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『ウィステリアほころぶ、』
アリア・クロフォードla3269

 ウィステリア流剣盾術。
 それは小柄な体に気迫を漲らせ、誰かの盾となって立ちはだかるを志した母のため、父が自らの修めた剣術を元に生み出した戦技体系である。
 母の旧姓とかけて“藤”の名を与えられた技は、母と同じく小柄な娘――アリア・クロフォード(la3269)へと伝授され、そして。
 アリアが積んだ鍛錬と実践により、新たな花を咲かせようとしている。


 戦場の際へ立ったアリアは、左腕に装着したフォートレスシールド、右手に携えたグランドセイバー、それぞれを軽く揺すって重さとバランスを確かめた。
 鍛錬に使っている木剣と木盾とほぼ変わらない手応えではあったが、やはり素材の違いからもたらされる微妙な違和感は拭えない。「ズレを考えながら扱うこと!」と心の端に書きつけた。
 アリアは空気を読んで合わせるタイプだが、今日は先陣を切る。ナイトメアに囲まれた瓦礫の狭間で助けを待つ一般人が、すぐそこにいるのだから。
「こっち!」
 眼前のマンティスへ高く言い放ち、アリアは“一歩”を踏み出した。
 対して振り込まれたマンティスの鎌が空を切る。小首を傾げているようにも見えたが、実際、まっすぐ踏み込んできたアリアをなぜ捉え損ねたものか疑問に思っているはず。
 答はアリアの歩法にあった。左足の内側を、押し出すように前へ。その中で敵の準備動作を見る。そうして攻めの軌道を読んでおいて、逆へ体を流すのだ。右から来るならば爪先を地に立てて左へ、左から来るならば踵を立てて右へ。上からならばそのまま前進、下からならば蹴返して退くか、早めに盾で押さえるか。
 ウィステリアの教本に沿うならば、盾で守りつつ爪先を軸に転じることとなるのだが……戦いの中でアリアは思い知ったのだ。小柄なアリアが大きく動こうとすれば、より多くの体力を損なうこととなるのだと。
 ウィステリアのステップワークはもちろん、体に刻み込んでいる。しかしまだ発育途上のアリアが、いつまで続くか知れない戦闘の中、すべての歩をステップに割り振るのはナンセンス。
 日本の古流剣術のすり足を応用したこの“一歩”こそは、現在のアリアの最適解なのである。
 果たして敵の脇へ踏み抜けたアリアは、振り向いたマンティスの顎先を盾の縁で突き上げた。
 カウンターを狙うことにはふたつの意味がある。ひとつは当然、敵の勢いをこちらの攻めに乗せること。そしてもうひとつは、虚を突くことで敵を強ばらせること。
 たとえダメージを受けずとも、体を打ち据えられれば反射的に力を張り詰めさせ、自身を守ろうとするものだ。それはこの世界の生物ならば当然のことだし、異世界のナイトメアであっても変わらない。
 強ばったナイトメアの顎に突き立てた盾の先を支点とし、アリアは鋭く体を巡らせた。
 回転によって生じた遠心力で強化された剣を、振り回すのではなく、引きつけるように横薙ぐ。
 鍔元から切っ先まで、剣身のすべてを使った一閃がマンティスの硬い外殻を斬り裂き、内の肉を断ち割る手応え。それに酔いしれることなく、アリアはもう半回転。敵の傷口に残しておいた切っ先を一気に突き押した。
 と、マンティスの断末魔とは異なる衝撃が手首を激しく震わせる。襲来したロックが、同胞の後方より爪を振り込んできたのだ。
 続く敵襲は声音を発したときすでに予測していたし、むしろ待ち受けてもいた。だからこそアリアはマンティスの骸をすぐには振り捨てず、こうして盾として残しておいた。
 柄を強く握り込みつつ肘と肩の力を抜いて衝撃を逃がし、アリアは未だ立ち続けるマンティスの骸の下方へ視線をはしらせる。
 ロックが重心を預けた左前肢は、マンティスの右奥にあった。「そこにいる」ことが知れていれば、次の手に迷うこともない。
 剣を引き抜き、残しておいた盾を引き下ろすことでつけた弾みを利して骸の下を転がって、アリアはロックの軸足へシールドバッシュを叩きつけた。
 ロックは奇襲に慌て、振り上げていた左前肢を振り込んできた。しかし、体勢が悪すぎる。斜めに立てられた盾をこすり、滑ったことでバランスを完全に損ない、もんどりうって転倒。
 その間にアリアは両足を地へつけ、体を思いきり縮めていた。筋肉を撓ませ、力を溜め、機を計り。引き絞られた矢が放たれるがごとく、直ぐに跳ぶ。
 地へ顎先をこする寸前で保たれた上体は、前進力に落下力を加えられて加速、加速、加速。
 ロックの腹を突き抜いた剣が鍔で止まった瞬間、「ふっ!」、アリアの唇が呼気を噴いた。体に押し詰めていた“気”の抜け殻――銃で言えば空薬莢を排出するため。

「SALFの者です。今迎えに行きますから、もう少しだけ待っててください」
 瓦礫の隙間で震えている一般人を気負わせないよう、やわらかく声をかけておいて、アリアは自らの体力の残量を計る。
 ここまで温存してきたおかげで、それなり以上の力が残っている。これならば数十秒、全力でウィステリアを咲かせることができるだろう。
 じりじりと迫り来るナイトメア群を、押し立てた盾の脇からにらみつけ、アリアは通信機へ小さく告げた。
「要救助者発見。ナイトメアに囲まれてる。支援お願い」
 返りくる了解の声にうなずき、大きく息を吸い込んで、止める。
 私の残り時間、あなたたちにあげる。このときのために鍛えてきた体、練習してきた技、気合も決意も覚悟も尽くした私ごと全部。
 引きつけた盾に重心を預けて上体を振り、アリアは踏み出した。
 揺れがもたらす歩の不規則は敵を惑わせ、攻め手を迷わせる。見方を変えるならば、釘付けにされているのだ、アリアの挙動へ。
 だからこそ、それを利する。
 アリアはナイトメアどもの視線を引きずって大きく横へ跳び、そのまま転がった。
 彼女が体勢を崩したと見たナイトメアは殺到する。虚を突かれ、それ以上考える間を与えられなかったのだとは思いつけないまま。
 転がりながら下へ敷いた盾に体を乗せ、アリアは滑った。間合を測り損ねた敵の攻撃が空を切り、地へめり込んで止まった瞬間を見切り、右足で地を蹴り返して、逆に敵群へ飛び込んで。
 両手で高く振りかざした“一の太刀”を、体重のすべてをかけた袈裟斬りで斬り下ろした。
 同胞の頭部が両断される中、彼女の手に盾がないことに気づいたマンティスはすぐに鎌を振り込んでくるが、アリアの引き上げた膝でブロックされる。いや、正確には、アリアが左足に引っかけていた盾によってだ。
 横へ押し出されかけたアリアは再び左足で突き下ろした盾の縁によって体を縫い止め、それを軸に横回転。先ほどのマンティスの脇を右膝でしたたかに強撃しておいて、その脇をすり抜け様に剣を喰らわせた。
 魔法のように左腕へ収まった盾で次のナイトメアの視界を塞ぎ、すり抜けて、延髄を裂く。
 寸毫すら止まることなく、アリアは駆け、跳び、滑る。すべては“一歩”の応用であり、盾と膝蹴りで敵を支点とする“一手”を併用することで、彼女は最少の挙動で最大の効果を為すのだ。

 仲間が合流してきたのは42秒後。
 彼らと共に敵を掃討したアリアは止めていた息をようようと吹き抜き、一般人の元へ向かった。
「もう大丈夫ですから。帰りましょう」
 兎耳の少女が咲かせた笑みは限りなくやさしく、それでいて強い彩を湛えていた。まるでそう、藤の花のように。


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2020年02月10日

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