▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ハウスメイドの分』
水嶋・琴美8036

 光学技術革命の中心にある複合企業。それを立ち上げたオーナーとして社員を差さえ、CEOとして先を示す男がいる。
 そんな彼と3人の子が成す家庭を守る唯一の使用人であり、そして彼の志を護る守護者として、水嶋・琴美(8036)は在った。
 先日もその中で、主の成果を狙うライバル企業へ“お願い”をしに出かけてきたわけだが。
「他のどなたかの関心を買ってしまいましたか」
 庭掃除で集めた小石のひとつを親指で弾き、偵察飛行中のドローンを撃ち落とした彼女は肩をすくめてみせる。
 ――現在、ライバル企業はその動きを潜めているが、代わりに動き出したものがある。正体を隠し、執拗な情報収集行動を繰り返して琴美を解析しようとするなにかが。
 ご家族へご迷惑をおかけするわけには参りませんからね。
 ため息をついて、琴美は中空へ語りかけた。
「この声量でも拾えますね? あなたがたの情報収集にご協力いたしますので、どちらへ伺えばよろしいものかをご指定いただけますか?」

 早速届けられた招待状の印刷文を確かめた琴美は、私室のクローゼットの奥に揃えられた衣装を引き出し、体を通す。
 ニコレッタメイド服、ガーターベルトで吊ったニーソックス、膝までを覆う編み上げブーツにショートグローブ。普段身につけているものと代わらぬデザインでありながら、戦闘に耐えうる特殊素材で仕立てられたものだ。そしてなにより、彼女の豊麗なボディラインをそのままになぞり、浮き彫っている。
 その中で唯一、体から浮き立ったミニ丈のフレアスカートの裾をふわりとなびかせ、彼女はかつり。ブーツの踵をアスファルトへ打ちつけて、跳んだ。


 そこはとある企業が所有する演習場だった。
 今日、ここを使うものはない――ことになっている。しかし、当然のように部隊が展開しており、踏み込んだ琴美を銃弾と砲弾とで出迎えた。
 補足と同時に射撃……人ではありえませんね。
 軍人を必要としない、人工知能の操作で動く兵器群。それは現在、多くの国で研究開発がされている次世代の戦争手段だ。
 すでに琴美は、自分に関心を持ったものが軍人や企業人ではないことを調べ上げていた。が、今は招待主の元へ辿り着くことを優先しよう。
「はじめに申し上げておきますが、私はあなたの参考にはなりませんよ」
 押し寄せる大小さまざまな弾を置き去り、まっすぐに駆ける。
 敵群は高速演算を駆使して弾道を修正、銃弾で琴美の前面を、砲弾で足下を抉りにくるが。着弾ポイントへ弾が届くことはなく、琴美の足を封じることはかなわない。
 この“魔法”の正体を、演習場のあらゆる場所へ散らされた観測機器は正確に割り出していた。風だ。琴美を包む空気の激流が弾を押し退け、着弾で起こる衝撃をも逸らして彼女の疾走を保っているのだ。
 招待主は戦車群の奥に控えていた“歩兵”へ出動を命じた。

 弾雨の中から砲弾が消えた。
 機銃を撃ちながらゆるやかに後退を開始した戦車群の狭間よりカタカタと駆け出してきたのは、四足歩行タイプの“歩兵”どもである。
 背にガトリングカノンを装備し、前面から超振動ブレードを伸べた機械兵は、すんぐりとした見た目によらぬ鋭い機動で琴美を取り巻き、弾幕で押し包む。
 巻き取られた弾が風の内に巡るのを見やり、琴美は瞬時、足を止めた。
 その瞬間、歩兵は互いにわずかずつタイミングをずらし、シャッターを絞るがごとくに琴美へ殺到。
 ガトリングカノンの連射速度は1秒間で100発。10秒とかけずに厚い弾幕を形成できる。それをもって琴美を足止めすれば、次はブレードの出番というわけだ。
 命を惜しむ必要のない機械だからこそ為し得る実験、あるいは試験でしょうか。しかしながら。
「気迫の乗らない攻めに、創造性も意外性も宿りはしませんよ」
 琴美は自らの周囲を巡る風を強く逆巻かせた。内に捕らわれていた弾が、遠心力によって加速、弾き出されて“歩兵”どもを打ち据え、撃ち抜き、地へ転がして……最期に残された1体も、振動する刃ごと風に体をへし折られて噴き飛んだ。
 それこそ飲まれたかのように沈黙する戦場。
 琴美は悠然と視線を巡らせて、やわらかい声音を響かせた。
「まだあるのでしょう? 私と対するために造られたものが。風は使わないことをお約束いたしますので、どうぞおいでください」
 煽られたのだと思ったものかは知れないが、静まりかえった戦場へ、高いアクチュエーターの駆動音を漏らしながら1体の人型が進み出た。機械化歩兵ならぬ、機械歩兵。わかりやすく言えば、戦闘用アンドロインドがだ。

 無言のまま、防弾布で外殻を覆った人型が琴美へ迫る。二足歩行はデメリットの多い形態ではあるが、動的バランス――不安定であることを逆に利した、動きの中で崩れる重心の安定性を保つ――に長けるもの。
 膝を深く折り、上体を前へ傾げた人型が、その落下力を乗せた右ストレートを琴美へ打ち込んできた。
 熟達の空手家さながらの、迅く重い突き。琴美はブロックするのではなく、斜め前へ踏み出すことで避け、さらに間合を詰める。
 と。人型の胸部が裂けた。内の姿勢制御用ブースターが起動し、強引に機械体を引き起こさせたのだ。これだけの強引さをもってしても体勢が崩れないのは、まさに二足歩行ならではだろう。
 膝を狙った琴美の蹴りを外殻で軽々と弾き、人型は流れるように正拳突き、貫手、裏拳とコンビネーション攻撃を繰り出した。その間にも膝を蹴り続けられるが、ダメージは微々たるもの。だからこそかまわず、演算で弾き出した最適解に沿って眼前の敵を封じ込むが。
「やはり、心(しん)のない攻めには芯も真もありはしませんね」
 紙一重で人型の攻めをかわし続ける琴美はつまらない顔でつぶやいて、ブーツの踵を人型の膝へ突き込んだ。
 びぎり。外殻の内に守られた膝関節が砕ける音が響き、人型はがくりと崩れ落ちる。
 琴美は蹴りを重ねる中で探っていたのだ。もっとも人型の挙動の負荷がかかる部品を。古武術において“通し”と呼ばれる、外ならぬ内を振動させて破壊する技で打つべき一点を。
 そして足裏を伝う感触で探り当てたひとつの部品に、もっとも人型の重さがかかった瞬間を見極め、打ち抜いた。
「脚という砲台を失ってはもう、攻撃することもできない。バージョンアップのご参考にしてくださいませ」

 そして琴美は指定された場所に立つ。
 簡易テントの内、ぽつりと置かれたカメラ。それが招待主の“目”であることを、琴美はすでに理解していた。
「まさかAIのお目にかなうとは思っていませんでした」
 カメラの向こうにある軍用人工知能は、存在しない体を震わせた。本来ならば首だけを残して連行させ、まみえるはずだった琴美が、自らの足ですべてを踏み越え、知るはずのない自分の正体を見抜いている。
「痕跡を辿るのは機械の専売ではありませんよ。……ともあれ、もう一度お伝えいたします。私は、あなたの参考にはなりません」
 あなた程度が私を分析することは不可能です。言外に突きつけておいて、琴美はカメラのレンズを掌で塞いだ。
「私はハウスメイドとして、あなたはAIとして。互いの分を侵すことなく、自らの分を貫いていけることを願います」
“通し”で内の回路をかき回されたカメラは、なにを返すこともないまま爆ぜ、永遠に沈黙した。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年01月30日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.