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『今日も美しい花が咲く』
瀧澤・直生8946)&香月・颯(8947)

 渋谷にある花屋フォーチュンは、最近巷で話題になっている。
 今日も何人もの客が訪れ、店内は賑わっていた。しかし、客が増えるとその分面倒事も起こりやすくなるものである。
 店員の一人、瀧澤・直生(8946)は作業をしながら、営業スマイルを浮かべている青年の方をちらりと見やった。三人で営んでいる花屋だが、今日は一人は休暇をとっている。直生の視線の先で微笑んでいるのは、店長でもある香月・颯(8947)だ。
 彼の温和な性格をそのまま映し出したかのような穏やかな微笑みは、客達の視線を当然のようにさらっていた。接客トークや態度も完璧だ。花ではなく、颯目当てにこの店を訪れる客も多いくらいであった。
 けれど、完璧すぎる故の不運というべきか。直生は、今まさに颯に話しかけている女性客を見て胸中で溜息を吐く。
 彼女の隣には、同じ年頃の男性客が立っていた。雰囲気からして彼女の恋人なのだろう。最初の内は、店内に砂糖をぶちまけたのかと疑いたくなる程に甘ったるい雰囲気を醸し出しながら仲良く二人で一緒に花を選んでいたはずだ。
 けれど、颯の姿を目にした途端、女性はすっかり彼に夢中になってしまったらしい。思わずといった様子で彼へと話しかけた彼女は、隣に立つ恋人の事など忘れて、それからずっと夢中で颯と話をしている。
(目にハートが浮かんでやがるな……)
 初めの内は花の説明に感心したり花について聞いたりしていた女性客だったが、欲望を抑えきれなかったのか、「恋人はいるのか」とか「休日は何をしているのか」とか颯のプライベートに踏み込む質問までし始めていた。
 そのたびに、花から逸れそうになる話題を相手が疑問に思わないようにそっと自然に花の話題へと戻していく颯は、さすがの手腕だ。何かと人にビビられる事の多い自分は、あの接客術を参考にした方が良いだろう。と、直生は改めて尊敬の念を抱く。
(店長の接客は相変わらず完璧だな。でも、これ……ちょっとやべーかも)
 しかし、完璧であればある程、気に食わないと思う者はいるものだ。
 入店した時に組んでいた腕を離され、彼女に何と声をかけても適当に返されるだけになり、店内を所在なさげに見回す事しか出来ない男性客。彼からして見たら、彼女が夢中になっている相手が立派であればある程やりきれない気持ちだろう。
 不機嫌そうだった男性客の瞳が、一層鋭いものになっていく。その瞳に颯は気付いていながらも、動揺する事もなく笑みを浮かべたまま接客を続けていた。
「あの……」
 気付いた時には、直生は男性客の元へと向かっていた。何の落ち度もない店長に、厳しい視線が向けられてしまうかと思うと、居ても立ってもいられなくなったのだ。
 カップルの片割れの男性は、訝しげな様子で直生の方を見やる。彼女は直生が彼に声をかけた事にも気付かずに、未だ颯との話に夢中になっていた。
(それに、このままこの二人がうちの店で嫌な雰囲気になって帰ってくのもあれだしな。店長みたいに、上手く出来る自信はねぇけど……俺がやるしかねぇ)
 意を決して、直生は口を開く。
「今日は、どのような花をお探しですか?」
 直生の問いかけに、男の目が一瞬驚いたように瞬いた。花屋の店員が口にするとしたら自然な言葉だが、恋人ではなく自分へと声をかけてきた事が予想外だったらしい。
 確かに、このカップルが購入する予定の花に関しては、今もまさに女性客の方が店長にしつこい程聞いてはいる。しかし直生は、彼女に放って置かれたままの男性客のフォローをするために彼の事を見ている時に、一つ気になった事があったのだ。
「あの、何か探しているようでしたから……。お探しの花があるなら、俺、見つけてきますよ」
 所在なさげに佇みながらも店内を見回す彼の姿は、何もする事がないからというよりも、何かを探しているように見えたのだ。
(こういう客に対して、店長はいつもすぐ声をかけにいくしな……)
 今回は女性客の対応に追われてしまっているが、もし彼女がいなかったら颯は真っ先に彼に「何か探している花があるのでは」と声をかけていた事だろう。
 図星だったのか、男性客は小さな声で言葉を返す。まるで内緒話をするようなその声は、他人に話す事に対する照れもあるだろうが、恋人に聞こえないように気を使っているように直生には聞こえた。
 このカップルは共通の友人に贈る祝いの花を買いにきたようだが、男性客はこっそりと恋人のためにも花を買おうとしているらしい。記念日が近いため、彼女と初デートで行った公園に咲いていた思い出の花をプレゼントしたいのだという。
 花など、不良だった頃に誰かに贈ろうだなんて思った事はない。けれど、今は自分の気持ちを相手へと形にして贈る事が出来るものだという事を、直生はよく知っていた。
 花屋は、その手伝いが出来る仕事だ。いつも、店長が客に向かい浮かべる穏やかな微笑みと、彼の唇が紡ぐ花の種類と接客の態度を直生は思い出す。
 もともと花に興味があるわけでもない男性の説明は不十分だったが、直生は何とか少ない情報から目当ての花を探し出してみせた。
 思わず、「この花です」と呟いた男性客の声は、喜びを隠しきれなかったのか店内に予想以上に響き渡り、女性客も思わず振り返ってしまう。
 一瞬気まずい空気になりかけたものの、彼女は男性客の手の中にあるのが思い出の花だと気付いたらしく、懐かしそうに笑みを浮かべた。
「この花でしたら、ブーケにしてみるのはいかがでしょうか?」
 不器用ながらも、精一杯直生は接客を続ける。そんな直生をアシストするかのように、颯がブーケの載ったカタログを客へと見せた。
 仲直りをした様子のカップルはその後も幾つか質問をしてきたが、互いを補うように回答する二人の言葉にそのブーケをすっかり気に入ったらしく、購入を決めるのであった。

 ◆

「ありがとうございました」
「っした。……はぁ、なんとか無事に終わった」
 来店した時のように、また仲良さそうに腕を組みながら退店して行った男女を二人は見送る。店で修羅場になるという最悪な事態を避けられた事に、ホッと胸を撫で下ろした直生に、笑みを深めた颯が声をかけた。
「頑張りましたね。直生さんなら、彼の対応をしてくださると信じてましたよ。ありがとうございます」
「いや、俺の方がいつも店長には助けてもらってるし。……三年前だって、そうだったじゃねーか」
「三年前というと、僕と直生さんと初めて会った時ですか? 懐かしいですね」
 三年前、互いに出会った時の事を二人は脳裏に浮かべる。
 グレて喧嘩に明け暮れていた直生が、颯に出会ったのも喧嘩の最中であった。喧嘩をしていた直生を助け、お説教をしてきた颯の姿を直生は忘れる事はないだろう。
 あれはまさしく人生の転機であり、運命の出会いに違いなかった。運命の名を冠する花屋で働くようになったのも、直生からしたらまさに運命的な事だ。
 あれから三年。もう三年かとも思うし、まだ三年しか経っていないのかとも思う。
 喧嘩慣れした手は、今は颯と同じように美しい花を優しく包んでいた。こうやって、営業中にお互いの事をフォローし合った事も、初めての事ではない。
「頼りにしていますよ。これからもよろしくお願いします。直生さん」
「ああ、よろしく頼むぜ。店長」
 温和な青年と、不良の青年。一見正反対な二人の運命は気付いた時には交わり、今では破れ鍋に綴じ蓋という言葉がぴったりな程相性の良い関係になっていた。

 ◆

 渋谷にある花屋フォーチュンは、最近巷で話題になっている。花の品揃えや接客ももちろん人気の理由ではあるのだが、何より人々の興味をひいたのは魅力に溢れる店員達の姿だろう。
 完璧な営業スマイルで接客してくれる店長と、一見人をビビらせる雰囲気を醸し出しつつもその顔立ちの良さから実は彼目当てのリピーターも多い店員。
 店のどの花よりも人々を魅了する美形達は、抜群のコンビネーションで互いをフォローし合い、今日も客に笑顔を与えていた。
「いらっしゃいませ」
 訪れた客に向かって放たれた二つの声が、綺麗にハモる。
 常連客であるその客に相変わらずの仲の良さだと指摘され、二人はしばし互いに見つめ合った後、花が咲いたように笑うのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
互いを理解し合っているお二人の日常の一幕、このような感じのお話になりましたがいかがでしたでしょうか。お二方のお気に召すものになっていましたら幸いです。
何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。またいつか機会がありましたら、その時は是非よろしくお願いいたします!
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東京怪談
2020年01月29日

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