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『運命と必然』
あいla3513)&サラ・T・アクランドla3678

 騎士の家系なぞ、遡ればもれなく賊の親玉あたりに行き着くものだ。
 斯様な輩に誇りを与えたのはイングランドという国であり、誉れを与えたのは女王陛下であり、讃えを与えたのは無辜なる民。
 だからこそ思い違いをしてはならない。騎士は自ら名乗るものではなく、誇りを、誉れを、讃えを与えられて初めて騎士となりえるのだ。
 それこそは、サラ・T・アクランド(la3678)が父より幾度となく教えられてきた心得。
 騎士の中の騎士であろうと志し、軍の内で己を尽くす父。彼を知る者は立場によらず彼を“サー”の敬称で呼び表わすが、それは父の騎士位や偉丈夫然とした姿に対して敬意を示しているのではない。彼の有り様への敬意を示すためのものなのだ。
 そして。その背を誰より近くで見てきたサラが父を敬愛するのは必然だったし、家族の情よりも偉大なる先達への礼節を優先することもまた当然といえよう。
 と。実家でもある屋敷の大きなテーブルを挟んで向かい合う父に対し、小難しく表現するよりない思いを抱いてしまうのは、つまるところ酷く緊張しているからなのだった。
 背中を伸ばしなさい、私。御父様に恥を晒しに来たんじゃないでしょう? 堂々と、告げるために来たんだから。
 油断すればすぐに萎んでしまいそうになる胸へ、吸い込んだ息を送り込む。ぐっと止めて支えにし、丸まりかけた背が反るほどに伸ばしたところで――
 テーブルの下をくぐって横から差し出された手が、彼女の膝上で握り締められた手へ重なり、包み込んだ。
 大丈夫だよ、サラ。ここにいるから。
 やわらかな思いを伝えるその掌は、熱く汗ばんでいた。サラと同じほど、いや、もっと緊張して強ばっているのに、それでも自分より彼女を気づかう、やさしい掌。
 騎士は与えられて初めて騎士になれる。私に勇気を与えてくれるこの手に、私は応えなくちゃ。
 サラは茶を淹れてくれたメイドへ礼を述べ、カップより立ち上る香煙へ優美に鼻先を寄せて――「あ」、顔を上げた。
「手紙では知らせたけど、今、私とあいはSALFに籍を置いてナイトメアと戦ってるわ。イングランドだけじゃなく、世界中に助けを求める人がいるから、私たちはどこにでも駆けつけて護る」
 そしてあいもまた。
「あいはオトウサマとオカアサマにたくさん教えてもらったのデス。騎士の背中は、後ろにかばった人にだけ見せるもの。その言葉があいを導いてくれるのデス」
 ふたりの言葉に、父は厳めしい面をかすかにほころばせてうなずき、母はサラに似ていながらおっとりとした面を満面に笑ませた。
 たとえこの家やイングランドに在らずとも、ふたりの子らは騎士にふさわしい生き様を貫いてくれている。そのことが、現代に生きる古騎士と妻にとってはなによりうれしいのだ。
 いいきっかけを作れたなと思いつつ、サラは話を変えた。
「先日、オーストリアでナイトメア迎撃戦をしてきたけど、イングランドに影響はなかった?」

 サラの声音が最初の挨拶時よりずいぶん解れていることを確かめて、あい(la3513)は胸中でほっと息をついた。
 思えば、この屋敷に来るのも久しぶりだ。SALFへ登録したことを報告しに来るつもりはあったのだが、ナイトメアとの戦いは相当に苛烈だったし、なにより同じくSALFへ加入したサラと暮らし始めたことをどう説明すればいいものか、悩ましくて。
 サラの父母には大恩がある。
 どことも知れぬ亜空間の狭間から顕われた悪魔さながらの姿を持つ彼を、ふたりはあっさり迎え入れてくれた上、この世界に馴染めるよう心と手とを尽くしてくれた。
 最初は身構え、警戒していたあいだったが、季節巡り、1年が過ぎるころにはさすがに信じるよりなくて。なぜそこまでしてくれるのかと訊いてみたのだ。すると。
 あら、知らない土地で困っている誰かに声をかけるのは普通のことでしょう?
 救いを求める者を放っておくなど、騎士道にもとる。それだけのことだ。
 夫人と騎士はなんでもない顔で述べたものだが……このイングランドという国には、肌の色をあげつらって蔑む者も多い。宗教観から、角や尾を持つあいの姿形を忌む者はもっと多いだろう。が、彼らはそれらにまるでかまわず、あいという存在を受け容れてくれた。
 EXISの適応力を認められたあいがSALFへの参加を決めたことには、ふたりとの幸運な出会いが大きく作用していた。
 しかし。だからこそ、気後れている。
 そもそもこの世界へ彼が顕現した大きな理由は、サラという存在にあった。
 彼の郷里とも言える世界で深く結びあった、サラという女性。彼女と同じ、さらに色濃いにおいを持つ魂を追って彼は顕われ、そして“再会”した。
 ふたつに割れた半円同士がぴたりと合わさるように。片翼しか持たぬ鳥たちが、添うことで欠けた翼を得るように。信じるなどという過程すらも必要とせず、互いに互いが傍らに在ることを当然としたあいとサラ。
 その契りを守るがため、彼はいかなる代償をも支払う心づもりでいる。そのために、受けた大恩を躙ることとなろうとも――
「ジャム、おいしいデース。オカアサマの味デス」
 スコーンにたっぷりと盛り上げた苔桃のジャムは、あいが初めてこの屋敷へ来たとき、夫人がふるまってくれたものだ。あのときと変わらぬ爽やかな甘みに、彼はほろりと笑んだ。
 ――せめて精いっぱいの誠意をもって躙ろう。それが自分にできる、たったひとつのことなのだから。


 あいが緊張の内に心を据えようと強ばる片脇、彼の気配を感じ取ったサラはなんとかサポートしようと気合を入れた。
 今日、ふたりでこの家へ帰ってきた理由は、父母へ報告するためばかりではないし、アフタヌーンティーを楽しみに来たわけでもない。
 でも。
 いざとなると、うまく。言葉が、出てこなくて……
 父は物言いたげな娘を急かすこともなく、悠然と茶を楽しんでいる。と、立ち上がり、母の椅子の背もたれへ手をかけ、母が立ち上がるのをサポートした。
 最近、少し膝が痛むのよ。苦笑した母は父の手を支えに歩き出し、居間の奥へ向かう。
 使用人に指示するのではなく、母が自ら向かったことに違和感はあったが、それにしてもだ。
 なにを言わなくても感じ取って、さりげなく手を伸べる。やっぱり御父様はすごいわ。
 視線を向けるようなあからさまなことはしないが、サラは今まで以上にあいの気配に意識を集中させる。
 私はできてる? あいの意思を感じ取って、手を伸ばせてる?
 できているわけがない。父母との会話を引き伸ばして、“そのとき”を先送りにしているだけだ。あいを少しでも助けたいと思ってのことではあるが、父母の有り様には遠く及んでいない。
 私は助けられるだけなの? あいのためになにもできない? 私が未熟なことは私自身がいちばん知ってるけど!
 膝の上で強く握り締められたサラの手を、ふわりとあいの掌が包み込んだ。先ほどと同じように、それでいて先ほどよりも強く。
「――あいは、この世界でオトウサマとオカアサマに会えて、本当によかったデス」
 あいはそこで言葉を切り、布をかけた盆を抱えて戻ってきた母が再び座すのを待った。
 伝えなければならない。怖れず、震えず、戦かず、まっすぐに。
「うれしいこと、楽しいこと、義務も責任も人の心も全部、ふたりに教えてもらったのデス」
 そうだ。あいはふたりの導きを得て、異世界の悪魔からこの世界の守護者となることができた。ふたりがいなければ、あいはなにより大切なサラのとなりという楽園に辿り着くことはできなかった。
 ふたりに感謝している。敬愛している。いや、ここまで来て飾ってどうする! 伝えるんだ。飾らないあいの心を、かけがえのない父と母に。
「今日は、話したいことがあって来たんだ」
 あいは自分の言葉遣いが変わったことに気づいてはいない。気づかないほど自然に、伝えたい言葉がこぼれ出してきて……不思議なものだ。ずっと切り出すタイミングを計っては逃し続けてきたのに。
 ――サラの拳がいつしか掌になっていて、あいの手を下から包み、握り返していた。
 気負いのないあたたかさが染み入ってきて、彼を加速させる。
 あいは躙るんでも贖うんでもなくて、適いたい。サラがいてくれて、オトウサマとオカアサマがいてくれて、みんながいてくれる世界へ、本当の意味で迎え入れられたいんだ。
「あいは、サラを愛してる。一生をかけてお守りする。次の生も、その次の生もずっと、守り抜く。だから」
 なにを隠すこともなく、思いと想いを詰め込んだ言葉を、父母へと差し出した。
「サラをあいにください」
 なにも言わずに顔を見合わせる父母へ、押し詰めていた力のすべてを吹き抜いて脱力するあいに代わり、サラが語りかける。
「結果とは運命じゃなく、それまでの自分がもたらした必然だ。私はその御父様の教えを信じてきたし、今も信じてるわ。でも、あいと初めて出逢ったとき、これは運命だって、そう確信したの」
 きっとあいは、ふたりの出逢いについていろいろとロマンチックなことを考えているだろう。サラを追ってこの世界に来た。本当でも嘘でも、そう言い切ってしまえる少年なのだから。
 でも、サラだって負けてはいないのだ。ひと目で運命だと感じて、共に過ごした時間の中で、出逢ったことは偶然などではなく必然だったのだと得心して、ならばごまかしたりせず力の限り愛することこそが道理なのだと思い定めて、彼のとなりに添った。
 時間をかけて心へ問い続け、その中で育んできた愛はサラの胸に標となって灯り、彼女を行くべき先へと導いてきたのだ。そしてそれは、この先も変わることはない。
「ふたりで向かう未来――結果はもうわかってる。幸せになるわ。だって私とあいがそうなろうって努力するんだもの、必然よ」
 あいがいてくれるからこそ、努めることができる。あいとふたりだからこそ、自分たちがもたらす必然がなにかを信じることができる。
 あいは私の運命の人だから。彼が運命の相手だと言ってくれる私を、私は信じられるのよ。
「御父様、御母様。私があいを夫に迎えることを許してください」
 あいと並び、深く、頭を垂れる。
 騎士を志す者として、アクランドの者として、なにより父母の娘として、恥じるような真似はしたくないから、思いをかざして真っ向から斬り込んだ。
 それを聞いた母が、先ほど持ってきた盆に被さっていた布を取り払った。
 果たして現われたものは、4脚のワイングラス。
 お祝いをしなくちゃいけないと思って用意しておいたの。
 ちょうどふたりがワインを土産に持ってきてくれたからな。マナーやしきたりは置いておいて、まずは乾杯しようか。
 父があいとサラの手土産であるワインを開け、慣れた手つきでグラスへ注いでいく。それを母が手ずから配り、4人へ行き渡らせた。
「え、えっ!? 御母様、御父様、もしかして私たちが結婚したいって言いに来たって、わかってたの!?」
「それよりそのワイン、安物で――」
 私達はあなたたちの親よ? 子どもがなにを隠しているかなんて最初からお見通しだわ。
 自分たちが得た給金で、精いっぱいの品を買ってきてくれたんだろう? 高いも安いもない。これこそが分かち合うにふさわしい、最高の1本だ。
 それぞれに言い、グラスを掲げるものだから、あいとサラもまたグラスを掲げるよりなかったのだ。
 子らの成長と結婚を祝して。
 あなたたちの未来が誰より幸せであることを祈って。
 父母の祝福を合図に4人でまっすぐ目線を合わせ、心を通わせて。
「「乾杯」」

「サラだけじゃない。あいはオトウサマとオカアサマが迎え入れてくれたこの世界で、これから共に歩む未来を全部背負って護る」
「あいはアクランドが誇る騎士になるわ。その日まで、私が支えるから」
 あいの宣言にうなずいて、サラは彼へささやきかける。
「あらためてよろしくね。私の騎士様?」
 常は頼りなさげな面を引き締め、あいはサラへささやきを返した。
「いつまでもいっしょに生きていこう。大好きだよ、サラ」
 甘やかな囀りを父母に見逃してもらいつつ、ふたりは笑みを交わし合う。
 この家から一歩踏み出せば、甘いばかりではありえない現実が待ち受けているのだろう。
 しかし、怖れはしない。
 あいとサラの先には、ふたりがもたらす必然の幸せがあるのだから。


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2020年02月03日

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