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『ヒトの器は秘めるだけ、広さも深さも抱ける限界も、その時初めて知らされる』
ユメリアka7010)&リラka5679

 ──この時が、ついに。

 命の暖かさを、想いを交わすその温もりを。
 詩い続けてどれだけの時を重ねたのだろう。
 出会い目指し歩んだ先は目指した時と違い。
 止まり嘆き座り込んだ場所で温もりを得た。
 力のやり取りに震えるばかりで、鮮烈な赤を恐れるばかりで、見ないふりも上手には出来なくて。
 離別を恐れて、近しい熱を離せなくて、見送る勇気を得て……また歩むと決めた筈だというのに。
 さびしい。
 たすけて。
 かなしい。
 ここから。
 どこにも辿り着けないなら、この目に映るものはすべて無意味。
 どれも手の内に抱けないなら、この手に触れるものはすべて無価値。
 別れを見た、見送った、花を供え、祈り、自ら送り出しさえもしたのに。
 あと少しで薄れる筈なのに。
 あと数日で落ち着く筈なのに。
 あと数年で紛れさせる筈なのに。

 来てほしくない、この時が、ついに、来て、しまった──

 目を閉じなくても暗闇。
 手を伸ばしても空振り。
 足は地を踏む感覚無く。
 音も香りもわからない。

 わかるのは奔流。歪虚と対峙した時に感じていた不快感を自身の身の内に感じる。
 どろり。押し出そうと懸命に想いを向けているのに、そうする程身の内に溜まる。
 どろり。流れるなら全て通り過ぎればいいと願うのに、縁から先に向かわず澱む。
 どろり。内側から外側から私を闇色に染めていくそれが何なのか見当もつかない。
 どろり。本当は知っていても知らないふりをして見えない聞こえない言わない……

 どれだけの時間が経ったかもわからないままに、ユメリア(ka7010)は浮遊感と浸透感という相反する二つに包まれていた。
 ずっと見えないままだった目は開くことができたけれど、視界には闇色しか捉えられない。
 異常事態だということはわかる。
 誰かに知らせなければならない。
 けれど身体はとても重くて、怠くて、億劫で。
 思う傍から、無駄だと思考が応えてくるのだ。
 動かせばわかるかもしれないと、腕をあげる。
 纏わりつく澱みが飛んで、少し身が軽くなる。
 もっと振り落とせば軽くなれると体を起こす。
 びちゃりばちゃりと、不快な音が届き始める。

 何か別の音がした。それが嬉しくて、何度もその音を繰り返す。
 ずっと閉じ込められていたから、ずっと動けなかったから、好きにできる何かが立てる音が嬉しい。
 動かせることが嬉しい。結果が得られることが嬉しい。
 振り回すのが楽しい。音が聞こえて楽しい。
 楽器を奏でるのと同じ。すぐに反応があって面白い。
 動き回るほど慣れてきて、身軽になって、より多くの音を奏でることができる。
 だからもっと、音が欲しい。
 嗅げないから、見えないから、縋れるものはこれしかないから。
「ユメリアさん! もうやめて!」
 どうして、楽しいのに。
 どうして、嬉しいのに。
 生きている証を知ることができるの。
 生きていた証を壊すこともできるの。
 見えないなら嗅げないなら全部全部。
 壊してしまえばいいに決まっている。

 それが全て白ければ、きっと美しい光景だと思ったかもしれない。
 リラ(ka5679)が駆け付けた時には、もうその場所は真っ黒、闇色に染められていた。
 丁寧に使われ、手入れさえ、長くユメリアの休息を支えただろう家具の殆どは、ユメリアが放つ真っ黒いどろりとした何かによって染められ、汚染され、そして朽ちていこうとしている。
 家具そのものの数は多くない、だから部屋を壊し家を壊し、すぐに外に出てどこかへ移動する可能性があった。
 けれどまだユメリアは部屋に居る。部屋に居てくれた。
 それがどうしてなのかと首を傾げようとして、けれどその疑問はすぐに解決する。
 ぶぅん、カシャン♪
 ぶぉん、カシャッ♪
 どろりとした何かは絶えず放たれていて。その辿り着いた先にある小瓶を一つずつ撃ち落としている。
 棚に並ぶたくさんの香料は、まだ、数がある。
 見えているのかもわからない、けれどひとつずつ落とすことで、音が鳴って、その音でメロディを奏でているような。
 どこもかしこも闇色に染まろうとしているユメリアの身体そのものには変化はなくて、いつもなら年上の女性としての魅力を湛えている表情は、ずっと年下の、あどけないものにみえている。
 楽しんでいる。
 喜んでいる。
 笑顔で……
 調香師でもある彼女が集めたそれらは、どれも大切な物の筈だ。
 見続けるだけでは居られない。声を限りに叫んだ制止の声は確かに届いた筈で。
 光の伴わないユメリアの瞳がリラの方へと向けられる。
 その青の瞳は闇色に染まってはいないけれど、全く輝いていない。
 リラを見ているようで、瞳に移してはいないのだ。

 無防備に破壊を繰り返すユメリアに手を伸ばす。
 無造作に闇を振りまくユメリアを止めたいから。
 小瓶としてさえも可愛らしいそれらを惜しげもなく落として壊してその薄い唇に笑みを浮かべる彼女は確かに愉しそうで。
 幸せには見えない。
 ともすれば鼻歌だって伴っていそうな軽快な仕草を見せるのにその場から動かない彼女の目は空ろなままリラを映さない。
 楽しそうではない。
 詩うようで詩えていない貴女に、何をすれば止められて留められる?
 考える暇なんてないと分かるから、ただ闇雲に手を伸ばす。
 こうして近づけない間も貴女はひとり、悲しい笑みを浮かべているから。
 全てを諦めた顔をしないで。
 全てを捨てようとしないで。
 私が今そこに行くから。
 私がそこに着くまでは。
 どうか貴女のままでいて。

 前に進むだけ、歩み寄るだけの筈が思うように進めない。
 意思はあっても、身体が言うことをきかない。本能がユメリアに近付くことを拒否しているのだ。
 不快感がリラを包む。
 足元から這い上がるように、包み込むように、覆うように、ユメリアから放たれるそれは疑いようもない負のマテリアル。
 脳裏に閃くのは歪虚病のその一言。エルフが最も罹患しやすく恐れられている症状。堕ちる過程。
 外見だけでは測れない彼女の生は、確かにその限界に近付いていると聞いたばかりで。
 そう、今日だって。出発前の貴女の荷造りを手伝う理由で遊びに来ただけの筈なのに。
「ユメリアさん……ねえ、聞こえてるよね!?」
 香水や素材の詰まった瓶を狙い撃って、落として、割る。飽きもせず遊びに興じるユメリアの側に少しでも近づこうと踏ん張って、強引に声を出して。
 時折顔が向けられるから、耳が聞こえないということはない筈だ。
 けれどすぐに逸らされる顔に変化はなくて、リラは自分がユメリアの視界に映っていないのだろうと感じとっている。
 音が聞こえるなら、身体が動くなら。
 まずは貴女のすぐ傍に。貴方に触れて貴方の存在を確かめて。
 嫌がられても、拒否されても、諦めたりなんてしないんだから……!

 ほんの少し、自分を包む闇色が薄れたように感じて。
 それまでも聞こえていたけれど、ただの音にしか感じられなかった何かが明確に意味を持つ。
「ユメリアさん!」
 呼ばれている。
「ユメリア、さん……!」
 それは。
「ユメリアさん、ってば!」
 私の、名前?
「……」
 多分、今。唇は動かせた。望むような音はなにも、出なかったけれど。
「声が出ない? ……なら、首を縦か横にだけでもいいですから」
 誰かが居るなら。私が見えているなら。そうか、声は出さなくたって。
 一度、頷いて。
 もっと声を、話をして。愉しく応えて。
 どろり。
「……!」
 来ては、だめ。
 どろり。
 漏れ出ていく闇の感触に首を振る。
「否定? 大丈夫、私は離れたりしません!」
 どろり。
 声の降る方に手が伸びる。
 闇を向けたい。
 手を繋ぎたい。
「……っ」
 リラさん。
 やっと、貴女の名を浮かべることができた。声にはならないけれど。
 この闇は、貴女を汚染してしまうから。
 どろり。
 近付かないでと、首を振る。
「拒否しないでください」
 今ならわかる、私は、あれだけ愛おしんだ瓶を、香りを、愉しんで壊した。
 どろり。
 私は、この手が届いてしまったら、私は。
 リラさん、貴女を。

 身体が震えそうなのをぐっと、抑え込む。
 ユメリアの瞳に光が戻ったような気がしたその瞬間を、リラは見逃していなかった。
 ほんの一瞬、名前に気付いたその時に。だから貴女をこの生に呼び戻すことはできる筈。
 マテリアルを籠めよう、貴女を繋ぎとめる鎖を紡ぐために。
 貴女の好む詩にしよう、抱えているその闇を祓い除ける為。
 願い事は貴女の平穏、この先も穏やかに暮らしていく道標。
 幾らでも祈りを重ねよう、貴女の心の奥に届きますように。
「私達は、知ってるんです」
 強く想えば、願えば、祈れば、それは必ず届くということ。

 誰だって、死ぬのは怖いです。私だってそうなのに、貴女が怖がらないなんて、そんな不平等、世界中の誰も望んでいませんよ。
 平気なふりをしてみせたって、わかっちゃうんですからね。貴女の目は今、諦めようとしているくらいなのに。
 怒っちゃいますからね? ううん、もう、怒ってるんですよ!
 死にたいとか、生きたくないなんて、この世界を、私がいるこの世界から離れることでしょう。私の前から居なくなろうとするなんて!
 でもまだ貴女の手は私に向けて伸びている。これって、まだ生きたいってことですよね。
 私がいるこの世界を大事にしたいって、ずっとわかりやすく教えてくれているじゃないですか。
「私はユメリアさんが好きです」
 大切な友達なんですよ。この世界で出会えたことを喜んでいて、今日だって共に過ごす時間を楽しみにして来たんですから。
 自信をもって言えますよ!
「好きなんです」
 そう思っているのは私だけじゃないんです。私だけじゃないから、今ここに居ない皆の分も、かわりに私が伝えますね?
「皆、貴女が大事なんです」
 貴女が私を逃がそうとするように。大事にしてくれているように。
 皆も貴女の事を大事にしたい、貴女との繋がりを大切にしたいんです。
「それは、貴女がユメリアさんだから」
 歌が好きで詩を紡ぐ貴女が。人が好きでつい手を貸そうとする貴女が。繊細だから気遣い上手な貴女が。友達思いで時折遠慮さえしてみせる貴女が。
 なのに自分の弱さを許せないと時折自分を責めるくらい優しい貴女……それが、私の知ってるユメリアさん。
 ひとりで抱えてほしくないって思っているのは、私だけじゃないんですよ?
 少しずつでも分け合って、教えて、もっと弱さを見せてくれていいと思っているんですよ?
「それじゃ、ダメですか?」

 ──ずっと、抱え込むだけだった。

 どろり。
 一人で歩み続ける長い生は様々な人の死を見つめ、全てを詩の糧と銘打ってしまいこんで、溜め込んでしまっていた。
 怖いという気持ちさえも。感情のひとつだから当たり前だと飲みこんで。
 繰り返し見続けたから、もう恐れることはないのだと、嘘の鎧を作り上げていた。
 とろり。
 人生を、物語を集めながら人の心の多様さを知って、けれど自身の心は常に見失っていた。
 誰かの心に言葉を届ける技術は磨けても、わからない、見通せない心を整えることができるはずもなく。
 それが当たり前になっていたから、その事実を私自身が蓋をしていた。
 さらり。
 人を知り愛を知ったつもりで過ごした日々は彩り鮮やかな短い日々で大きく塗り替えられていた。知っていたはずのことはそれこそ詩集の上だけで。
 無駄な時間なのかと言われればそれは違うと、彼女の言葉が示してくれた。気付かせてくれた。
 少しでも知ろうと長い時を生きて過ごしていた理由は、気付きはとても大切なこと。私は、この世界が好きだからこそ生きていた。
 ふわり。
 貴女の真直ぐな光は確かに伝わってきているから、伸ばした手が、両腕が、貴女のもたらす光を求めてしまう。
 私の中に溜め込んでいた闇も、確かに私自身。皆がそれでも構わないと、だからこそ私だと認めてくれるなら、私もきっと認められる。
 貴女の光は人を惹きつける光。優しい空気を、穏やかな笑顔を。人を思いやる心が、確固とした信念が歌になって私の中に染みこんでくる。

 眩しくて、温かくて、涙が、熱くて、それから──

「たくさん……割れちゃいましたね」
「全て持っていく予定はありませんでしたから、丁度いいと思います」
「とりあえずはお掃除と、お風呂、でしょうか?」
「そうですね、お互いに……?」

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【ユメリア/女/20歳/聖奏導士/清濁どちらも認める導を抱いて、新たな日々を】
【リラ/女/16歳/格唱闘士/願いも祈りも強く籠めて想うなら、道はどこまでも】
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2020年02月04日

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