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『XL Techno』
メアリ・ロイドka6633

「それじゃあ、この条件でシミュレートお願いします」
『了解し……この数をですか?』
「難しいですか?」
『……。……。出来ないとは言いません。ですが少し時間はかかります。人遣いが荒いですねと皮肉の一つは出てくる程度には』
「ふふ。すみません。頼りにしてますよ──『少尉』」
 メアリ・ロイド(ka6633)がそう言うと、それきり相手は沈黙した。会話の拒絶ではなく、演算に入ったのだろう。思考するような表情と小さな動作を繰り返すホログラムのその姿を暫く見つめる。
「……と、ガン見してたら怒られるか」
 呟いて、椅子ごと向きを変えて、漏れた苦笑はどんな意味だろう。
 別に分かってはいる。今あの姿をマジマジと見ていても別に何も言われはしないだろう。シミュレート中はメモリをフル活用している筈だ、こちらに反応を向けている余裕は無い──そう、彼はメアリが開発したAIなのだから。
 邪神戦争が終結して20年程経った今、メアリは技術者としてリアルブルー軍に協力する立場となっている。
 その生活の中、研究補助目的で作成したのがこのAIだ。自律思考を持ち自己学習を行う成長型。手軽なインターフェイスとして対話を可能とし……その性格は高瀬 康太(kz0274)の口調や思考を再現したかのようなものに仕上がっていた。
 今頼んだのは、彼女が改修した新型マテリアル砲の照準プログラムの実戦シミュレート。出現頻度は大きく減らしたものの今もなおリアルブルーの宇宙に出現するVOIDの対応は未だ必要だった。
 成果を確実に見るために、想定したVOIDの出現数は多めに設定しており、彼がボヤいたのはそこだ。……とはいえそんなのはじゃれ合いの軽口の応酬に過ぎず、彼としてはこうした軍事演習系の作業を任されるのは本望ではあるだろうが。
 彼が沈黙する間、提出する書類の体裁を整えたりしながら待つ。暫くの時間を経て、あえて背を向けていたそこから声が聞こえてきた。
『……終わりましたよ』
 振り向くと、そこには結果が、几帳面にわかりやすく纏めて表示されていた。
「……こんなもん、か」
 ざっと見て零れたのはそんな言葉だった。声にあまり抑揚が無いのは、今回についてはメアリの性格的なものばかりとは言えない。
『予算に対して納得の行く結果ではあると思いますよ』
「……満足の行く結果では無い?」
『それはクライアントより貴女の問題じゃないですか』
 言われて、大きく息を吐いて椅子に凭れる。
「これはこれで保存しておいて、もう一つのアイディアの方を試すか。まあでも、一旦休憩だな。少尉もお疲れ様」
『別に僕に疲労はありませんが。博士が休息を取るタイミングであることに異論はありません』
 彼にそう言われると、メアリは微笑して、許されたかのようにお茶を淹れる為に立ち上がるのだった。

『……最近、彼はどうなのですか?』
 少尉と向かい合う形でメアリが茶を啜っていると、彼はそう躊躇いがちに切り出してきた。
「……彼?」
『貴女が狩子にした彼ですよ』
 言われて、メアリはああ、と納得して返した。
 メアリには今一人、狩子と言える存在が居る。リアルブルーの軍人である彼が、今の軍は本来部外者のイレギュラーであるエージェントに頼り過ぎでは無いか、と零しているのを偶々聞いて。その言い草と態度があまりにもどこかで見聞きした話に似ていたのでつい詳しく話を聞いてしまったのだ。
 そうしてきちんと話を聞けば、ただ華々しく活躍する覚醒者への嫉妬というだけでは無く、きちんと軍人である己自身が前に立ち主導的立場に有りたいという向上心も伴った話のようだった。そうして、覚醒者になりたいのか、とメアリが確認すると頷いたので、必要な手続き上、メアリの狩子ということになったのだ。
「彼なら大丈夫でしょう。元々戦士としての素養はこちらの軍学校で十分以上に身についてるんです。ハンターオフィスが納得するだけの期間狩子であった実績を添えるだけで、覚醒者として推薦する事に問題が起きるとは思ってませんよ」
 何の気無しにそう答えると、少尉はそうじゃない、と首を振った。
『認めているのであれば、生涯のパートナーとして連れ添う候補として見てみる気は無いのか、と聞きたいんです』
 虚を突かれた……ほどでも無かった。彼がこうして勝手にメアリの「結婚相手」を探そうとするのは初めての事ではない。
 だから。
「彼には私より年の近い子がお似合いですよ。昔の私や少尉みたいにひねくれた子ですが恩には律儀というか。つい弟子にしましたが、死ぬ時に看取ってもらう人がほしくなったのかもですね私も」
 今回もこうやって、軽く流せば終わり──と、思っていた。
『……笑わせますね。死んだ人間を思い続けることを選択しておいて、年齢差なんてものが障害になるとでも?』
 ……声は明らかに冷笑を含んでいて。メアリは今の己の発言が、彼にとって他愛なく流せるもので無かったことを理解する。
『そんな【一般常識】で、貴女に真剣な感情が向けられうることを否定するなら、貴女だって高瀬 康太を想い続ける道理なんて無くなります。二枚舌では無いですかね』
 見下す視線。冷たい声。かつて康太をメアリが庇ったときに見せたような。
 何かあったのだろうか。【少尉】の存在は秘匿しているが、こないだ狩子の彼にはバレた。自分の知らないところで何か二人の会話があったのかも知れない。外見だけで言えば、メアリは二十代後半の頃からほとんど変わっていないのだ……それでももう四十代なのに、という意識が迂闊な対応をしていたか。
『僕だって女性の幸せが結婚に限るなどとほざくつもりはありませんよ。むしろ今どき普通にはこんなのはセクハラパワハラだという事も。ですが……僕を生み出したと言うその根本的な心境がなんなのか、貴女はきちんと向き合っているんですか。寂しさを埋めたいなら、こんな哲学的ゾンビに縋るよりもよりよい手段と可能性に目を向けるべきじゃないんですか』
 哲学的ゾンビ。彼がそうであるという事は確かに、常に意識の片隅にはあり続けるだろう。彼はあくまで、彼女が作成したプログラムにそって反応、成長しているのだから。この会話は、結局自問自答に過ぎないのだ、とも言えて……。
「そうだな。認める。年齢を盾にしたのは浅はかだった。回答を訂正する。例え彼がどんな気持ちであろうと、今の私は応えられねーよ──まだ康太さんのことを深く愛してるから」
 だとしたらその自問自答こそが自分には今【少尉】が必要な理由だ、とメアリは思う。結局は技術者らしく手抜きの手段を構築したに過ぎないのだ。彼を作る前にだって何かを思考する際はずっと脳内で康太と会話するようにしてやってきたのだから。
『……それは本当に、つまらない意地を張ってるだけじゃないんでしょうね。哲学的ゾンビとは言いましたがある程度的確な再現であることは認めます。いつだって思い直して良いんですよ。こんなキツイことばっかり言う男の事など本当にどこが良いのか』
 続く彼の声は、先程のメアリの言葉に対する反応を誤魔化すように篭りがちなところがあって。
 自問の為と自覚した以上、また反射的に答えて下手を打つことが無いように、次に返すべき言葉はじっくりと深く考えることにする。
 間を持たせるようにお茶を一口また啜った。暖かな感触と香りに、今この時の流れの緩やかさを感じていた。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
凪池です。ご発注有難うございます。
今回はノミネート受理が遅くなって申し訳ありませんでした。
「NPCの人格を模したAI」というのがNPCの描写に当たるのか別個の人格になるのか、後者なら禁止事項「お客様が考えた未登録キャラクター」に当たらないか? という哲学的問題にハマり運営確認を行っておりました。
結果としてこちらは「もしNPCが○○だったら?」、例えば「夢で犬になったNPCをモフる」とかいう発注と同質の物としてIFの範疇でならオッケーとの事でした。
今後の為の共有という意味でご報告いたします。
改めて、今回はご発注有難うございました。
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凪池 シリル クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年02月03日

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