▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『リバースな戦い』
常陸 祭莉la0023)&六波羅 愛未la3562

 ……ここ、危険とか、ある?。
 常陸 祭莉(la0023)は首を傾げ、疑問符を飛ばす。
 危険へ対処せよとの連絡を受けて駆けつけたはいいが、どう見ても盛況なイベント会場でしかない。
 誤報かな? だったら。
 待機所――電車のシートの端――で仮眠しながら待とう。帰るわけじゃないから、命令違反にもならないし。
 というわけで、くるーっと回れ右した祭莉だったが。
「はいいらっしゃ〜い」
 硬い胸板に鼻先を弾かれ「……!」、痛みに思わずうずくまると――眼前を塞ぐ二本の足は、わざわざピンヒール仕様にしたレザーシューズを履いていて。
 いや、見るまでもなく聞いた瞬間にわかっていたのだ。自分をここへ呼びつけ、こうして逃げ道を塞いでいるのが誰か。
「ロク、ハラ……!」
「はいどうも、あなたの左が定位置です♪ の、僕だよー」
 顔を上げた祭莉へ、六波羅 愛未(la3562)が手を伸べてきた。
 それを無視して祭莉は立ち上がり、愛未を大きくよけて歩き出す。
「って、行かせないよ」
 愛未の長い腕が祭莉の胴へ巻きつき、止めた。跳ね上がる嫌悪感にまかせて思いきり振りほどこうとする祭莉だったが。
「いやいや、任務はほんとだよ。もっとも“お賃金”は出ないけどね」
 オチンギン……彼の言葉に、会場の一部がざわり! いや、お賃金なんて別になんでもない単語だろう?
 ひとり悩む祭莉を横に置いたまま、愛未はひらひら手を振った。その先には見覚えのあるSALFの女性職員がいて。
「そろそろ現実を弁えようか。ここは同人誌の即売会場で、常陸君と僕はSALFの有志が出してるブースの手伝いに呼ばれたのさ」
「!? ボク……知らな」
「知ってたら来ないでしょ。だから彼女にウソついてもらったわけ」
 ウソをつくのは愛未の常套だから気にしないとして、問題は女性職員だ。なぜ顔を知っている程度の祭莉を、彼女がためらいなく騙す?
 ぐるぐるする祭莉へ流し目をくれ、愛未は少年を急かして歩き出した。
「ま、すぐにわかるよ。全部、いや、全部以上にね」

 SALFをテーマにした即売会で、現役職員が売る紹介同人誌! という触れ込みで売られている本は、結構な速度で売れていく。
 それにしてもだ。同人誌というものの存在は知っていても、周囲からそれとなくブロックされてきたこともあって、まるで詳しくなかった。だからこそ、1パージあたり10円では収まらない本が売れていく事実も、そういうものなんだろうと思うよりない。
「常陸君、こっちはもう売り切れそうだし、会場見て回ってきたら? こういうとこに入るのは初めてだろう?」
 愛未がさらりと促してくる。従う形になるのは不本意だったが、祭莉も騙されてとはいえちゃんと手伝ったし、希有な機会でもあるし。
「……行って、くる」
 その背を笑顔で見送った愛未へ、職員は言ったものだ。六波羅さん、性格悪いですよね。
「性格以外も褒められたもんじゃないけど」
 言い置いて、愛未もまた立ち上がった。

 テーマはひとつだが、人の興味は様々だ。アサルトコアやキャリアーといったメカもの、これまでに出現したナイトメアまとめ、特定のライセンサーのファンブック的なものなど、内容の多彩さに驚かされる。
 なんとなく立ち寄ってはぱらぱら立ち読みながら、祭莉は流れ、流れ、流れ。ふと気づく。
 なんだろう、空気が、変わった気がする。というよりも、やばいにおいが濃くなったというか。いつの間にか周囲が女性ばかりになっていて、こちらをやけにチラ見してくるのも居心地が悪い。
「あ、常陸君。これはいいところで会ったね」
 遭遇した愛未が手を振ってくる。
 背を向けて逃げ出すことも考えたが、目線を切れば先ほどのように掴まれる危険がある。
 そろそろと歩を進め、愛未の手が届かない横側をすり抜けようとした祭莉だが。
 ……背中、怖い。なんでこんな圧力、感じるんだ?
 愛未のいるブースと通路を挟んで向かい側のブース前を祭莉は横切っているわけだが、そのブースの売り手が彼の背中を凝視しているのだ。それどころか、その横に並ぶ別ブースの売り手たち、向かい側の売り手たちまでもが。
 祭莉が圧に押されてもたついている間に近づいてきた愛未が、買ったばかりの本を拡げてみせた。
「いやー、まさかナマモノのシマに常陸君ご降臨とはね。ほら、純愛ものだって」
 純愛? とまどう祭莉へ突き出されたのは、マンガだ。なにやらジト目のかわいいキャラが、長髪の美男に抱きすくめられている。
「別に、おかしくない……だろ。恋愛もの、なんだし……」
 しかし、わざわざ見せに来ることが怪しい。なにを企んでいるのだ、この最悪に性格のねじくれた年寄りは?
 いぶかしげな祭莉の視線をにこやかな笑みで弾き飛ばし、愛未は大げさに肩をすくめてみせて。
「ああ、絵を見ただけじゃわからないね。読んであげよう」
 艶めく低音で語り出した。
「誰にも見せない。幻(み)ることも赦さない。君を映すものは、僕の眼だけでいい。そうだろう、――ああ、祭莉。君がそうあって欲しいと願うなら、誓え。君を泣かせて鳴かせることしかできない僕に、心の底を晒して」
 祭莉? あわてて長髪キャラのセリフを見てみれば、確かにきっちり漢字で祭莉と呼んでいた。しかもだ。背中から組み伏せられたジト目キャラが床へ這い、情熱的な長ゼリフを流暢に唱えあげたあげく「愛未!」とか叫んでいたり。
「……これ、これ……これ」
「うん、僕と君だね。お互いの呼び方がちがってるって訂正しておいたから、二版からは修正してもらえるよ」
 うん、そうじゃない。
 祭莉が思う純愛はこんなエロイヤラシクないし、そもそも祭莉と愛未は純愛も絶愛もしないし。
「最近SALFも認知度と好感度が上がってきてるからね。アイドルみたいに思ってくれる人もいるわけさ」
「……でも、こん、な」
 ニュースなどでライセンサーの活動が映ることもある。同じ依頼に入っていたところを映されれば、ふたりの姿を同時に見る者もあるだろうが……それにしてもだ。
 すべてを心得た顔で愛未は、なにひとつ心得ていない祭莉へ語る。
「知らないのかい、ナマモノ。実在の人物を題材にしたジャンルさ。こっそりやるのがマナーだそうだけど、まあ、本人が見つけちゃったからね」
 ぞくり。今まで以上の圧を感じて周囲を見渡せば――お腐りになられた女性諸氏が、おそろしくぬるい目でこちらを凝視していた。
 それはそうだろう。なにせ題材にした片割れがわざわざ本をお買い上げ、敵方(あいかた)を前に朗読までかましてくれたのだから。誘われたら迷わずいただく、それが腐界の掟である。
「でも、僕、は……」
「君が本音をぶちまけたらSALFの好感度も下がるだろうねぇ。怖いよアンチは」
 愛未のそれは極論だが、真実を含んでもいる。それがわかるからこそ、祭莉はぐぅ、言葉を詰めるよりなかった。
「賢しい子は話が早い。さ、社会勉強のお時間だよ、お姫様?」
 煽られているのは明白だが、踵を返した瞬間、敗北は確定する。祭莉はなけなしの覚悟をかき集めて脚へ詰め込み、踏ん張った。
「……ボクは、逃げない」
 この一連の会話、腐った人たちによってスマホに書き留められたり、スケブにラフを描かれたりなんだりしていたのだが、ともあれ。
 祭莉の一方的な社会勉強勝負は始まったのだ。

「任務でナイトメアに捕まって辱められた常陸君が、救いに来た僕へ癒やしのキスをおねだりする話だって」
「気持ち、悪い。そんなの……ありえない」

「こっちは常陸君が男子校の問題児で、僕が臨時教師。当然反発する君が、徐々に僕へ心を開いて、最後には心も体もすがっちゃうストーリーだね」
「……設定が、おかしい。ライセンサー、じゃないし、第一、ロクハラ……臨時教師って、歳じゃ、ないし」

「監禁拘束陵辱ものだって、すごいねー。僕の部屋はこんなに趣味悪くないけど、常陸君を縛っておくならこんな感じのほうがいいのかな」
「……ヤバいヤバい。なに? なにこれ……なに?」
「あ、これR18だった。常陸君、18歳になってたよね?」
「なってる、けど……って、今までの、全年齢対象、だったの……?」

「……怖い」
 会場の隅でへなへな崩れ落ちる祭莉。
 知識がないからこそ、彼は甘く見ていたのだ。ナマモノBLの深淵っぷりを。
 直接的な行為のあるなしで対象年齢が変わるだけで、設定とシチュエーションは描き手の欲次第。これはナマモノに限らない話で、描き手の戦歴が増すほど欲もまた増し、ありえない方向へ曲がっていくものだ。
「おーい常陸君、大丈夫?」
 上でひらひら振られる愛未の手には、たっぷりの揶揄が含められていた。感情が液化する世界だったなら、指先から降り注いだことだろう。
 祭莉は歯を食いしばって立ち上がり、薄氷さながらな仏頂面を仇敵へと突きつけて。
「……どうして、ボクばっかり、ロクハラに……やられる?」
「やられるとか、ちょっとお勉強しすぎ? まあ、左は僕ってのが王道カプみたいだね」
 ×の左は攻めで右が受け。誘いだのやんちゃだの弱気だのと枕詞は変われども、その立場ばかりは変わることなし。どの本でも祭莉は愛未に“愛される”側だった。
「しかしねぇ。お話はいいけど、僕らがやらされてることは碌でもないよね。正義のヒーローが悪者にやられちまうとかさ」
 かちん。祭莉の頭の隅で硬い音が響く。
 そうだ。祭莉は正義のヒーローを目ざす少年なのだ。
 それがこうも簡単に悪の中年に体と心を蹂躙されて、それどころか受け容れてすがりつくなんてありえない。
「……ちょっと、待ってて」
 青い顔のままサークルが並ぶ島へ突撃していく祭莉の背へ苦笑を向け、愛未は息をついた。なに考えついたのかは丸わかりだけどね、それ、悪手だぜ?
 が、どう転んでもおもしろくなりそうなので呼び止めないところがまた、性格の悪い大人ならではである。

 無表情ながらどこか浮き立つ感じで戻ってきた祭莉がふんす、一冊の本を愛未へ突きつけた。
「なにこれ?」
「……ボクが、ロクハラに……勝つ、話」
 祭莉が開いたページでは、確かに愛未が彼に押し倒され、喉元に回転式拳銃を突きつけられていた。どうやらその立場は逆転する様子もないのだが――しかし。
「あー、これ、逆カプだ」
「え……?」
「王道カップリングの右と左を引っくり返したやつなんだけど、まあ、大概は成年向けだよね」
 言われて最後までめくってみれば、それはもうごりごりの濡場が!
 サークルの人にがんばって聞き回り、やっと見つけた「祭莉が愛未に痛い目を見せる本」、つまりはそういうことだったようで。せめて最後まで確認してくるべきだった。
「これ、ちゃんとお買い上げしてきたの?」
 ぼんやりとかぶりを振る祭莉。差し上げます! と売り手が言ってくれたので、ありがたくもらってきたのだ。
「じゃ、せめて僕もお礼はしとかないとね。どこのサークルさん?」
 愛未に追い立てられ、祭莉は呆然としたまま連れて行く。頭が少しでも働いていたら警戒くらいはできただろうに。後悔するのは2分後のことだ。

「この子に大事な売り物をプレゼントしてくれたって聞いたから、お礼に来たんだ」
 ぎやー。きゃーでもぎゃーでもなく、ぎやー。野太い雌叫びをあげる売り手にウインクしてみせた愛未は、なにやら指先でなにかを示しておいて。
「はい、常陸君ぎゅ〜」
 それはもうやさしく、祭莉を抱きしめた。
「あ……な……ロ……」
 あ、え、ええ!? なに、ロクハラ!? 音にできた頭文字がまたなんとなくアレなのはさておき。売り手は愛未に指示された通りスマホを構えて超連写。
 周囲を埋めていたご本人来場を知っていた腐女子も、コスプレかなにかと思って視線を向けていた腐女子も、巨匠の表情でふたりの様を激写していたりして。
「せめてプライスレスなお礼くらいはしとこうかなって。だってこういうのが喜ばれるんじゃないの? ちがう?」
 大悦び(喜びではない)です!! 応える売り手の声と「だよねぇ、楽しいよね」と笑う愛未の声が真っ白な頭に反響する中、立ち尽くすよりない祭莉は胸の内でつぶやくのだ。
 ……ボクはぜんぜん、楽しく、ない。

 このSALFをテーマにした即売会は終了後、一部の腐界にたまらない伝説を残すことになるのだが――とある少年のため、これ以上は語らずにおこう。


パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年01月28日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.