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『スケジュールに狂いはない(2)』
水嶋・琴美8036

 ひと仕事を終え、メイドは近くにあった草木に傷がついていない事を確認する。
 先程まで襲撃者と戦っていたというのに、彼女自身にも戦場となった庭にも傷どころか汚れ一つついていなかった。周囲を汚す事なく、全ての敵を彼女は撃退してみせたのだ。高い戦闘技術と聡明な頭脳を持つ彼女にしか出来ない芸当であった。
(それにしても……)
 水嶋・琴美(8036)は、邪魔にならない場所へと移動させた襲撃者達の方をちらりと見やる。一見品のない雰囲気を感じたが、戦闘の腕は琴美には遠く及ばないながらもそれなりに高いように思えた。この家に仕えているメイドが琴美だった事が、彼らにとっての最大の不運だったのだろう。少なくとも素人ではない、と琴美は考える。
 恐らくあの襲撃者達は、琴美の仕える一家のライバル企業が抱えている傭兵部隊だと彼女は推測する。
「どの企業が私のご主人様に牙を向いたのか、調べておかないといけませんね」
 そう呟きながらも、彼女は余裕に溢れた笑みを浮かべた。怪しい企業に関しては、すでにリストアップ済みだ。ある程度見当がついている琴美にかかれば、今回の黒幕を突き止めるのにそう時間はかからないだろう。
「ご主人様へと危害を加える者は、私が許しません。この一家を守る事が、私の一族の使命ですから」
 先程戦闘があった事が嘘のように穏やかな空気を纏った庭を後にし、琴美は仕事の続きへと戻るのだった。

 ◆

 精巧な意匠の施されたワードローブを、琴美のしなやかな手がゆっくりと開く。中にしまわれているのは、彼女によく似合うメイド服だ。
 慣れた手付きでその衣服を身につけながら、少女は先日主人に頼まれた事を思い出す。

 琴美の仕える一家の持つ技術を狙った襲撃者が現れた事は、すでに報告済みだ。琴美が撃退したと聞き感謝の言葉を返した主人は、後の事も琴美に頼んでいいかと尋ねてきた。
 襲撃者の背後にいる企業を突き止めて、その企業をせん滅してほしいと言外に語る主人に、琴美は迷う事なく「もちろんです」と頷きを返す。
 優しい主人は、琴美にはいつも世話になってばかりだと謝罪したが、琴美は自らの手で不届き者へと制裁を加える事が出来る機会を貰えた事にむしろ感謝していた。
「ご安心ください。ご主人様のメイドは、どのメイドよりも優秀です。この程度の仕事、難なくこなしてさしあげます」
 いつものように自信に満ちた彼女の言葉に安心した様子の主人を見て、琴美もまた嬉しそうに微笑んだのであった。

 あれから数日。黒幕を突き止めた琴美は、今、単身その企業へと襲撃をかけに行こうとしている。
 この着替えも、そのための準備の一つだった。彼女の肌をなぞっているメイド服は、衝撃を吸収する特殊な素材で作られた琴美専用の戦闘服なのだ。
 メイド服の下につけたコルセットもまた、強度が高い特殊な軽金属となっている。愛らしくも最強なこの防具を身に着けている限り、琴美の人を魅了する完成されたラインを持つ身体に傷をつける事は許されない。
 メイド服のスカートは、彼女の魅惑的な太ももを隠しすぎない長さのミニスカートになっていた。ちらりと悪戯に覗いている生足にはガーターベルトが装着され、ニーソックスを繋ぎ止めている。
 着替えの仕上げとばかりに、編み上げのロングブーツが琴美の脚を包み込んだ。革製のブーツの先端には軽金属が仕込まれており、格闘術を主に戦う琴美にとっては攻撃の威力を高めてくれる武器の一つとも言えた。
 グローブをはめた彼女の手が、全身鏡の位置を調整する。着替えを終えた琴美が次に行うのは、髪の毛のセットだ。黒く長いロングヘアーを、彼女が愛用しているブラシが優しく撫でる。
 枝毛一つない毛先まで手入れの行き届いた美しい髪の両脇を、ヘアゴムでまとめる。鏡には、愛らしいツインテールになった琴美の姿が映っていた。
 全ての準備は、こうして整った。彼女の豊満な胸を強調し魅惑的な部分を隠しすぎないメイド服は、ただでさえ人の視線をさらう琴美の事を、より魅力的に見せるのだった。

 敵地へと向かう前に、琴美はこの後のスケジュールを脳内でなぞる。本来なら敵に襲撃をかける事は予定にはなかったが、それでも琴美は元々の予定を変更するつもりはない。
 今の琴美の予定は、スケジュール上では休憩時間となっている。この休憩時間の内に、彼女は全てを終わらせようとしていた。
「ご主人様に危害を加えるものは、全て綺麗にお掃除いたします」
 限られた時間内であろうとも、完璧にこなすのがメイドとしての力量の見せどころであろう。
 けれども、この一家を敵に回した事をたっぷり後悔する程度には相手を叩きのめす事に時間を使うつもりだ。美しい黒色の瞳は、敵を倒せる事に愉悦するかのように一層きらめくのだった。


東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2020年02月04日

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