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『獣人機関 1』
水嶋・琴美8036

 古来より。
 この島国には――人々の住まう巷の裏の裏、人知れず魑魅魍魎が蠢いている。

 だからこそ水嶋琴美(8036)の様な存在が所属する――国家権力に裏打ちされた暴力装置(人によって異論もあるかもしれないがここではさておく)の中に、非公式と言う形で「更なる無茶」を行う暗部も設置される事になる訳だ。
 更なる無茶。それは「法で裁ける証拠」が残らぬ手口を当たり前の様に使う魑魅魍魎――即ち人外や霊能犯罪者を相手にするには、法の埒外で動く事、法に則らぬ遣り方にもある程度目を瞑る必要が――どうしても出て来てしまうから。そんな無茶を通すには、どうしても表立っては言えない力技が必要になってしまうから。そしてそんな無茶をしながらも、法との整合性――表社会との兼ね合いも熟慮出来るだけの高い折衝能力も重要となる。

 そんな高度な「無茶」を行う為の暗部。
 自衛隊に於ける特務統合機動課、がそれである。

 表向きはそんな課は存在しない。即ち、誰かに真正面から訊かれたとして、水嶋琴美と言う名の十九歳女性が自衛隊に所属していると言うデータは出て来ない。
 が、彼女がそこに所属している事は純然たる事実である。

 ただ、表の社会にそれを知らせる必要が無いだけだ。



 音も無く静かに廊下を歩く姿がある。服装はこの場では当たり前の制服――別の服装をしている者が居たならその方がおかしい様な場所。が、そんな当たり前の服装をしている筈なのに、「彼女」の場合はどうも「当たり前」に見られないのではないか、と疑われてしまいそうな所があった。
 何故かと言えば、その体型。かっちりとした制服の上からであっても隠し切れない程の豊満さなのである。ただそこにあるだけで暴力的なまでに魅惑的。自然な動きで一歩一歩踏み出す姿、滑らかな歩容の時点でもう艶やかに過ぎるのだ。確りと制服に包まれながらも揺れてしまう胸や尻、歩容に従い緩やかに後方に靡く黒髪。端整な顔立ちに、自信に満ち溢れた強い眼光。何処を取っても、堪らなく目を引く姿、である。

 本来なら。

 ただ、今の彼女の場合に限り、その「本来」からは幾分外れる事になる。何故なら彼女――水嶋琴美はくノ一であるからだ。つまり、忍ぶ技に優れる訳である。本来隠し切れぬ程の艶やかさであっても、その技前を以ってすれば隠し遂せる――実力故にその矛盾が成立する。目を引くどころか気配すら隠し通す事も容易い。事実、今もヒールのある靴を履いて廊下を歩いていると言うのに、カツカツと言う足音の一つもしない。

 とは言え。

 今この場ではあまり本気で忍んでいる訳でも無いので、わかる人ならわかる――つまり、同じ課員の目から隠れない程度には己が気配を――魅力を露わにしている。この隠形はあくまで課外の誰かに向けての物だ。……特務統合機動課は余所からどう見られているか――「特別扱いをされている、何をしているかわかったもんじゃない秘密主義の課」。あまり好意的では無いだろう、少なくともややこしい感情が向けられているだろう事は想像に難くない。
 そこに自分の様な見目麗しい(自惚れではなく客観的な事実である)目立つ容姿の者が堂々と居れば、更に嫉妬や羨望で無駄にしょうもない軋轢を生み出しかねない懸念すらある。だからこその、なるべく身内以外に自分の姿を見せない方がいいだろうと言う判断である。……こんな所で余計な煽りをしても却って任務に差し障りかねない。だからこその、最低限の隠形。
 くノ一として務めている以上、この身を気配を隠さなければならない事も多い。けれど全部が全部それでは琴美にとってはつまらない。
 だから、見せていい相手になら幾らでも見せ付けたいのだ。
 ……そんな訳で、今のこの軽い隠形に落ち着く訳である。

 いや、これもこれで結構楽しい成り行きになる事もあるのだが。
 内心でクスリと笑みを零しつつ、琴美はとある部屋の前で歩みを止める。軽くノックをしてから、声を掛けた。

「水嶋琴美です。呼び出しに従い参上致しました。宜しいでしょうか」
「ああ、入ってくれ」
「失礼致します」

 入室する。
 部屋の中には上司――琴美を呼び出していた当の相手。
 それともう一人、この場では見慣れない、けれど別の場所でなら見覚えが無いでも無い人物が居る。

「貴官が特務統合機動課きっての優秀さを誇ると言う水嶋琴美君かね? 評判より随分と地味な……」

 入室して来た琴美を見、訝しげに呟く客人の姿。
 それを見てから、琴美は上司の様子をそれとなく窺ってみる。……無言のままに、視線だけで問い掛けてみた。
 ……「このまま」でいいのかどうか。
 上司の口許が俄かに綻びる。
 つまり。
 ここは、隠形を解いていい――否、解いて見せろと言う事だ。

 そう受け取った時点で、琴美はすぐさま隠形を解除。途端――評判より随分地味だとか言っていた客人の目が見開かれる。目一杯。何が起きたのか、信じられないとでも言いたげなその貌。そして同時に生唾を飲み、琴美の豊かに過ぎる胸元へと無遠慮に視線が釘付けになっている。……それはそうだろう。何でもない地味な存在にしか見えていなかった筈の人物が、唐突に噎せ返る様な艶やかさを露わにした訳だから。それだけでもとんでもない不意打ちになる。今の場合、魅惑的な造形自体は初めから目に入っていた筈だが、それが魅惑的な姿であると受け取る認識を阻害していた……様な物。くノ一の術の一つとでも思って貰えればいい。
 そして今のこれは――恐らく、この客人向けのデモンストレーション、と言う事なのだろう。
 まぁ、琴美にしてみれば、客人のこの反応自体が単純に面白くもあるのだが。

「どうかなさいましたか? 失礼かと思い隠形を解いただけですが」
「っ……いや、まさかここまで鮮やかに変わってのけるとは。納得した」

 彼女ならやってくれるだろう――と、客人は上司へと振っている。やはりデモンストレーション。私がこの客人の眼鏡に叶うかどうか。当人に直接確かめさせた訳だ。つまり、次の任務はこの客人が持ち込んで来た物なのだろう。
 そうだとしても、大臣級の要人が直接この場に居るのは少し珍しくもあるが。

 まぁ、そんな事はどうでも構わない。今ここで任務が言い渡されると言うのなら、私は話を聞くだけだ。
 それで全て事も無し、遣り甲斐のある楽しそうな任務ならなお良し、だ。



 任務の内容は同席していた客人の護衛――と言うより、害を為そうとする者を先手を取って殲滅する事になる。客人の支持基盤である某県に向かう道すがらの任務。曰く、支持固めの為に帰らなければ次の選挙に差し障ると言うのに、命が狙われていて帰るに帰れないとの事で――だからと言って御偉方にありがちなただの疑心暗鬼や大袈裟に周りを振り回しているだけと言う話でも無く、事実として既に先行した影武者が二人、付けていた護衛諸共悉く殺されている、らしい。

 それは色々骨だったろう、と思う。
 影武者を用意するのも、殺された事実を隠蔽するのもだ。……取り敢えず琴美はそれっぽいニュースを目にした覚えは無い。つまりその位には「気を遣える」依頼元と言う事になる訳だ。

 す、と黒のインナーに腕を通しながら水嶋琴美は思案する。初めから私に話を持って来て下さればよかったのにと思う。そうして頂けたなら、「御身内」を死体にせずに済んだでしょうに。

 残念ですわ。


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年02月10日

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