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『不知火一株花』
不知火 仙寿之介la3450)&日暮 さくらla2809

●下載清風
 寒々しくも清々しい蒼天に、真っ白なひとひらの雪――否、花弁が舞い上がる。
 弧を描くこと三度揉まれ、ゆらりと明鏡の杯に落ちて、それは波紋を生した。
 掌中の杯を僅か認め、傾げて口に含めば、芳しい酔気に命の欠片が感じられ。
 花の主たる満開の古木、その根元に座す心地が、一層深い安らぎとなる。
 もっとも膝の上に丸まるキジトラなどは、より深い境地へと辿り着いているようだが。
 年も明けて少しの頃、不知火 仙寿之介(la3450)は、そうして過ごしていた。
 かつては優れた禅匠の粋に導かれた、それは見事な庭だったのであろうそこも、今や色褪せた空き地に過ぎない。この冬桜を除いては。
 さっと風が吹く。張り詰めていた筈の空気は幽かに和む。
「“般若湯”ですか。未だ日も高いようですが」
 もたれている幹の裏側より凛と、真昼の酒盛りを咎める声がした。
「お目溢し願えぬか。人の世も新春のみぎりなれば」
 冗談めかして杯を傾げれば、呆れたような吐息が聞こえた。
 そ様子に興が乗って、仙寿之介は徳利の酒を杯に注ぐ。
「よく此処が分かったな」
「上手く言えませんが……知っていました」
「そんなこともあるか」
 彼方と此方の同じような場所に、偶さか同じ木が生えている。そんなところか。
 あるいは今頃、あちらの俺もここで一杯やっているのかもしれない。
 どうあれ、日暮 さくら(la2809)はここを探し当てた。
 しかしその意味に、価値に、どうやら気付いていない。
 教えてやらねばなるまい。あちらの俺に代わって。
 ゆえ、仙寿之介は仕掛けた。
「天地与我同根、万物与我一体」
「作麼生、といったところでしょうか」
 嘯いてみれば案の定、さくらは食らいついてきた。まずは落ち着けなくては。
「いざ声に発してみれば、取るに足らぬ形骸の類と化す。それを確かめたまで」
「もしあのとき私が」
「敢えて試すか。鳥の囀るが如く」
「……」
 さくらが押し黙った後、仙寿之介の膝の上でキジトラが鈴のような喉を鳴らす。
「猫の啼くが如く」
「ずるいです」
「すまんな」
 どこか弾みのある誹りを受け、仙寿之介も柔らかく詫び、居住まいを正した。
「無論、言葉を尽くさねば伝わらぬこともあろう。己が身にすらな。だが心しろ」
 そうしておもむろに傍らの太刀を掴む。これは合図だ。
「時に人は語るあまり思い患い、自縛の果てに自らを包み晦ましてしまう」
「執着を捨てよ、と?」
 応とばかり、背後より桜樹を通じて剣気が迫る。
「否。だが、以って勝てぬというならば、問うべき相手は俺ではない」
 仙寿之介は音もなく地を蹴り、幹に弾み宙を舞う。
 直後に最前の居所をさくらの剣閃が襲う。だがその頭上にて、彼もまた抜いていた。
「お前自身だ、さくら」


●明珠在掌
 刃の先には徳利と盃が残るのみ。
(上だ)
 さくらが直観し、見上げれば、光と花に巻かれた御使いが今まさに抜き打ちを放つ刹那。
 白翼を幻視する頃には受け太刀を放つ。
 果たしてさくらの逆袈裟の真芯へと、仙寿之介の一撃が落ちた。
「くっ」
 覚悟した圧はいっそ驚くほど軽い。
 だが、あろうことか仙寿之介は木の幹に立っていた。
「なっ――」
 彼は地面と体躯を平行に、斬り結んだ姿勢を保っている。
 退けば断たれ、退かねば動けぬその幕間――僅か一秒と幾許かの後。
 仙寿之介が幹を蹴り、さくらの刃を荷重が襲う。しかし彼はそれを支点に宙を舞い、直ちにそれは失せた。
 天人の行く手は織り込み済み、事前を狙えばもたつく。
 ゆえ、さくらは素直に着地点を狙い、振り向き様に銃を抜き撃った。
 春雷の如く藪を劈いた弾丸はその向こうの置石目掛け、惑いなき軌跡を描く。
 かたや仙寿之介はこの石へ切っ先を立て、ほんの一拍着地を遅らせる。
 その一拍の間に弾丸は太刀の脇を掠めどこぞの土中へ埋没した。
 さくらはやがて地に降り立つ天人へ斬りかかる。
 これへ仙寿之介は受け太刀というにはひどく穏やかな剣閃を当て、両者の刃は爆ぜることなくぴたりと静止した。
「……数々の妙技、感服しました」
「俺にできてお前にできぬことなぞそうはない」
「生憎私には真っ直ぐ生えた樹の幹を足場にすることなんてできません」
「あれはお前の剣が俺を支えたに過ぎん」
「……」
 百も承知だ。だが、理を心得た深い技量なくして誰がそれを成し得よう。
 もし余人が居合わせていたなら、恐らくは伯仲勝負、状況は拮抗していると思われただろう。
 しかし、目の前の男は悉くを紙一重でやり過ごしている。
「さくら。俺とお前の違いはなんだ」
 不意に、仙寿之介が問うてきた。
「違い?」
 意図が見えない。思えば先ほど、彼は自らへ問うよう促した。
 それはさくらに“自分で自分を疑うな”と教えた、銃の師の言葉と相反してはいまいか。
 一方で、教えに忠実と惑いなく放った攻手、その一切は通用していない。
 師が間違えているとは思わない。では、なにかが不足しているのか。
 分からない。自分が。
 押し黙るさくらを見かねたのか、仙寿之介は少し砕いた言葉を添えた。
「生まれに恵まれ、師に恵まれ、技を修めた。その技を力と為す意志を宿してもいる。人は俺の剣に天賦を見るらしいだが、ならばお前も同じの筈だ」
「少なくとも、貴方が積み重ねた技量は私を凌ぎます」
「百戦錬磨の剛の者とてお前に及ばぬこともあろう」
「それは……そうかも知れませんが」
「況して、お前には若い肉体がある」
「経験など取るに足りないものだと?」
「そうは言わん。だが、大人と子供、虎と猫の如き隔たりは最早ない。そして――」
 分からない。さっきから、彼はなにを言っている?
 なにを伝えようとしている?
「――そして先程お前は確かに、俺を見た。故に此処にいる。何故、今それをしない」
 天人の呼気は白く滲みもしない。
 ただ、訥々と、型の一挙手一投足を確かめるように、丁寧に語っていた。
 さくらの息は今、こんなにも乱れて、雪みたいに真っ白だというのに。
「今だって、片時も目を逸らしてなどいません」
「ならば“見る”とはなんだ。お前が見ているのは本当に……俺か」
「あ――」
 瞬時に脳裏を駆け巡る。
 師の教えの真なるを。かつて、この父と瓜二つの剣匠が母に託した意志を。
 矛盾などどこにもない、その果てに垣間見たのは。
(私、か)
 然らば、“見る”とは。
「……今は未だ、分かりません。ですが、改めて」
 いつしかさくらの呼気も整い、色を失くす。
 嘘のように柔らかくなった両腕が、自ずと剣を退いた。
 そのいずれにも、さくらは気付いていない。なぜならすべては、必然であるから。
「構いませんか?」
 構えしは無芸なる正眼。
 しかし、対する仙寿之介は、その日もっとも真剣な眼差しで、さくらを見た。
「……」
 八双に構え、それを以って応としながら。
 二対四つの双眸は金色を交え、白刃の切っ先は乱れなく互いを捉える。
 そして。
「参る」
 鋭い風が桜樹の花を、しろがねとゆかりの束を、容赦なく薙ぎ払った。


●自灯明
 まず仕掛けたのはさくら。
 真っ向から斬りかかるも、それは清流の如き歩みの連続。
 なれど闇の技に通じ、その心は火の性。
 真正面に在ってさえ隙を見せれば死角より焼かれかねない。
 対して風たる仙寿之介はこれに逆手への横一文字を放つ。さくらは屈んで避けると共に空いた胴へ蹴りを見舞うも返す肘にいなされ、しかし逆らわず背面へ回り逆袈裟に移った。
 仙寿之介もただ前へ二歩進んで剣閃を逃れ、その背へさくらが振り抜かず高めの突きを入れると外足を軸に身を翻して踏み込み、諸手の突きにて応える。
 さくらが柄より右手を離し、結果平突きの姿勢を以って体を面から線へ。
 すると両者の刃は互いを穿つことなくすれ違い、間合いを殺す寸前に二人は半身にて一太刀を振るう。
 刃が交わり、甲高い音の響く頃には再度打ち合い、そして水面に花の落つほどの幽かな揺らぎを以って。
 演武の如き斬り合いは、どちらからとなく俄かに静止する。
 風は青空に雲を呼び、降り出した雪と花弁とが踊るところへ冬の日が差して、この名勝負を寿いだ。
「やっぱり流石です」
「お前とて今のが総てというわけでもない」
「貴方は?」
「さて」
「見せてください。――いいえ、見せて貰います。今日こそは」
「来い」
 互いに身は退かず、剣を合わせたまま。
 金色の視線が交わるその点に、やがて。花と、雪とが交錯し――共に動いた。
 双方外周へ一歩。
 仙寿之介は太刀を鞘に納め、さくらは予備動作すらなく正中線目掛け瞬時に上下段と突きを穿つ。
 半歩退いて逃れた仙寿之介は戻る切っ先へ居合いにて縋る。甲高い音が鳴ってさくらの姿勢を崩したかに見えたが、より迅く、彼女はほんの僅か諸手を緩めた。
 刀のみ震わせた衝撃を即座に握り直して殺す。諸手の力みすら今は踏み込む布石だ。
 さくらは更に前、懐へ躍り出る傍ら気を練る。
 仙寿之介がその頭上より柄頭を振り下ろせば、彼のたわんだ着物の腹へさくらは髪を掠めながら逆手側へ滑り込み、その姿勢にて構えた。
 折しも二人が動き始めて十秒、さくらは仙寿之介の側面から必中の連撃を斬り込んだ――が。
 刹那、さくらは見てしまった。
「――!?」
 仙寿之介の懐から、キジトラ模様の尾が跳ねたのを。
 さくらは咄嗟に太刀筋を逸らす。果たして明王が如き連斬は、練気と共に地を断つに留まった。
「見事だ」
 その機に仙寿之介は難なく後ろをとり、後頭部へ手刀を入れ。
 予定調和のように頽れたさくらを抱き留めて、もはや意識のない彼女の耳へ囁いた。
「お前の目は確かに捉えたぞ。このアディーエを」


●不知火一株花
「……」
 さくらが目を覚ますと、視界には満開の冬桜に朱い陽の重なる様が広がっていた。
 雪は止んでいるのだろうか。肌寒いけれど、あまりつらくない。
「……?」
 というか、おなかが温かい。
 そう思った途端、どこかで猫が鳴いた。
 どこにいるの? とても近くに聞こえる。
「気が付いたか」
 次いで傍らから、耳慣れた鷹揚な声が、さくらに話しかけてきた。
「ちちうえ……?」
 ではない。
「!」
 がばっと身を起こすと、なにかがとんと飛び退いて急にお腹が冷たくなった。
 それは鈴のように甘えた声をあげ、仙寿之介の膝の上を次の居場所に定めた。
 猫に乗られたのを気にするでもなく、彼はまた冬桜の下、呑気に酒を飲んでいる。
 そうだ。私は負けたのだ。
「……仙寿之介はずるいです。まさか、ずっとその子を抱えていたなんて」
 未だ、少し眠気があるせいか。
 幼い頃、父へそう言ったように、つい子供じみた口調が混ざってしまった。
 さておき、思えば彼はさくらと対峙していた終始、体捌きに精彩を欠いていた。
 どこかで認識しながら、その事実を直視しないまま刃を交えていた。
 見えていたのに、見ようとしなかった。
「すまんな。打ち明けなかった理由も幾つかあるが、何れ些末なことだ」
 だが、仙寿之介は微笑んでいた。さくらも、実はそう悪い気分ではない。
 とはいえ腑に落ちぬこともある。
「では、ひとつだけ。あの最後の瞬間、なぜ避けようとしなかったのですか?」
 腹に猫を置いてさえ、仙寿之介はさくらの技の総てを綺麗にいなしていた。
 その規則正しさがあればこそ、さくらもまた自在に動き互角に渡り合うことができたのだ。
 なのに、あのときだけは動く気配がなく、次が見えなかった。
 これに対する仙寿之介の応えは、次のようなものだった。
「漸く“俺を見た”からだ」
「つまり」
「お前は俺を見てこいつを認めた。故に太刀筋を変え、自ら技を殺した。避ける必要がどこにある」
「つまり」
 見るとは対象の総体をぼうやりと把握すること。然すれば対象の見る自分が見える。
 手合わせの最中、さくらもうっすらと感じていたことだ。
 そして、恐らく仙寿之介は、その連続の世界に生きているのだろう。
 もっと早く猫に気が付いていれば、自分ももっと長い時間、あの世界にいられたのだろう。
 無理やり言葉に納めるなら、そういうことだ。
 さくらは父のような男の顔を見た。先の応酬が名残惜しくて。
「そんな顔をするな。既にお前はこの花を見ることができる」
 仙寿之介はなおも喜色を浮かべたまま、白い花びらの群れを仰ぎ見た。
 さくらもまた、それに倣った。
「では……冬桜も私を、見てくれているのでしょうか」
 キジトラが、にあ――と、それへ応えた。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 登場人物
【不知火 仙寿之介 / la3450】
【日暮 さくら / la2809】

 二度目のご依頼ありがとうございました。工藤三千です。

 剣禅一如ということで今回は南泉一株花を下地に仕立ててみました。
 言葉を超えた真理であってもノベルである以上言葉で伝えなければ……というわけで試行錯誤を重ねた結果、少々難解な内容になってしまったかもと不安は残るものの、それはそれとして、リプレイではあまりできない密度のアクション描写がとても楽しく書けました。
 お気に召しましたら幸いです。

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 それでは。
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2020年02月10日

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