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『獣人機関 2』
水嶋・琴美8036

 初めから私が出ていれば、「御身内」を死体にせずに済んだでしょうに。
 残念ですわ。

 思いつつ、ほぅ、と溜息。そうしながら、水嶋琴美(8036)は任務用の戦闘服――のベースである黒色のインナーを身に着けている。腕を通してから首を通し、インナーの外側に緑なす黒髪を引き出す。ゆったりとかきあげる様にして後ろへと払う――そうしながら、インナーを肌身へと伸ばす。ぴっちりと張り付く黒の布地がはち切れそうな胸を覆い締め、きゅっと括れたウエストも確りと覆い尽くす。下も同じ。色っぽく熟れた臀部にフィットするスパッツで、下半身も隈なく覆い尽くす。
 決して素肌を晒している訳では無いのに、上も下も、体のラインがはっきり出る形の服装。この位に確りホールドした方が、動き易いと言う単純な話もある。……煽情的で見栄えがいい、と言う理由もあるが。どちらの理由もあっていい事。くノ一とはそれらを完璧に両立する物だ。

 ……いえ、くノ一がと言うより、私がそうしたいだけかもしれませんけれど?

 今回の任務次第は、護衛対象である客人に影ながら付いて回って、事前に危険を排除する事。と言っても、普通の護衛の様に護衛対象とわかりやすく連れ立って動く形では無い。課の遣り方として表に出る事はまず避ける――そういう「壁としての護衛」は案外目立つ。ただ暗黙の了解として人扱いされていないだけで、見ている者は見ていてしまう。そんな「表」側には琴美は出ない。

 だからこうやって、予め着替えている訳だ。
 今回の琴美の役割は、表向きの護衛をも護り通す為の――超攻撃的な護衛、である。
 同行している事すら気付かれない様に同行し、その上に先回りして――危険を見出す必要がある。

 インナーとスパッツの上は、着物の袖を半分程に短くし、腰に帯を巻いた形の上着と――ミニのプリーツスカートを身に付けるのもいつもの通り。
 そしてそれらも当然、「他からどう見られるか」を意識した着こなしになっている。
 即ち、きつく帯を締める事で上着の着物もまた豊満な胸を強調する形に仕上げていたり、プリーツスカートの丈もわざわざ際どい短さに仕上げてある。
 そんな服装をした上で、膝まである編み上げのロングブーツにグローブをはめると言う、作為的なまでにわかりやすい現代風な和洋折衷アレンジのくノ一スタイル。
 これが、私がくノ一であるのだと言う、これでもかとばかりのアイコンだ。

 ただ。

 隠形をしたなら、この派手で煽情的な姿で居てさえ、すぐには私がそこに居るとわからなかったりもする。
 勿体無い気もするけれど、まぁ、この場合は仕方無い。

 そう。メリハリは大切に。……見せ付けていい時になったら、見せ付ければいいのだ。
 その方がより効果的で、面白い。



 任務に入る。
 今の所は問題無し。

 護衛対象である客人の、支持基盤である地元への帰路。水嶋琴美が今何処に居るかは、客人の方では恐らく全くわかっていないし、琴美の方でもわざわざ知らせる気は無い。わからないどころかむしろ本当に付いて来ているのか疑わしく思っている可能性すらある――普通に考えるなら姿を見せずに付いて来られるなど有り得ない、と思われそうな交通手段を使っているからだ。
 それでも琴美は客人の位置や姿を現在進行形で把握している。事あらば目前に、即座に駆け付けられる位置にも居る。けれどそれは最低条件。求められている役割は、もっと先にある。
 客人の帰路のスケジュールについては完璧に頭に入っている。何らかのアクシデントの起きる可能性――起こりかねない要素のある、危うい可能性がある場所も既にピックアップ済み。表に居る護衛の動きも加味して、琴美は先回りして危険の有無を見て回って警戒している訳だ。
 勿論、隠形をしたままで。

 とん、と着地する。と言っても、あくまで見た目の表現上での音。実際は接地の際にそんな僅かな音すら立てていない。あくまでも隠形中の、密やかな移動――無音の中のそれだけでも、鋭い動きに従い豊かな膨らみが揺らめき、落ち着く所に落ち着いて見える――もし見て認識する事が出来たなら、隠形中であってさえ琴美の姿は艶やかに過ぎる。
 さておき、出る必要が出たから出た。琴美のアンテナに引っ掛かったのは、一見、何でもないただの通行人――ただ、それは偽装であると当然気が付いている。標的に――客人に近付く為の偽装。普通の警察が職務質問したとしても、何も出て来ず確実に見逃すだろう刺客だ。もし表の世界に勘働きの良い人員が居、その刺客から醸される違和感に気が付いたとしても――その違和感の正体にまでは辿り着けまい。一見して完全に人畜無害だからこそ、公務執行妨害等の別件で無理に引っ張るのも難しかろう。
 即ち、真っ当な手段では迂闊に手が出せない。

 だから、所謂「職務質問」の段階で、多少の無茶をしてでも自ら正体を曝させるしかない。そしてそんな無茶は、表の世界の人員では出来ない。やったとして、表の人員が持つ能力程度では刺客がボロを出す可能性は著しく低い。逆に、実行した勇気と能力のある人員の方が罰される可能性の方が高いだろう――いや。帰った後に罰される程度ならまだいい。動いた時点で殺されるどころか跡形も無く消される可能性すらある。
 故に、琴美が先に動くのだ。

 まずは全体を観察。仕掛けた時に相手がどう動くか、どうすれば削り切れるかのシミュレーションを構築――その間、一秒も経っていない。……ああ、やはり手練である。恐らく客人の影武者と護衛もこいつにやられたのだろう。正体を曝していなくとも、動きの質で予想が出来る。その上で、客人を狙う可能性が高い組織や人物、それらと繋がる可能性のある「法の埒外な暴力装置」の遣り口や能力を重ね合わせて考えれば――まぁ、丸裸である。
 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。まぁ琴美クラスの実力があれば知らなくとも対処に困りはしないが――任務で手を抜くのは主義に反するので、事前に調べはしておく。狡猾に慎重に森羅万象見定めて動くのは忍びとしての嗜み――そうした方が、より完璧で美しい訳である。

 先手で仕掛ける。当然、この遣り方は表の世界では無茶になる――ああ、客人の影武者と護衛を殺したと思しきこの刺客だが、人間では無い事は既に承知だ。獣人機関。「そういった暴力」を生業とする裏の裏――特務統合機動課の階層で漸く把握出来る位置にある組織の、特殊工作員。それがこの刺客の正体である。
 文字通り、構成員はまず獣人。であるからこそ当たり前の様に感覚は鋭く、琴美の存在にも逸早く気が付く。完璧に近い隠形中でこれだ――大抵の輩ならこの時点で返り討ちに遭ってしまうだろう。
 が、琴美の場合はそうでもない。そもそも、長く保たないなと思った為に、仕掛ける半ばで自分から隠形を解いたとも言う。流石に獣の感覚を騙し遂すのは(幾らくノ一だとは言え)人間の身では物理的に無理だし、そんな真似をしても意味が無い。

 それより。

 直接動いた方がいい。思うより早く琴美の体の方が躍動している。刺客の方でもすかさず獣化し、一気に防御態勢――否、反撃態勢に切り替わる。けれど琴美は足を止めない。止める必要も無い。

 この程度の輩に反撃を食らうなど有り得ませんもの。
 今更何をしようとしても無意味、何をしようと遅いですわ。……精々、御覚悟下さいませ?


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年02月10日

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