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『Day of prayer for』
クラン・クィールスka6605

 故郷へ続く一本道は、往来が絶え草が伸び、獣道のようになっていた。
 記憶の景色とあまりに異なる眺めを前に、気付けば足が止まっていた。

 一歩、踏み出す。

 胸まである草を分け、泳ぐように進んでいく。
 見た目こそ変わってしまったが、記憶通りに現れる緩やかな曲り道や小さな坂。
 歩を進めるごとに、かつてこの道が自分の家路だったという実感が湧いてくる。
 事実の積み重ねである"記憶"に、匂いや手触りを伴う"思い出"が重なっていくような、そんな感覚。
 久方ぶりに故郷へ帰る人は、多かれ少なかれそんな感慨を抱くのかもしれない。
 それでも、『おかえり』と出迎えてくれる家族や友人と語らう内に、じきに紛れてしまうのだろうが。

 草の最後の一群を分けると、開けた場所に出た。
 傾き焦げた道標。その奥に連なる朽ちかけの廃墟。ひと気はなく、乾いた風が吹き過ぎる。

「――ただいま」

 応えはないと知りつつ、クラン・クィールス(ka6605)はぽつりと呟いた。


(久しぶりだが……不思議なほど変わっていないな)

 歪虚に滅ぼされた故郷の村は、時の流れから取り残されていたかのようだった。
 草木は野放図に茂りあらゆる物が色褪せているが、そういった自然の侵食を除けばほぼあの日のまま。人の手が入った形跡がないのだ。
 散り散りになった僅かな生存者達は、誰も訪れていないらしい。――今日までクラン自身がそうであったように。
 歪虚による襲撃は、抗えぬ災害のようなもの。
 その厭わしい爪痕が残る村だ。大事な思い出は勿論あるが、筆舌に尽くしがたい苦痛と無念の記憶もある。村へ再び足を踏み入れれば、どうしたって辛い記憶を突きつけられる。戻る気になれないのも致し方ない。
 だがその爪痕があるがため、賊や盗人に荒らされずに済んでいた。
 まるで、いつか帰郷者が現れるのを待ちわびながら、草の海に抱かれて眠っていたかのよう。

(来た所で辛いだけ……そう思い、今の今まで帰って来ることが出来なかった。……それでも、今日こうして戻って来たのは……、)

 ようやく帰郷を果たした理由のひとつは、弔いのため。
 静まり返った村の中、思い出の欠片を拾って歩く。
 草むらに落ちていたのは、鍍金の剥がれた耳飾り。逃げ惑う最中で落としたものだろうか。
 井戸のところでは鍵を、店の傍では壊れた眼鏡を見つけた。朧気に見覚えがある気がするが、誰の物かまでは思い出せないまま大事に拾い集める。村の誰かが大切にしていた物には違いないのだから。
 ところが、ある物を見つけ息を飲んだ。
 通りにぽつんと転がっている汚れたボールは、間違いなく友人の物。クランも何度となく一緒に遊んだ物だった。近付き、震える手を伸ばす。
 誰のものか判然としない物でもずしりと重みを感じていたのに、楽しかった思い出が詰まった物となると一入で。
 もう二度と会えない友人達の顔がありありと蘇り、幼い頃の自分達が遊ぶ姿を幻視する。皆の顔が幸福そうであればあるほど胸が詰まった。
 ここには人の営みがあったのだ。
 クランが愛し、クランを愛してくれた人々が、ここで、確かに生きていた。
 無残に奪われてしまうあの日まで、確かに――!
 固く眼を閉ざし、乱れた息を整える。

(……落ち着け。感傷に浸りに来たわけじゃないだろう……!
 全ての戦いを終えて……俺達は歪虚を倒し続け、未来を掴んだ。
 もうあの頃の俺とは違う。だからこそ、きちんと……)

 帰郷したもう一つの理由は、区切りをつけるため。
 哀しい記憶や自責の念と向き合うことは、酷く辛いことだ。
 けれど、哀しみに溺れ続けることと、哀しみ悼む気持ちを持ち続けることは違う。
 自責の念から自らを罰し続けることと、亡き家族友人に恥じぬよう自らを律することは違う。
 区切りとは、過去と決別することではないし、切り捨てることでも決してない。
 向き合い、折り合い、受け入れること。
 皆が辿り着けなかった今日という日を生きるクランが、明日へ、未来へ確りと歩き続けるために。

 ひとつ、深く息を吐き。
 ボールごと、幸せな思い出も哀しみもあるがまま胸に抱き上げた。


 拾って歩いた遺留物を、ひとところに集め丁寧に並べた。花を手向け手を合わす。
 思い出の品々に向かい、胸のロケットを握りしめながら、家族や友人にするようにそっと語りかける。

「今まで長いこと帰って来られなくて、ごめん。
 俺、ずっと謝りたかったんだ。あの時……村が襲われている間、何もできなかったこと」

 自然と口調が解ける。今でこそ寡黙なクランだが、元々そうだったわけではない。
 家族や周囲の人達に恵まれ、村の安寧な暮らしを享受していた少年にとって、外の世界はあまりに厳しい場所だった。過酷な経験の数々が、クランから笑顔や快活さを奪ってしまったのだ。

「あの後、俺は親戚の家へ引き取られたが……うまく行かなくて。まあ、あまり親戚を悪く言うものでもないよな……いや、皆にだからいい、のか?」

 初めての帰郷だ。聞いて欲しい話や、今まで誰にも話せず飲み込んできた話が沢山ある。一旦口を開くと止めどなく溢れてきた。
 親戚に引き取られて村をあとにしたものの、とても"家族"にはなれず、居たたまれず飛び出したこと。
 けれど生きる術を持たない子供が独り生き抜くのは、想像以上に困難だったこと。
 そうなってみて身にしみたのは、明日への不安を抱かず温かな寝床で眠れていた日々の得難さ、有り難さ。凍えて道端に蹲ろうと、誰にも顧みられない心細さや寄る辺なさ。
 手を差し伸べてくれた大人もいたけれど、信じて縋り裏切られ、逃れるためにこの手を汚したこと。以来誰にも心開かず、剣の腕を頼りに生きるようになったことも、全て。
 そこまでは淡々と、半ば急き立てられるように言葉を紡いでいたクランだったが、そこまで話し終えるとふっと表情を和らげる。

「……でも、悪いことばかりではなかった。俺、ハンターになったんだ。傭兵よりも危険な依頼ばかりだったが……友人と呼べる仲間ができた。『もう二度と他人なんて信じるものか』と思っていたのにな。
 それに……なにより、傍に居てくれる……傍に居たいと思った”温もり”を得た。かけがえのない存在と出会えたんだ」

 裏切られる痛みを知り、なるべく人を遠ざけるように生きていたクランの隣へ――心へ、ひょこりと入り込んできた彼女。自らも辛い経験をしていながら、優しく人懐こく、無邪気な顔でほわほわ笑う。そんな彼女の温もりが頑なだったクランの心を溶かし、いつしかなくてはならない大事な存在になっていた。

「俺の手は、沢山血に塗れ、汚れてしまっているが……それでも、この手を取ってくれた」

 だから、俺は大丈夫。
 彼女や仲間達と一緒に、きっと未来を歩んでいくから――。


 そう話を結ぶと、家族や友人を安心させるよう、仄かに微笑み頷いた。
 気付けば陽が落ち、辺りは暗くなり始めている。クランはもう一度手を合わせ、静かにその場を辞した。

 村の入口で振り返り、再び静寂と宵闇に包まれていく廃墟の町並みを目に焼き付ける。

「──辛いものだとしても。此処も、俺の大切な思い出の場所だから。
 ……またきっと、今度は恋人も連れてくるよ。だから……また」

 かつての家路を逆さに辿り、現在の帰路に着いたクランを、瞬き始めた一番星がさやかに照らしていた。





━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【登場人物】
クラン・クィールス(ka6605)/望む未来の為に

【ライターより】
お世話になっております。クランさんの初めての帰郷のお話、お届けします。
お届けできてホッとしております。再びご縁いただき誠にありがとうございました。
区切りをつけるため、辛い過去と向き合ったクランさん。男ですね。
これより先は、彼女さんやご友人達と沢山の幸せに恵まれますように。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。ご用命ありがとうございました。
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2020年01月29日

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