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『溢れるが故に起きた、一つの節目』
リーベ・ヴァチンka7144)&シェーン(ペガサス)ka7144unit002)&ブルーメ(ユグディラ)ka6967unit001)&ワイバーンka6967unit002

 静かに頭を下げているリーベ・ヴァチン(ka7144)は勿論、彼女の上座に座する虎猫フラウも、そして頭たる彼女に従う者達も。彼女達の想いは一つ。共通する想い人に……彼に、このやりとりを、想いの行方を悟らせるつもりがなかった。
(……覚悟はしていたが)
 ただひたすらに土下座を続けるリーベは思う。ただ実直に、彼女達に向けて誠意を見せる、その姿勢を崩さないよう意識を集中させている。
 けれどずっと、なんの言葉も発せられないままだ。
 焦れるようなことはしなかった。彼女達の心のうちがどのようなものか、慮る必要がないくらい、よくわかる、そう思っているからだ。
 よくわかる、なんて考えは驕りだと、すぐに自分の考えを否定する。
 立場としては同じだった。今はひとりリーベだけが違う場所に立つことになっている。
 それがどれほど彼女達にとって残酷な事か……驕りではあるけれど、それ以外に適切な言葉が見つからない。だから……よく、わかっているつもりだ。
 わかっているからこそ、ずっと、頭を下げたままで待っている。
 ただ、彼女達が考えるタイミングがすぐに来ないだけだと知っているから。大きな物音がしない今、自身の呼吸音くらいしかまともに理解できない様な状況である今、ただひたすらに視線を床板へと向け続ける。
 上座である頭に、ただの虎猫でしかない彼女に、見下ろされているという事実が今は、必要なのだと思う。
 確かに、彼女は見下ろしているだけだ。
 けれど、そこに至るまでの経緯を、全てではないとはいえ彼から聞いてもいるから。日々を過ごす合間に、彼女達から示されてもいるから。
 リーベはフラウの圧を感じつつも、じっと待つしかない。
 何より、リーベ自身逃げる気がない。
 何のためにあれだけの努力をしたのか、全てに備えたのか。逃げたら意味がなくなってしまう。
 確かに、既に彼を手に入れてはいる。その為の努力だってあった。
 けれどそれだけでは駄目だから、こうしてこの日を迎えたのだ。
 どれほど傲慢だと思われようと、彼の家族全てに認められるために。
 逃げるなんて選択肢、選ぶはずがないのだ。

 ずっと下げられた頭しか見えなくて、その表情がどんなものなのか、ブルーメ(ka6967unit001)にはわからない。
 告げられたのは、わかっていたけれど、知っていたけれど、大好きなあの人からも言われていたけれど……結婚するという、その一言。
 許可してほしい、なんてリーベは言わなかった。けれど自分とは違う混じりけのない金の瞳は、何があっても貫き通す信念を示していたように思う。
 どれほど時間が経ったのかはわからない。ただこの場に呼び集められた家族は皆あの人が好きで、大好きで、愛していて。
 ただそれだけが同じで、倉庫に入りきるものは皆中に、身体が大きくて難しいものは皆外に、リーベと対峙するために揃っていた。
 ちらりと、この場の全てを支配している彼女、先輩に視線を向ける。
 一番、あの人の事を知っているのはこの先輩で、今だって傍に居たいだろうに、こうしてリーベの要請に応えている。
 だから、自分もちゃんとしなければ。
 一人小さく頷いたブルーメは、予めフラウから伝えられている意思を幻術に籠めることにする。
 リーベに、余すことなく、間違いなく伝えるために練習したから。
 自分達はみな、あの人と、リーベの言葉を理解できるというのに……その逆はとても難しくて、それがとても歯がゆくて。
 でも、この場で伝えることができるのは今、自分だけだから。

 ブルーメの足が見えて、ぽんと肩のあたりを叩かれる。
 話が始まるのだろうと顔を上げたリーベの周囲には、彼の家族が増えている。ずっと、その増える気配を感じとっていたし、確かに倉庫の外にも多く居るのだと分かる。外に、リーベ自身よく知る相棒、シェーン(ka7144unit002)の気配もあるから、集まれる皆が、つまり彼を愛する家族全員が揃っていると考えて相違ないのだろう。
「……聞こう」
 彼女達の意思を知るために、その役を担うこととなったブルーメへと視線を移す。勿論その前に、頭、フラウへの目礼も忘れていない。
 
 彼を思わせる、けれどデフォルメされた映像、そこに礼服が着せられている。その隣には白いドレス姿の女性らしき存在が立っている。
 その髪色が金ではないことに僅かな抵抗のようなものが感じとれるけれど、リーベは真剣に、その幻術へと見入る。
 映像の二人は共に歩み、母屋によく似た家に入り、しばらくのあと、新しい命を授かったようで。
 二人が腕に抱くその命を、まだはっきりとしないままの小さなお包みを少しでも見ようと、家族である彼女達が皆集まって。
(ああ、そうだな)
 進んで触れることのない彼女達もまた、映像の二人と同じようにデフォルメされているけれど。それぞれの目には喜びと、そして羨みが滲んでいることがわかってしまう。
 今、リーベの周囲に居る彼女達と同じ色だから。

 彼女達は彼を愛しているし、だからこそその違いを一番よく理解している。
 彼は家族を愛している。それは血の繋がった者だけでなく、彼女達、勿論リーベのことも含めて……性別も種族も何も垣根なく、愛してくれている。
 番うだけなら可能かもしれない。心を通わせるだけなら可能だろう。
 実際に、彼の存在は彼女達を癒しているし、彼女達は彼を癒している。
 けれどそれは心だけだ。
 ブルーメのように、シェーンのように、傷を癒すこともできるだろう。エプイ(ka6967unit002)のように、彼のその身を守ることもできるだろう。
 けれど、彼女達はその種族の違いゆえに、彼の家族をふやすことが、正真正銘彼の血を繋ぐことができない。
 家族をこよなく愛している彼が、彼自身の血を繋ぐ子を愛さないなんて、そんな世界を許せるはずができない。
 けれどもし、もしもだ。ありえないけれど、仮定として。
 彼と彼女達の誰かが、今の家族愛以上に心を通いあわせられたとして。そのときの彼は子を望むなんて言葉を紡がないだろう。彼女達の誰がその座についたとしても、彼は現実を知っているから、望めない願いなんて口にはしないだろう。
 彼女達全員を家族だと愛してくれる彼が、血の繋がる新たな家族を願わないなんて……そんな歪な事を許せるはずがなかった。想像の上だけでも彼に苦しいものを背負わせる気なんてなかった。
 彼女達ははじめから、心の底ではそれを理解していた。
 だから、リーベの為ではなく、彼の為に。
 リーベを望む彼の為に、彼が愛おしむだろう家族が増えるように、彼のより大きな幸せの為に。
 彼女達は、リーベが彼と番うことを許すことしか選べない。

 彼を模した影の隣に立つ人影が、今、リーベの特徴を備えたものに変化した。
 認めるという言葉に繋がるそれをじっと、リーベは見つめたまま。
 気付けば彼と新しい命の幻影は消えている。リーベを模した幻影と、そのリーベの周囲を彼女達全員の幻影が囲む。
 幻影の中の彼女達の瞳に強い輝きが宿る。そして、周囲の、実際の彼女達の瞳にも。
「認めるというなら受けて立つ」
 幻術も、ジェスチャーも要らなかった。
「……来い」
 だから、リーベは受け入れると、その言葉だけを告げた。

 皆が、家族が順々にリーベに一発入れていく。
 コスモスが順番の整理をしているらしいことに気付いて、ブルーメはそのまま任せることにする。
 思い出すのはやはり、それぞれの最初の出会いなのだろう。
 今まさに全力でぶつかっていったクミンなんて涙で前が見えないみたいだ。自分と同じようにこの家の近くで倒れていた経緯を持つからか、ブルーメとしても特に仲間意識が強い。
 あの人は、どんなにボロボロでも、手を伸ばした相手を助けるためにいつでも最大限の助力をしてくれた。
 自分達で動けるようになったらそのまま放すことだってできるのに、家族として側に居ることを認めてくれた。
 理由だって、調べればきっと見つかるはずなのに、自分達の自由にさせてくれて……深く聞かないでもいてくれて。
 ただ家族として、共に在ることを当たり前にしてくれた。誰かと共に暮らす当たり前の幸せを、普通ならそんなぽんと投げてよこすくらいの気軽さで与えられるはずのない環境を常に整えてくれていた。
 不満が出ないように、むしろ笑顔が増える様に。
 いつだって優しさに溢れている。食事だって、住む場所だって、あの人の優しさのこもっていないものなんてなくて。
 だからみんな大好きで、自分だって例外じゃなくて。
 なのに……
 これはクミンの涙が引っ越してきただけ。リーベが滲んで見えるなんて気のせいだ。
 他の皆ほど戦いが得意というわけじゃないけれど、今出来る精一杯の力で……!

 決意を示す相棒の表情は、今は見えない。
 倉庫の中に入れないのは仕方がないことだと分かっているから、シェーンはただ静かに待っている。
 リーベが皆に話をするというのは、シェーン自身リーベから聞いていた。そして少し遅れて、ハイデルベーレからも聞いた。こちらはフラウの意向の伝達という意味合いもあったけれど。
 だから、シェーンは今日、リーベに何が起こるのか知っていた。
 言葉は伝わらないけれど、これまで幾度も共に戦ってきた間柄だ。それなりに意思疎通だって出来るくらいの絆は築いてきたつもりだ。
 けれど危険だとか、心配だとか、そんなそぶりは見せずに今日までいつも通りに過ごしてきた。
 それでもきっと、リーベは今日という日が無事に済むわけがないと察してはいたと思うけれど。
 自分がリーベを理解しているように、リーベだって自分の様子に何か違うものを感じていたはずだから。
 シェーンがこうして待っている間、少しずつ、小屋に入っていく者、小屋に入れない者、それぞれが集まってきていた。
 普段なら家から出ない様なアーファルの尾が見えた気がする。勿論小屋の外からではなく母屋の続き部分からであったけれど、確かに、この日この時のためにそれぞれが決意を固めたのだと見て取れる。
 自分だってそうだ。
 フラウからの伝達内容はすぐに同志達の間に広まった。それだけ重要な内容だった。
 シェーンは、他の皆と比べると少しだけその立ち位置は違ったけれど、それでも同じように扱ってもらえたことが嬉しいとさえ思った。
 同時に、リーベに対しての感情をどうするか、いくらか考えもしたけれど……そう、長い時間はかからなかった。
 自分も、同志達と同じように……改めてそう意思を固めたところで、殴打音が聞こえてくる。
 始まったのだ。
 自分達が自分達の心に決着をつけて、彼を祝福するための切欠となる、けじめの一発を。
 自分の相棒でもあるリーベは、回復を得意とする本職ほどではなくても怪我を治癒する手段を持っているはずだと思い出す。
 けれど同時に、彼女がそれを使わないだろうこともシェーンは確信していた。
 それでこそ相棒だと思う。むしろそうでなくてはライバルとして認められない。
 そんな自分と同じように、きっと。同志達も、そうやって真直ぐ向かい合おうとするリーベだから認めるのだろうと思う。
 彼を想う気持ちが消えるわけではないけれど……リーベの相棒であることは誇らしい。
 自分を助けてくれたのは彼ではなく、リーベの弟達だった。その恩義は変わらずあるけれど、それを理由にリーベを背に乗せる何てことはしない。
 リーベだからこそ、共に過ごしてもいいと思えたのだ。
 だから。
 小屋から出てきたリーベの前にゆっくりと向かう。屋外での一番手はシェーンだと、同志達は道を開けてくれていた。
 近寄って、リーベの周囲を一度ぐるりと歩く。確かに何の治療も施されていない、既にボロボロと呼べる姿だけれど。
 じっくりと確認した後に、彼女に背を向けて、一歩、また一歩……そう、ここだ。
 特別自信のある後ろ足でかます一撃は、リーベの身体を吹き飛ばした。

 殴打音は続いている。時にシェーンが吹き飛ばした時ほどの音も混じるけれど、エプイにはどれも同じように聞こえていた。
 悲しい、大好きで、大切で、護りたくて、だから思うままに彼の為になるように過ごしてきたつもりだった。
 ずっと傍に居られる、頼り頼られる関係を滞りなく続けられると、そう信じていたのに。
 フラウに諭された言葉がエプイの身を斬るように刺さってしまってから、どうしても。悲しい、その一言が身体の中から消えてくれない。
 今だって、声を限りに叫びたくて仕方がない。なりふり構わず転がって、空を飛んで、何か暴れる相手が、倒してもいい雑魔なりなんなりが居たら都合がいいのに。
 でも、愛しい彼は眠っている時間だから。
 いつもとは違う音が、特に大きな音が響いたら、それがエプイに限らず家族の誰かの叫び声なら。彼は絶対に起きてくるはずだ。きっと、今のエプイが心のままに叫べば、着の身着のまま飛び出してきてもくれるのだろう。
 でもそれでは駄目なのだ。彼を起こさないままで、彼に今この状況を知られないままで、彼とリーベの事を認める為の儀式を、終えなければならない。
 本当は認めたくなんかない。けれど認めなければ大好きな彼の幸せは本当に幸せじゃなくなると言われたから。
 本当は手を出したくなんかない。けれど認めたくない気持ちをどうにか収める為にはこれ以外の方法が思いつかない。
 ツィトローノの声に我に返れば、皆がエプイの方へとその顔を向けていた。勿論これから対峙するリーベの金の瞳もまたエプイを見つめている。
 叫びたい。でも今そうしたら彼を起こすだけじゃなく、きっと加減が出来ない。何よりもリーベはドラグーンとはいえヒトだ。自分よりもかよわい。それは家族のうちだれであっても同じだ。敵にしかその力を奮ったことがないから、どれほど力を抜けばいいのか、ほんの少しでも気を逸らしたらどうなるか分からない。
 ゆっくりと、尾を振り上げる。左腕なら大丈夫だとフラウからも言われていたから、感情が抑えられない分、必死に身体を制御した。
 リーベの痛みを耐える様子は、それまでの一撃達のせいか、それともエプイの一撃か……よく、わからなかった。

 倉庫の外の全員からの、リーベに向ける儀式は終わった。
 彼と手と手を取り合うことに成功したリーベに、リーベの幸せの為ではなく、彼の幸せの為にリーベを認める、同時に番えない現実を受け入れる、彼女達それぞれの気合の一発を繰り出す儀式が。
 再び倉庫へと戻っていくリーベは、はじめの位置にまた座り込んだ。
 上座であるフラウが、飛びかかりやすい位置だ。
 ここまでリーベは百以上の“一発”をうけてきたが、けれどその顔にだけは傷がついていなかった。明日の朝、起きた彼に全てを悟らせないためという暗黙の了解、互いに交わさずとも理解し合える配慮にも見えるが……そうではない。
 それまでずっと、上座……小屋の中であり、同時に小屋の外も見ることが可能なその場でじっと一連の儀式を見物していたフラウが、動いた。
 閃いたのは、この日の為に入念に手入れし研いでいた爪だ。
 リーベの頬にいっそ綺麗だと思えるほど真直ぐな傷をつけて、颯爽と上座へと戻っていく。
 その揺れもしない、けれどいつも通りの圧を放つ尾を見送るリーベの隣に再びブルーメが立った。
 フラウの一鳴きに頷いたブルーメが再び幻術を操り出す。彼とリーベが式を挙げる様子だ。
 けれど、やはり二人の前にはたくさんの家族が集っている。歓喜の色を、愛し気な色を、羨む色を、やはり隠さずに示していて。
 結婚は認めたけれど、今後もライバルとして扱うと、これで終わりと思うなと……そういうことらしい。
「受けて立つ」
 認められればそれでよかった。
 彼女達との関係が急に変わるなんて思わないし、そんなこと願っても居なかった。
 特に、頭であるフラウに。
 彼を必ず幸せにするという決意を籠めて、金の瞳を向ける。
 彼女が彼の、リーベが嫁と呼んで愛する彼を、その心を護り続けたからこその彼だと、そうでなければ惚れることもなかっただろうと、リーベはただその感謝を瞳の熱に籠める。
 言葉が通じない相手だからこそ、言葉ではない形で示そう。
 もう一度、深く頭を下げた。

 倉庫から出てくるリーベの頬に爪跡を認めて、やっとエプイは理解する。
 誰が一番に悲しんでいるのか、誰が一番に泣き叫びたいと思っているのか。
 考えてみればそうだ。この場に居る彼を想う者達の中で、一番彼との時間が長い彼女が、悲しんでいない筈はなくて。
 ずっと、見守るだけの、強い人だと思っていた。その情が浅いなんてあるはずがなくて、それなのに彼の幸せを優先する姿は、強いという言葉だけでは表せない。
 勝敗ではないと分かっていても、その愛情の深さに敵わないと、そう考えてしまった。
 同時に、そんな彼女が必要だと認めたリーベを彼の番とすることが、やっと頭でも理解できた。心が受け入れた。
 だから、シェーンに支えられながら離れへと戻っていくリーベの背を見送る。
「お前だけ鳩尾に入ったんだが」
 そう、強がってみせるけれどボロボロなままの背を。

 全ては、家主の彼が知らぬ時間に起きた事。
 雲の目隠しもされぬまま、綺麗な月灯りの晩に起きた事。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【リーベ・ヴァチン/女/22歳/闘征狩人/そして家族の一員となる】
【シェーン/女/ペガサス/恋敵達/家族として先輩である前に相棒】
【ブルーメ/女/ユグディラ/恋敵達/家族達の架け橋は時に気紛れ】
【エプイ/女/ワイバーン/恋敵達/家族内最強は優しい喧嘩が達者】
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2020年02月03日

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