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『辿りついたのはただ一つの事実』
クィーロ・ヴェリルka4122)&トルノ(ユグディラ)ka4122unit002)&神代 誠一ka2086)&タマ(ユグディラ)ka2086unit003)&ポッポ(ポロウ)ka2086unit004)&グロム(ワイバーン)ka4122unit001

「もし俺がこの手を離したら君は追いかけてきてくれるかな?」

 どうしてあの時――
 薄暗い自室、床に直接置いたクッションに身を沈めクィーロ・ヴェリル(ka4122)の虚空を見つめる。
 彼――神代 誠一(ka2086)ならばそんなことを口にしたら最後、何があっても追いかけてくるのは分かっていたことなのに。
「あ、いや、違うな……」
 きっと言わずとも追いかけてきてくれるだろう。
 そういう男だ。相棒は――。
「我ながら狡いなぁ」
 彼のいないときだけ『相棒』だなんて。自嘲の笑みがうっそりと冷たい空気を震わせる。
「……だから」
 投げ出していた手を握った。
 そこに確かにあったものが抜け落ちていく感覚は多分慣れることはない。

 だから、こそ。

 誠一から離れなくてはいけない。
 自分は背をを預け合えるような人間ではないのだから。
 そんな資格なんてないのだから。
 たとえそれが優しい相棒を傷つけることになったとしても。

「覚悟してろ」そう言った誠一のまっすぐな視線。
 それは何があろうと離れた手を掴みにいく、という意味だったが。
「……俺も覚悟を決めないとな」
 彼が自分を忘れて次へ進めるように背を押す――これが相棒として最後にできることだ。

 フニャァ……。演奏を終えたトルノ(ka4122unit002)は前足を投げ出し背筋を伸ばす。
 星が綺麗だったから即興で一曲。なかなかの出来だったと思うのだが、部屋の隅のクィーロには届いていないようだ。
 最近思いつめたようにどこかを見つめていることが多くなった。
 そういう時は決まってじめっと澱んだ空気を纏っている。
 近づけば手触りの良い空色の毛並みもぺそりとなってしまいそうなほどに。
 キノコが生える前にどうにかせねば。トルノが動く。
「ニャッ」
 一声鳴き膝に手を乗せ、クィーロの視線を自分に向けさせる。
「え?……散歩?」
 戸惑うクィーロを外へと引っ張っていく。
「ニャァッ」
「グワッ」
 トルノが上げた片手に羽を広げ応えるグロム(ka4122unit001)。
 てきぱきと設置した鞍にクィーロを押しやり、トルノもその前に座る。
 二人が背に乗ったことを確認したグロムが羽を一度、二度はばたかせ夜空へと飛び立った。

 頬を打つ冷たい風にクィーロの意識がはっきりする。
 どうにもトルノとグロムを心配させてしまったらしい。
 トルノの丸い頭に手を置き、時折ちらちらと此方を伺うように頭めぐらせるグロムに大丈夫とでもいうように頷いてみせた。
 間もなく見えてきたのは赤茶けた荒地。
 決戦前、クィーロが誠一と訪れた場所。そういえば以前、トルノに話したかもしれない。
 鞍の上で器用に尻尾でバランスを取りながら立ちあがりトルノが振り返った。
 トルノの小さな足がぐいっと持ち上がり
「…………へっ?!」
 クィーロは思いっきり空中に蹴り出された。
 慌てて旋回しクィーロを拾うとするグロムをトルノが止める。
 グロムの背から見下ろすトルノの姿がぐんぐん小さくなっていく。
 流石に落とす場所は狙ってくれたのか枝を広げた木のおかげで速度を殺せ受け身もとれた。
 それでも強か背を打ち付けて漸く呻きながら体を起ここしたところで、「おーい、大丈夫か?」聞き慣れた声が近づいてくる。
 傍らの低木を揺れたかと思うと誠一がクィーロの前に現れた。


 風呂上り、誠一は棚に置いたはずの小隊の部隊章がないことに気付く。
 落としたのか、と周囲や棚の下を覗き込んでも見つからない。
「まて、まて、まずは落ち着け……」
 タオルを肩にかけたまま自分の行動を思い出す。
 風呂に入る前まではあった。ベルトにつけていたのを外し棚に置いたまでは覚えている。
「あっ……!!」
 風呂に入っているときにちょっと、いや大いに音の外れた陽気な歌声が響いていた。
 誠一のユグディラ、タマ(ka2086unit003)だ。
 誠一がパズル代わりに遊んでいるのをみていたから、自分も遊びたくなったのだろう。
 あれは職人が作ったとても繊細な細工物以前に大切な……。
「まって、タマ!! 早まるんじゃない! 遊びたいなら他のものをやるから……」
 シャツに片腕を通しながらという慌てた姿で誠一は家中を探したがタマの姿はみつからない。
 どこかに遊びにいってしまったのか。
 まだ遠くには行っていないはずだ。空から見渡せば……
 庭へ飛び出した誠一はポッポ(ka2086unit004)に背にひらりと……
「……だっ!!」
 振り落された。
 ポッポは対価がなければ動かない。
「あ〜……ちょっと待ってろ」
 ダッシュで部屋に引き返し、引き出しをあさりビー玉一つ掴んでポッポの前に舞い戻った。
 引き出をひっかきまわしたせいで部屋の惨状に輪がかかったがこの際、それは見なかったことにした。
「ポゥポゥ!!」
 月明りにキラキラ光る大きなビー玉はいたく気に入ったらしい。
 浅縹色の羽を膨らませポッポはビー玉を器用に嘴で受け取ると、宝物入れにしている木の洞にしまう。
 そして誠一を乗せて一気に飛翔する。
「おーーい、タマぁ!!」
 周囲をぐるっと一回り。砂利道を跳ねるように進む薄黄緑と白の混じった毛玉を発見。
 先の白い尾が楽しそうに揺れている。
「タ〜〜マ〜〜!!」
「に゛ゃッ!!」
 空から迫りくる大きな物体に驚いたタマは文字通り飛び上がり一目散に逃げだした。
「待て、俺だ、俺!!」
 追いかけっこは荒地となった丘まで続く。
 低空飛行のポッポの背から飛び降り「タマ」と再び名を呼ぶ。
「に゛ゃ?  ! に゛ゃぁあ!!」
 漸く誠一をそれと認識したタマが部隊章を手に飛び跳ねて返事をした。
「タマ、それは俺にとって大切なものなんだ。だから返してくれないか?」
「??」
 部隊章と誠一を交互に眺めたタマは差し出した手にそれを乗せてくれる。
 一安心とベルトに部隊章を止めていると、タマが誠一の服を引っ張った。
「に゛に゛ゃっ!」
 はしゃいだ様子で空を指さす。
「もしやポッポがかえ……あれは……グロウ、か?」
 夜空を滑る青い閃光。広げられた金色の飛膜。
 クィーロのワイバーンにとてもよく似てる。
 タマが一生懸命手を振っているということはトルノも乗っているのだろうか。
 そのグロウの背から落下していく塊が一つ。
「おい、まさか……っ」
 慌てて誠一は走り出す。


 驚きのあまり言葉が出なかったのが幸いした。
 動揺を悟られぬよう仏頂面で立ち上がったクィーロは服についた枝や枯葉を叩き落とす。
「奇遇だな、こんなところで会うなん……」
「ハッ……運命とか気持ち悪いことぬかすんじゃねーぞ」
 ことさら面倒くさそうに竦める肩。

 違う――……

 運命とかそんな曖昧なものじゃない。
 自分と誠一が行く先々で出会うのは。
 誠一がクィーロをその手を掴もうと動いてくれているからだ。
 分かっているから苦しい――思わず胸元を抑えてしまいそうになる手を背に隠す。

 でもきっと……誠一は

 自分よりも苦しいだろう。
 酷い言葉と態度を一方的にぶつけられて。
 だから、だから早く自分のことは見限って次へ進んでくれ、と祈るような気持ちで願う。
 クィーロは話すこともないとばかりに背を向け一歩踏み出そうとした。
 言葉を交わしているとうっかりボロを出してしまいそうだから早く立ち去るに限る。

「クィーロ」

 唐突に呼ばれた名前。
 記憶が戻ってからというもの、一度たりとも呼ばれたことのない相棒と共に過ごしたこの世界での自分の名前。
 その響きが酷く懐かしい……。
 不意打ちにも似た一撃に足を止めたクィーロに誠一が更に追い打ちをかける。
「なんで惨事砲帝指揮なんて知ってるんだよ。普通は三次方程式だろ?」
 それは先日東方の温泉地で会った時のこと――いや……。
 「お前今どんな変換しやがった」自分がまだリアルブルーの記憶を取り戻す前のやり取りが蘇った。
 しまった、と気付いたときにはもう遅い。
 背後で誠一が勝負事でイニシアチブをとったときに見せるような反応をしたのが確認せずともわかった。
 ならば、とできるだけ不敵な表情を作ってクィーロは振り向いた。
「そんな勘違いよくあることだろ? お前の知っていることは、世の中の常識ってか?」
 一歩踏み出し、傲慢だな、と鼻で笑う。
 板についてきた憎まれ口が腹立たしい。
 流石にここまで言えば黙るだろう。
 しかし反応は期待を裏切るものだった。
「あそこで〆に出た焼きおにぎりの出汁茶漬け美味かったよなぁ」
 一瞬クィーロは考えてしまう。東方の宿で出汁茶漬けが出たのは記憶を取り戻す前か後か――……。
 このほんの少しの間の意味。
 やられた、と思う。もうこれ以上ボロはだせない。切り上げねば。
「気に食わねーやつとメシの話をする趣味はねぇな」
 これで終い。「じゃーな」と投げ捨てた。
「わかった」
 これまた予想外の反応に訝しむクィーロに誠一が「あぁ、そうだ」と呼び止める。
「もしここから去るのなら、そのブレスレットは置いていけ」
 その言葉にクィーロが息を飲む。無意識のうちにブレスレットを守るように手首を握る。
 咄嗟に思ったのは「手放したくない」と強い気持ち。
 しかし誠一と決別するならここに置いていくのが正解だろう。
 だがこれは証なのだ。
 たとえ二人の行く道が分かれたとしてかつてともにあったという絆の。
 だから……
「……なぃ……」
 無理だった。置いていくことなんて。


 本当にクィーロだとは。
 茂みをクッション代わりに沈み込んだクィーロを誠一はまじまじと見下ろしてしまった。
 それは向こうも同じらしい。目を瞠った顔にいつもの険がない。純粋に驚いている表情だ。
 水鉄砲や雪玉で不意打ちを食らわせた時の顔と重なる。
「奇遇だな、こんなところで会うなんて……」
 起き上がるのに手の一つでも貸したいが、きっと嫌がられるだろう。
 誠一は野生の動物に接するような心持で不用意に距離を縮めるのを止める。
 案の定起き上がったクィーロはさっさと踵を返した。
 だが誠一その背に声を掛ける。自分の予想と答え合わせをするために。
「クィーロ」
 気負いはおくびにも出さずいつものように気安い調子で。
 彼が記憶を失って以降、一度も呼ばなかった名前を。
 久々に発した音は驚くほどに舌に馴染んで、柔らかく温かい。
 思わずその音に気持ちを持っていかれそうになったが物思いに耽るのはまだ早い。冷静に相手の反応を観察する。
 クィーロの動き、何一つ見落とすものか、と。これは真剣勝負。
 しかしそこまで構えるほどではなかったらしい。
 止まる足。
 だから迂闊なんだって……内心の苦笑。
 しかしここで気は抜けない。
 まだ此方が油断すれば一気に逆転される。冷たい刃で首元を一閃するがごとく。

 そんなことしたらお前、一生悔やむだろう……

 そんな姿はみたくない。
 悔やみ続けるクィーロを見るくらいならば、憎まれ口を叩かれる方が万倍マシだ。
 相手が動揺しているうちに畳みかける。立ち直る隙を与えるな。
 先日、彼がうっかりとみせた綻びをカードとしてきる。
「なんで惨事砲帝指揮なんて知ってるんだよ。普通は三次方程式だろ?」
 我ながら性格悪い、と思うがなりふり構うほどに余裕がないのだ。
 これは相棒との真剣勝負。狙うは勝利。
 振り向く前、クィーロの肩が揺れたのを誠一は見逃さなかった。
 やはりクィーロに記憶が戻っている。疑念が確信に変わりつつある。

 あと一手……。

 あと一手でチェックだ。
 読み誤るな。
「お傲慢だな」
 そんな顔をするな、と誠一は思う。酷い事を言われているのは自分なのに、言っているクィーロのほうが辛そうだ。
「あそこで〆に出た焼きおにぎりの出汁茶漬け美味かったよなぁ」
 唐突な話題の変更は駆け引きで、誠一がよく使う手だ。
 従来の律義さだろうか、「惨事砲帝指揮」の轍を踏まないようにするためかクィーロが考え込んだ。
 それだけで十分だった。誠一が腹を括るには。

 勝負をかけるならここだ。今、楽にしてやる。

 ずっとクィーロの腕で揺れているブレスレットに一瞬だけ視線を向ける。
 誠一がクィーロから贈られた片翼のペンダントの礼にと渡した互いの絆の証。
 それがまだクィーロの腕にある。記憶を失った時も今も……。
 「あぁ、そうだ」今思い付きました、と言う風に切り出す。
「もしここから去るのなら、そのブレスレットは置いていけ」
 声は穏やか。でも向ける眼差しは白刃越しと同じ。

 信じてる。
 今もお前にとってこれが大切な物だと

 そう思っていても一歩間違えればすべてが台無しだ。緊張しないわけはない。
 乾いた喉を悟られないように唾をそっと飲み込む。
 クィーロの手がブレスレットを隠す。
 数度口を開いて閉じてを繰り返したクィーロが項垂れた。
「……なぃ……」
 ブレスレットの上から手首を握ったまま。
「……そ、れは   でき、  ない。 だって……  これは  」
 クィーロの記憶は確実に戻っている――全身を襲った安堵に浸っている暇はなかった。
 これで終わりではない。
 どうしてクィーロが記憶を取り戻したあともそういう行動をとったのか。
 いや……わかる。
 かつて自分も自身を否定し皆の傍にいる資格があるのかと深い沼にはまったことがあるのだから。
 その時、引き上げてくれたのは目の前にいる相棒クィーロだ。
 自分の中の澱みすら受け入れ認めてくれた。
 誠一もそんな相棒に対し胸を張って言える。
 何があったとしてもクィーロを否定することはない。
 相棒の手を離すなんて真似はしない。
「俺が一番、俺を認められないのに」
 あの時相棒に吐いた弱音を再び口にした。
 驚いたようにクィーロが顔を上げる。
「あの時……お前が俺の事を認めて、背を押してくれて俺はまた動けるようになったんだ」
 澱みは誠一の体にまとわりつき、その重みで立ち上がれなくなっていた。
 自分ですら信じられない自分を仲間たちが信じてくれるのも認めることができなかった。
 だって自分はそんな価値のない人間なのだから。
 それを共に持つ、と言ってくれたのが相棒だ。向けられる感情は温かいものだと再度気付かせてくれたのも。
 今自分がいるのは相棒のおかげだろう。
「こうして進んでいられるのはお前が俺の抱えていたものを一緒に持ってくれていたからだよ。まぁ……あれ以降も情けないとこばかり見せてるけどな」
 クィーロは黙ったままだ。
 誠一も別に返事を急かす真似はしない。

 違うよ、と声に出さずにクィーロは誠一に返す。
 クィーロ・ヴェリルが思い出した現実は――……
 思い描いていたものよりずっと酷く救いのないものだった。
 誠一の抱えていた澱みは誰しも持っているものだ。
 その澱みは優しさ故のもの。
 だが自分ときたらどうだ――……

 俺は……

 手のひらを見下ろす。
 そんなはずはないのに真っ赤に染まって見えた。
 いっそのこと全て打ち明けてしまえば。
 だがこの期に及んで相棒に絶望されるのが拒絶されるのが怖い。
 いや……誠一も仲間たちもそんなことをするような者たちではない。
 だからこそ離れなくてはいけないのだ。
 この場から消えるという決意は「クィーロ」と再び名前を呼ばれて砕かれた。
「『大丈夫。僕には怖がらないで。君の重荷を、僕にも持たせて欲しい』……ってお前、俺に以前言ったよな?」
 言った。言ったとも。忘れるものか。
 でも違う。クィーロと誠一の荷はあまりにも違いすぎる。
 これは背負わせてはいけない荷――いや罪なのだから。
 何を言っても今は誠一に自身の抱えるものをともに背負わせることになりそうだから敢えて口を噤む。
 だというのに。
 伏せた視界に誠一のつま先が入る。
「お前の荷を。俺には背負わせてくれないのか?」
「せ……いち?」
 言葉よりも雄弁にまっすぐな瞳と力強い声がクィーロの心に切り込んできた。

 すべて……言おう……。そして……去ろう……

「もうわかっていると思うけど、リアルブルーでの記憶も、此方に来てからの記憶も両方戻っているんだ」
「ちょっと前から薄々とな……」
 斜面に膝を抱え座り込んだクィーロの隣に誠一が足を投げ出して座る。
 迂闊すぎ、気付かない方が難しいぞ、などと揶揄うように笑う誠一は、以前――まだクィーロ・ヴェリルであった頃のやり取りを思い出させ、クィーロはそっと目を細めた。
 気持ちを切り替えるようにクィーロは一度息を吸って吐く。
「記憶を失う前の……元の俺は――」
 言おうと決心したというのにここから先を口にするのは躊躇われた。
 どれくらい黙り込んでいいただろうか。
 その間、誠一は一度も急かすことなくただ隣に座っていた。
「これはノーカンな」
 誠一が空を仰ぐ。
 決戦の前、また此処で二人で星を見ようと交わした約束。
 あの頃と違い星はすっかり冬のものだ。
 約束は果たせない――という言葉の代わりに「……思い描いていたものでは……無かったんだ」と告げる。
 そこに込められているのは前向きな響きではないのは誠一にも伝わるだろう。
「俺にはさ……愛している人がいたんだ」
「ひょっとして――」
「結婚はしていないよ」
 短いが今日初めてのちゃんとしたやり取りだ。
 なんとなくほっとするような気持ちに、きゅっと心臓のあたりが痛くなる。
 最愛の人――どうして忘れてしまったのだろう。
 そんなの分かりきっている。

 だから俺には――そんな資格はないんだ

 何度目かわからないほど言い聞かせてきた言葉を繰り返す。
「クリムゾンウエストへの転移直前に……俺は、その人の手を 離してしまったんだ」
 あの時、あの人はどんな顔をしていただろうか。
 するりと抜けていく温かさだけ生々しく覚えている。
 クィーロは誠一が何かを言う前に再び口を開いた。
「俺は、俺の意志で手を離したんだ」
 強くはっきりと伝え、自分の手は血塗られている――と両掌を広げてみせた。
「……だから俺には誠一達と一緒にいる資格なんてないんだよ」
 鼻の奥が痛い。心臓が痛い。
 言い切った自分を褒めてやろう。
 漏れてきそうになる嗚咽をクィーロは噛み殺す。
 だが目頭がとても熱い。
 自分で断ち切ろうとして自分で泣くなんて調子が良すぎる。
 なのに、なのに。視界が滲んでいくのを止められない。


 「そんなこと気にするな」――などと笑って背を叩けるようなものではない。
 泣きそうな横顔を見つめる。
 いや誠一も仲間達もそれに対してあれこれ言うようなことはない。だから「気にするな」というのは間違ってはいないのだが。
 でもそうではない。
 今クィーロが話してくれたことが、彼にどれほど重たくのしかかっているのかわかる。
 いっそ押しつぶされてしまったほうが楽だと思ってしまうかもしれない。
 でもクィーロは相棒である自分や仲間のために潰されるのではなく動くことを選んだ。
 それが離れる――という結論であったとしても。そこにあるのは仲間への想い。
 そこが水臭いっていうんだよ、とこそっと悪態を吐く。
 ぎりぎりまで助けを求めることのできなかった自分のことは棚に置いて。
 あぁ、でもクィーロはクィーロだ。記憶があろうとなかろうと誠一の相棒のクィーロだ。
 ぎゅっと皺の寄せられた眉間、睨んでいるかのような双眸にはみるみる涙が溜まり「あ」と思う間の無く零れた。
 クィーロの頬を涙が伝う。
 相棒が初めてみせた涙。
 この期に及んでなお、誠一には手を伸ばすまいとしているかのように自身を抱きかかえるクィーロの腕。
 一人で泣く。そんなことさせてたまるかって――クィーロの肩に腕を回し頭を抱え込む。
 開いてしまった心の距離、ここまでにかかった時間を埋めるように。
 びくりと震える肩、体を強張らせるクィーロに誠一は少しだけ力を込めた。
 負った傷、躊躇い――それを覆ってしまうように。
「俺が伝えたいのはただ一つだ」
 静かにゆっくりと言葉を紡ぐ。一語、一語に想いを込めて。
 あれこれ考えた。でも最終的にすべて一つのところ帰結するのだ。
 揺らがないたった一つ。
「紡いだ時間も知らない過去も含めてクィーロだった」
「――……俺は、また やって しまぅかもしれなぃっ。自分の意志で君の背中を守ることを止め……っ、て」
 堰を切ったように溢れる相棒の嗚咽交じりの声。
 首に掛けたペンダントを引っ張り出す。
「俺はこれを受け取った時から、そんなお前を相棒に選んでるよ」
「ぅ……ッ」
 顔を押し付けられた肩にじんわりと湿った温もりが広がっていく。
 握り絞められていた拳が解け、誠一の腕を掴んだ。
 何度かしゃっくりをあげると漸くクィーロが顔を上げる。
 重なった視線は逸らされることはなかった。
「おかえり」
 コツンと合わせる額。
「ただいま」
 目を腫らしたクィーロがくしゃりと真っ赤になった鼻に皺を寄せて笑う。
 ガシっとクィーロの頭を掴むと、ぐりぐりと額を押し付けた。
「いたっ、痛いって……」
 上がる非難の声はまだ少しぎこちないかもしれない。だがそれは時間が解決してくれるだろう。

 暫くして……。
「痛い……」
 赤くなった額を抑える誠一の姿があった。
「調子乗るからだよ」
 同じく額を抑えたクィーロが答える。
「うるせぇって。まぁ、痛み分けってことでだな……」
 立ち上がった誠一がクィーロの腕を掴んで引き上げた。
「ちゃんと掴んでみせただろ?」
「え? 今のは不意打ちじゃないかな?」
 得意気な笑みに対して惚けてみせる。
「に゛ゃっ♪ に゛ゃっ♪ ん゛ぬ゛ぁ〜 」
 月夜に浮かれすぎた兎が盛大にステップに失敗し不規則に飛び跳ねている曲が風に乗って届く。
 言わずもがな、タマだ。
「ポッポはもう帰ってんだろうなぁ。とりあえず風邪をひく前に帰るか」
 そーいや髪も濡れたままだった、と誠一は今更ながらにくしゃみを一つ。
「グロム迎えにきてくれないかな……」
 多分トルノに止められてそうだ、とクィーロ。
 どちらともなく歩き出す。
「いつにするかなぁ」
「花霞より前のほうが空が澄んでいるんじゃない?」
 二人揃って空を見上げる。
 星を見に行く話はいつの間には酒の肴の話になり――そんなくだらない話をしながら夜道を歩くのはどれほどぶりだっただろうか。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ka4122 / クィーロ・ヴェリル
ka2086 / 神代 誠一
ka4122unit002 / トルノ
ka4122unit001 / グロム
ka2086unit003 / タマ
ka2086unit004 / ポッポ


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼ありがとうございます、桐崎です。

この度は大切なお話を任せていただき感謝しております。
緊張もあまりおかしなことになっていないか心配です。
これからもお二人の活躍を願っています。

気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
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2020年02月07日

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