの襲撃にあるレヴェルの一派が絡んでいることだった。裏切り者の誹りを受けても人間は人間。だから戦うことに躊躇するライセンサーは多い。いい人ばかりなのが原因だ。しかし典は彼らとは違う。老若男女の別なく必要なら迷わずに力を振るう。一般人を装い腰を抜かして、けれど目はぎらつく女を見下ろし、意図的に隙を作る。そうして襲いかかってきた相手を典は容赦なく己の得意技を用い捕縛したのだった。

「なんで蝶なんやろ」
 そんな独り言が零れたのは、掃討を確認して味方の怪我を癒しているときだった。敵の障壁を剥がすのとは違うがこれもIMDありきのスキル、EXISを媒介する為に典の周囲には再び蝶が飛び交う。回復するのに必ずしも使う必要はないが、このほうが効率的だ。
 トリガー的役割も持つEXISの使用時には身体的な変化や局所的な現象が起きるライセンサーがいる。典は後者でふらふら本物同然に動く蝶は、しかし炎で出来ているかのような身体を持っていた。また見慣れているライターの火とは違い色は蒼だ。煙草は惰性で吸っているだけで蝶自体も別に好きではないと、意識しているから現れている訳ではない。心当たりがないのにこうも具体的に見えると、薄気味悪く感じるものだ。一応は自分自身のことなので、幻想的で綺麗などと情緒を感じることもない。
 今まで考えなかった事柄に気付いて、頭の片隅に残る。きっかけはその程度のことだった。

「蝶、蝶と――」
 この静かな空間でも誰の耳にも届かないような声で呟きつつ、自分の目の高さより若干低い位置から左へ右へ視線を動かし、背表紙に書かれた字をざっと追っていく。たまの休日、典が一人でやってきたのは自宅近くにある図書館だった。来る者は拒まない性質とはいえ、日がな一日、女と一緒にいる訳でもなし、人並み程度に外出もする。一週間程前に疑問を呈して以降、喉の奥に刺さった小骨に似た引っ掛かりがあり、もう一週間もすれば興味が失せるはずだとも思ったが、暇を持て余したので調べてみることにしたのだ。知識は話のネタにもなるのであって困るものでもない。そうして適当に蝶について書かれた本を数冊見繕うと空いた席に陣取って、パラパラとページを捲った。学生も今日日図書館で勉強はしないようで年寄りの姿が目につく。
 幾らかはいつか何処かで聞いたことのある知識だったが、詳しく調べるのは初めてなので知らなかったことも多い。例えば古来より生死にまつわる伝承が数多存在し、人との観念的な結びつきが強いこと。宗教や海外における言い伝えは不死や復活と、人智を超越した象徴的存在として語られる場合が多いのに対し、自身の生まれ故郷である日本では死者の魂が乗り移ったものであるとか、黒猫の迷信のように死の前兆とされるなど、真逆のイメージの伝承も多く散見される。同じチョウ目なのに蛾は嫌われる一方で、標本の花形にも等しくモチーフとして扱えば女の受けもいい。綺麗と持て囃す癖に不気味と遠ざけたり、人間なんて所詮身勝手なものである。
(まあ、結局そないなことなんて、蝶はどうでもええんやろうけど)
 ナイトメアが捕食したがるからヒトは高度な生命体など傲慢な論理だ。考える脳があるのが幸福とは限らない。
 蝶は中国由来の名称で、古くは“かはひらこ”などの大和言葉があったようだが、今では日常的に使われることもないらしい。何故そう呼ばれていたのかも諸説あって明確に定義付けられないという。面白いのはこれだけ身近でありながら、万葉集に蝶を詠んだ歌がないことだ。昔は忌み言葉だったのか。
 ――美しいと感じればこそ、かえって人ならぬ存在と恐れを抱く。
 そういった趣旨の見解を示す専門家もいる。その一文に目を通した典が覚えたのは、不意の既視感だった。遠ざかったはずの記憶の、典に強引に迫ってきた女の親友が吐いた台詞がよぎる。――あの子はあなたに夢中だけど、私はあなたが恐ろしい。その目で見つめられるとたまらなく怖いの。まるで化かされている気分になる。そう言ってずっと、目を合わせなかった。他にも似たようなことを言う女は何人かいたし、唐突に愛情とやらが憎悪に反転することも珍しくない。どうでもいいと忘れていた過去を思い出し、ふと煙草を吸いたくなって息をつく。そこでふっと興味は薄れ、典は本を閉じた。面倒臭くなりつつも、集めた本を抱え、元の場所に戻そうとしたが、どこからともなく現れた司書が代わりに戻しておきますと言って微笑んだ。淡く頬が色付く典よりも少し若そうな女。
「おおきに。急がんとあかんから、遠慮なく嬢さんに任させてもらうわ」
 にこやかな笑みを浮かべて言い、世間話に持ち込まれる前に退散する。勿論急ぎの用事などなく、ただ話しかけ難くする為の方便である。選り好みする気はないが今はそんな気分でもない。終業時まで待たされるのも勘弁だ。
 蝶について知ることは出来たが、EXIS使用時の現象との因果関係は未だ不明のまま。しかしつまるところ答えの出る問題でもないだろう。結局はそうと割り切る他になく、典は図書館を出て歩きながら、ふわりと小さく欠伸を零した。と、不意に懐のスマホが振動し、見れば近頃関わりのある女からの誘いの連絡が来ていた。あまり時間が潰せなかったので応えるのも悪くはない。一旦カフェか何処かで間を置いてから返信しようと思い、典は適当な店を探す為に建物を出た。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
基本はお教え頂いた情報をざっくりなぞる形ですが、
美しいから恐ろしく感じるという部分は典さんにも
通じるかなと思ったのでちょっと過去を捏造しつつ、
しかし真相は闇の中といった感じに収めてみました。
イラストの美しさだったり、太刀の綺麗な説明文を
少しも反映出来ていなくて、無念な限りなのですが
対レヴェルにめちゃくちゃ強そうだなという印象を
申し訳程度でも表現出来て個人的には満足してます。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年01月28日

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