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『The stone statue 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)


 


 伸ばされた細く長い手がまるでプリマのようにその指先に至るまで美しく滑らかな曲線を描いてそれは佇んでいた。
 一流の彫刻家であってもこれほどまでに洗練された手指を表現できるか怪しいものだ。シリコンを使って型どりをした鋳造であってもこのようには再現出来まい。黒く長い髪の毛の一本一本までもが柔らかくなびいて見えて、櫛を通せばするりと梳く事が出来そうなほどで、それ以外も黒くなければいっそう石像などには見えなかったろう。この細さを石で表現できるものなのか。
 不透明でありながら黒ダイヤのように美しくカットされ、磨き上げられた表面は輝きに溢れ見る者を虜にして止まず、冷たく硬い表面は興奮によって起こる火照りを程良く冷まし心地よく馴染んで触れる者を離さずにいた。
 今にも目尻に溜まりそうな涙をそっと指をのばして拭ってあげたくなる。そんな悲痛な表情をした石像にシリューナ(PC3785)はこの日何度目かの溜息を吐いた。もちろん、嘆き悲しんで、というわけではない。
 触れれば冷たく硬いのに、柔らかそうにふっくらとして見える頬や、狂おしそうに息を吐き出しそうな薄く開いた唇など、名工ですらかくやと思われる程、精緻に造られた石像に心揺さぶられるが故である。
 ふわりと風をはらんで広がるスカートの、その下に覗くしなやかな足、楽しそうに軽やかなステップを踏んで踊るその姿と、ごめんなさいと助けてとが混在する悲嘆の表情とのギャップが何とも言えずそそられる。
 ともすれば、ふくよかに見える胸の膨らみに頬摺りしてしまうのも致し方のない事だろう。黒曜石のように輝く表面に映るシリューナ自身の影とその向こう側にあるあどけなくも色気をはらんだ鎖骨を指でなぞり、見上げた先にあるティレイラ(PC3733)の愛らしい表情に目を細めて、熱い溜息を吐きながらシリューナはこの石像が出来上がった経緯をぼんやり思い出した。
 それはかれこれ1ヶ月ほど遡る。


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「よし!」
 ティレイラはその扉の前で自分に気合いを入れるように声をあげた。手には箒と叩きを持っている。扉の向こうに広がるのは久しく足を踏み入れていない魔窟……もとい倉庫であった。そこにはシリューナが各地で買い漁……仕入れたものの一時預かりとなった魔法道具や何やかやが無造作に詰め込まれ埃を被っている。魔法を使えば掃除などあっという間であろうが、ここに至っては下手に魔力を放って中の魔法道具に干渉してしまう可能性の方が問題であった。変な魔法が発動して倉庫がゴミ屋敷のようになったり、もっと酷いことになったりしては適わない。そこはトレブルメーカーとしての自覚もなくはないティレイラであった。日々学習しているのである。
 掃除機の使用すらも諦めて、三角巾にマスクをしてエプロン姿でティレイラは完全手作業での掃除に挑んだのであった。
 叩きで埃を落としていく。
「結構溜まってるなあ……」
 久しくとは言いつつも買ってくる度に扉を開けては中に品物を放り込んでいるので手前はそれなりに奥へ進むほど埃が多い。この倉庫の主はこの中身をどれだけ把握しているのだろう、とつい肩を竦めたくなるほどだ。
 と、今にも白くけぶりそうな埃の量に辟易しながら叩きを振るっていると、ティレイラはそこに黒のガーメントケースを見つけた。何故か気になる。それが妙に主張してくるのは、スーツなどが入るような小さいものではないからだろうか。ドレスが入るようなサイズなのだ。つまり中身はドレスに違いない!
 どうしてこんなものがこんなところで埃を被っているのだろう、と思わなくはなかったが、誘惑に負けてティレイラがガーメントケースを開くと中から出てきたのは案の定イブニングドレスだった。
「え? なんで!? 可愛い!!」
 その可愛さはこんな倉庫で埃の中に埋もれさせておくにはただただ勿体ない程であった。後から思えばそこを突き詰めて何故日の目をみる事なくここにあるのかを確認しておくべきだったのだが、この時はそんな事にすら及びがつかないほどの好奇心が彼女の心を占めていたのである。
 或いはそれがこのドレスの悪魔的魅了であったのかもしれない。
 とにもかくにも。
 不思議な雰囲気の漂う白を基調にしつつも真珠のように虹色に輝くドレスを取り出し、ティレイラは自分に当ててみた。前面はミニのようだが、後ろにかけて裾が長くなるマーメイドスタイルのスカートにはふんだんにシルクのレースがあしらわれていた。
 着てみたい。いや、着なくては!
 半ば使命感に駆られて自室へ戻ると早速ティレイラはそのドレスに袖を通した。丸形の大きく開いた胸元、レースで作られたパフスリーブ、コルセットのように上半身を細く支えるウエストライン、大きく広がる幾重にもレースの重ねられたスカート。
 それは思いの外ぴったりで、もしかしてシリューナがティレイラのために誂えてそのまま忘れられ倉庫の肥やしになっていたのではと疑うレベルだった。
 姿見の前でポーズをとる。腰を振る度ふわっと跳ねるスカートの裾が可愛いらしくて、ついつい鼻歌が漏れ出てしまう。
 開いた胸元が寂しくて真珠のネックレスをつけてみた。半袖なのでドレスに合いそうなブレスレットやシュシュなども付けて、再び姿見の前で両手を広げてくるっと回転してみせる。スカートの後ろがふぁさっと音を立てて宙を舞い、アクセサリーが楽しげに踊った。
 我ながらよく似合う。
 とはいえ、シリューナがこっそりプレゼント用に置いていたものなら勝手に着ているのはまずいのでは。もう十分堪能したので戻しておこうと服を脱ぎかけた時だ。
「あれ?」
 と思わず声が漏れる。明らかにおかしい。背中のファスナーに伸ばしたつもりの手が何故か頭上に掲げられているのだ。それだけではない。逆の足がバレリーナよろしく後ろにすらりと伸びていた。自分の意志とは無関係に。
「え? ちょっ!?」
 自分の体であるのに自分の言うことを聞かず、両足が軽やかに宙を舞う。頭上に掲げられていた両手が着地に合わせてふわりと下ろされたかと思ったら前へ後ろへ伸ばされた。
「私、踊ってる?」
 視線を姿見に向けると、確かに体はそのように動いていて。
「なんでー!?」
 悲鳴にも似た声が出た。アクセサリーは前から所持して使っていたものであるから、考えられるのはこのドレスしかない。そう、ここへきて漸くティレイラはドレスが倉庫で埃を被っていた理由に思い至ったのだった。
「いやーん!!」
 脱がなきゃと慌てるが手足がうまく動かせない。滑らかに動く体は服を脱ぐ事を許さずただただダンスを続け、ティレイラは廊下へと文字通り踊り出された。
 普段はとらないようなポーズに柔軟性を求められ腰は悲鳴を上げ始めるのに「痛い痛い」と声をあげる事すらおぼつかず、体が意のままにならないのだからどうする事も出来なかった。
 程なく騒ぎに気づいて駆けつけたシリューナに助けてくれと目配せで懇願するしかなくて。
「おね……ぇ……さまっ……」
 息を切らしながらそう絞り出すのが精一杯であり、奇跡にも似ていた。


 ◇


 依頼客から処分を頼まれたのはいつだったか。周囲に不幸をまき散らす件のドレスの事をシリューナが思い出したのはティレイラがそれを着て踊り狂っている姿を見つけた時だった。
 なるほど、あのドレスがまき散らす不幸とはこういうものであったかと関心しつつも、優雅に舞うティレイラについつい見惚れてしまう。その一方で彼女の必死な形相には、処分を忘れていた事に多少の責任も感じないではないシリューナであった。
 当たり前の話だが死ぬまで踊らせていくわけにもいかないのだ。疲労困憊の態で「おね……ぇ……さまっ……」と息も絶え絶えに哀願されては助けないわけにはいかないだろう。
 直接解呪するには術式の確認が必要で、彼女の動きを止めなければ落ち着いて呪いを解くこともままならない。
「しょうがないわね」
 シリューナは小さく息を吐いて石化の呪文を唱えた。これは勝手にドレスを試着したティレイラへの戒めもこめている。
 ティレイラの体がドレスごと石化を始めた。
 大理石のようだった石がドレスの呪いによるものかファイングレインのように黒く染まっていく。
 足下から石に変わっていく自身にティレイラが許しを請うような顔をした。けれど、ドレスの力によってかその顔がシリューナの方を向く事はなかった。
 漆黒の石像と化したその横顔にシリューナは息を飲むほどの快感を覚えながら石像に歩み寄る。
 ドレスはこのまま粉々に砕いてやろうと思いながらも、そんな些末より目前のティレイラのオブジェに目を奪われ、シリューナはうっとりと手を伸ばしていた。石で出来ている筈なのに極細ワイヤーで仕上げられたような髪々、今にも震え出しそうな長い睫も触れれば柔らかく揺らめきそうである。
 ああ、それにも増して。
 驚いた顔をしたり慌てたり半泣きであったり、その表情はいつもと大きく変わる事なくそそられるものなのだが、何よりそのポーズがこれまでとは違う事にシリューナの感嘆の息は幾度も漏れ出した。
 踊りの途中、ステップを踏む事で、普段立っているだけでは現れない筋肉が浮かび上がっているのだ。それはいつも以上に引き締まった足を、スカートの下に覗かせていた。もちろん全力の抵抗によって力む事はこれまでにもあったが、そういうものとは違う。漆黒であるのに部屋の照明でしっかりと陰影を宿したその太股を思わず両手で覆うようにしてなぞってしまう程それはシリューナを惹きつけた。躍動する肢体のなんと美しい事か。それでいて艶もある。
 その刹那を見事なまでに切り取ってあるのだ。
 これは良い意味で大いなる誤算であったろう。
 同じ事は伸ばされ掲げられた両腕にもいえた。もちろんボディービルダーのようにはっきりくっきり筋肉が見て取れるわけではない。巨体を支え時に羽ばたかせる筋肉の鎧で覆われた竜の姿とは裏腹に、ティレイラのそれは程良く女性らしい丸みや柔らかさを帯びたものであったからだ。そしてそれが実に“いい”のであった。
 そこを流れ落ちる汗も、それが光を跳ね返し一際輝くのも、快活にダンスを踊る精彩に満ちた動きがあってこそだ。
 このフォルムを導き出せるのは発展途上の体を持て余すティレイラ自身が軽快に踊る姿でオブジェと化したからに他ならないだろう。
 両足や両腕が“こう”なのだからきっと翼を羽ばたかせる事もある背中の筋肉とそのラインも美しいに違いない。上半身にフィットしたドレスの上からでも充分にいそれは伝わってくる。
 シリューナは首の後ろのファスナーに手をかけた。とはいえ石化しているのでびくともしない。ただ、うっすらと浮かびあがる鎖骨の谷間を抜け、尾骨まで繋がるそのラインを指で辿っていく。見てみたい、と思う。その一方でまだまだと別の自分が止めに入る。幸いにも石化しているにもかかわらずドレスとティレイラは同化していない。恐らくはドレスのみを取り除く事は容易であろう。
 しかし、想像の余地というバランスがオブジェを楽しむには極めて重要なポイントであることをシリューナは承知していた。ミロのヴィーナスが美しいと言われるのはその両腕がないが故とも言われている。
 ドレスは砕く。つまりはそのタイミングが問題であった。
 ひとまず、今日のところ時期尚早というものだろう。先延ばしにしても問題がないのであれば、それはさっさと未来の自分に放り投げる。
 そんな事よりも。
 シリューナはしみじみとティレイラの石像を見上げた。
 その姿態もさることながら、やっぱり、今にも泣き出しそうなティレイラの表情にほっこりしていまう。
 滑らかな肌触りも心地よい冷たさも。
 飽きるまで。
 そう、飽きるまでドレスを砕くのは先延ばしにしてしまえばいい。


 ▼


 などとやっている間に早1ヶ月が過ぎてしまった。
 しかし飽きる気配は全くない。
 今も、ティレイラのオブジェを前に熱い息を漏らしてしまうのだ。それを冷ややかに受け止めてくれる石像にうっとりもするし、抱きしめてしまうほどの快感もあった。
 仕方がないのだ。
 いつになく素晴らしい出来映えなのだから。
 そうしてシリューナはこの日も日がな一日ティレイラのオブジェ鑑賞に耽ったのだった。





■大団円■


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ありがとうございました。
楽しんでいただければ幸いです。

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2020年01月30日

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