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『ノイズ』
ラル・晴la1088

「あー、死に損なっちまったなー」
 自分という存在を世界へ縫い止めていた、最後のひとりを彼の岸へと送り出して――女は独り言ちた。
 とはいえ肉声ではない。人工肺から送り出された圧縮空気を、笛状ユニットへ通して鳴らした“音”でである。
 復讐のため、サイボーグとして命を繋ぐことを決意したあの日は、いったいどれほどの昔だったことか。――復讐を終え、今度は彼女を誰より案じてくれた大切な人たちのために生きると決めたあのときは。
 天使という長寿ならぬ超寿の存在を見送るため、身体を構成する機械の内に紛れた2割の生身をすら機械へ置き換えた。
 サイボーグどころかガイノイドと言うよりなくなった自分が“魂”を保持できるものかどうかに不安はあったが、おそらく大丈夫だったようでなによりだ。
 しかし。
 それによってもたらされたものが、冒頭の感慨である。
 大切な人たちには皆、グッドエンドを迎えさせることができたはず。このことで、彼女自身もすべての縁としがらみからようよう解かれたはずが、今度は自身の行き場を失くし、途方に暮れている。
 どこまでも生き延びようなどという気力はなかったが、かといって全機能を停止して死ぬほどのやる気もない。那由多の果て、異星人の手違いなんかで起こされたりするのも面倒だ。
 とどのつまり、生きている――と自覚していられる――間は生きるよりなく、だとすればこの先について考える必要はあるわけだ。
「あー、めんどくせー」
 背の人工筋肉をうんと伸ばし、彼女は頭部に内臓された通信回路を起動、暗号化した命令をあるところへ送信した。

 彼女が興した義体特化型の医療メーカーは、すでに手を離れて独自の道を進んでいる。
 だが、彼女は勇退の際、システムの内にホットラインを残していたのだ。それは自らの義体を常時監視させ、遠隔メンテナンスさせるためのものであり、“有事”への備えでもあった。人はひとつ処へ集まるだけで争いを生むものだから。と、それはともあれ。
 彼女はシステムと圧縮暗号をやりとりし、2秒足らずで必要な指示を出し終えた。
『現在においてもっとも高い拡張性を持つ、シンプルな義体を組み上げろ』
 なにせこれ以後、システムの助けは得られなくなる。自分でメンテナンスできなくては困るし、壊れないようにと頑強さを重視すればそれだけ適応力が下がる。
 システムが義体を組み上げている間に、彼女は地球を巡る数百の軍事衛星へアクセスした。衛星の主であるどこかの国に不利益を与えようというわけではなく、単純に、地表をくまなく見渡すにはその機能を持つ衛星の“目”を借りるのが手っ取り早かったからだ。
 彼女が見つけたかったものは、異世界へ通じる門。
 世界各地に現われるようになったそれは、注意喚起――子どもなどがうっかり踏み入らないように――のため最新情報が各国で知らされることとなっているのだが、衛星を使えば出現するより早く、兆候を捉えることができる。
 組み上がった義体をポッドで現地へ射出させ、彼女もまた呼び出した飛行ユニットでもって空へと舞い上がった。

 新たな義体へ全データを受け渡すには数分を要した。
 それだけの記録――記憶が自分にあったのだということを、あらためて思い知る。
「じゃーな、俺」
 ポッドに詰め込んだ古い義体へ告げ、ハッチを閉めてやれば、ポッドは工場へと帰っていった。あれは動作データを吸い取られた後に解体され、それぞれの部品がリサイクルへ回される。情緒は欠片もなかったが、墓に埋めるよりは有益だろう。
「行くかー」
 淡い感慨をあっさりと放り捨て、彼女はためらうこともなく門へと踏み入っていった。


 かくて彼女は数多の世界を渡り歩く。
 判を押したようにどの世界も異界からの侵略を受けていた。ゆえに彼女はその世界の人類側へついて戦うことを余儀なくされる。
 高い拡張性はどの世界の技術とも十全に噛み合い、彼女を歩く要塞と化した。その力をもって彼女は侵略者を撃ち、人々を助け続けた。
 必然、彼女は人々と縁を結んでしがらみに縛られ、友と呼べる相手を得ることとなるのだが……ある縁は途中で断たれたし、あるしがらみは形を変えて厄介なものとなった。もちろん、そのままの形で保たれたものも多かったが、世界を渡る彼女にとっては、すべて等しく「置き去っていくもの」。
 別離というものは、どのような形であれ心にノイズを残す。消去するにはそれにまつわる記録のすべてを消去する必要があり、だからこそ踏み切るには惜しくて――

 思い余ったのだと思う。人も侵略者もいない、元の世界からすれば遠い未来にある世界へ踏み入ってしまったのは。
 彼女はそこに残されていたシステムを再起動し、義体の整備と強化を行いながら、思ったのだ。
 生きるのも死ぬのもめんどくせー。繋ぐのも切るのも重てーよ。
 誰もいない世界なのだから、口にしたところで聞くものはない。それでも口にしなかったのは、思いの裏でさらに思っていたからだ。
 グチんのもやになんのも、そう思わせてくれる誰かがいるからなんだよな。
 独りきりのパーフェクトワールドにあるものは、安寧という名の停滞。
 そこで心を朽ちさせていくことに、彼女は意味も意義も感じなかった。だから、システムを完全破壊してやって――もう、誰かを待ち続けなくていいように――踏み出す。
 誰かに満ちた“めんどくせー”世界を目ざして。


 その後も彼女は世界を渡り、戦い続けた。
 勝利を重ね、縁としがらみを置き去り、ノイズを積み上げて……いつしかただ戦い、ただ助け、ただ去るばかりの“物”に成り果てて、流れ、流れ、流れて、暗転。

 ここがどんな世界なのか、知る由はなかった。知るつもりすらもない。それをする気力はなかったし、思いつきもしなかったから。
 ずいぶん疲れているようですね。声をかけられて、唐突に気づいた。
 あー、そっか。俺、疲れてんだな。めんどくせーのが重たくて、もう歩けねーってくらい。
 それでも、歩かなければならないと知っていた。戦って、助けて、繋がなければならない。
「……ここにもさ、侵略者っての、いるんだろ? 戦ってる連中がいて、助けなきゃいけないヤツがいる。まちがってねーよな?」
 声の主はうなずき、説明をしてくれた。自分たちはSALFという組織の者で、ナイトメアという侵略者からこの世界の人々を守るために戦っているのだと。
「そんだけわかってたら、いーや」
 彼女は自分の内に蓄積された記録を分析し、デフラグする。そうしてあちこちにしがみついたノイズを整理して切り離し、迷わずアンインストール。完全消去した。
 あ。声の主であるライセンサーが息を飲んだ。それはそうだろう。目の前にいた女性が見る間に胸の膨らみを失い、骨格を微妙ながら男性のそれへと変化させたのだから。
「悪いけど連れてってくれるか? 記録じゃなくて記憶、今ほとんど消しちまったけど、やらなきゃいけないことはちゃんとわかってる」
 変じた声音で語った、元彼女で現彼は、ふと思い出したように告げた。
「俺の名前なんだけど――」
 ラル・晴(la1088)。
 元の名も一応は記録していたが、個体認識を促すにはこれで充分だ。


 かくてラルはSALFのライセンサーとなり、ナイトメアとの戦いに向かう。
 空(から)の心に新たなノイズを刻みながら、かろやかに強かに適当に。


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2020年02月10日

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